ジーナ・ロロブリジーダ 〜ロロと恋と夢〜
2014.02.20
戦後のイタリアを代表する美人女優、ジーナ・ロロブリジーダ。彼女は美女の多いイタリア女優の中でもひときわ目立つ美貌に恵まれ、スタイルも抜群だ。20歳の時にはミス・イタリアのコンテストで3位に選ばれたこともある。澄まし顔のお飾り的な美人とは異なり、役柄に応じて男勝りのじゃじゃ馬女を演じたり、愛に燃える情熱的な女を演じたりと、感情表現が豊かなところも魅力だ。また、歌手志望だったこともあり歌の方も達者だった。
知名度が上がったのはジェラール・フィリップと共演した『花咲ける騎士道』(1951年)、『夜ごとの美女』(1952年)からなので、この2作をロロブリジーダの代表作に挙げる人は多いが、彼女の野性的な美しさや生き生きとした演技をめいっぱい堪能出来るのは、ルイジ・コメンチーニ監督の『パンと恋と夢』(1953年)とジュールス・ダッシン監督の『掟』(1959年)だろう。
『パンと恋と夢』のマリア役と『掟』のマリエット役は似ていて、どちらも気性が荒く、じゃじゃ馬で、オープンな性格の持ち主。恋愛経験も豊富そうだが、実は身持ちが堅い。それが内向的な若者(『パンと恋と夢』ではロベルト・リッソ、『掟』ではマルチェロ・マストロヤンニ)に惹かれ、アグレッシヴにアプローチする。好きな男のためなら何でもする。そして、ほかの男には目もくれない。眼中にない男が無理矢理自分のことを求めてくると、猫のように爪を立てる。『掟』で己の操を守るためにイヴ・モンタンにナイフを向けるシーンなど、鋭い美しさと気魄に溢れていて、モンタンを圧倒している。
『パンと恋と夢』は粋なコメディで台詞も良い。ヴィットリオ・デ・シーカ扮する警察署長が、無味乾燥なパンを食べている貧しい市民と交わす会話も印象的だ。「何を食べてる?」「パンですよ」「中身は?」「夢ですよ」ーーこれがタイトルの由来になっていることはいうまでもない。
村一番の美人で貧しい娘マリアになりきったロロブリジーダの演技は、カメラを意に介していないかのように自由で、よく動き、よく喋る。ラストシーンは花火でしめくくられるが、まさに花火のように熱く鮮烈で美しい女性像である。この『パンと恋と夢』はイタリアでヒットし、彼女にナストロ・ダルジェント主演女優賞をもたらし、続編『パンと恋と嫉妬』も作られた。続編では、裸足で踊りまくるロロを鑑賞することが出来る。
ロロブリジーダの写真は、目のメイクが少しきつめで、官能的な雰囲気をたたえたものが多いが、ルイジ・ザンパ監督の『白い国境線』(1950年)を観ても分かるように、実際は可愛らしい人形のような目をしている。この乙女の瞳も彼女の武器だ。
『白い国境線』では、国境の小さな町で戦後の混乱に翻弄され、「東側」に住むことになった娘ドナータ役を演じている。彼女はエリノ・クリザ扮する恋人ステファノの態度に失望し、ラフ・ヴァローネ扮する越境者ドメニコに恋するのだが、かといってステファノを嫌っているわけではない。ラストシーンでステファノを見つめるドナータの眼差しには、結果的に自分たち一家を「西側」へ逃がすきっかけを与えてくれた元恋人への感謝、申し訳なさ、別れの悲しみ、決意、諦めなど複雑な思いが込められていて、胸にしみる。
ジーナ・ロロブリジーダの愛称は「ロロ」。フランス語のスラングで「乳房」という意味である。そんなこともあってグラマーなところがフィーチャーされがちだが、才能の無い女優には、このような演技は出来ない。正直なところ、『白い国境線』はネオレアリズモの作品にしては緊張感に欠けているし、初めて観た時は1時間半にも満たないのに「長い」と感じたものだが、ラストのロロブリジーダの素晴らしい目の演技と引き換えに、私は全て水に流すことにした。
ロロブリジーダは歴史物でも当たり役を持っている。『ノートルダムのせむし男』(1956年)のエスメラルダだ。これはカラー映画ということもあり、ロロのエキゾチックな美しさをあますところなく捉えている。赤い衣裳がここまで似合う人もいないだろう。彼女の踊りに民衆が釘付けになるのも納得だ。ハリウッド大作『ソロモンとシバの女王』(1959年)の女王役もはまっていたが、作品としては大味なので(主演のタイロン・パワーが撮影途中で亡くなり、ユル・ブリンナーに交代したことも影響しているかもしれない)、あまり評価は出来ない。
1960年代に入ってからも、ロロブリジーダはロマンティック・コメディ『九月になれば』(1961年)、実験的スリラー『殺しを呼ぶ卵』(1968年)、青春映画もとい性春映画『さらば恋の日』(1969年)などで大人の女性の色気を発散。『九月になれば』ではロック・ハドソンと組み、若者たち(サンドラ・ディーとボビー・ダーリン)に恋の教訓を垂れながら、自分たちがその教訓にいろいろ気付かされる、というカップルを演じていたが、『殺しを呼ぶ卵』では危うい精神状態の人妻アンナ、『さらば恋の日』ではインモラルな叔母チェッティーナを演じ、妖艶な印象を残した。この3作については、音楽が出色の出来であることも付言しておきたい。『九月になれば』はハンス・J・サルター、『殺しを呼ぶ卵』は現代音楽の大家ブルーノ・マデルナ、『さらば恋の日』はエンニオ・モリコーネが担当している。
ロロブリジーダのキャリアが落ち着くのはこの辺りである。『殺しを呼ぶ卵』ではカメラを構える姿もサマになっていた彼女だが、1970年代からは写真家として腕をふるい、『私のイタリア』(1974年)を出版し、好評を博した。やはりただの美人ではなかったのである。
【関連サイト】
ジーナ・ロロブリジーダ(DVD)
知名度が上がったのはジェラール・フィリップと共演した『花咲ける騎士道』(1951年)、『夜ごとの美女』(1952年)からなので、この2作をロロブリジーダの代表作に挙げる人は多いが、彼女の野性的な美しさや生き生きとした演技をめいっぱい堪能出来るのは、ルイジ・コメンチーニ監督の『パンと恋と夢』(1953年)とジュールス・ダッシン監督の『掟』(1959年)だろう。
『パンと恋と夢』のマリア役と『掟』のマリエット役は似ていて、どちらも気性が荒く、じゃじゃ馬で、オープンな性格の持ち主。恋愛経験も豊富そうだが、実は身持ちが堅い。それが内向的な若者(『パンと恋と夢』ではロベルト・リッソ、『掟』ではマルチェロ・マストロヤンニ)に惹かれ、アグレッシヴにアプローチする。好きな男のためなら何でもする。そして、ほかの男には目もくれない。眼中にない男が無理矢理自分のことを求めてくると、猫のように爪を立てる。『掟』で己の操を守るためにイヴ・モンタンにナイフを向けるシーンなど、鋭い美しさと気魄に溢れていて、モンタンを圧倒している。
『パンと恋と夢』は粋なコメディで台詞も良い。ヴィットリオ・デ・シーカ扮する警察署長が、無味乾燥なパンを食べている貧しい市民と交わす会話も印象的だ。「何を食べてる?」「パンですよ」「中身は?」「夢ですよ」ーーこれがタイトルの由来になっていることはいうまでもない。
村一番の美人で貧しい娘マリアになりきったロロブリジーダの演技は、カメラを意に介していないかのように自由で、よく動き、よく喋る。ラストシーンは花火でしめくくられるが、まさに花火のように熱く鮮烈で美しい女性像である。この『パンと恋と夢』はイタリアでヒットし、彼女にナストロ・ダルジェント主演女優賞をもたらし、続編『パンと恋と嫉妬』も作られた。続編では、裸足で踊りまくるロロを鑑賞することが出来る。
ロロブリジーダの写真は、目のメイクが少しきつめで、官能的な雰囲気をたたえたものが多いが、ルイジ・ザンパ監督の『白い国境線』(1950年)を観ても分かるように、実際は可愛らしい人形のような目をしている。この乙女の瞳も彼女の武器だ。
『白い国境線』では、国境の小さな町で戦後の混乱に翻弄され、「東側」に住むことになった娘ドナータ役を演じている。彼女はエリノ・クリザ扮する恋人ステファノの態度に失望し、ラフ・ヴァローネ扮する越境者ドメニコに恋するのだが、かといってステファノを嫌っているわけではない。ラストシーンでステファノを見つめるドナータの眼差しには、結果的に自分たち一家を「西側」へ逃がすきっかけを与えてくれた元恋人への感謝、申し訳なさ、別れの悲しみ、決意、諦めなど複雑な思いが込められていて、胸にしみる。
ジーナ・ロロブリジーダの愛称は「ロロ」。フランス語のスラングで「乳房」という意味である。そんなこともあってグラマーなところがフィーチャーされがちだが、才能の無い女優には、このような演技は出来ない。正直なところ、『白い国境線』はネオレアリズモの作品にしては緊張感に欠けているし、初めて観た時は1時間半にも満たないのに「長い」と感じたものだが、ラストのロロブリジーダの素晴らしい目の演技と引き換えに、私は全て水に流すことにした。
ロロブリジーダは歴史物でも当たり役を持っている。『ノートルダムのせむし男』(1956年)のエスメラルダだ。これはカラー映画ということもあり、ロロのエキゾチックな美しさをあますところなく捉えている。赤い衣裳がここまで似合う人もいないだろう。彼女の踊りに民衆が釘付けになるのも納得だ。ハリウッド大作『ソロモンとシバの女王』(1959年)の女王役もはまっていたが、作品としては大味なので(主演のタイロン・パワーが撮影途中で亡くなり、ユル・ブリンナーに交代したことも影響しているかもしれない)、あまり評価は出来ない。
1960年代に入ってからも、ロロブリジーダはロマンティック・コメディ『九月になれば』(1961年)、実験的スリラー『殺しを呼ぶ卵』(1968年)、青春映画もとい性春映画『さらば恋の日』(1969年)などで大人の女性の色気を発散。『九月になれば』ではロック・ハドソンと組み、若者たち(サンドラ・ディーとボビー・ダーリン)に恋の教訓を垂れながら、自分たちがその教訓にいろいろ気付かされる、というカップルを演じていたが、『殺しを呼ぶ卵』では危うい精神状態の人妻アンナ、『さらば恋の日』ではインモラルな叔母チェッティーナを演じ、妖艶な印象を残した。この3作については、音楽が出色の出来であることも付言しておきたい。『九月になれば』はハンス・J・サルター、『殺しを呼ぶ卵』は現代音楽の大家ブルーノ・マデルナ、『さらば恋の日』はエンニオ・モリコーネが担当している。
ロロブリジーダのキャリアが落ち着くのはこの辺りである。『殺しを呼ぶ卵』ではカメラを構える姿もサマになっていた彼女だが、1970年代からは写真家として腕をふるい、『私のイタリア』(1974年)を出版し、好評を博した。やはりただの美人ではなかったのである。
(阿部十三)
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[ジーナ・ロロブリジーダ略歴]
1927年7月4日、イタリアのスビアーコ生まれ。最初は歌手志望だった。ローマの美術学校へ入学し、絵画と彫刻を学ぶ。その頃スカウトされ、映画に出演。1947年、美人コンテストで3位に選ばれたのをきっかけに、本格的に女優の道へ。1951年にジェラール・フィリップ主演の『花咲ける騎士道』に出演して脚光を浴び、1953年にはジョン・ヒューストン監督の『悪魔をやっつけろ』でハンフリー・ボガートと共演。順調に国際的キャリアを築いた。1970年代にカメラマンとしてデビューし、写真集を発表。医師と結婚し、一児をもうけたが、離婚。現在もメディアに登場している。
1927年7月4日、イタリアのスビアーコ生まれ。最初は歌手志望だった。ローマの美術学校へ入学し、絵画と彫刻を学ぶ。その頃スカウトされ、映画に出演。1947年、美人コンテストで3位に選ばれたのをきっかけに、本格的に女優の道へ。1951年にジェラール・フィリップ主演の『花咲ける騎士道』に出演して脚光を浴び、1953年にはジョン・ヒューストン監督の『悪魔をやっつけろ』でハンフリー・ボガートと共演。順調に国際的キャリアを築いた。1970年代にカメラマンとしてデビューし、写真集を発表。医師と結婚し、一児をもうけたが、離婚。現在もメディアに登場している。
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