ジョセフ・L・マンキーウィッツについて その1
2018.11.01
映画に精通した人
ジョセフ・L・マンキーウィッツは戦後のハリウッドで最も信頼の置けるヒットメーカーの一人だった。知性とユーモアに溢れた才人で、サスペンス、ミュージカル、文芸劇、心理劇、史劇、西部劇と何でも撮り、それらの大半で自ら脚本も手がけた。巨額の製作費を投じた『クレオパトラ』(1963年)が失敗作とみなされてからは評価を落としたが、これも昨今では当時のゴシップネタと切り離して観られるようになり、改めてその演出と脚本の魅力が注目されている。また、遺作となった『探偵スルース』(1972年)は今なお人気が高く、ミステリー映画ランキングの常連である。
実兄は『市民ケーン』や『打撃王』の脚本を手がけたハーマン・J・マンキーウィッツ。12歳下の弟は、兄の後を追うように脚本を書き、『唄へ!踊れ!』『男の世界』『麦秋』などで才能をみせたが、やがてプロデューサーに転向、『激怒』『フィラデルフィア物語』『女性No.1』を成功させ、37歳の時に『呪われた城』(1946年)で監督デビューを果たした。この時点で、彼はすでに映画人として申し分のないキャリアを積んでいたと言える。また、製作者の立場でフリッツ・ラング、ジョージ・キューカーといった名監督の仕事を見て自身のセンスを磨いていた。そこから監督として成熟するまでにさほど時間はかからなかった。
『三人の妻への手紙』
マンキーウィッツの映画はまず設定が面白い。ナレーションやモノローグを活かしたストーリーテリングも魅力だ。その美点が詰まっているのが『三人の妻への手紙』(1949年)。5月の土曜日、3人の人妻デボラ(ジーン・クレイン)、リタ(アン・サザーン)、ローラ・メイ(リンダ・ダーネル)が遊覧船に乗る直前に、手紙が届く。「今夜、あなた方のご主人の中の一人と駆け落ちします。アディ」ーーアディは魅惑的な美女で、3人の男のアイドル的存在だ。3人の妻はもしかしたらと思いつつも、悪い冗談だと取り合わず、遊覧船に乗る。しかし、それぞれが抱える夫婦の問題を思い起こし、もしかすると自分の夫が......と不安になる。
アディのナレーションで物語が進むのだが、肝心の本人は顔を見せない。その演出が粋で、しかもオチの付け方が素晴らしく、当時高校生でこういう映画を観たことがなかった私は、「この監督は天才ではないか」と思ったものだ。キーパーソンがいわばXの状態にあるーー観客から顔が見えないーーという設定は、『去年の夏 突然に』(1959年)にも活かされている。
姿が見えないほどではないが、『記憶の代償』(1946年)の記憶喪失者テイラー、『イヴの総て』(1950年)の新人女優イヴ、『うわさの名医(ピープル・ウィル・トーク)』(1951年)の天才医師ノアとその友人シャンダーソンなども、Xの状態にある人物で、素性が曖昧である。もとを辿れば、出世作『幽霊と未亡人』(1947年)の幽霊も、未亡人(とその娘)にしか見えない存在として描かれていた。このような設定は、マンキーウィッツの十八番だったのである。
『イヴの総て』
マンキーウィッツは『三人の妻への手紙』でアカデミー監督賞と脚色賞を受賞し、翌年の『イヴの総て』でも同賞を受賞した。これは田舎からニューヨークに出てきた小娘イヴ(アン・バクスター)が大女優マーゴ(ベティ・デイヴィス)に巧みに取り入り、やがて評論家のアディソン(ジョージ・サンダース)を味方につけ、さらにマーゴの恋人ビル(ゲイリー・メリル)を誘惑し、のし上がろうとする話だ。
いわゆる内幕もので、演劇界の裏側が活写されている。ビルの誕生日パーティーの場面など人物の動かし方が実に巧く、自分もその場にいるような錯覚を覚えてしまう。アディソンが自分に対して偉そうな態度をとりはじめたイヴの化けの皮をはがすシーンも、会話と感情の流れが自然で、なおかつ緊張感があり隙がない。そして何より、老いを迎えつつある独身の大女優の矜恃、不安、嫉妬を全部さらけ出したベティ・デイヴィスの名演は、永久に記憶されるべきものだ。もっとも、この映画で一番酷い目に遭うのは、善意からイヴをマーゴに引き合わせたマーゴの友人カレン(セレステ・ホルム)であり、善意とは与える相手によって我が身の不幸を招くものだという教訓を、身をもって我々に示している。
(阿部十三)
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