アルチュール・ランボーの「永遠」
2021.05.09
字幕
初めて観たときのことを思い出す。私は17歳だった。
太陽の光に照らされた水平線、ジャン=ポール・ベルモンドとアンナ・カリーナの囁き声、アルチュール・ランボーの詩――。『気狂いピエロ』のラストカットである。
Elle est retrouvée.
Quoi ? L'éternité.
C'est la mer allée
Avec le soleil.
みつかった
何が?
永遠が
海が
太陽にとけこむ
(柴田駿訳)
内容はほとんど理解できなかったが、最後にこの詩が読まれたとき、美しい映画だと感じた。それ以来、ランボーの詩を読むようになった。
ジャン=リュック・ゴダール監督が引用したのは、1872年5月に書かれた詩、「永遠」の一部である。執筆当時、ランボーは17歳だった。この詩はもともと『忍耐の祭り』の一編であったが、1873年に手を加えられ、『地獄の季節』の「錯乱II (言葉の錬金術)」の中に入れられた。
『気狂いピエロ』の字幕は数バージョンある。私がレンタルビデオ店で借りたのはパック・イン・ビデオのVHS版だったが、版権が変わったため、今は入手するのが難しい。その後、リリースされたDVDでは誤訳のような字幕になっていたが、現在では改められ、寺尾次郎が訳したものがDVD化されている。
また見つかった! 何が?
永遠が
太陽と共に去った 海が
(寺尾次郎訳)
「また見つかった」と訳したのは、〈retrouver〉の接頭詞〈re-〉を踏まえているからなのだろう。単に「見つかった」とする方が自然だが、『気狂いピエロ』に限って言えば、美しい水平線のカットが何度も出てくるので、「また」を付けても違和感はない。
中原中也と金子光晴
また見付かつた。
何がだ? 永遠。
去(い)つてしまつた海のことさあ
太陽もろとも去(い)つてしまつた。
『ランボオ詩集』(中原中也訳 野田書房)
とうとう見つかったよ。
なにがさ? 永遠というもの。
没陽といっしょに、
去(い)ってしまった海のことだ。
『イリュミナシオン』(金子光晴訳 角川書店)
出版された年代は違うが(中原訳は1937年、金子訳は1951年)、どちらも終助詞に「さ(さあ)」が用いられ、〈allée〉が「去ってしまった」と訳されている。2人の感性が出ているのは、「もろとも」と「没陽」だろう。中原は「もろとも」という言葉を『渇の喜劇』の訳詩でも使っている(「さば雲もろとも融けること」)。一方、「没陽」は金子の詩集『こがね蟲』にある詩句を想起させる(「没陽は、最後迄、燃ゆる其額にある」)。
9種類の「錯乱II」
先述したように、「永遠」は手を加えられ、『地獄の季節』の「錯乱II (言葉の錬金術)」に移植された。変更点はかなり多い。映画に引用された箇所も次のように変わっている。
Elle est retrouvée !
Quoi ? l'Éternité.
C'est la mer mêlée
Au soleil.
〈allée(去った)〉が〈mêlée(溶けた)〉になっているところに注目したい。「去った」よりも「溶けた」の方が、太陽と海が一体となった印象があり、より抽象的に美しく昇華されているように私には感じられる。ただ、日本語に訳すのは難しそうだ。
繊細な詩は、ほんのちょっとした表現の違いで語感が大きく変わる。好きなフレーズは、より自分が共感できる、自分の感性に合った訳で味わいたい。私は数種類しか知らなかったが、この機会に9種類の和訳に目を通してみた。
また見附かつた、
何が、永遠が、
海と溶け合ふ太陽が。
『ランボオ詩集』(小林秀雄訳 東京創元社)
もう一度探し出したぞ。
何を? 永遠を。
それは、太陽と番(つが)った
海だ。
『ランボー詩集』(堀口大學訳 新潮社)
あれがまた見つかった!
なにが? 永遠が。
それは溶け合わされた海、
太陽に。
『新篇 ランボー詩集』(清岡卓行訳 河出書房)
見つかったぞ!
何がだ? 永遠。
太陽にとろけた
海。
『ランボオ全詩』(粟津則雄訳 思潮社)
あった、あった!
何が? 永遠が。
太陽に混ざる
海なのさ。
『地獄での一季節』(篠沢秀夫訳 大修館書店)
あれが見つかった
何が? 永遠
太陽と溶けあった
海のことさ
『ランボー全詩集』(宇佐美斉訳 筑摩書房)
また見つかった!
なにが? 永遠。
太陽と
溶け合う海。
『ランボー全集』(湯浅博雄訳 青土社)
また見つかった!
何が? 永遠。
太陽に混じった
海だ。
『ランボー詩集』(鈴木創士訳 河出書房)
また見つかったよ!
何がさ? 永遠。
太陽に
とろける海さ。
『ランボー全集 個人新訳』(鈴村和成訳 みすず書房)
好みの「永遠」を探して
こうして並べてみると、「溶け合う」、「とろける」、「混ざる」が複数の訳者に用いられていることが分かる。異色なのは堀口訳の「番った」で、海と太陽をつがいにしている。「番った」や「とろけた」や「とろける」だと、性的なニュアンスを帯びるので好みが分かれそうだ。ただ、最後の行を「海。」で終えた粟津訳には余韻があり、私は好きである。
篠沢訳、宇佐美訳、鈴村訳には、中原や金子と同じように「さ」が使われている。「海なのさ」なんて口で言うと少々キザに響くが、文学青年の青春の香りがする表現だ。小林秀雄の訳は戦前から親しまれているもので、読点を多用してリズムを重んじ、「永遠が、海と溶け合ふ太陽が。」を五・七・五でまとめている。
篠沢訳、宇佐美訳、鈴村訳には、中原や金子と同じように「さ」が使われている。「海なのさ」なんて口で言うと少々キザに響くが、文学青年の青春の香りがする表現だ。小林秀雄の訳は戦前から親しまれているもので、読点を多用してリズムを重んじ、「永遠が、海と溶け合ふ太陽が。」を五・七・五でまとめている。
それぞれに良さがあるが、私が最も気に入っているのは最初に引用した柴田駿の字幕である。結局、ルーツからは離れられないということか。
みつかった
何が?
永遠が
海が
太陽にとけこむ
(柴田駿訳)
何が?
永遠が
海が
太陽にとけこむ
(柴田駿訳)
ランボーの詩は最近ほとんど読まなくなってしまったが、先日、『地獄の季節』を読み返してみて圧倒された。今も昔も詩才とは無縁なのに、こんな詩を書けたら凄いだろうなと憧れる気持ちがまだ自分の中にあるようだ。
(阿部十三)
【関連サイト】
『気狂いピエロ』(DVD)
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