モーニング娘。'16 柔軟さと的確さ
2016.07.16
モーニング娘。'16にとって2016年の前半は、一つの楽曲と現メンバーの相性がぴたりと合ったことにより、俄に勢いづいた期間だと言えるかもしれない。「今のモーニング娘。」のカラーを打ち出す上で、また、鞘師里保、鈴木香音とメンバーが立て続けに卒業する淋しさを吹き飛ばす上で、その楽曲は大役を果たしたのだ。
「泡沫サタデーナイト!」がラジオで初オンエアされたのは2016年4月20日で、コンサートで初披露されたのは4月29日。場所は岩手県の盛岡市民文化ホールだった。私は幸いそのステージを観ることができたが、メンバーのパフォーマンスは堂に入ったもので、歌と踊りをめいっぱい楽しみながら、場内のボルテージを上げていた。
まさにモーニング娘。が昔から得意とする、しかもライブ映えするファンク色の強いダンスナンバーで、曲調自体は別段新しいものではなく、驚くような仕掛けがあるわけでもないが、これがうまい具合にはまったのである。当時卒業を控えていた鈴木香音の明るいDJぶりも「当たり役」だったし、つくづく絶妙なタイミングで現れた楽曲だと思う。私見では、歌詞の中で繰り返される「サタデーナイト」という単語は「ライブ」や「フィーバー」のみならず対照的な「モーニング」のイメージを暗に喚起させるので、グループの定番曲的に歌われるのにも適しているだろう。
ちなみに、作詞作曲を手がけたのは、ハロー!プロジェクトのファンだという赤い公園の津野米咲。この采配が奏功し、あれからまだ3ヶ月しか経っていないのに、「泡沫サタデーナイト!」はモーニング娘。'16のスタンダードのような存在になっている。「ミュージックステーション」や「THE MUSIC DAY 夏のはじまり。」でも披露され、好評だったことは周知の通りだ。
5月11日にリリースされたシングルは、「泡沫サタデーナイト!」のほかに、しっとりとしたメロディーで編まれた「The Vision」と、EDMに美麗なロックサウンドを絡めた「Tokyoという片隅」を加えたトリプルA面仕様。この2曲はつんく♂の作品である。全3曲の中で最も難しいのはおそらく「The Vision」で、間の取り方が独特だし、サビの音程は全く気が抜けない。歌うときに感情を込めすぎても重くなるので、適切な表現力が求められる。曲調のわりに振付がせわしないようにも見えるが、それもつんく♂の言葉を借りれば、「優雅にリズミカルに軽やかに」こなさなければならないのである。
私が観た春のツアー「EMOTION IN MOTION」の盛岡、仙台公演では、小田さくらが歌唱面で水を得た魚のように活躍していた印象が強く残っている。歌い方も、余計に声音を変えたり大人びた歌唱力をひけらかす風ではなく、力を巧く調節しながら、楽曲に応じて自然なメリハリが出るように発声している感じで、こちらの耳にすっと入ってくる。リーダーの譜久村聖も、線の細いきれいな歌声に広がりと張りが出て、迫力をみせていたのが何とも頼もしい。ほかにも、石田亜佑美が全体のバランスを考えるような動きをしてダンス面での要になっていたり、12期メンバー(尾形春水、野中美希、牧野真莉愛、羽賀朱音)の歌割がやや増えていたりと、収穫の多いコンサートで、多様な楽曲への柔軟かつ的確な対応力を確認すると共に、破綻のない安定したパフォーマンスを楽しむことができた。
むろん、破綻のないことがコンサートの感動に直結するわけではない。今はまだ良いとして、仮にそれがソツのない方向に進んでしまうと、緊張感が薄まり、突き抜けたものが出にくくなる可能性がある。その点では、予定調和とは無縁な佐藤優樹のようなメンバーが今後どのように魅力と個性を爆発させるかが鍵となる。私が観たコンサートでは、喉の方は本調子ではなかったが、それでもステージ上での彼女の存在感は際立っていたし、12期メンバーを相手にしたMCでも「そこまで言うか」と突っ込みたくなるほど弾けていた。かと思えば、一歩退いた感じになったり、変に落ち着いていたりするときもある。平たく言えば、いろいろな意味でライブ感のあるメンバーだ。
6月には演劇女子部の公演が開催。モーニング娘。'16のメンバー総出演で、演目は萩尾望都原作の「続・11人いる!」である。宇宙船内を舞台にした「11人いる!」の方が戯曲にしやすいはずだが、選ばれたのは社会的なメッセージ性の強い続編。その理由について、パンフレットには「(原作を知らない人に)脳をフルに活用していただきたいと思ったから」(丹羽多聞アンドリウ)と書かれている。
公演は「東の地平」「西の永遠」に分けられ、Wキャストで行われた。私自身が感銘を受けたのは「東の地平」の方。内容はいつもながらアイドルが短い練習期間でこなした舞台という次元を超えていた。誠実で内向的なタダ役に石田亜佑美、両性体の身でタダのことを愛しつつも葛藤するフロル役に工藤遥、火消しのプロであるレッド役に生田衣梨奈、というキャスティングは私には望ましいものに思えたし、何よりバセスカ役の譜久村聖とフォース役の小田さくらの競演に目を見張らされた。
この2人によって体現されたバセスカとフォースの関係性は、ある意味、タダとフロルのそれよりもドラマティックなものだったと言える。かつて宇宙大学の最終テストを共にクリアした仲間なのに、戦争の危機を前に、敵同士になってしまった2人が対峙する迫真の場面など、台詞廻しも歌唱も圧巻で、クライマックスと呼ぶにふさわしい熱量にあふれていた。こんな場面をモーニング娘。'16のメンバーが演じ切っていることを世間の人が知らないのは惜しいが、これもファンの特権と考えておく。
現体制のパフォーマンスは(誰にどういう風に歌割が振り分けられるかにもよるけど)比較的良い形で安定しているし、歌に限らず芝居でも柔軟な対応力を発揮している。場数を踏むことで本番にも強くなってきている。この時期、このタイミングのモーニング娘。'16がテレビの音楽番組などに出演する機会を増やすのは、ファンとしては嬉しい。と同時に、彼女たちにはメディアでの扱いに翻弄されず、周辺のアイドル情勢にもその枠内で行われる無益な比較論にも惑わされず、自分たちのステージを輝かせることだけを考えながら我が道を歩んでほしいと思っている。
「泡沫サタデーナイト!」で「私だけにしかきっと踊れないそんなビートがある」と歌われているように、モーニング娘。'16には何ものにも染まらない独自のカラーがあり、彼女たちにしか体現できないビート感や歌声のバランス感がある。それらは揃うべくして揃ったメンバーが共に練習を積むことで確立される美学的特性と言い換えることもできるだろう。安易な比較を許さないその特性を、現メンバーがどのように増強させ、次のシングルやアルバム(出るかどうか分からないけど)、秋のコンサートツアーでどこまで示すことができるのか楽しみだ。
【関連サイト】
OFFICIAL WEBSITE
モーニング娘。'16 「泡沫サタデーナイト!」(Official)
ハロ!ステ(Hello! Project Station)
「泡沫サタデーナイト!」がラジオで初オンエアされたのは2016年4月20日で、コンサートで初披露されたのは4月29日。場所は岩手県の盛岡市民文化ホールだった。私は幸いそのステージを観ることができたが、メンバーのパフォーマンスは堂に入ったもので、歌と踊りをめいっぱい楽しみながら、場内のボルテージを上げていた。
まさにモーニング娘。が昔から得意とする、しかもライブ映えするファンク色の強いダンスナンバーで、曲調自体は別段新しいものではなく、驚くような仕掛けがあるわけでもないが、これがうまい具合にはまったのである。当時卒業を控えていた鈴木香音の明るいDJぶりも「当たり役」だったし、つくづく絶妙なタイミングで現れた楽曲だと思う。私見では、歌詞の中で繰り返される「サタデーナイト」という単語は「ライブ」や「フィーバー」のみならず対照的な「モーニング」のイメージを暗に喚起させるので、グループの定番曲的に歌われるのにも適しているだろう。
ちなみに、作詞作曲を手がけたのは、ハロー!プロジェクトのファンだという赤い公園の津野米咲。この采配が奏功し、あれからまだ3ヶ月しか経っていないのに、「泡沫サタデーナイト!」はモーニング娘。'16のスタンダードのような存在になっている。「ミュージックステーション」や「THE MUSIC DAY 夏のはじまり。」でも披露され、好評だったことは周知の通りだ。
5月11日にリリースされたシングルは、「泡沫サタデーナイト!」のほかに、しっとりとしたメロディーで編まれた「The Vision」と、EDMに美麗なロックサウンドを絡めた「Tokyoという片隅」を加えたトリプルA面仕様。この2曲はつんく♂の作品である。全3曲の中で最も難しいのはおそらく「The Vision」で、間の取り方が独特だし、サビの音程は全く気が抜けない。歌うときに感情を込めすぎても重くなるので、適切な表現力が求められる。曲調のわりに振付がせわしないようにも見えるが、それもつんく♂の言葉を借りれば、「優雅にリズミカルに軽やかに」こなさなければならないのである。
私が観た春のツアー「EMOTION IN MOTION」の盛岡、仙台公演では、小田さくらが歌唱面で水を得た魚のように活躍していた印象が強く残っている。歌い方も、余計に声音を変えたり大人びた歌唱力をひけらかす風ではなく、力を巧く調節しながら、楽曲に応じて自然なメリハリが出るように発声している感じで、こちらの耳にすっと入ってくる。リーダーの譜久村聖も、線の細いきれいな歌声に広がりと張りが出て、迫力をみせていたのが何とも頼もしい。ほかにも、石田亜佑美が全体のバランスを考えるような動きをしてダンス面での要になっていたり、12期メンバー(尾形春水、野中美希、牧野真莉愛、羽賀朱音)の歌割がやや増えていたりと、収穫の多いコンサートで、多様な楽曲への柔軟かつ的確な対応力を確認すると共に、破綻のない安定したパフォーマンスを楽しむことができた。
むろん、破綻のないことがコンサートの感動に直結するわけではない。今はまだ良いとして、仮にそれがソツのない方向に進んでしまうと、緊張感が薄まり、突き抜けたものが出にくくなる可能性がある。その点では、予定調和とは無縁な佐藤優樹のようなメンバーが今後どのように魅力と個性を爆発させるかが鍵となる。私が観たコンサートでは、喉の方は本調子ではなかったが、それでもステージ上での彼女の存在感は際立っていたし、12期メンバーを相手にしたMCでも「そこまで言うか」と突っ込みたくなるほど弾けていた。かと思えば、一歩退いた感じになったり、変に落ち着いていたりするときもある。平たく言えば、いろいろな意味でライブ感のあるメンバーだ。
6月には演劇女子部の公演が開催。モーニング娘。'16のメンバー総出演で、演目は萩尾望都原作の「続・11人いる!」である。宇宙船内を舞台にした「11人いる!」の方が戯曲にしやすいはずだが、選ばれたのは社会的なメッセージ性の強い続編。その理由について、パンフレットには「(原作を知らない人に)脳をフルに活用していただきたいと思ったから」(丹羽多聞アンドリウ)と書かれている。
公演は「東の地平」「西の永遠」に分けられ、Wキャストで行われた。私自身が感銘を受けたのは「東の地平」の方。内容はいつもながらアイドルが短い練習期間でこなした舞台という次元を超えていた。誠実で内向的なタダ役に石田亜佑美、両性体の身でタダのことを愛しつつも葛藤するフロル役に工藤遥、火消しのプロであるレッド役に生田衣梨奈、というキャスティングは私には望ましいものに思えたし、何よりバセスカ役の譜久村聖とフォース役の小田さくらの競演に目を見張らされた。
この2人によって体現されたバセスカとフォースの関係性は、ある意味、タダとフロルのそれよりもドラマティックなものだったと言える。かつて宇宙大学の最終テストを共にクリアした仲間なのに、戦争の危機を前に、敵同士になってしまった2人が対峙する迫真の場面など、台詞廻しも歌唱も圧巻で、クライマックスと呼ぶにふさわしい熱量にあふれていた。こんな場面をモーニング娘。'16のメンバーが演じ切っていることを世間の人が知らないのは惜しいが、これもファンの特権と考えておく。
現体制のパフォーマンスは(誰にどういう風に歌割が振り分けられるかにもよるけど)比較的良い形で安定しているし、歌に限らず芝居でも柔軟な対応力を発揮している。場数を踏むことで本番にも強くなってきている。この時期、このタイミングのモーニング娘。'16がテレビの音楽番組などに出演する機会を増やすのは、ファンとしては嬉しい。と同時に、彼女たちにはメディアでの扱いに翻弄されず、周辺のアイドル情勢にもその枠内で行われる無益な比較論にも惑わされず、自分たちのステージを輝かせることだけを考えながら我が道を歩んでほしいと思っている。
「泡沫サタデーナイト!」で「私だけにしかきっと踊れないそんなビートがある」と歌われているように、モーニング娘。'16には何ものにも染まらない独自のカラーがあり、彼女たちにしか体現できないビート感や歌声のバランス感がある。それらは揃うべくして揃ったメンバーが共に練習を積むことで確立される美学的特性と言い換えることもできるだろう。安易な比較を許さないその特性を、現メンバーがどのように増強させ、次のシングルやアルバム(出るかどうか分からないけど)、秋のコンサートツアーでどこまで示すことができるのか楽しみだ。
(阿部十三)
【関連サイト】
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モーニング娘。'16 「泡沫サタデーナイト!」(Official)
ハロ!ステ(Hello! Project Station)
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