スザンナ・ヨークについて
2017.08.10
はじめに
トニー・リチャードソン監督の『トム・ジョーンズの華麗な冒険』(1963年)でヒロインのソフィが、大好きなトムではなく、全く相手にしていないブリフィルとの結婚をすすめられる場面がある。当然、ソフィは嫌悪感を示すのだが、その時の表情が本当に豊かで、可愛らしい顔を思いきり崩し、眉間に皺を寄せ、大きな目と口を忙しく動かして、絶対的な拒絶を表現する。彼女はトム一人しか眼中にないのだ。
私はその表情に惹かれ、「スザンナ・ヨーク」という英国人女優の名前を覚えた。
『イメージズ』
次に観たのが、ロバート・アルトマン監督の『イメージズ』(1972年)。『トム・ジョーンズの華麗な冒険』とは真逆の世界観で、統合失調症を扱ったシリアスな内容である。この映画で主演を務めたことにより、スザンナ・ヨークはカンヌ映画祭で女優賞を受賞した。もっとも、初めて鑑賞したとき私は高校生だったので、ほとんど理解できず、変なものを観てしまったと思ったことだけが何となく記憶に残っている。何しろ3人の男(1人は夫、1人は愛人、1人は死んだ愛人)とのセックスのイメージが錯綜したり、耳が痛くなるような叫び声が度々発せられたり、童話(スザンナ・ヨーク執筆の『一角獣を探して』)が延々と語られたりという具合で、意味がわからず、何が現実で何が妄想なのか、その境目も曖昧なまま終わるのだ。
今は自分なりに解釈しながら鑑賞することができる。私が作品論を書くとしたら、夫殺しの願望というテーマでまとめるだろう。スザンナ・ヨークは狂気に陥っていながら、たまらなくセクシーである。その生々しい肉体が、破滅的な雰囲気を漂わせながら、我々の眼前に迫る。表情はころころと変わるが、全く芝居じみていない。アルトマンの演出との相性もよく、狂気が極めて真率に表現されている。この不倫妻の狂気は、8年後、イザベル・アジャーニ主演の『ポゼッション』(1980年)へと遺伝し、個人の狂気から世界を巻き込むおぞましい狂気へと拡大することになる。
問題作への出演
スザンナの代表作は、『トム・ジョーンズの華麗な冒険』のような明るい映画よりも、『イメージズ』のように精神状態が不安定な女性が出てくるもの、言ってみれば、「問題作」と呼ばれる類の映画に偏っている。実際、彼女は23歳の頃から、具体的に言えば、モンゴメリー・クリフトと共演した『フロイド 隠された欲望』(1962年)から、そういう女性の役を演じていた。これは抑圧された性、あるいは、マイノリティの性というテーマが映画で扱われるようになった時代背景と無関係ではない。
スザンナは目と口が特徴的な美人だが、先にも述べたように表情豊かで、無邪気にもセクシーにも見える。そこから漂う色気は、人工的に作られたハリウッド的なものとは明らかに異なり、飾り気のないナチュラルな性を感じさせる。下品さがなく、繊細で知的な雰囲気にうっすらと覆われているところは英国女優らしい。ファンとしては、彼女主演で、チャーミングなヒロインが純愛している映画がもう少し撮られても良かったのではないかと思うのだが、そこは彼女の20代、30代が、「怒れる若者たち」の時代や「アメリカン・ニューシネマ」の時代と重なっていたこともあって、恋愛もの一つとってもヒネリがきいている。
『甘い抱擁』と『ひとりぼっちの青春』
レズビアンを扱ったロバート・アルドリッチ監督の『甘い抱擁』(1968年)では、落ち目のベテラン女優ジョージ(ベリル・リード)の恋人アリス役を熱演。見た目はキュートなベビードールだが、実は32歳、いつまでも人形が手放せない女である。それが年老いたジョージに怒鳴られ、服従を強いられ、愛される。2人の会話の激しいやりとりはほとんどSMだ。しかし、アリスはやがて女プロデューサーのマーシー(コーラル・ブラウン)に目をつけられ、口説かれてベッドを共にする。アリスが胸をはだけて快感に悶えるレズ・シーンは、当時物議を醸した。
この後、シドニー・ポラック監督の『ひとりぼっちの青春』(1969年)に仕事がない女優役で出演。役名はまたもアリスだ。メイクはジーン・ハーローを意識したもので、大勢の参加者の中で浮いて見えるほどセクシー。彼女は過酷なダンス・マラソンの中、もともと不安定そうに見えた精神を崩壊させてゆき、休憩時間になるとプロモーター(ギグ・ヤング)のお相手をし、さらに、グロリア(ジェーン・フォンダ)のパートナーであるロバート(マイケル・サラザン)の肉体を求める。この暗澹たるラブシーンは妙に官能的で素晴らしい。
アリスは「3分間の心臓破りのレース」でのアクシデントが引き金となり、ついに発狂する。ドレスを着ながらシャワーを浴びるシーンで、シャワー越しに映される彼女の表情には冷たい恐怖がへばりついている。そういえば、3年後に撮られた『イメージズ』でも、主人公が完全な狂気に陥って絶叫する際、シャワーを浴びていた。この符合は偶然だろうか。
エキセントリックな役どころでは、『The Maids』(1975年)のクレア役も相当なもの。ソランジュ役のグレンダ・ジャクソンとの掛け合いにハラハラさせられる。いかにも演劇の映像化という感じで、2人の演技力に依存しすぎているが、異様な緊張感があり、錯乱した世界観を楽しむことが出来る。
【関連サイト】
Susannah York
スザンナ・ヨークについて [続き]
トニー・リチャードソン監督の『トム・ジョーンズの華麗な冒険』(1963年)でヒロインのソフィが、大好きなトムではなく、全く相手にしていないブリフィルとの結婚をすすめられる場面がある。当然、ソフィは嫌悪感を示すのだが、その時の表情が本当に豊かで、可愛らしい顔を思いきり崩し、眉間に皺を寄せ、大きな目と口を忙しく動かして、絶対的な拒絶を表現する。彼女はトム一人しか眼中にないのだ。
私はその表情に惹かれ、「スザンナ・ヨーク」という英国人女優の名前を覚えた。
『イメージズ』
次に観たのが、ロバート・アルトマン監督の『イメージズ』(1972年)。『トム・ジョーンズの華麗な冒険』とは真逆の世界観で、統合失調症を扱ったシリアスな内容である。この映画で主演を務めたことにより、スザンナ・ヨークはカンヌ映画祭で女優賞を受賞した。もっとも、初めて鑑賞したとき私は高校生だったので、ほとんど理解できず、変なものを観てしまったと思ったことだけが何となく記憶に残っている。何しろ3人の男(1人は夫、1人は愛人、1人は死んだ愛人)とのセックスのイメージが錯綜したり、耳が痛くなるような叫び声が度々発せられたり、童話(スザンナ・ヨーク執筆の『一角獣を探して』)が延々と語られたりという具合で、意味がわからず、何が現実で何が妄想なのか、その境目も曖昧なまま終わるのだ。
今は自分なりに解釈しながら鑑賞することができる。私が作品論を書くとしたら、夫殺しの願望というテーマでまとめるだろう。スザンナ・ヨークは狂気に陥っていながら、たまらなくセクシーである。その生々しい肉体が、破滅的な雰囲気を漂わせながら、我々の眼前に迫る。表情はころころと変わるが、全く芝居じみていない。アルトマンの演出との相性もよく、狂気が極めて真率に表現されている。この不倫妻の狂気は、8年後、イザベル・アジャーニ主演の『ポゼッション』(1980年)へと遺伝し、個人の狂気から世界を巻き込むおぞましい狂気へと拡大することになる。
問題作への出演
スザンナの代表作は、『トム・ジョーンズの華麗な冒険』のような明るい映画よりも、『イメージズ』のように精神状態が不安定な女性が出てくるもの、言ってみれば、「問題作」と呼ばれる類の映画に偏っている。実際、彼女は23歳の頃から、具体的に言えば、モンゴメリー・クリフトと共演した『フロイド 隠された欲望』(1962年)から、そういう女性の役を演じていた。これは抑圧された性、あるいは、マイノリティの性というテーマが映画で扱われるようになった時代背景と無関係ではない。
スザンナは目と口が特徴的な美人だが、先にも述べたように表情豊かで、無邪気にもセクシーにも見える。そこから漂う色気は、人工的に作られたハリウッド的なものとは明らかに異なり、飾り気のないナチュラルな性を感じさせる。下品さがなく、繊細で知的な雰囲気にうっすらと覆われているところは英国女優らしい。ファンとしては、彼女主演で、チャーミングなヒロインが純愛している映画がもう少し撮られても良かったのではないかと思うのだが、そこは彼女の20代、30代が、「怒れる若者たち」の時代や「アメリカン・ニューシネマ」の時代と重なっていたこともあって、恋愛もの一つとってもヒネリがきいている。
『甘い抱擁』と『ひとりぼっちの青春』
レズビアンを扱ったロバート・アルドリッチ監督の『甘い抱擁』(1968年)では、落ち目のベテラン女優ジョージ(ベリル・リード)の恋人アリス役を熱演。見た目はキュートなベビードールだが、実は32歳、いつまでも人形が手放せない女である。それが年老いたジョージに怒鳴られ、服従を強いられ、愛される。2人の会話の激しいやりとりはほとんどSMだ。しかし、アリスはやがて女プロデューサーのマーシー(コーラル・ブラウン)に目をつけられ、口説かれてベッドを共にする。アリスが胸をはだけて快感に悶えるレズ・シーンは、当時物議を醸した。
この後、シドニー・ポラック監督の『ひとりぼっちの青春』(1969年)に仕事がない女優役で出演。役名はまたもアリスだ。メイクはジーン・ハーローを意識したもので、大勢の参加者の中で浮いて見えるほどセクシー。彼女は過酷なダンス・マラソンの中、もともと不安定そうに見えた精神を崩壊させてゆき、休憩時間になるとプロモーター(ギグ・ヤング)のお相手をし、さらに、グロリア(ジェーン・フォンダ)のパートナーであるロバート(マイケル・サラザン)の肉体を求める。この暗澹たるラブシーンは妙に官能的で素晴らしい。
アリスは「3分間の心臓破りのレース」でのアクシデントが引き金となり、ついに発狂する。ドレスを着ながらシャワーを浴びるシーンで、シャワー越しに映される彼女の表情には冷たい恐怖がへばりついている。そういえば、3年後に撮られた『イメージズ』でも、主人公が完全な狂気に陥って絶叫する際、シャワーを浴びていた。この符合は偶然だろうか。
エキセントリックな役どころでは、『The Maids』(1975年)のクレア役も相当なもの。ソランジュ役のグレンダ・ジャクソンとの掛け合いにハラハラさせられる。いかにも演劇の映像化という感じで、2人の演技力に依存しすぎているが、異様な緊張感があり、錯乱した世界観を楽しむことが出来る。
(阿部十三)
【関連サイト】
Susannah York
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