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フレッド・ジンネマン 〜非感傷的に、誠実に〜

2021.04.14
ドキュメンタリー的手法

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 挑戦的なテーマで数々の名作を手掛けたオーストリア出身の名監督フレッド・ジンネマンは、若い頃ロバート・フラハティの助手を務めていたことがあり、その経験を生涯の糧としていた。自伝にも「フラハティのドキュメンタリー・アプローチは、『山河遥かなり』、『男たち』、『真昼の決闘』、『尼僧物語』、『ジュリア』や他の映画を監督していた時に、私の脳裏にまざまざと甦った。職業的な意味で、彼は私のゴッドファーザーだった」と書かれている。

 デビュー作は、メキシコの漁師の生活を描いたドキュメンタリー『波』(1935年)。創作部分と実際の出来事を交えた作品で、臭い演出を施さず、非感傷に徹しているところは、後年のジンネマンの作風に通ずる。彼はキャリアの初期から、お涙頂戴の映画や甘ったるい映画には興味を示さなかった。ただ、「うんざりするようなセンチメンタリズムの映画が多かった1930年代」(監督自身の言葉)には活躍の場はなかった。

 脚光を浴びたのは『山河遥かなり』(1948年)からである。舞台は廃墟と化したドイツ。連合軍に保護された戦災孤児たちを映し出すタッチはドキュメンタリー風で、その中の一人カレル(イワン・ヤンドル)と米軍兵士(モンゴメリー・クリフト)との心温まる交流が主軸となってからは劇映画風になる。終わりの方は、強制収容所で生き別れとなった母と子がお互いを探し出す感動話が展開されるが、ジンネマンは家族を失った戦災孤児たちと対比させ、単純なハッピーエンドを拒絶している。

 『男たち』(1950年)もハードな作品で、戦争によって不治の障害を負った元兵士たちの心理が克明に浮き彫りにされている。ケン(マーロン・ブランド)とエレン(テレサ・ライト)のロマンスも、甘美さより苦味が強い。続く『テレサ』(1951年)は戦争花嫁の話。美しいイタリア人女性(ピア・アンジェリ)が米軍兵士と結婚するが、その後、文化の違いなどから姑たちとの間にシビアないざこざが起こる。

傑作3タイトル

 『真昼の決闘』(1952年)は、従来の西部劇とはひと味違う傑作。長年町の平和を守ってきた保安官のウィル(ゲイリー・クーパー)が、エイミー(グレイス・ケリー)と結婚して町を去ろうとしている時、かつて逮捕した無法者ミラーが保釈となり、正午着の列車で町に戻ってくることを知る。ウィルは周囲の協力もエイミーの理解も得られぬまま孤立し、惨めな気持ちでミラーたちと対決する。西部劇では定番の〈男の友情〉への幻想がないところが面白い。午前10時35分から正午まで、ほぼリアルタイムで時間が進行する演出も良い。ただ、それ以上に驚きなのは、多くの作品でヒーローを演じてきたゲイリー・クーパーがこの役を引き受けたことだろう。

 アカデミー作品賞を受賞した『地上より永遠に』(1953年)は、ハワイ・オアフ島を舞台にした戦争映画で、米軍内の醜い虐待を描いている。他所から転属してきた頑固な二等兵プルーイット(モンゴメリー・クリフト)が徹底的にいじめられるのだ。ただ、曹長のウォーデン(バート・ランカスター)、同僚のマジオ(フランク・シナトラ)、恋人のロリーン(ドナ・リード)との交流もあり、雰囲気は暗くない。それが、ムードメーカーであったマジオが殺された後、ドライな世界観に転じ、静けさと重さが増してくる。そして真珠湾攻撃が始まる。

 この映画は恋愛映画としての軸も持っていて、ロマンスの描写に富んでいる。特にデボラ・カーとバート・ランカスターが見せた波打ち際での熱いラヴシーンは反響を呼び、検閲の対象となった。軍の腐敗を告発した作品としても、また、過激なラブシーンを含む作品としても、問題作だったのである。『真昼の決闘』と同様、各登場人物たちの短いシーンを交差させてパズルのように作っているのも特徴で、感情を持続させる長いシーンが少ないため、必要以上に湿っぽくならない。本当に誠実で、良い映画を観たという感触が、胸にずっしりと残る。

 同じくアカデミー賞を受賞した『わが命つきるとも』(1966年)の舞台は16世紀のイギリス、主人公はトマス・モア(ポール・スコフィールド)だ。ヘンリー8世(ロバート・ショー)の離婚を認めなかったために反逆罪で処刑された大法官である。ジンネマンは歴史劇として派手とは言えない題材に挑み、信念の人の生き様を描破し、不朽の傑作に仕上げてみせた。演出は抑え気味で、トマスは感情を表に出さない。それが裁判の最後の最後、ついに声を上げる。引きで撮り、台詞の力と声の力のみでクライマックスを築くわけだが、この場面は荘厳だ。

円熟期

 『ジャッカルの日』(1973年)はド・ゴール将軍暗殺未遂事件の記録。ドキュメンタリー風に作られていて、音楽は最小限、感傷性もなく、物語は静かに進行していく。暗殺者ジャッカル(エドワード・フォックス)が銃工(シリル・キューザック)から受け取った暗殺用の銃を試し撃ちするシーンが素晴らしい。俳優の手の動き、目の動き、銃をいじる音に緊張感がある。

 『ジュリア』(1977年)は劇作家のリリアン(ジェーン・フォンダ)と、富豪の娘ジュリア(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)との友情を描いた作品である。劇作家として成功したリリアンは、ドイツで反ナチ活動を行なっているジュリアに活動資金調達を依頼され、パリからベルリンへと向かうのだが、その列車内のシーンが見どころだ。ジェーン・フォンダの繊細な演技が光っている。

 こうして映画を観てみると、物事(歴史)の裏側に目を向け、小さな社会において異質とされる存在を扱った作品が多いことに気付かされる。カレルも、ケンも、テレサも、ウィルも、プルーイットも、シスター・ルークも、ジュリアも、ジャッカルもそこに当てはまる。絶対的な権力を持つ王様に皆が従う中、首をタテに振らないトマス・モアも異質な存在である。彼らは、良いか悪いかはさておき、強い信念を抱いていて、それを絶対に曲げない。彼らはジンネマンの好む人物像であり、また、オーストリアからハリウッドへやってきた異邦人である自身の投影でもあったのだろう。
(阿部十三)


【関連サイト】
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[フレッド・ジンネマン略歴]
1907年4月29日、オーストリア生まれ。音楽家志望だったが映画の道に進み、ドイツでカメラマン助手としてキャリアをスタートさせる。ロバート・フラハティ監督の助手を経て、メキシコ映画『波』(1935年)でデビュー。MGMで目立たない仕事をした後、『山河遥かなり』(1948年)で注目される。『真昼の決闘』(1952年)と『地上より永遠に』(1953年)でハリウッドを代表する監督となり、その後も名作を世に送り続けた。『地上より永遠に』と『わが命つきるとも』でアカデミー監督賞を2度受賞。1997年3月14日、イギリスで死去。89歳だった。息子はプロデューサーのティム・ジンネマン。
[主な監督作品]
1935年『波』/1944年『第七の十字架』/1948年『山河遥かなり』/1950年『男たち』/1951年『テレサ』/1952年『真昼の決闘』/1953年『地上より永遠に』/1955年『オクラホマ!』/1957年『夜を逃れて』/1959年『尼僧物語』/1960年『サンダウナーズ』/1964年『日曜日には鼠を殺せ』/1966年『わが命つきるとも』/1973年『ジャッカルの日』/1977年『ジュリア』/1982年『氷壁の女』