オットー・プレミンジャー 〜タブーへの挑戦〜
2011.02.24
世の中には、傍目には不利としか思えないような条件を逆手に取り、そのつど成功を収めてしまうツワモノがいる。オットー・プレミンジャーはまさにそんなタイプの筆頭に挙げるべき映画監督である。1950年代当時はまだタブー視する人が多かったセックス(『月蒼くして』)、黒人のヒロイン(『カルメン』)、麻薬中毒(『黄金の腕』)、レイプ(『或る殺人』)といった題材や設定を扱いながら、キワモノ監督と軽んじられることなく、第一級の監督としての地歩を固めてきたその実力と見識の高さ、そして運の強さは普通ではない。
とくに1953年、「バージン」や「妊娠」という性的な言葉が映画で初めて連発された『月蒼くして』によって、旧時代の映画倫理規定を変革に導いたことは、今も映画史上の事件として語りぐさになっている。ジーン・セバーグを『聖女ジャンヌ・ダーク』のジャンヌ役、『悲しみよこんにちは』のセシル役に起用し、ブレイクへの布石を作ったのもプレミンジャーだ。彼がいなければ、「セシル・カット」もなかった。
監督としての出世作は1944年の『ローラ殺人事件』。ジーン・ティアニーの名を不朽のものにしたサスペンスである。1950年の『歩道の終わる所』は、誤って容疑者を殺した暴力刑事の苦悩の物語。『ローラ殺人事件』でエキセントリックなタフガイ刑事に扮した、見るからに木石のようなダナ・アンドリューズから意外なほど繊細な演技を引き出している。容疑者の別居中の妻を演じたティアニーの演技も、深みを増している。思いがけない展開を見せるストーリーも良い。
1954年の『帰らざる河』では、「セックス・シンボル」のマリリン・モンローが素朴な美しさで魅せる娯楽西部劇。凡百の監督が手がけていたら退屈な川下り映画になっていたに違いないが、冗漫な感傷を排した演出とモンローの好演が救いになっている。1955年の『黄金の腕』は、先述したように麻薬の恐怖を描いた問題作で、フランク・シナトラが『地上より永遠に』以上の演技を披露している。
おそらくプレミンジャー自身が最も心血を注いで作り上げた作品は、イスラエルの建国ドラマ『栄光への脱出』とアメリカ人神父の葛藤の遍歴を描いた『枢機卿』だろう。どちらも3時間を超える大作だ。政治的ないし宗教的な主張がはっきり出ているだけに、好き嫌いは分かれそうだが、変に重々しくならず、力強い演出で見せてしまうその牽引力はさすがである。
『栄光への脱出』の脚本を担当したのは、赤狩りでアメリカを追放された才人ダルトン・トランボ。実名を出せなかった時期に、イアン・マクレラン・ハンターの名を借りて『ローマの休日』の脚本を手がけていた、という話には誰もが驚かされたものだ。その彼が、ようやく実名を出せるようになった頃の作品である。
『枢機卿』にはカトリックとナチスの関係についてのカトリック側の回答が反映されており、その点でも注目を浴びたが、あまりそういうことばかりに気を取られすぎていると、せっかくの力作が壮大な宗教的美談にしか見えなくなる。これはプレミンジャーの職人技と、魅惑的なヒロイン(キャロル・リンレー、ロミー・シュナイダー)と、見ているだけでひれ伏したくなるような脇役バージェス・メレディスの名演を堪能すべき作品としておきたい。
プレミンジャーの代表作としてしばしば挙げられる法廷サスペンス『或る殺人』は、ソール・バスによるタイトル・デザインとデューク・エリントンの音楽が衝撃的。公開から半世紀以上経っていることもあり、かつて好奇の目を集めた「レイプか? 不倫か?」のストーリー自体には新鮮さはないが、ソール・バスとデューク・エリントンのコラボレーションは今観てもドキッとさせるセンスの良さである。
【関連サイト】
OTTO PREMINGER.COM
とくに1953年、「バージン」や「妊娠」という性的な言葉が映画で初めて連発された『月蒼くして』によって、旧時代の映画倫理規定を変革に導いたことは、今も映画史上の事件として語りぐさになっている。ジーン・セバーグを『聖女ジャンヌ・ダーク』のジャンヌ役、『悲しみよこんにちは』のセシル役に起用し、ブレイクへの布石を作ったのもプレミンジャーだ。彼がいなければ、「セシル・カット」もなかった。
監督としての出世作は1944年の『ローラ殺人事件』。ジーン・ティアニーの名を不朽のものにしたサスペンスである。1950年の『歩道の終わる所』は、誤って容疑者を殺した暴力刑事の苦悩の物語。『ローラ殺人事件』でエキセントリックなタフガイ刑事に扮した、見るからに木石のようなダナ・アンドリューズから意外なほど繊細な演技を引き出している。容疑者の別居中の妻を演じたティアニーの演技も、深みを増している。思いがけない展開を見せるストーリーも良い。
1954年の『帰らざる河』では、「セックス・シンボル」のマリリン・モンローが素朴な美しさで魅せる娯楽西部劇。凡百の監督が手がけていたら退屈な川下り映画になっていたに違いないが、冗漫な感傷を排した演出とモンローの好演が救いになっている。1955年の『黄金の腕』は、先述したように麻薬の恐怖を描いた問題作で、フランク・シナトラが『地上より永遠に』以上の演技を披露している。
おそらくプレミンジャー自身が最も心血を注いで作り上げた作品は、イスラエルの建国ドラマ『栄光への脱出』とアメリカ人神父の葛藤の遍歴を描いた『枢機卿』だろう。どちらも3時間を超える大作だ。政治的ないし宗教的な主張がはっきり出ているだけに、好き嫌いは分かれそうだが、変に重々しくならず、力強い演出で見せてしまうその牽引力はさすがである。
『栄光への脱出』の脚本を担当したのは、赤狩りでアメリカを追放された才人ダルトン・トランボ。実名を出せなかった時期に、イアン・マクレラン・ハンターの名を借りて『ローマの休日』の脚本を手がけていた、という話には誰もが驚かされたものだ。その彼が、ようやく実名を出せるようになった頃の作品である。
『枢機卿』にはカトリックとナチスの関係についてのカトリック側の回答が反映されており、その点でも注目を浴びたが、あまりそういうことばかりに気を取られすぎていると、せっかくの力作が壮大な宗教的美談にしか見えなくなる。これはプレミンジャーの職人技と、魅惑的なヒロイン(キャロル・リンレー、ロミー・シュナイダー)と、見ているだけでひれ伏したくなるような脇役バージェス・メレディスの名演を堪能すべき作品としておきたい。
プレミンジャーの代表作としてしばしば挙げられる法廷サスペンス『或る殺人』は、ソール・バスによるタイトル・デザインとデューク・エリントンの音楽が衝撃的。公開から半世紀以上経っていることもあり、かつて好奇の目を集めた「レイプか? 不倫か?」のストーリー自体には新鮮さはないが、ソール・バスとデューク・エリントンのコラボレーションは今観てもドキッとさせるセンスの良さである。
(阿部十三)
【関連サイト】
OTTO PREMINGER.COM
[オットー・プレミンジャー略歴]
1906年12月5日ウィーン生まれ。学生時に天才演出家マックス・ラインハルトに師事。ウィーン大学卒業後、演劇界で俳優、演出家として活躍。1932年『Die Grosse Liebe(The Great Lover)』で映画監督としてデビュー。ナチスの台頭を避け、ハリウッドへ。1944年『ローラ殺人事件』で評価される。以後問題作を次々と発表、話題をさらう。俳優としての代表作は1953年の『第十七捕虜収容所』(ビリー・ワイルダー監督)。そこで演じた収容所の所長役は絶賛された。私生活では3回結婚。初婚の相手マリオン・ミルとは、マリオンが前夫と離婚した30分後に結婚したという。『カルメン』のヒロイン、ドロシー・ダンドリッジとは不倫関係にあった。1986年4月23日死去。
1906年12月5日ウィーン生まれ。学生時に天才演出家マックス・ラインハルトに師事。ウィーン大学卒業後、演劇界で俳優、演出家として活躍。1932年『Die Grosse Liebe(The Great Lover)』で映画監督としてデビュー。ナチスの台頭を避け、ハリウッドへ。1944年『ローラ殺人事件』で評価される。以後問題作を次々と発表、話題をさらう。俳優としての代表作は1953年の『第十七捕虜収容所』(ビリー・ワイルダー監督)。そこで演じた収容所の所長役は絶賛された。私生活では3回結婚。初婚の相手マリオン・ミルとは、マリオンが前夫と離婚した30分後に結婚したという。『カルメン』のヒロイン、ドロシー・ダンドリッジとは不倫関係にあった。1986年4月23日死去。
[主な監督作品]
1944年『ローラ殺人事件』/1950年『歩道の終わる所』/1953年『月蒼くして』/1954年『カルメン』『帰らざる河』/1955年『黄金の腕』/1957年『聖女ジャンヌ・ダーク』/1958年『悲しみよこんにちは』/1959年『或る殺人』『ポギーとベス』/1960年『栄光への脱出』/1962年『枢機卿』/1965年『バニー・レークは行方不明』『危険な道』/1967年『夕陽よ急げ』
1944年『ローラ殺人事件』/1950年『歩道の終わる所』/1953年『月蒼くして』/1954年『カルメン』『帰らざる河』/1955年『黄金の腕』/1957年『聖女ジャンヌ・ダーク』/1958年『悲しみよこんにちは』/1959年『或る殺人』『ポギーとベス』/1960年『栄光への脱出』/1962年『枢機卿』/1965年『バニー・レークは行方不明』『危険な道』/1967年『夕陽よ急げ』
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