『牡丹燈籠』 〜死霊に魅入られて〜
2018.08.04
1968年は怪奇映画・怪談映画が豊作だった年で、『怪談バラバラ幽霊』、『怪談おとし穴』、『怪談 蛇女』、『怪猫 呪いの沼』、『吸血鬼ゴケミドロ』、『蛇娘と白髪魔』などが次々と公開された。『ゲゲゲの鬼太郎』がアニメ化されて人気を博し、いわゆる〈妖怪シリーズ〉の『妖怪大戦争』、『妖怪百物語』が観客を集めた年でもある。
山本薩夫監督の『牡丹燈籠』も同年の上映作品。原作は言わずと知れた怪談噺で、最初に映画化されたのは1910年、その後1945年までに少なくとも14作撮られている。もっとも、それらは今日観ることが困難な状況にあるので比較しようがないが、戦後の作品に限定して言うと、1968年版が最も素晴らしい。ちなみに出演者は、萩原新三郎役に本郷功次郎、足のある幽霊役に赤座美代子と大塚道子、脇を固めるのは西村晃、小川眞由美(小川真由美)、志村喬である。
独立プロの硬派監督、左翼の社会派監督として知られる山本薩夫の怪談映画? と眉をひそめる人もいるかもしれないが、この人は一方で、大映のスターを主演に据えた娯楽性の強い『忍びの者』(1962年/市川雷蔵主演)、『スパイ』(1965年/田宮二郎主演)、『にせ刑事』(1967年/勝新太郎主演)も撮っている。有名な『白い巨塔』(1966年)、『戦争と人間』(1970年〜1973年)、『華麗なる一族』(1974年)なども、社会派の枠にとどまらない娯楽性を備えた大作である。いかにメッセージを伝え、いかに面白く観てもらうか、というバランス感覚に富んでいたのだ。
『山本薩夫 私の映画人生』によると、永田雅一は山本監督を大映に引っ張り込む際、共産党に偏見を抱いていた重役たちに「共産党でも仕事がうまければいいじゃないか」と主張したらしい。主義はどうあれ、監督としての腕を見込んでいたのである。夏の呼び物である怪談映画を一見ミスマッチな山本監督に任せたのも、純粋にその職人性を買っていたからだろう。永田の目に狂いはなかった。
映画は、タイトルと製作者の名前(永田雅一)だけを見せて本編に入る。「あの世の黄泉の国より死者の魂をおしょうらいといって家に迎えて祀り供養をする盆の十三日」の出来事。旗本の屋敷で、三男坊の新三郎(本郷功次郎)が、事故死した次男の後家との結婚を迫られている。親類縁者は高圧的に結婚しろと命じるが、新三郎には受け入れることができない。暗く荘重なシーンである。
16日は精霊を送る日。長屋住まいをして子供たちに読み書きを教えている新三郎は、夏虫が鳴く夜、皆と「いざ帰りなむ極楽へ。六道輪廻は魔境なり」と歌いながら燈籠流しに出かける。水面を見ると燈籠が二つ、草に引っかかって流れないままでいる。新三郎は親切心から、その草を除けて流してやる。すると、二人の女性が現れ、燈籠を流してくれたことにお礼を言う。一人は廓の女らしい装いのお露(赤座美代子)、一人は中年のお米(大塚道子)である。
それから程なくして、お露とお米が新三郎の家を訪ねてくる。重ねての礼に恐縮する新三郎。お米は「あなたのようなおやさしい殿御に滅多にお会いできるものではございません。ぜひお話がしてみたいと、お嬢様がおっしゃいますので」と言い、家にあがる。話によると、お露は武家の娘であったが、金貸しに騙されて吉原に売られたらしい。今はまだ客を取らされていないが、盆が終われば色深い爺様の相手をしなければならない。話を終えた二人は、カランコロンと駒下駄を響かせて帰る。その様子を物陰から見ているのは、同じ長屋に住み、新三郎の世話をしている伴蔵(西村晃)だ。
17日、新三郎は兄の後家を嫁として迎えないなら勘当すると実家から申し渡される。一方、伴蔵は吉原の事情通から、お露もお米もすでに死んだと聞かされて唖然とする。その晩、再び二人が新三郎を訪ねる。お露の身の上に深く同情した新三郎は、盆が終わるまで彼のそばにいたいという女の気持ちを汲み、かりそめの祝言を挙げてしまう。
18日、新三郎の身を案ずる伴蔵は白翁堂(志村喬)に相談する。白翁堂が見た新三郎の顔には死相が出ていた。最初、新三郎は伴蔵と白翁堂の話に耳を貸そうとしなかったが、気になってお露とお米の足跡を辿り、二人が自害していることを知る。新三郎は恐怖に青ざめ、その晩は家の戸を閉め切る。しかし幽霊は難なく中に入ってくる。彼が斬りかかると、幽霊はゆらゆらと浮遊する。前半のクライマックスだ。
不気味な照明の中、ワイヤーを使ったシーンがしばらく続く。実に素晴らしい照明である。これは三隅研次監督作でもおなじみの山下礼三郎の仕事。明暗のコントラストが鮮やかであるだけでなく、闇に得も言われぬ深みがあり、怪奇なムードを濃厚な密度で醸成しているため、ともすると安っぽくなりがちなワイヤーワークがいびつなものに見えない。
脚本は『雨月物語』(1953年)の依田義賢。周知の通り、『雨月物語』では源十郎(森雅之)が若狭の死霊(京マチ子)に見初められ、契りを交わすが、そのために死相が出る。見かねた老僧は、源十郎の体に呪符を書き、死霊が近づけないようにする。映画版『牡丹燈籠』もこの展開と似ているが、後半から主人公の心情は逆方向へと進む。新三郎は相手が幽霊であることに一時は驚き慄くが、結局それでもいいと思い、愛し合うのだ。
新三郎が恐怖を超越して幽霊と本気で愛し合うので、その時点で観客が味わう怖さも減退する......はずなのだが、そこから視点が伴蔵の方に移り、観客は伴蔵の立場で恐れおののくことになる。つくづく巧い映画だ。原作とは大きく異なるが、ひとつの話としてまとまっていて、その卓越したストーリーテリングに感服させられる。
この作品は様式も色彩も美しく、当時の大映らしい重みのあるトーンを帯びている。名画と言われるのも納得の格調の高さだ。が、それにしても怖い。草むらにすだく虫の音、カランコロンと響く駒下駄の音、浮遊する幽霊の姿、エフェクトがかかった幽霊の声、生気のないメイキャップ......だけが怖さの要因ではない。お盆に対して日本人が抱く特別な感情と、怪談ならではの不条理さがきちんと表現されているために、怖さが増すのである。
怪談をモチーフにした映画は、勧善懲悪・因果応報のフォーマットを持つことが多い。悪事を働いて人を殺せば恨まれるし、聖域を侵せば惨事が起こる。そういう条理がここではほとんど通用しない。新三郎は親切心から灯籠を流してやり、そのせいで幽霊に憑かれる。それも執念深く追い回されるのだ。相手が幽霊と知って怯える新三郎に、幽霊は「この世の酷い仕組みに屈せず、よくぞ死をもって抗った」となぜ褒めないのか、「わしも死んでお前どもの所へ行ってやろう」となぜ言わないのかと迫る。幽霊は新三郎に対しては加害者的立場なのだが、あくまでも被害者としての感情を有しているのだ。その不条理が押し通される。
後半から登場する強欲女おみねも、幽霊とは違う意味で怖い。頼りない夫・伴蔵を尻に敷き、幽霊と取り引きして金をせびり、新三郎を差し出そうとするこの役を演じたのは、『スパイ』や『白い巨塔』にも出ていた小川眞由美。全体的に妖しく静かな映画の中で、おみねはひとり生き生きとしていて、肉感的に見える。伴蔵との騒々しい掛け合いは笑えるし、憎めないところもあるが、人物の中ではこれが一番のワルと言えるかもしれない。
(阿部十三)
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