チリ・クーデターの映画
2018.04.26
1973年9月11日に何が起こったか
1973年9月11日、南米チリでクーデターが起こり、アウグスト・ピノチェト将軍率いる軍隊がサルバドール・アジェンデ大統領に退陣を要求、大統領府であるモネダ宮殿を爆撃した。1970年以降、政権に就いた左派(人民連合)に対し、右派はその政策を妨害すべく、買い占め、ストライキ、デモなどを行ってきたが、決定的な効果がないと見るや、陸海空軍を動員して最後の手段に出たのである。アジェンデは宮殿内で国民に向けてラジオ演説を行った後、50人に満たない側近、ボディガードと共に軍隊と戦い、宮殿内で亡くなった。演説の音源も、空爆の映像も、すべて残っている。
チリ・クーデターは、さまざまな形で映画に取り上げられた。中には正面から向き合った力作もある。エルビオ・ソトー監督の『サンチャゴに雨が降る』(1975年)とコスタ=ガブラス監督の『ミッシング』(1982年)だ。前者は『特攻要塞都市』というおかしな邦題でビデオ化され、『サンチャゴに雨が降る』を探していた人たちに気付かれずに終わったが、21世紀に入ってから元のタイトルでDVD化された。
『サンチャゴに雨が降る』
『サンチャゴに雨が降る』は、クーデターに対する映画界のリアクションとしては初期のものに属する。回想形式を多用しながら、アジェンデ政権誕生から事件までの経緯を描いた作品で、キャストはジャン=ルイ・トランティニャン(上院議員)、アニー・ジラルド(報道官夫人)、ローラン・テルジェフ(特派員)、ビビ・アンデショーン(特派員夫人)と豪華である。彼らはノーギャラで出演したらしい。製作はマルセル・カルネ監督の『危険な曲り角』に出ていたジャック・シャリエ(一時ブリジット・バルドーと結婚していた)。テルジェフもトランティニャンも、シャリエとは縁のある俳優だ。
クーデターからまだ2年後で、情報が錯綜していたであろう中、事件の全容をある程度しっかりと伝えている点でも、この映画には大きな意義があったと思われる。有名歌手ビクトル・ハラをモデルにした男性が、競技場に収容され、「ベンセレーモス」を歌い、兵士にリンチされて絶命する場面も描かれる(実際は射殺された)。モネダ宮殿が爆撃されるのを眺めながら、祝杯をあげて乱痴気騒ぎにふける右派ブルジョワたちの様子も描かれる。そのモネダ宮殿で、アジェンデ大統領が射殺される場面もある(自殺説が有力だが、真相は定かでない)。ただ、この映画では、軍をただ悪しざまに描くのではなく、クーデターの命令に背き、逮捕され、銃殺される将校もいたことが明かされる。唯一気になるのは、ピアソラの音楽とスローモーションの多用で、感傷性が余計に感じられる。
『ミッシング』
『ミッシング』も実話だが、こちらはアメリカ人の視点で描かれている。チリ在住のアメリカ人夫婦チャーリー(ジョン・シーア)とベス(シシー・スペイセク)が、クーデターに巻き込まれ、左派の新聞で記事を書いていたチャーリーが軍に逮捕され、行方不明となる。ベスは大使館に助けを求めるが、大使や領事が示す誠意は見せかけで、捜索は進展しない。
クーデターから2週間後、チャーリーの父親エド(ジャック・レモン)がチリにやって来る。保守的なエドは、反体制的な息子夫婦を「ダメな夫婦」とみなしていた。エドは大使や領事に改めて捜索を依頼する。しかし調査の結果、「逮捕はされていない」「死体収容所にも記録はない」と言われる。その後も不毛なやりとりが続き、エドは彼らに対して徐々に不信感を募らせる。そして、一人息子を取り戻したいと涙ながらに訴えた時、よそ見をしている大使を見て、自力で探すことを決意。それまで反発し合っていたベスと共に病院や競技場(収容所)をまわり、ようやく手がかりを得る。チャーリーは軍の拷問を受けていた。が、チリの軍隊が独断でアメリカ人を殺せるはずはない。アメリカ政府が許可していたのなら別だが......。
ジャック・レモンとシシー・スペイセクという実力派の役者が出ているだけあって、見応えがある。この作品はカンヌ映画祭でパルムドールと男優賞を獲得し、多くの人の目にとまった。私がチリ・クーデターを知ったのも、高校の頃、この映画をテレビで観てからである。コスタ=ガブラスらしく回想シーンが多いが、サスペンスとしてよく出来ている。軍による左派弾圧がいかに徹底的で容赦のないものだったか、その恐怖感、絶望感もしっかり出ている。真実を知ろうとすることは火遊びとされ、火遊びをすれば火傷をしても仕方ないということになる。「あなたの息子は詮索しすぎたのだ」ーー開き直った海軍武官のタワー大佐が言い放つ冷酷非情なセリフと、怒りと悲しみを溜め込んだエドの表情が印象に残る。
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チリ・クーデターの映画 [続き]
1973年9月11日、南米チリでクーデターが起こり、アウグスト・ピノチェト将軍率いる軍隊がサルバドール・アジェンデ大統領に退陣を要求、大統領府であるモネダ宮殿を爆撃した。1970年以降、政権に就いた左派(人民連合)に対し、右派はその政策を妨害すべく、買い占め、ストライキ、デモなどを行ってきたが、決定的な効果がないと見るや、陸海空軍を動員して最後の手段に出たのである。アジェンデは宮殿内で国民に向けてラジオ演説を行った後、50人に満たない側近、ボディガードと共に軍隊と戦い、宮殿内で亡くなった。演説の音源も、空爆の映像も、すべて残っている。
チリ・クーデターは、さまざまな形で映画に取り上げられた。中には正面から向き合った力作もある。エルビオ・ソトー監督の『サンチャゴに雨が降る』(1975年)とコスタ=ガブラス監督の『ミッシング』(1982年)だ。前者は『特攻要塞都市』というおかしな邦題でビデオ化され、『サンチャゴに雨が降る』を探していた人たちに気付かれずに終わったが、21世紀に入ってから元のタイトルでDVD化された。
『サンチャゴに雨が降る』
『サンチャゴに雨が降る』は、クーデターに対する映画界のリアクションとしては初期のものに属する。回想形式を多用しながら、アジェンデ政権誕生から事件までの経緯を描いた作品で、キャストはジャン=ルイ・トランティニャン(上院議員)、アニー・ジラルド(報道官夫人)、ローラン・テルジェフ(特派員)、ビビ・アンデショーン(特派員夫人)と豪華である。彼らはノーギャラで出演したらしい。製作はマルセル・カルネ監督の『危険な曲り角』に出ていたジャック・シャリエ(一時ブリジット・バルドーと結婚していた)。テルジェフもトランティニャンも、シャリエとは縁のある俳優だ。
クーデターからまだ2年後で、情報が錯綜していたであろう中、事件の全容をある程度しっかりと伝えている点でも、この映画には大きな意義があったと思われる。有名歌手ビクトル・ハラをモデルにした男性が、競技場に収容され、「ベンセレーモス」を歌い、兵士にリンチされて絶命する場面も描かれる(実際は射殺された)。モネダ宮殿が爆撃されるのを眺めながら、祝杯をあげて乱痴気騒ぎにふける右派ブルジョワたちの様子も描かれる。そのモネダ宮殿で、アジェンデ大統領が射殺される場面もある(自殺説が有力だが、真相は定かでない)。ただ、この映画では、軍をただ悪しざまに描くのではなく、クーデターの命令に背き、逮捕され、銃殺される将校もいたことが明かされる。唯一気になるのは、ピアソラの音楽とスローモーションの多用で、感傷性が余計に感じられる。
『ミッシング』
『ミッシング』も実話だが、こちらはアメリカ人の視点で描かれている。チリ在住のアメリカ人夫婦チャーリー(ジョン・シーア)とベス(シシー・スペイセク)が、クーデターに巻き込まれ、左派の新聞で記事を書いていたチャーリーが軍に逮捕され、行方不明となる。ベスは大使館に助けを求めるが、大使や領事が示す誠意は見せかけで、捜索は進展しない。
クーデターから2週間後、チャーリーの父親エド(ジャック・レモン)がチリにやって来る。保守的なエドは、反体制的な息子夫婦を「ダメな夫婦」とみなしていた。エドは大使や領事に改めて捜索を依頼する。しかし調査の結果、「逮捕はされていない」「死体収容所にも記録はない」と言われる。その後も不毛なやりとりが続き、エドは彼らに対して徐々に不信感を募らせる。そして、一人息子を取り戻したいと涙ながらに訴えた時、よそ見をしている大使を見て、自力で探すことを決意。それまで反発し合っていたベスと共に病院や競技場(収容所)をまわり、ようやく手がかりを得る。チャーリーは軍の拷問を受けていた。が、チリの軍隊が独断でアメリカ人を殺せるはずはない。アメリカ政府が許可していたのなら別だが......。
ジャック・レモンとシシー・スペイセクという実力派の役者が出ているだけあって、見応えがある。この作品はカンヌ映画祭でパルムドールと男優賞を獲得し、多くの人の目にとまった。私がチリ・クーデターを知ったのも、高校の頃、この映画をテレビで観てからである。コスタ=ガブラスらしく回想シーンが多いが、サスペンスとしてよく出来ている。軍による左派弾圧がいかに徹底的で容赦のないものだったか、その恐怖感、絶望感もしっかり出ている。真実を知ろうとすることは火遊びとされ、火遊びをすれば火傷をしても仕方ないということになる。「あなたの息子は詮索しすぎたのだ」ーー開き直った海軍武官のタワー大佐が言い放つ冷酷非情なセリフと、怒りと悲しみを溜め込んだエドの表情が印象に残る。
(阿部十三)
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