菅貫太郎 〜悪役の星〜
2019.02.14
子供の頃、テレビで時代劇を見ることが家族団欒だった私にとって、スガカンは最も懐かしい悪役俳優の一人だ。なので、当時の時代劇を見直している時に、その姿が画面に現れると、正義のヒーローそっちのけで、「待ってました」と叫びたくなる。かつてはこの人が登場するたびに、「とんでもない悪党だな」と憤っていたのに、変われば変わるものだ。
善悪をよく分かっていない子供が見ても「こいつはやばい」と思えるほど情け容赦がなく、同情の余地がなく、悪いことがカッコよく見えるような複雑な魅力もそなえておらず、それでいてテレビを消したくなるほどには気持ち悪くない悪役こそ、古き良き勧善懲悪ドラマの肝である。しかし、そういう役は誰にでも演じられるわけではない。そのために、名うての悪役俳優たちは同じドラマのシリーズで何度も地獄からよみがえり、外道を演じることになる。また、マンネリ化した長寿時代劇には、たまに毒素の強い悪党がカンフル剤的に投入されることがある。その結果、大人になってから振り返ってみると、善玉を演じた二枚目スターと同じくらい悪玉を演じた俳優の印象が鮮烈に残っていたりする。
菅貫太郎はそんな悪役の代表だ。通称スガカン。私と同世代もしくは年配の人なら、『水戸黄門』に出てきた猛毒のような一条三位を演じた役者と言えば分かるだろう。私より少し若い世代の人でも、顔を見ればピンとくるはずだ。1960年代から1990年代前半にかけて、時代劇・現代劇で何度成敗され、天誅を下されたか知れない。人を人とも思わぬ冷たい目つきで、青白いヘビのように善人に絡みつき、残酷なことをして、問答無用の正義の裁きを受けてきた、それがスガカンだ。
もとは舞台出身で、若い頃から早川雪洲のもとに通い、俳優座の座員として活躍していた経歴を持つ。舞台でも一癖ある役を得意としていたようで、それは1971年に『はんらん狂騒曲』の上演をめぐって俳優座と対立し、市原悦子、中村敦夫、原田芳雄と共に退団した際、この劇でキーパーソンとなるバブーフ役(「2」の役)を演じていたという記録からもうかがえる。
転機となったのは、劇団在籍時に出演した工藤栄一監督の集団時代劇『十三人の刺客』(1963年)の松平斉韶役だ。その前に同監督が手がけた『忍者秘帖 梟の城』(1963年)では、知的で冷静で、忍者を冷たくあしらう前田玄以を演じていたが、『十三人の刺客』の松平斉韶は狂気の領域にいる。見ていてウンザリするような外道だ。そのくせ清潔さ、高貴さ、滑稽さも備えている。これはスガカンにとって運命的な役だった。残虐非道、自制心ゼロ、そんなバカ殿ぶりが注目を浴び、東映時代劇(とヤクザ映画)の悪役、殺られ役として頻繁に顔を出すようになったのである。
映画・テレビに軸を移したスガカンは、悪役街道をひた走ることになるわけだが、本人はやや辟易していたようである。『キネマ旬報』(1980年11月)のインタビューでは、こう語っていた。
「でも、あれ(『十三人の刺客』)に出てから、脚本がそうでなくても、あのセンでやってくれって(笑)。みんな、そうですよ。バカのひとつ覚え。まあ、全部が全部そうだったわけじゃないけど、結構、数をやってるうちに、すっかり不機嫌になっちゃって(笑)」
何を考えているか分からない(というか、大体いつも悪いことを考えている)悪人面だが、実は知的な風貌でもあるので、インテリの役も、感受性豊かな詩人の役もハマる。その辺を見抜いていた監督たちは、菅のことを悪役以外でも起用した。工藤栄一演出のドラマ『本陣殺人事件』(1977年)で金田一耕助を丁重に迎える県警本部長、吉田喜重監督の『告白的女優論』(1971年)で岡田茉莉子と懇ろになる医師、寺山修司監督の『田園に死す』(1974年)で過去の自分と対面する「私」、実相寺昭雄監督の『歌麿 夢と知りせば』(1985年)で岸田森演じる歌麿を刺激する北斎など、『告白的女優論』と『田園に死す』を除くと出番はわずかだが、いずれも〈悪人ではない〉菅貫太郎の魅力を楽しめる。
俳優座を同時期に退団した市原悦子、中村敦夫とは『必殺仕業人』の第15話「あんた この連れ合いどう思う」で共演。このシリーズでは珍しく仕業人に殺されない役で(結局死ぬけど)、甲斐性なしのダメ夫を熱演していた。共演者に触発されたのかな、と想像したくなる。
『特捜最前線』の須藤検事も、私には忘れられない。悪人ではないが、神代(二谷英明)たちと対立する超インテリであり、随分いやな感じを漂わせていた。しかしヒールとしては最高だ。その怜悧さが特に際立っているのが、名作の誉れ高い「死刑執行0秒前!」で、死刑囚の冤罪を晴らそうとして熱くなっている船村刑事(大滝秀治)とぶつかり合い、氷のような論理で相手を圧倒していた。
しかしまあ、なんだかんだ言っても、やっぱり時代劇で悪役を演じている時の彼は、独特の冷酷さと危うい狂気のオーラがあり、観る者の目をひかずにはおかない。その演技は晩年になって(と言うのも辛いが、彼は1994年に交通事故に遭い、59歳の若さで亡くなった)、自然な風格をそなえるに至ったように思える。表情ひとつ変えず、大して抑揚もつけずに、「人をだまし、手玉にとり、金をいただく。愉快でならぬ。やめられぬのう」と言ってのける、あの人でなしぶりと鼻持ちならぬ高貴さは、簡単に真似できるものではない。
実生活のスガカンは、下駄に登山帽、サングラスという出で立ちで、年中過ごしていたらしい。登山帽は夫人のお手製である。インタビュー記事を読んでも、変に構えず、飾らない人であったことが分かる。悪役の俳優というのは、私の印象では、愛すべき人柄で、聡明な人が多く、演技もしっかりしていて、どんな役をやっても上手い。私の中にあるこういうイメージは、スガカンという役者を見て形成されたものなのかもしれない。
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善悪をよく分かっていない子供が見ても「こいつはやばい」と思えるほど情け容赦がなく、同情の余地がなく、悪いことがカッコよく見えるような複雑な魅力もそなえておらず、それでいてテレビを消したくなるほどには気持ち悪くない悪役こそ、古き良き勧善懲悪ドラマの肝である。しかし、そういう役は誰にでも演じられるわけではない。そのために、名うての悪役俳優たちは同じドラマのシリーズで何度も地獄からよみがえり、外道を演じることになる。また、マンネリ化した長寿時代劇には、たまに毒素の強い悪党がカンフル剤的に投入されることがある。その結果、大人になってから振り返ってみると、善玉を演じた二枚目スターと同じくらい悪玉を演じた俳優の印象が鮮烈に残っていたりする。
菅貫太郎はそんな悪役の代表だ。通称スガカン。私と同世代もしくは年配の人なら、『水戸黄門』に出てきた猛毒のような一条三位を演じた役者と言えば分かるだろう。私より少し若い世代の人でも、顔を見ればピンとくるはずだ。1960年代から1990年代前半にかけて、時代劇・現代劇で何度成敗され、天誅を下されたか知れない。人を人とも思わぬ冷たい目つきで、青白いヘビのように善人に絡みつき、残酷なことをして、問答無用の正義の裁きを受けてきた、それがスガカンだ。
もとは舞台出身で、若い頃から早川雪洲のもとに通い、俳優座の座員として活躍していた経歴を持つ。舞台でも一癖ある役を得意としていたようで、それは1971年に『はんらん狂騒曲』の上演をめぐって俳優座と対立し、市原悦子、中村敦夫、原田芳雄と共に退団した際、この劇でキーパーソンとなるバブーフ役(「2」の役)を演じていたという記録からもうかがえる。
転機となったのは、劇団在籍時に出演した工藤栄一監督の集団時代劇『十三人の刺客』(1963年)の松平斉韶役だ。その前に同監督が手がけた『忍者秘帖 梟の城』(1963年)では、知的で冷静で、忍者を冷たくあしらう前田玄以を演じていたが、『十三人の刺客』の松平斉韶は狂気の領域にいる。見ていてウンザリするような外道だ。そのくせ清潔さ、高貴さ、滑稽さも備えている。これはスガカンにとって運命的な役だった。残虐非道、自制心ゼロ、そんなバカ殿ぶりが注目を浴び、東映時代劇(とヤクザ映画)の悪役、殺られ役として頻繁に顔を出すようになったのである。
映画・テレビに軸を移したスガカンは、悪役街道をひた走ることになるわけだが、本人はやや辟易していたようである。『キネマ旬報』(1980年11月)のインタビューでは、こう語っていた。
「でも、あれ(『十三人の刺客』)に出てから、脚本がそうでなくても、あのセンでやってくれって(笑)。みんな、そうですよ。バカのひとつ覚え。まあ、全部が全部そうだったわけじゃないけど、結構、数をやってるうちに、すっかり不機嫌になっちゃって(笑)」
何を考えているか分からない(というか、大体いつも悪いことを考えている)悪人面だが、実は知的な風貌でもあるので、インテリの役も、感受性豊かな詩人の役もハマる。その辺を見抜いていた監督たちは、菅のことを悪役以外でも起用した。工藤栄一演出のドラマ『本陣殺人事件』(1977年)で金田一耕助を丁重に迎える県警本部長、吉田喜重監督の『告白的女優論』(1971年)で岡田茉莉子と懇ろになる医師、寺山修司監督の『田園に死す』(1974年)で過去の自分と対面する「私」、実相寺昭雄監督の『歌麿 夢と知りせば』(1985年)で岸田森演じる歌麿を刺激する北斎など、『告白的女優論』と『田園に死す』を除くと出番はわずかだが、いずれも〈悪人ではない〉菅貫太郎の魅力を楽しめる。
この中で一作選ぶとしたら、『田園に死す』。私は学生時代にこれを観た時、寺山自身の投影とも言える繊細そうな男が菅貫太郎だとは気付かなかった。どこからどう見てもスガカンなのに。ラストで新宿の雑踏の中、ご飯を食べているのが彼だと知ったのは、後になってからのことだ。悪役、ヒール専門だと思い込んでいると、こういうことが起こる。この配役は、寺山から「どうしても菅さんに」という形でオファーがあったらしい。同じ東北人(菅貫太郎は秋田出身)ということで親近感を抱いたのだろうか。
「あまりお金は出せないけど、どうしても僕にって言ってきたんだよね。それでプロットができて見たら、よく(内容が)わからなかったけれど、小さいころの自分に対面する話でしょ。面白そうだから、つきあわせてくださいって言って、出たんです。あれは、寺山さんの中でも一番いいんじゃない」
面白そうだから、つきあわせてくださいというさりげない言葉が素敵だ。この人の人柄だろう。
「あまりお金は出せないけど、どうしても僕にって言ってきたんだよね。それでプロットができて見たら、よく(内容が)わからなかったけれど、小さいころの自分に対面する話でしょ。面白そうだから、つきあわせてくださいって言って、出たんです。あれは、寺山さんの中でも一番いいんじゃない」
面白そうだから、つきあわせてくださいというさりげない言葉が素敵だ。この人の人柄だろう。
『特捜最前線』の須藤検事も、私には忘れられない。悪人ではないが、神代(二谷英明)たちと対立する超インテリであり、随分いやな感じを漂わせていた。しかしヒールとしては最高だ。その怜悧さが特に際立っているのが、名作の誉れ高い「死刑執行0秒前!」で、死刑囚の冤罪を晴らそうとして熱くなっている船村刑事(大滝秀治)とぶつかり合い、氷のような論理で相手を圧倒していた。
しかしまあ、なんだかんだ言っても、やっぱり時代劇で悪役を演じている時の彼は、独特の冷酷さと危うい狂気のオーラがあり、観る者の目をひかずにはおかない。その演技は晩年になって(と言うのも辛いが、彼は1994年に交通事故に遭い、59歳の若さで亡くなった)、自然な風格をそなえるに至ったように思える。表情ひとつ変えず、大して抑揚もつけずに、「人をだまし、手玉にとり、金をいただく。愉快でならぬ。やめられぬのう」と言ってのける、あの人でなしぶりと鼻持ちならぬ高貴さは、簡単に真似できるものではない。
実生活のスガカンは、下駄に登山帽、サングラスという出で立ちで、年中過ごしていたらしい。登山帽は夫人のお手製である。インタビュー記事を読んでも、変に構えず、飾らない人であったことが分かる。悪役の俳優というのは、私の印象では、愛すべき人柄で、聡明な人が多く、演技もしっかりしていて、どんな役をやっても上手い。私の中にあるこういうイメージは、スガカンという役者を見て形成されたものなのかもしれない。
(阿部十三)
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