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ケン・ラッセル 〜BBCの名作から英国映画史に残る怪作まで〜

2011.08.18
 イギリスが生んだ最もスキャンダラスな監督と言われるケン・ラッセル。彼は挑発的な作品を次々と発表し、世間を憤慨、驚倒させた背徳者であると同時に、極めて鋭く繊細な視覚と聴覚を持つ映像作家であり、音楽と映像をリンクさせる天才でもある。その非凡なセンスはBBC時代からすでに発揮されていた。例えば、ドキュメンタリー『エルガー ある作曲家の肖像』。淡々とした語り口でありながら、「愛の挨拶」などの聴き慣れた曲が効果的に使われ、忘れがたい余韻を残す名品である。

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 そして、フレデリック・ディーリアスの晩年を描いた伝記ドラマ『ソング・オブ・サマー』。これは『エルガー』以上に深い感動をもたらす傑作だ。しかもディーリアスの人生と音楽についてもっと知りたくなる、というように知的好奇心をくすぐる内容になっているのが良い。
 ここでの音楽の使い方は職人芸の域に達している。クラシックの作曲家の話ということもあり、音楽が過剰に使われているような印象を持たれるかもしれないが、実際は全く違う。むしろ非常にスタティックな作品である。ラッセルは音楽を濫用したりはしない。ここぞという時に効果的に使うのである。映像は音楽と結びつくことによって時に我々の想像を絶する力を持ち得る。ラッセルはその可能性を追求していた。BBC時代の彼の業績をまとめた映像集が日本でソフト化されれば、評価は一新されるに違いない。

 BBCで溜め込んでいたものが爆発したわけでもないのだろうが、ケン・ラッセルの映画はなかなか刺激的である。彼は「狂気」を好んで扱い、映像芸術として昇華できる限界ギリギリまで、人間の精神の奥地にあるものを浮き彫りにしようとする。曖昧な表現に逃げようとしない。そういうラディカルな姿勢が最も熱気を帯び、鮮明に表れた作品が、悪魔憑きを扱った『肉体の悪魔』だ。彼はここで17世紀にフランスで起こった宗教史上のスキャンダラスな事件に対して自分なりの解釈を明示し、役者たちの熱演とデレク・ジャーマンによる美術の力を借りて強烈なインパクトをもたらすカットを連ね、狂気と官能の世界を描破する。まともな人間なんか出てこない。
 『リストマニア』のリスト、『恋人たちの曲〈悲愴〉』のチャイコフスキー、『マーラー』のマーラーも、エキセントリックな面がデフォルメされて描かれた、いかにもラッセルらしい映画。「悪趣味」「変態的」といった批判も多いが、ここまで芸術家たちの異常な精神世界に大胆に踏み込んで映像化してみせた人はほかにいない。

 代表作は『マーラー』と『Tommy/トミー』。英国人特有のブラックユーモアとニューロティックな美的センスが織りなす不協和音のような映像は、好き嫌いがはっきり分かれるところだ。ただ、模倣を許さないオリジナリティ溢れる映像を生み出していること、音楽を最大限に生かすワザが卓越していることは誰も否定できないだろう。
 そして、忘れてはならないのがハリウッドで撮られた異色SF映画『アルタード・ステーツ 未知への挑戦』。人間はどこからやってきたのか、その永遠の謎にメスを入れた野心作だ。イギリス時代の過激さはそこまで炸裂していないが、その分、スリリングなストーリー展開で引きつける。映像も音楽(作曲はジョン・コリリアーノ)も素晴らしい。ラストは少し甘いが、ラッセルのロマンティックな本性が素直に出ている映画と言えるだろう。
(阿部十三)


【関連サイト】
Ken Russell Savage Messiah
[ケン・ラッセル プロフィール]
1927年7月3日イギリスのサウスハンプトン生まれ。バレエの道を志すが断念し、俳優へ転向。その後、写真家・映像作家になる。1957年、自主製作短編映画『アメリアと天使』がBBCの製作者の目にとまり、同社に入社。音楽家の伝記シリーズ「モニター」で注目され、1964年、ブラックユーモア満載の『フレンチ・ドレッシング』で長編デビュー。1969年『恋する女たち』で名声を得る。1971年の『肉体の悪魔』以降、「スキャンダラスな監督」のレッテルを貼られるが、不振にあえぐ英国映画界を盛り上げた功績は大きい。
[主な監督作品]
1964年『フレンチ・ドレッシング』/1967年『10億ドルの頭脳』/1969年『恋する女たち』/1970年『恋人たちの曲〈悲愴〉』/1971年『ボーイフレンド』『肉体の悪魔』/1974年『マーラー』/1975年『リストマニア』『Tommy/トミー』/1977年『バレンチノ』/1979年『アルタード・ステーツ 未知への挑戦』/1986年『ゴシック』/1988年『サロメ』/1989年『レインボウ』/1991年『ボンデージ』『逆転無罪』/1993年『チャタレイ夫人の恋人』