文化 CULTURE

人狼、狼男の伝説

2019.11.26
伝説のはじまり

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 三大モンスターといえばドラキュラ、フランケンシュタイン、狼男である。しかし、狼男はビジュアルが毛むくじゃらな動物で、不気味な雰囲気やオリジナリティに欠ける。
 ドラキュラとフランケンシュタインには、それぞれブラム・ストーカー、メアリー・シェリーが書いた超有名小説があるのに、それらに匹敵する「狼男が主人公」の文学作品がないのも物足りない。デュマの『狼使い』があると言っても、現在読んでいる人は皆無に等しいだろう。ホラー映画の世界で、傑作と呼べる「狼男主演」の作品が少ないのも、残念な点だ。

 とはいえ狼男は由緒正しきモンスターであり、その起源は古く、ギリシャ神話にまで遡る。古代ギリシャの時代、アルカディアの王であったリュカオンは、宮殿に現れたゼウスに人肉を食べさせようとしたため、ゼウスの怒りを買い、狼の姿に変えられた。狼男第一号の誕生である。
 文学の世界では、古代ローマ時代に書かれた『サテュリコン』の一挿話に、月光を浴びて変身する狼男が少しだけ登場したのがおそらく最初だろう。これ以降、狼男にまつわる伝説、歴史的事件はヨーロッパを中心に数多く記録されている。

ヨーロッパの事件

 「狼男」と書いたが、女性が狼に変身すれば「狼女」である。両者を併用して話を進めるのは煩雑なので、ここからは「人狼」と表記する。「人狼」は人間から完全な狼に変身し、「狼男(狼女)」は人間から二足歩行の獣人に変身する、という定義もあるようだが、理屈っぽいので、まとめて「人狼」と呼びたい。

 16世紀のフランス、ドイツでは、人々が人狼への恐怖や警戒心を募らせていたという。世は「魔女狩り」の時代である。当時、人間が狼と化すのは黒魔術によるものと言われていた。そのため人狼は魔女との関わりを疑われ、狩りの対象とされた。おそらく噂や中傷だけで処刑された人もいたことだろう。

 処刑された人狼の中で有名なのは、フランスのジル・ガルニエ、ガンディヨン一家である。ドイツでもペーター・シュトンプという人狼が、16人を殺害した罪で処刑された記録が残っている。1602年には、スイスでスザンヌ・プレボーら3人の女性が、狼に変身して人間を襲い、裁判にかけられた。ガンディヨン一家とプレボーらについては、黒魔術との関連が指摘されている。17世紀には人狼騒動も徐々に治まってきたが、シャルル・ペローの『赤ずきん』が1697年に世に出ると、童話の形を借りて、人狼への恐怖が語り継がれることになる。

 フランス史の暗部にある18世紀半ばの未解決事件、いわゆる「ジェヴォーダンの獣」も、実は人狼の仕業ではないかという説がある。1764年6月、ジェヴォーダン地方で牛飼いの女性が狼に似た獣に襲われたのを皮切りに、被害者が続出、中には食べられて命を落とす者もいた。この事件はルイ15世の耳にも届き、討伐隊が派遣されたが、なかなか捕まえることができず、80人以上(100人以上とも)が犠牲になったと言われている。ジャン・シャステルという猟師が巨大な獣を射殺したのは1767年6月のこと。これにより犠牲者は出なくなったが、獣の正体が何だったのかは不明なままである。

人狼と鬼

 人狼を病気の一種とする見方もある。「リカントロピー」だ。これは、自分は狼ではないかという妄想に取り憑かれる病であり、外見が変わるわけではない。端的に言えば、思い込みや憑き物が原因とされている。その立場で説明しようとすれば、月を見て狼に変身する設定も、月の満ち欠けが人間の肉体や精神に及ぼす影響への恐れに起因している、ということになるのだろう。満月の夜は本能が先行する、とは昔からよく聞く話だ。

 歴史的背景について穿った見方をするなら、16世紀は宗教改革の嵐が吹き荒れた時期であり、宗教上の反目から暴力に及ぶ者は多かったであろうと推測される。そういった背景を踏まえると、普通の人間が人狼と化し、世を騒がせるという出来事に、虐げられた者の怒り、不安、絶望を読み取ることができそうだ。同時に、人狼を黒魔術と結びつけることは異端迫害の方便だったのではないかと考えることも可能だろう。

 そんな人狼の姿はどことなく日本の鬼を思わせる。馬場あき子著『鬼の研究』によると、人が鬼になる理由には、権力者による迫害への憤怒、踏みにじられた愛情、裏切り者への復讐心、体制への不適合、極限の孤独などがあった。負の感情は怪物の温床なのだ。弱き者を追い込めば、やがて狂える鬼になる。童話に登場して退治される鬼も、人狼も、もとは弱者だったのかもしれない。

『倫敦の人狼』

 話を戻そう。ここではモンスターとしての人狼について語りたい。
 人狼を取り上げた文学作品には『吸血鬼ドラキュラ』、『フランケンシュタイン』に並ぶ傑作はない。人狼をポピュラーにしたのはユニバーサル映画である。

 といっても、人狼を主人公にした1作目『倫敦の人狼』(1935年)は失敗に終わった。これはストーリーに難がある。植物学者グレンドン(ヘンリー・ハル)は、人狼に咬まれたことが原因で人狼になった哀れな男だ。美人妻はそんな夫を放り出して、正義ヅラをした元彼と遊びに行く。グレンドンは狼に変身しても弱く、愛妻につきまとう元彼を追い払うことすらできない。要するに、全然怖くない。

 ストレスのたまる映画だが、人間が人狼と化す原因に「咬まれること」という項目が公的に加わったのは、『倫敦の人狼』からである。咬むことで仲間を増やすのは吸血鬼と同じだが、セルビアでは吸血鬼と人狼はまとめて「Vulkodlak」と呼ばれているし、「人狼が死ぬと吸血鬼になる」という言い伝えもあるので、共通点が増えるのは道理である。
(阿部十三)


【関連サイト】
人狼、狼男の伝説 [続き]

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