ジェラール・フィリップ 〜フランスの夢、銀幕の貴公子〜 [続き]
2013.11.06
先に挙げた『愛人ジュリエット』、『夜ごとの美女』、『夜の騎士道』、『危険な関係』は大きく2つの系統に分けることが出来る。前の2作は過酷な現実からの逃避を描いたもの、後の2作は危険な恋の賭けを描いたものという風に。
『愛人ジュリエット』は、マルセル・カルネ監督作。恋人ジュリエット(シュザンヌ・クルーティエ)のために店の金を盗んで、刑務所に入れられた青年ミシェルが主人公である。夢の中でミシェルは記憶を失った人々が住む村に足を踏み入れる。そこでジュリエットと再会するが、彼女はミシェルのことを覚えていない。ミシェルは恋人の記憶を蘇らせようとするが、領主の青ひげが2人の恋路を阻む。朝、目覚めたミシェルは、店主が訴えを取り下げたため釈放されるが、これ以上ないほど惨めな現実を見せつけられる。そこでミシェルがとった行動とは......。アレクサンドル・トローネルが手がけた美術、ジョゼフ・コスマによる音楽、いずれも素晴らしい。カルネらしいアクの強い人物描写は好みの分かれるところだが、ジェラールは文句なしに適役。評論家に酷評され、大衆に支持された、ロマンティックでペシミスティックな作品である。
『夜ごとの美女』の主人公は貧乏作曲家クロード。不如意な人生にうんざりしている彼は、眠りの中に逃避し、夢の世界でさまざまな美女たちとのロマンスを満喫する。とはいえ、夢で起こる出来事は自分の思い通りにはいかない。それに、現実の人生も捨てたものではない。身のまわりには彼を心配する友人もいるし、彼に想いを寄せる女性(マガリ・ヴァンドゥイユ)もいる。同じ逃避ものでも『愛人ジュリエット』と違い、こちらはオプティミスティックである。共演女優はジーナ・ロロブリジーダ、マルティーヌ・キャロル、マガリ・ヴァンドゥイユと美女ばかり。ジョルジュ・ヴァン・パリスの音楽もユニーク。ギャグのような騒音オーケストラの演奏は一種のミュージック・コンクレートとみていいだろう。ルネ・クレール監督との初顔合わせとなった『悪魔の美しさ』(1949年)は、中だるみしているところもあったが(ただし、ジェラールの繊細な美貌が最も映えているのはこの作品かもしれない)、その点、『夜ごとの美女』は巧みなストーリーテリングで最後まで飽きさせない。純情で、情熱的で、コミカルで、色男でもあるジェラールの魅力を堪能することが出来る。
ルネ・クレールとジェラール・フィリップが組んだ3作目、『夜の騎士道』も傑作だ。女たらしの竜騎兵アルマンが、仲間たちとパーティーの費用を賭けて、女性(ミシェル・モルガン)を口説くゲームを始める......という話。テンポは軽快そのもので、演出も粋な古典風味の喜劇である。かと思いきや、途中からアルマンが女性に夢中になってしまい、本格的なロマンス映画に変貌、最後は無惨な恋愛悲劇へと転落する。磨きのかかったジェラール・フィリップの演技は、喜劇の主人公としても悲劇の主人公としても申し分ない。この頃を境に「もはや自然の、直接的な魅力というものだけが彼のおもだった特色ではなくなった」とジョルジュ・サドゥールは評している。
『危険な関係』はロジェ・ヴァディムがラクロの古典を現代劇にアレンジした野心作。無論、ジェラールの役はヴァルモンだ。雰囲気はシリアスというより背徳的で、アネット・ヴァディム、ジャンヌ・ヴァレリーなど女優の描き方もエロティックである。ヴァディムの存在といい、ヌーヴェルヴァーグのミューズ、ジャンヌ・モローとの共演といい、ジェラールにとってはチャレンジングな環境だったはずだが、彼は鮮やかに適応してみせた。ヌーヴェルヴァーグの時代も生き抜けたであろうことを感じさせる柔軟で確かな演技力が、すでにジェラールには備わっていたのだ。撮影現場でも、ジェラールは演技慣れしていないアネット・ヴァディム、ジャンヌ・ヴァレリーを助けていたという。
イヴ・アレグレ監督も、過去を持つ青年を暗い雨で覆い尽くした『美しき小さな浜辺』(1948年)、メキシコを舞台にアル中の再生を描いた『狂熱の孤独』(1953年)、ダム建設に情熱を燃やす男たちの姿を追った『男の世界』(1955年)で、オーラン=ララやクレールとは異なる角度から、ジェラールの個性を引き出している。いずれも甘みのない作品で、私自身とくに好きなわけではないが、どれも終盤ないしラストに忘れられないシーンがある。
今さらながら、「ジェラール・フィリップ」という名前は、いかにも彼にふさわしいように思える。品があり、どこか繊細で、それでいて非常に親しみやすい。この名前だけでも、いわくいいがたい雰囲気を持っている。名は体を表すとはよくいったものだ。
【関連サイト】
ジェラール・フィリップ 〜フランスの夢、銀幕の貴公子〜
Gérard Philipe
『愛人ジュリエット』は、マルセル・カルネ監督作。恋人ジュリエット(シュザンヌ・クルーティエ)のために店の金を盗んで、刑務所に入れられた青年ミシェルが主人公である。夢の中でミシェルは記憶を失った人々が住む村に足を踏み入れる。そこでジュリエットと再会するが、彼女はミシェルのことを覚えていない。ミシェルは恋人の記憶を蘇らせようとするが、領主の青ひげが2人の恋路を阻む。朝、目覚めたミシェルは、店主が訴えを取り下げたため釈放されるが、これ以上ないほど惨めな現実を見せつけられる。そこでミシェルがとった行動とは......。アレクサンドル・トローネルが手がけた美術、ジョゼフ・コスマによる音楽、いずれも素晴らしい。カルネらしいアクの強い人物描写は好みの分かれるところだが、ジェラールは文句なしに適役。評論家に酷評され、大衆に支持された、ロマンティックでペシミスティックな作品である。
『夜ごとの美女』の主人公は貧乏作曲家クロード。不如意な人生にうんざりしている彼は、眠りの中に逃避し、夢の世界でさまざまな美女たちとのロマンスを満喫する。とはいえ、夢で起こる出来事は自分の思い通りにはいかない。それに、現実の人生も捨てたものではない。身のまわりには彼を心配する友人もいるし、彼に想いを寄せる女性(マガリ・ヴァンドゥイユ)もいる。同じ逃避ものでも『愛人ジュリエット』と違い、こちらはオプティミスティックである。共演女優はジーナ・ロロブリジーダ、マルティーヌ・キャロル、マガリ・ヴァンドゥイユと美女ばかり。ジョルジュ・ヴァン・パリスの音楽もユニーク。ギャグのような騒音オーケストラの演奏は一種のミュージック・コンクレートとみていいだろう。ルネ・クレール監督との初顔合わせとなった『悪魔の美しさ』(1949年)は、中だるみしているところもあったが(ただし、ジェラールの繊細な美貌が最も映えているのはこの作品かもしれない)、その点、『夜ごとの美女』は巧みなストーリーテリングで最後まで飽きさせない。純情で、情熱的で、コミカルで、色男でもあるジェラールの魅力を堪能することが出来る。
ルネ・クレールとジェラール・フィリップが組んだ3作目、『夜の騎士道』も傑作だ。女たらしの竜騎兵アルマンが、仲間たちとパーティーの費用を賭けて、女性(ミシェル・モルガン)を口説くゲームを始める......という話。テンポは軽快そのもので、演出も粋な古典風味の喜劇である。かと思いきや、途中からアルマンが女性に夢中になってしまい、本格的なロマンス映画に変貌、最後は無惨な恋愛悲劇へと転落する。磨きのかかったジェラール・フィリップの演技は、喜劇の主人公としても悲劇の主人公としても申し分ない。この頃を境に「もはや自然の、直接的な魅力というものだけが彼のおもだった特色ではなくなった」とジョルジュ・サドゥールは評している。
『危険な関係』はロジェ・ヴァディムがラクロの古典を現代劇にアレンジした野心作。無論、ジェラールの役はヴァルモンだ。雰囲気はシリアスというより背徳的で、アネット・ヴァディム、ジャンヌ・ヴァレリーなど女優の描き方もエロティックである。ヴァディムの存在といい、ヌーヴェルヴァーグのミューズ、ジャンヌ・モローとの共演といい、ジェラールにとってはチャレンジングな環境だったはずだが、彼は鮮やかに適応してみせた。ヌーヴェルヴァーグの時代も生き抜けたであろうことを感じさせる柔軟で確かな演技力が、すでにジェラールには備わっていたのだ。撮影現場でも、ジェラールは演技慣れしていないアネット・ヴァディム、ジャンヌ・ヴァレリーを助けていたという。
イヴ・アレグレ監督も、過去を持つ青年を暗い雨で覆い尽くした『美しき小さな浜辺』(1948年)、メキシコを舞台にアル中の再生を描いた『狂熱の孤独』(1953年)、ダム建設に情熱を燃やす男たちの姿を追った『男の世界』(1955年)で、オーラン=ララやクレールとは異なる角度から、ジェラールの個性を引き出している。いずれも甘みのない作品で、私自身とくに好きなわけではないが、どれも終盤ないしラストに忘れられないシーンがある。
今さらながら、「ジェラール・フィリップ」という名前は、いかにも彼にふさわしいように思える。品があり、どこか繊細で、それでいて非常に親しみやすい。この名前だけでも、いわくいいがたい雰囲気を持っている。名は体を表すとはよくいったものだ。
(阿部十三)
【関連サイト】
ジェラール・フィリップ 〜フランスの夢、銀幕の貴公子〜
Gérard Philipe
[ジェラール・フィリップ略歴]
1922年12月4日、フランスのカンヌ生まれ。法律学校に通っていたが俳優を目指すようになり、マルク・アレグレ監督に認められて映画界入り。舞台『ソドムとゴモラ』の天使役で手応えを得た後、コンセルヴァトワールで演技を磨き、ジョルジュ・ラコンブ監督の『星なき国』で初主演を飾る。舞台でも『カリギュラ』で華々しい成功を収める。『白痴』、『肉体の悪魔』でスターの座を確立し、『花咲ける騎士道』で国民的な人気者に。私生活では1951年に5歳年上の女性ジャーナリスト、アンヌと結婚。1956年には監督業に進出。1959年、『熱狂はエル・パオに達す』の撮影中に体調が悪化。11月9日に肝臓癌であることが明らかになり、手術を受ける。11月25日朝、死去。直接の死因は塞栓症。次回作には『モンテ・クリスト伯』が予定されていたという。
1922年12月4日、フランスのカンヌ生まれ。法律学校に通っていたが俳優を目指すようになり、マルク・アレグレ監督に認められて映画界入り。舞台『ソドムとゴモラ』の天使役で手応えを得た後、コンセルヴァトワールで演技を磨き、ジョルジュ・ラコンブ監督の『星なき国』で初主演を飾る。舞台でも『カリギュラ』で華々しい成功を収める。『白痴』、『肉体の悪魔』でスターの座を確立し、『花咲ける騎士道』で国民的な人気者に。私生活では1951年に5歳年上の女性ジャーナリスト、アンヌと結婚。1956年には監督業に進出。1959年、『熱狂はエル・パオに達す』の撮影中に体調が悪化。11月9日に肝臓癌であることが明らかになり、手術を受ける。11月25日朝、死去。直接の死因は塞栓症。次回作には『モンテ・クリスト伯』が予定されていたという。
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