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ロバート・シオドマク 〜夜の監督〜

2024.05.05
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1940年代のフィルム・ノワール

 ロバート・シオドマクは1940年代のハリウッドでフィルム・ノワールを多く手がけた監督である。夜の場面を撮るのが上手く、光と闇のコントラストを自在に駆使し、無駄のない洗練された演出で娯楽性の高いサスペンスを撮り続けた。代表作を5本挙げるとしたら、『幻の女』(1944年)、『らせん階段』(1945年)、『暗い鏡』(1946年)、『殺人者』(1946年)、『大いなる罪びと』(1949年)。低予算で時間をかけずに撮る達人で、「プログラム・ピクチャーの監督」と軽く見られていたが、今では再評価が進んでいる。

 代表作はハリウッド時代のものだが、もともとはドイツ生まれの監督である。様々な職に就いた後に映画監督としてデビューしたが、ナチスから逃れてフランスに移り、戦火を逃れてアメリカに行き、ハリウッドで活動して、また故郷に戻った。そのキャリアを大きく分けると、ドイツ期(1930年〜1933年)、フランス期(1933年〜1939年)、ハリウッド期(1941年〜1952年)、ヨーロッパ期(1953〜1969年)となる。ハリウッド期は10年ほどだが、ちょうど40代の働き盛りで、過去に積んだ経験を活かせるタイミングだった。

 得意としたのはサスペンスだが、コメディ要素の強い作品も多く、ハリウッドに来たときに最初に任されたのも低予算コメディだった。しかし、ここで腐らず、仕事を断らず、製作者と交渉しながら、質の低いシナリオに手を加え、鑑賞に堪える作品に仕上げたことで、信頼を勝ち得たようである。人望も厚く、仕事に困っていたマックス・オフュルスのために職の世話をしたこともあるらしい。また、人気が出る前のバート・ランカスター、エヴァ・ガードナー、エラ・レインズの魅力を引き出し、スター街道にのせた功労者でもある。

5本の代表作

 『幻の女』はコーネル・ウールリッチ(ウィリアム・アイリッシュ名義)原作。妻殺しの嫌疑をかけられた上司のために、女秘書が真犯人を見つけるべく捜索を始める......という話。夜や闇のシーンが素晴らしく、異常な殺人犯が自分の手を見つめるカットでは、手だけに照明を当て、恐怖感を盛り上げている。約3分に及ぶジャズセッションでのカット割もセンスに溢れ、凝ったアングルで、不穏なムードを醸している。

 『らせん階段』はエセル・リナ・ホワイト原作。田舎町で障がいのある女性を狙う連続殺人事件が起こる。その魔手は地元の名家で働く唖の女中にも迫り......。嵐の中で孤立する屋敷、ゴシックな内装、病床にいる女主人、屋敷内のわけありな人々、純真な唖の女中ーースリラーとしての設定は完璧である。女主人役のエセル・バリモア、女中役のドロシー・マクガイアのやりとりが微笑ましいが、犯人の目のアップなど非常に不気味。演出はホラー寄りである。

 『暗い鏡』は精神医学を扱ったサスペンス。有名医師が殺害され、ある女性が容疑者として浮上する。しかし、その容疑者には双子の姉妹がいた。双子にはアリバイがない。警察は心理学者に依頼し、2人に対し心理テストを行うが......。オリヴィア・デ・ハヴィランドが違和感なく2役を演じている。この作品も夜の描写が美しく、緊張感が途切れない。予測できる展開ではあるが、演出と演技の力で十分楽しませてくれる。

 『殺人者』はヘミングウェイ原作。とある町で射殺事件が起きる。保険会社の調査員が被害者の素性を調べた結果、前科のある元ボクサーだと分かる。やがてその背後に巨悪の存在が......。フラッシュバックを挟みながら事件の真相を明らかにする話法が見事。冒頭、不気味な音楽が流れ、2人組の殺し屋がダイナーに入るところからノワール感満載。ラスト近く、この2人組が不気味な音楽と共にレストランに現れるところがクライマックス。銃撃戦が始まるまでの1分足らずの場面は、カットの畳み掛けが神がかっている。

 『大いなる罪びと』はドストエフスキーの『賭博者』をベースにした作品。青年作家が汽車で出会った美女に惹かれ、同じ駅で下車する。賭博好きの彼女に誘われ、やがて青年もルーレットに手を出し、身を持ち崩す......。ルーレットのシーンでは細かく計算されたカットを積み重ね、球が転がる音を強調し、余計な音楽を使わない。グレゴリー・ペックもエヴァ・ガードナーもハマり役だが、最もインパクトがあるのは大詰めに現れて威厳と狂気を放つエセル・バリモアで、その演技は寒気を催させる(出演時間は10分もない)。

作品の特徴

 『都会の叫び』(1948年)もフィルム・ノワールの傑作。幼馴染の警部補とギャングが対立するサスペンスで、それぞれの視点でストーリーが進行する。どちらかと言えばギャングの逃亡劇がメインで、悪徳弁護士を殺害し、さらに宝石強盗犯を脅して金をせびるという展開になる。主演はヴィクター・マチュアとリチャード・コンテだが、彼ら以上に強烈な存在感を示しているのが、強盗犯役のホープ・エマーソンだ。登場シーンも印象的で、まず遠くにシルエットが現れ、暗い通路の電気をつけながら、徐々に近づいてくる。光と闇を活かしたシオドマクらしい演出である。シェリー・ウィンタースも情婦役で出演、重傷を負ったギャングを持て余す気の良さそうな女を巧く演じている。ただし、目立つ人物が多すぎて、ややまとまりに欠ける。

 モーリス・シュヴァリエ、マリー・デア主演の『罠』(1939年)はフランス時代の傑作ノワール。女の脚を見ると性的衝動と殺人衝動を抑えられなくなる異常者が登場する。ラスト10分までは面白いが(シュヴァリエが歌う場面は長すぎる)、最後に真犯人を突き止めるツメは甘い。チャールズ・ロートン主演の『容疑者』(1944年)も演出自体はスタイリッシュで鮮やかだが、ストーリーは今ひとつ。警察や隣人を嫌な奴として描き、善人の殺人犯に同情させるところは皮肉がきいている。エラ・レインズは文句なしに魅力的。

 冒頭にも書いたように、シオドマクは夜の風景、夜の室内を美しく撮る手腕に長けていた。暗くてモノクロだと、どこに誰がいて何があるか分からない状態になりがちだが、シオドマクは照明を巧みに使い、視覚に訴える映像を作り出す。夜の場面から始まることも多い。また、障害、精神病、異常性を取り扱うのも、シオドマク作品の特徴だ。例えば『らせん階段』には唖のヒロインだけでなく、女性障害者ばかりを狙う残忍な異常者が登場する。『罠』にも、『幻の女』にも、『暗い鏡』にも恐るべきサイコパスが出てくる。こういった神をも恐れぬ異常性を真正面から描き続けたところは先駆的で、現代人にも訴えてくるものがある。
(阿部十三)


【関連サイト】
[ロバート・シオドマク略歴]
1900年8月8日、ドレスデンに生まれる。高校時代に演劇に興味を抱き、叔父ハインリッヒ・ネーベンツァールの紹介で映画界へ。若きビリー・ワイルダーと親交を結ぶ。1930年に『日曜日の人々』で監督デビュー(エドガー・G・ウルマーとの共同監督)。ユダヤ人だったため、1933年にナチスの手を逃れてフランスへ移り、『フロウ氏の犯罪』や『罠』を撮る。1939年にはアメリカへ。プレストン・スタージェス監督の紹介でリパブリックと契約し、B級コメディを 。その後、ユニバーサルに移り、『幻の女』を皮切りにフィルム・ノワールを多く手掛ける。1952年にハリウッドを去り、ヨーロッパで映画を撮り続けた。1969年の『The Last Roman』が最後の監督作品。1973年8月10日、死去。2歳下の弟カール・シオドマクは脚本家で、主にホラー映画界で足跡を残した。有名SF小説『ドノヴァンの脳髄』の作者でもある。
[主な監督作品]
1930年『日曜日の人々』/1931年『人間廃業』『予審』/1932年『激情の嵐』/1934年『不景気よさようなら』/1936年『フロウ氏の犯罪』/1938年『モルナール船長』/1939年『罠』/1943年『夜の悪魔』/1944年『幻の女』『クリスマスの休暇』『容疑者』/1945年『ハリー叔父さんの悪夢』『らせん階段』/1946年『暗い鏡』『殺人者』/1948年『都会の叫び』『裏切りの街角』/1949年『大いなる罪びと』/1952年『真紅の盗賊』/1954年『外人部隊』/1955年『Die Ratten』/1957年『The Devil Strikes at Night』/1964年『The Shoot』/19567年『カスター将軍』