ジョン・スタージェス 〜諦めない男たち〜
2017.06.23
はじめに
ジョン・スタージェスは西部劇や戦争映画で名を馳せた娯楽映画の巨匠で、不屈の男たちを描いた作品で高い評価を得ていた。代表作は『荒野の七人』(1960年)と『大脱走』(1963年)。この2作だけでも、強い個性を持つ役者が大勢顔を揃えている。スティーヴ・マックイーンは言うまでもなく、ジェームズ・コバーンやチャールズ・ブロンソンのように後年大スターになった人も出演している。今の観客(彼らのことを知っている映画ファンという意味だが)が観れば、夢のような共演が実現しているのだ。そんな役者たちをリードし、まとめる力がスタージェスにはあった。昔気質で、曲がったことが嫌いで、公平さを重んじるこの監督の存在があったからこそ、彼らは全力で仕事に取り組んだのである。
スタージェスのテーマ
不屈の男。これはスタージェスが好んだテーマだ。主人公は不利な状況下にあっても諦めない。『荒野の七人』や『大脱走』だけでなく、『ブラボー砦の脱出』(1953年)、『OK牧場の決斗』(1957年)、『老人と海』(1958年)、『ガンヒルの決斗』(1959年)、『戦雲』(1959年)などを観ても、その傾向はくだくだしく説明する必要がないほどはっきりしている。もう一つ、人種差別を拒否する態度も明確である。例えば、『荒野の七人』でクリス(ユル・ブリンナー)とヴィン(スティーヴ・マックイーン)が登場する場面では、先住民の遺体を埋葬したがらない町で、クリスがヴィンの協力を得て、先住民を差別する者たちを駆逐し、馬車で遺体を墓地まで運ぶことに成功する。
『ブラボー砦の脱出』は南北戦争の時期の話だが、メスカレロ族を相手に、南軍北軍の隔てなく共に戦う。かといって、先住民を差別するのではなく、メスカレロ族ではない先住民を味方にするという図式をとっている。『ガンヒルの決斗』は、主人公の保安官が先住民の女性と結婚している設定である。『戦雲』では、主人公の米軍大尉がビルマでカチン族と共に日本軍と戦う。そして、入院したカチン族の戦士を差別し、劣悪な食事を用意する連合軍側を「これが民主主義か」と非難する。砂嵐のシーンが迫力満点の初期作品『The Walking Hills』(1949年)では、ジョシュ・ホワイトが胸にしみるブルースを延々と歌い、白人たちがしみじみと耳を傾けている。『日本人の勲章』(1955年)は、戦争中、日系二世の兵士に命を助けられた過去を持つ主人公が、亡くなったその兵士の勲章を親に届けるため、アメリカ西部の田舎町に向かうが、親は日本人であるがゆえに町の男たちに惨殺されていた、という話である。
『大脱走』も、巷にはびこる反ナチス映画とはひと味もふた味も違う。捕虜収容所の所長(ハンネス・メッセマー)は、話の分からない人間ではなく、連合軍捕虜との接し方は紳士的で、ゲシュタポに敵対的態度をとっている。ほかにも、初日に脱走を企てた者を見逃してやる看守長がいたり、調達屋のアメリカ人ヘンドリー(ジェームズ・ガーナー)に弄ばれるドイツ兵がいたりと、非人道的イメージとはかけ離れている。当時、こんな風に描かれるナチスを初めて観たという人は多かったに違いない。実際のところ、捕虜たちの真の試練は、収容所を脱走した後に始まるのだ。
鮮やかな演出
広大なロケーションでの撮影を得意とし、引きの映像をうまく使うのもこの監督の特徴である。それが圧倒的効果を発揮している一例が、『ブラボー砦の脱出』のクライマックスだ。メスカレロ族に狙われたローパー大尉(ウィリアム・ホールデン)たちが、わずかな窪地に身を隠して戦う中(7人で戦っていたが、1人は夜になると馬に乗って逃走。救援を呼びに行く)、メスカレロ族が謎の行動を見せ、窪地の周りに妙な目印をつけて退却する。それからしばらく静寂が続いた後、メスカレロ族がその目印の中に落下するように、前後の岩山から大量の矢を放つ。矢の雨の中、ローパーたちは逃げ場もなく、一人また一人と犠牲になる。落ちてくる矢の乾いた音響の不気味さと視覚的な恐ろしさに、思わず身をよじらせたくなるシーンだ。
『ゴーストタウンの決斗』(1958年)でも、似たようなシチュエーションが描かれる。クリント(リチャード・ウィドマーク)率いる強盗団と、かつてその仲間だったが今は保安官になっているジェイク(ロバート・テイラー)、婚約者ペギー(パトリシア・オーエンス)の計7人(『ブラボー砦の脱出』と同じ人数)が、ゴーストタウンに着いた後、コマンチ族に襲われるのだ。その際、広大な自然を背景にした奥行きのある構図を巧みに使い、隔離された場所の不気味さと逃げ場のない緊張感を演出している。そして、いきなり矢が放たれ、強盗団のメンバーが狩られる。アクションのテンポは文句なしに素晴らしい。
このシーンでコマンチ族に殺されるのは、同情できない悪党ばかりである。しかし、『ゴーストタウンの決斗』は単なる勧善懲悪ものではない。元強盗の保安官という人物設定からして、ひねりがきいている。悪役スター時代の「ハイエナ」ことリチャード・ウィドマークがその魅力を爆発させ、二枚目のロバート・テイラーを完全に食っているのも、スタージェスの狙いだろう。コマンチ族との戦いが終わった後、いよいよジェイクとクリントが決着をつけるという時に、ジェイクが早撃ち対決を避けて身を隠すのも、西部劇のヒーローらしくない。アメリカの子供たちはこれを観て、どう思ったのだろう。クリントの方に肩入れして観ていた人も多かったのではないか。
スタージェスは若い頃編集の経験を積んでいたこともあり、撮影にはほとんど無駄がなかった。カメラワークは雄弁そのものだが、小細工を弄した演出は好まず、過剰な演技や感傷性を排した。その長所が最も簡潔かつ明瞭に示された傑作が、『ガンヒルの決斗』だ。保安官モーガン(カーク・ダグラス)の愛妻を暴行殺害した犯人は、親友ベルデン(アンソニー・クイン)の一人息子だった、という救いのないストーリーである。映画冒頭は、子連れの女性が馬車を走らせているのどかなシーンで始まり、数分後は修羅場になり、そこからは引き締まった演出で観客を牽引する。そして、最後は早撃ち対決で幕を閉じる。シンプルな話の流れの中に、主要人物たちの心理的葛藤、ベルデンの下僕と化した町の人々の反応が深刻な影を落とし、波を起こす。孤立無援に陥りながら自棄にならず、職務と正義を全うすることを諦めないモーガンの苦境(彼は自分のしていることがどういう結末を招くのか覚悟していたようにも思える)よりも、友人、親子、男女の関係で苦しい立場に置かれたベルデンの懊悩の方が辛そうに見えるうらみはあるが、全体のまとまりの良さには文句のつけようがない。
【関連サイト】
ジョン・スタージェス 〜諦めない男たち〜 [続き]
John Sturges
John Sturges(DVD)
ジョン・スタージェスは西部劇や戦争映画で名を馳せた娯楽映画の巨匠で、不屈の男たちを描いた作品で高い評価を得ていた。代表作は『荒野の七人』(1960年)と『大脱走』(1963年)。この2作だけでも、強い個性を持つ役者が大勢顔を揃えている。スティーヴ・マックイーンは言うまでもなく、ジェームズ・コバーンやチャールズ・ブロンソンのように後年大スターになった人も出演している。今の観客(彼らのことを知っている映画ファンという意味だが)が観れば、夢のような共演が実現しているのだ。そんな役者たちをリードし、まとめる力がスタージェスにはあった。昔気質で、曲がったことが嫌いで、公平さを重んじるこの監督の存在があったからこそ、彼らは全力で仕事に取り組んだのである。
スタージェスのテーマ
不屈の男。これはスタージェスが好んだテーマだ。主人公は不利な状況下にあっても諦めない。『荒野の七人』や『大脱走』だけでなく、『ブラボー砦の脱出』(1953年)、『OK牧場の決斗』(1957年)、『老人と海』(1958年)、『ガンヒルの決斗』(1959年)、『戦雲』(1959年)などを観ても、その傾向はくだくだしく説明する必要がないほどはっきりしている。もう一つ、人種差別を拒否する態度も明確である。例えば、『荒野の七人』でクリス(ユル・ブリンナー)とヴィン(スティーヴ・マックイーン)が登場する場面では、先住民の遺体を埋葬したがらない町で、クリスがヴィンの協力を得て、先住民を差別する者たちを駆逐し、馬車で遺体を墓地まで運ぶことに成功する。
『ブラボー砦の脱出』は南北戦争の時期の話だが、メスカレロ族を相手に、南軍北軍の隔てなく共に戦う。かといって、先住民を差別するのではなく、メスカレロ族ではない先住民を味方にするという図式をとっている。『ガンヒルの決斗』は、主人公の保安官が先住民の女性と結婚している設定である。『戦雲』では、主人公の米軍大尉がビルマでカチン族と共に日本軍と戦う。そして、入院したカチン族の戦士を差別し、劣悪な食事を用意する連合軍側を「これが民主主義か」と非難する。砂嵐のシーンが迫力満点の初期作品『The Walking Hills』(1949年)では、ジョシュ・ホワイトが胸にしみるブルースを延々と歌い、白人たちがしみじみと耳を傾けている。『日本人の勲章』(1955年)は、戦争中、日系二世の兵士に命を助けられた過去を持つ主人公が、亡くなったその兵士の勲章を親に届けるため、アメリカ西部の田舎町に向かうが、親は日本人であるがゆえに町の男たちに惨殺されていた、という話である。
『大脱走』も、巷にはびこる反ナチス映画とはひと味もふた味も違う。捕虜収容所の所長(ハンネス・メッセマー)は、話の分からない人間ではなく、連合軍捕虜との接し方は紳士的で、ゲシュタポに敵対的態度をとっている。ほかにも、初日に脱走を企てた者を見逃してやる看守長がいたり、調達屋のアメリカ人ヘンドリー(ジェームズ・ガーナー)に弄ばれるドイツ兵がいたりと、非人道的イメージとはかけ離れている。当時、こんな風に描かれるナチスを初めて観たという人は多かったに違いない。実際のところ、捕虜たちの真の試練は、収容所を脱走した後に始まるのだ。
鮮やかな演出
広大なロケーションでの撮影を得意とし、引きの映像をうまく使うのもこの監督の特徴である。それが圧倒的効果を発揮している一例が、『ブラボー砦の脱出』のクライマックスだ。メスカレロ族に狙われたローパー大尉(ウィリアム・ホールデン)たちが、わずかな窪地に身を隠して戦う中(7人で戦っていたが、1人は夜になると馬に乗って逃走。救援を呼びに行く)、メスカレロ族が謎の行動を見せ、窪地の周りに妙な目印をつけて退却する。それからしばらく静寂が続いた後、メスカレロ族がその目印の中に落下するように、前後の岩山から大量の矢を放つ。矢の雨の中、ローパーたちは逃げ場もなく、一人また一人と犠牲になる。落ちてくる矢の乾いた音響の不気味さと視覚的な恐ろしさに、思わず身をよじらせたくなるシーンだ。
『ゴーストタウンの決斗』(1958年)でも、似たようなシチュエーションが描かれる。クリント(リチャード・ウィドマーク)率いる強盗団と、かつてその仲間だったが今は保安官になっているジェイク(ロバート・テイラー)、婚約者ペギー(パトリシア・オーエンス)の計7人(『ブラボー砦の脱出』と同じ人数)が、ゴーストタウンに着いた後、コマンチ族に襲われるのだ。その際、広大な自然を背景にした奥行きのある構図を巧みに使い、隔離された場所の不気味さと逃げ場のない緊張感を演出している。そして、いきなり矢が放たれ、強盗団のメンバーが狩られる。アクションのテンポは文句なしに素晴らしい。
このシーンでコマンチ族に殺されるのは、同情できない悪党ばかりである。しかし、『ゴーストタウンの決斗』は単なる勧善懲悪ものではない。元強盗の保安官という人物設定からして、ひねりがきいている。悪役スター時代の「ハイエナ」ことリチャード・ウィドマークがその魅力を爆発させ、二枚目のロバート・テイラーを完全に食っているのも、スタージェスの狙いだろう。コマンチ族との戦いが終わった後、いよいよジェイクとクリントが決着をつけるという時に、ジェイクが早撃ち対決を避けて身を隠すのも、西部劇のヒーローらしくない。アメリカの子供たちはこれを観て、どう思ったのだろう。クリントの方に肩入れして観ていた人も多かったのではないか。
スタージェスは若い頃編集の経験を積んでいたこともあり、撮影にはほとんど無駄がなかった。カメラワークは雄弁そのものだが、小細工を弄した演出は好まず、過剰な演技や感傷性を排した。その長所が最も簡潔かつ明瞭に示された傑作が、『ガンヒルの決斗』だ。保安官モーガン(カーク・ダグラス)の愛妻を暴行殺害した犯人は、親友ベルデン(アンソニー・クイン)の一人息子だった、という救いのないストーリーである。映画冒頭は、子連れの女性が馬車を走らせているのどかなシーンで始まり、数分後は修羅場になり、そこからは引き締まった演出で観客を牽引する。そして、最後は早撃ち対決で幕を閉じる。シンプルな話の流れの中に、主要人物たちの心理的葛藤、ベルデンの下僕と化した町の人々の反応が深刻な影を落とし、波を起こす。孤立無援に陥りながら自棄にならず、職務と正義を全うすることを諦めないモーガンの苦境(彼は自分のしていることがどういう結末を招くのか覚悟していたようにも思える)よりも、友人、親子、男女の関係で苦しい立場に置かれたベルデンの懊悩の方が辛そうに見えるうらみはあるが、全体のまとまりの良さには文句のつけようがない。
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