『夕陽のガンマン』の懐中時計
2014.04.27
セルジオ・レオーネが監督し、エンニオ・モリコーネが音楽を手がけたマカロニ・ウエスタンの傑作『夕陽のガンマン』(1965年)には、テーマ曲をはじめ印象的な音楽が何種類も流れるが、就中異彩を放っているのは、懐中時計のオルゴールのメロディーである。西部劇ファン以外にはピンとこないかもしれないが、シャネルのCMにも使用された曲といえば、分かる人もいるだろう。
映画の主役はクリント・イーストウッドとリー・ヴァン・クリーフで、ジャン・マリア・ヴォロンテも悪の魅力を発散している。リー・ヴァン・クリーフにいじられるクラウス・キンスキーの屈辱に歪む表情も忘れがたい。ただ、彼らに負けないくらい懐中時計が大きな存在感を示している。一度映画を観た人なら絶対に忘れられない重要なアイテムなのだ。
インディオ(ジャン・マリア・ヴォロンテ)が常に手元に置いているオルゴール付き懐中時計は、元々モーティマー大佐(リー・ヴァン・クリーフ)の妹夫婦が所有していたものである。おそらくモーティマーが結婚祝いに贈ったのだろう。ハート型のケースに入ったペアウォッチで、大きいサイズと小さいサイズがある。
ある夜、夫婦がベッドの上で幸せそうに懐中時計を見つめているところへインディオが現れる。彼はモーティマーの妹の夫を撃ち殺し、妹を陵辱する。しかし、妹は銃で脇腹を撃ち抜き、自殺してしまう。はっきりとは描かれていないが、モーティマーが兵役に就いている間、インディオとモーティマーの妹は何かの縁で知り合い、インディオはずっと彼女に憧れていたのではないかと推察される。
その後、インディオは大きいサイズの懐中時計を奪って姿をくらまし、小さいサイズの方はモーティマーが持ち歩くことになる。ちなみに妹役を演じているのは、『ロミオとジュリエット』(1964年)にも出演していたローズマリー・デクスター。時計の蓋には彼女の写真がはめ込まれている。
インディオは常軌を逸したアウトローで、冷酷かつ情緒不安定である。退廃的で、己の生死にも大して拘泥していないように見える。そして時折気持ちを落ち着かせるかのように懐中時計を取り出し、オルゴールに耳を傾け、目を細める。一対一で撃ち合うときも、わざわざオルゴールを鳴らし、「音楽が止んだら銃を抜け」と相手に命じる。愁いをふくんだメロディーの美しさに、もっといえば、モーティマーの妹の幻影に取り憑かれているのである。
憧れの女性にセックスの途中で自殺されたショック以降、インディオの中では、オルゴールのメロディーが「刹那的な快楽」と「永劫的な苦痛」のシンボルとして機能している。彼は音楽に浸ることにより、己のトラウマと親和しているのだ。懐中時計のオルゴールは長続きしない幸福のメタファーであり、セックスのメタファーでもある。短くも美しい音楽を鳴らした後に、永続的な喪失をもたらす銃で撃ち合う、という奇妙な趣向も、彼の複雑なトラウマのあらわれとして解釈出来る。そうやって殺すことで、何人もの「モーティマーの妹」を作り出しているのだ。
映画の中で、オルゴールのメロディーが明確に流れるのは10回。インディオが裏切り者の家族を殺害するシークエンスで3回、4回目はインディオが過去の出来事を少しだけ回想するシーン、5回目はモーティマー大佐とインディオの対面シーン、6回目はインディオが手下を殺すシーン、7回目はインディオが過去の出来事の一部始終を回想するシーン、8回目と9回目はモーティマー大佐とインディオの対決シーン、10回目はインディオを倒したモーティマー大佐が懐中時計を耳に当てるシーンである。「明確に」と前置きしたのは、インディオの登場シーンなどで似た音型が使われているからである。
オルゴールのメロディーはそれだけでも十分綺麗だが、対決シーンではオルガンやトランペット・ソロ、コーラス、オーケストラが加わることで一層大きな効果を上げている。まるでオルゴール協奏曲だ。こういう独創的な発想には感服するほかないが、ここまで成功したのはモリコーネだけでなく指揮を務めたブルーノ・ニコライもいたからこそ、というべきだろう。音楽の理想的な再現には、すぐれた理解者が不可欠である。
私はアクセサリーにあまり興味を持たない人間だが、好きな映画を観た後は、印象的な小物が欲しくなる。『夕陽のガンマン』にもファン心理をくすぐるアイテムが沢山登場する。最も私の物欲を刺激したのは、懐中時計だ。無論、懐中時計なら何でも良いわけではない。映画に出てくるのと同じ物ないし似た物が欲しいのである。しかし、そんな物が売られているわけがない。
と思っていたら、最近マカロニ・ウエスタンのファンからの情報で、販売サイトを発見し、購入した。マカロニ市場、おそるべし。もっとも、オルゴールではなく電子音だが、音質はさほど悪くない。映画の中で8回目に流れるバージョンが使用されている(約70秒間)。ローズマリー・デクスターの肖像もしっかり貼られている。
今のところ、私はこれをポケットに入れて外出したことはない。金ぴかで目立つ上に、リューズを押して蓋を開けると音楽が鳴り始めるのだ(再度リューズを押せば止まるけど)。おまけに女性のモノクロ写真までついている。人に見られたら変に思われること請け合いだ。「あのモーティマーの懐中時計ですか。お洒落ですね」という流れにはならないだろう。それに、あまり持ち歩いて汚したくない。そんなわけで鑑賞用として引き出しの中にしまっている。
【関連サイト】
『夕陽のガンマン』(Blu-ray)
映画の主役はクリント・イーストウッドとリー・ヴァン・クリーフで、ジャン・マリア・ヴォロンテも悪の魅力を発散している。リー・ヴァン・クリーフにいじられるクラウス・キンスキーの屈辱に歪む表情も忘れがたい。ただ、彼らに負けないくらい懐中時計が大きな存在感を示している。一度映画を観た人なら絶対に忘れられない重要なアイテムなのだ。
インディオ(ジャン・マリア・ヴォロンテ)が常に手元に置いているオルゴール付き懐中時計は、元々モーティマー大佐(リー・ヴァン・クリーフ)の妹夫婦が所有していたものである。おそらくモーティマーが結婚祝いに贈ったのだろう。ハート型のケースに入ったペアウォッチで、大きいサイズと小さいサイズがある。
ある夜、夫婦がベッドの上で幸せそうに懐中時計を見つめているところへインディオが現れる。彼はモーティマーの妹の夫を撃ち殺し、妹を陵辱する。しかし、妹は銃で脇腹を撃ち抜き、自殺してしまう。はっきりとは描かれていないが、モーティマーが兵役に就いている間、インディオとモーティマーの妹は何かの縁で知り合い、インディオはずっと彼女に憧れていたのではないかと推察される。
その後、インディオは大きいサイズの懐中時計を奪って姿をくらまし、小さいサイズの方はモーティマーが持ち歩くことになる。ちなみに妹役を演じているのは、『ロミオとジュリエット』(1964年)にも出演していたローズマリー・デクスター。時計の蓋には彼女の写真がはめ込まれている。
インディオは常軌を逸したアウトローで、冷酷かつ情緒不安定である。退廃的で、己の生死にも大して拘泥していないように見える。そして時折気持ちを落ち着かせるかのように懐中時計を取り出し、オルゴールに耳を傾け、目を細める。一対一で撃ち合うときも、わざわざオルゴールを鳴らし、「音楽が止んだら銃を抜け」と相手に命じる。愁いをふくんだメロディーの美しさに、もっといえば、モーティマーの妹の幻影に取り憑かれているのである。
憧れの女性にセックスの途中で自殺されたショック以降、インディオの中では、オルゴールのメロディーが「刹那的な快楽」と「永劫的な苦痛」のシンボルとして機能している。彼は音楽に浸ることにより、己のトラウマと親和しているのだ。懐中時計のオルゴールは長続きしない幸福のメタファーであり、セックスのメタファーでもある。短くも美しい音楽を鳴らした後に、永続的な喪失をもたらす銃で撃ち合う、という奇妙な趣向も、彼の複雑なトラウマのあらわれとして解釈出来る。そうやって殺すことで、何人もの「モーティマーの妹」を作り出しているのだ。
映画の中で、オルゴールのメロディーが明確に流れるのは10回。インディオが裏切り者の家族を殺害するシークエンスで3回、4回目はインディオが過去の出来事を少しだけ回想するシーン、5回目はモーティマー大佐とインディオの対面シーン、6回目はインディオが手下を殺すシーン、7回目はインディオが過去の出来事の一部始終を回想するシーン、8回目と9回目はモーティマー大佐とインディオの対決シーン、10回目はインディオを倒したモーティマー大佐が懐中時計を耳に当てるシーンである。「明確に」と前置きしたのは、インディオの登場シーンなどで似た音型が使われているからである。
オルゴールのメロディーはそれだけでも十分綺麗だが、対決シーンではオルガンやトランペット・ソロ、コーラス、オーケストラが加わることで一層大きな効果を上げている。まるでオルゴール協奏曲だ。こういう独創的な発想には感服するほかないが、ここまで成功したのはモリコーネだけでなく指揮を務めたブルーノ・ニコライもいたからこそ、というべきだろう。音楽の理想的な再現には、すぐれた理解者が不可欠である。
私はアクセサリーにあまり興味を持たない人間だが、好きな映画を観た後は、印象的な小物が欲しくなる。『夕陽のガンマン』にもファン心理をくすぐるアイテムが沢山登場する。最も私の物欲を刺激したのは、懐中時計だ。無論、懐中時計なら何でも良いわけではない。映画に出てくるのと同じ物ないし似た物が欲しいのである。しかし、そんな物が売られているわけがない。
と思っていたら、最近マカロニ・ウエスタンのファンからの情報で、販売サイトを発見し、購入した。マカロニ市場、おそるべし。もっとも、オルゴールではなく電子音だが、音質はさほど悪くない。映画の中で8回目に流れるバージョンが使用されている(約70秒間)。ローズマリー・デクスターの肖像もしっかり貼られている。
今のところ、私はこれをポケットに入れて外出したことはない。金ぴかで目立つ上に、リューズを押して蓋を開けると音楽が鳴り始めるのだ(再度リューズを押せば止まるけど)。おまけに女性のモノクロ写真までついている。人に見られたら変に思われること請け合いだ。「あのモーティマーの懐中時計ですか。お洒落ですね」という流れにはならないだろう。それに、あまり持ち歩いて汚したくない。そんなわけで鑑賞用として引き出しの中にしまっている。
(阿部十三)
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『夕陽のガンマン』(Blu-ray)
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