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アンソニー・マン 〜職人監督の真価〜

2011.10.25
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 アンソニー・マンという名前は、せいぜい西部劇ファンが『ウィンチェスター銃'73』や『西部の人』の監督として記憶しているくらいではないだろうか。たしかにフィルモグラフィーを見ると西部劇が目立つ。ただ、このジャンルが縄張りというわけではない。フィルム・ノワールの名品『横丁』、グレン・ミラーの伝記映画『グレン・ミラー物語』、戦争映画の傑作『最前線』、スペクタクル史劇『エル・シド』『ローマ帝国の滅亡』も撮っている。いわばどんなジャンルでも扱えるオールラウンドプレイヤーなのだ。が、とくに代表作を絞るなら『ウィンチェスター銃'73』『グレン・ミラー物語』『最前線』の3作。全くタイプの異なるこれらの作品を観れば、アンソニー・マンの力量がすぐに分かるはずだ。

 『ウィンチェスター銃'73』は現代劇のスターだったジェームズ・スチュワートが西部劇の分野でも人気を得るきっかけとなったヒット作である。もっとも、主役はジミーではなく、ウィンチェスター銃。この伝説の銃がさまざまな人物の手に渡って行く過程を描いている。ジミー・スチュワートも、スティーヴン・マクナリーも、ダン・デュリエも、ロック・ハドソンも、トニー・カーティスも、皆この銃の引き立て役みたいなもの。このユニークな視点が、鮮やかなストーリーテリングによって十分に活かされている。ウィンチェスター銃の見せ方も魅力的だ。冒頭で「西部を征服した銃」として登場するウィンチェスターM1873の美しさを見て胸を躍らせる少年たちの気持ちが実感として伝わってくる。

 アンソニー・マンとジェームズ・スチュワートのコンビ作はほかにも数本あるが、『ウィンチェスター銃'73』に比肩するのは『グレン・ミラー物語』くらいである。劇中での音楽の挿入の巧さは職人技としか言いようがない。若い頃ブロードウェイのマネージャーを務め、監督としてもミュージカルをいくつか手掛けてきた彼の経験とセンスの賜物と言える。ちなみに、「アメリカの理想の奥さん」を体現した妻ヘレンを演じたのはジューン・アリスン。昔、これを初めて観た時は、ジミー・スチュワートとジューン・アリスンのことを本物の夫婦と思い込み、そうではないと言われても信じられなかったものである。それくらいお似合いのカップルだった。

 朝鮮戦争の戦場で孤立した兵士たちの心理の襞を描いた『最前線』は、数多ある戦争映画中、屈指の傑作。戦闘シーンがメインではない。ベンソン中尉率いる小隊のヒロイズムなき戦い、なかなか姿を見せない敵兵とのスリリングな駆け引き、兵士たちの不安定な心理をシャープなタッチで描いている。ロバート・ライアン扮する中尉とアルド・レイ扮する軍曹の印象が途中から変わってくるところも面白い。圧倒的に優れた判断能力を持つ軍曹に対して抱く、ベンソン中尉の嫉妬、苛立ち、敗北感がちょっとした表情の変化の中に読み取れる(この点については、ロバート・ライアンの演技を賞賛すべきだろう)。撮影は『風と共に去りぬ』のアーネスト・ハラー。戦争映画なのに不思議な静謐感をたたえた美しいカメラワークを堪能出来る。

 『エル・シド』や『ローマ帝国の滅亡』も有名だが、先に紹介した3作に比べると人物造型が弱く、構成に締まりがなく、無駄に間延びしている。『ローマ帝国の滅亡』はテンポ感が今ひとつで、後半になると伏線の処理に追われているような渋滞感が出て、ひどくもたつく。勝利も栄光もむなしいものだ、と主張したいのは分かるが、脚本にも演出にも求心力が欠けているため、そのメッセージがあくまでも観る側の解釈の領域にとどまり、感銘へとつながらない。終盤、火刑に処せられそうになっているソフィア・ローレンを救い出すシーンもまるで盛り上がらない。忌憚なく言って、アンソニー・マンにしては出来が良くない作品だ。ただ、ハリウッド・スペクタクルならではの豪華なセットは素晴らしい。

 遺作はスパイ・サスペンスの『殺しのダンディー』。索漠とした世界を描いたハードボイルドの秀作だ。撮影中にマンが亡くなったため、最終的には主演のローレンス・ハーヴェイが監督を代行して完成させた。
 英国のスパイ、エバリンはソ連からやって来たダブルスパイ。身の危険を感じた彼は祖国に戻ることを希望するが、ソ連側に受け入れてもらえない。自分の身元がバレないよう殺人を重ね、英国側の目をごまかそうと体裁を繕うが、正体がバレるのは時間の問題である。果たして無事ソ連に脱出できるのか......という話。エバリンの切ない運命が、ある種の滑稽味と共に深い余韻を残す。ラストもかなり壮絶だ。
 操り人形を使った象徴的なオープニングが期待感を煽る。エバリンを追いつめる英国諜報部の冷徹な切れ者にトム・コートネイ。ハマり役である。難点は、意味ありげに登場するミア・ファローの人物設定が曖昧で、単にロマンス担当の「都合のいい女」にしか見えないところ。ヒロインをお飾り的にしか使えていない。

 アンソニー・マンといえばやはり『ウィンチェスター銃'73』『グレン・ミラー物語』『最前線』。もう一つ、ジャン=リュック・ゴダールも評価していた異色西部劇『西部の人』を付け加えておこう。「作品残して名を残さず」の職人監督で、失敗作も少ないが、この4作は別格。何度でも観る価値がある。
(阿部十三)


【関連サイト】
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[アンソニー・マン プロフィール]
1906年6月30日、アメリカのサン・ディエゴ生まれ。本名はエミール・アントン・バンズマン。脇役からスタートし、ブロードウェイのマネージャー、キャスティング・ディレクター、助監督を経て、1942年監督デビュー。1950年『ウィンチェスター銃'73』で成功し、一流監督の仲間入りを果たす。1967年4月29日、『殺しのダンディー』を撮影中に死去。
[主な監督作品]
1942年『ドクター・ブロードウェイ』/1950年『横丁』、『ウィンチェスター銃'73』/1952年『怒りの河』/1953年『裸の拍車』/1954年『グレン・ミラー物語』/1955年『遠い国』、『ララミーから来た男』、『戦略空軍命令』/1957年『最前線』、『胸に輝く星』/1958年『真昼の欲情』、『西部の人』/1960年『シマロン』/1961年『エル・シド』/1964年『ローマ帝国の滅亡』/1965年『テレマークの要塞』/1968年『殺しのダンディー』