シモーヌ・シモン 〜猫のような雰囲気〜
2019.05.21
猫のような雰囲気を持つ女優というと、フランソワーズ・アルヌールやブリジット・バルドー、あるいはもっと後年のナスターシャ・キンスキーあたりが思い浮かぶ。彼女たちに共通しているのは、男を虜にする性的魅力の持ち主であることだろう。この系譜の元祖が誰になるのかは分からないが、1930年代に登場した一人の女優を避けてさかのぼることはできない。彼女の名前はシモーヌ・シモンである。
戦前、マルク・アレグレ監督の『乙女の湖』(1934年)に出演し、日本でも注目を浴びていたシモーヌについて、作家の高見順が「君子も楽しめるエロ」という何とも言えないタイトルで、こんなことを書いている。
「彼女のエロはこっちが平気な顔して直視できるエロである所に、人気の秘密がある。普通エロというと、周囲を憚って、見ないような振りして見ねばならぬ遠慮さが、そこに出てくるものだが、彼女の場合は、親しさ、新鮮さ、溌剌さ、子供らしさ、無邪気さ、そういったエロと違ったものを見るような顔して、彼女のエロティシズムを鑑賞することが出来る。遠慮や気まづさは不要で、聖人君子と雖(いえど)も正視できるといった色気である」
たしかに、シモーヌ・シモンは、アルヌールやキンスキーに比べると無邪気で人懐っこそうである。〈Sex Kitten〉と言われたバルドーに近いかもしれないが、肉体で圧倒する感じはなく、より軽やかで、気安く声をかけることができそうだ。しかし、そのエロティシズムは健全なのかというと、そんなことはなく、油断して近付くと深刻な中毒になる類のものだろう。
ちなみに、高見順はシモーヌの顔を「狆クシャのような」と形容している。『乙女の湖』の台詞を手がけたコレットは、「純血種のペキニーズのような女の子」と語っていた。どちらも猫ではなく犬。代表作の一つである『キャット・ピープル』(1942年)の前と後で、印象が異なるのかもしれない。ただ、いずれにしても彼女がどんな顔なのか伝えるのには、動物を持ち出すのが常套のようである。
出世作の『乙女の湖』で演じたのは、チロルで水泳教師として働く美青年(ジャン・ピエール・オーモン)に恋する自然児のパック。名前の通り、妖精のような乙女だ。私はスチル写真の印象から「屈託のない青春映画だろう」と思っていたが、そこはフランス産、青春の光と影を描き、後味はほろ苦い。この作品で鮮烈な印象を残したシモーヌは、監督と相手役が同じ『みどりの園』(1935年)でも悩ましい青春のヒロインを演じ、ダリル・F・ザナックの招きでハリウッドに進出、その後またフランスに戻った。
そして、ジャン・ルノワール監督の『獣人』(1938年)への出演となる。ここで無邪気さと魔性を持つファム・ファタールを演じたシモーヌを見ると、『乙女の湖』と比べて演技力が格段に増していることが分かる。アイドル的な女優から大人の女優になったとでも言うべきだろうか。
シモーヌ・シモンは美人だが飾り気がなく、動物的な率直さと色気を持っている。そんな彼女の個性は得難いもので、母国フランスのみならずアメリカでも珍重された。ハリウッドで成功したとは言い難いが、猫族の暗い宿命を背負う女性の悲劇を描いた『キャット・ピープル』は、ジャック・ターナーの冴えた演出と、シモーヌの落ち着いた演技により、傑作となった。その演技には、低予算の恐怖映画によく見られるような過剰さはなく、変にじめついたところもなく、猫族の秘めたる品格、悲哀、神秘性が感じられる。
戦後の代表作は、名匠マックス・オフュルスの『輪舞』(1950年)と『快楽』(1952年)。『輪舞』で童貞のお坊ちゃん(ダニエル・ジェラン)の相手をする小間使役は絶品で、「何がしたいのか、お見通しですよ」と言わんばかりに男子を見下ろす目つきは、素晴らしいカメラ・アングルと共に忘れがたい。また、「百合もの」の『処女オリヴィア』(1951年)では、大女優エドウィージュ・フィエールを相手に一歩もひかず、嫉妬の演技を披露している(輸入ビデオしかない)。1950年代だと40歳をこえていたはずだが、チャーミングなところは変わらず、イギリスのコメディ映画『The Extra Day』(1956年)では、品のある色気をふりまいている。
40歳をこえていた「はず」と書いたのは、生年がはっきりしないからで、1910年、1911年、あるいは1917年頃の生まれという説がある。私生活では独身を貫き、2005年に高齢で亡くなった。ロマンスの噂は絶えなかったようで、交際相手の中には作曲家のジョージ・ガーシュウィンがいた。
出演作は、往年の人気女優にしては少ない方だし、現在鑑賞できる作品も限られているが、『乙女の湖』、『獣人』、『キャット・ピープル』、『輪舞』があれば彼女の魅力は十分つかめるだろう。
戦前、マルク・アレグレ監督の『乙女の湖』(1934年)に出演し、日本でも注目を浴びていたシモーヌについて、作家の高見順が「君子も楽しめるエロ」という何とも言えないタイトルで、こんなことを書いている。
「彼女のエロはこっちが平気な顔して直視できるエロである所に、人気の秘密がある。普通エロというと、周囲を憚って、見ないような振りして見ねばならぬ遠慮さが、そこに出てくるものだが、彼女の場合は、親しさ、新鮮さ、溌剌さ、子供らしさ、無邪気さ、そういったエロと違ったものを見るような顔して、彼女のエロティシズムを鑑賞することが出来る。遠慮や気まづさは不要で、聖人君子と雖(いえど)も正視できるといった色気である」
たしかに、シモーヌ・シモンは、アルヌールやキンスキーに比べると無邪気で人懐っこそうである。〈Sex Kitten〉と言われたバルドーに近いかもしれないが、肉体で圧倒する感じはなく、より軽やかで、気安く声をかけることができそうだ。しかし、そのエロティシズムは健全なのかというと、そんなことはなく、油断して近付くと深刻な中毒になる類のものだろう。
ちなみに、高見順はシモーヌの顔を「狆クシャのような」と形容している。『乙女の湖』の台詞を手がけたコレットは、「純血種のペキニーズのような女の子」と語っていた。どちらも猫ではなく犬。代表作の一つである『キャット・ピープル』(1942年)の前と後で、印象が異なるのかもしれない。ただ、いずれにしても彼女がどんな顔なのか伝えるのには、動物を持ち出すのが常套のようである。
出世作の『乙女の湖』で演じたのは、チロルで水泳教師として働く美青年(ジャン・ピエール・オーモン)に恋する自然児のパック。名前の通り、妖精のような乙女だ。私はスチル写真の印象から「屈託のない青春映画だろう」と思っていたが、そこはフランス産、青春の光と影を描き、後味はほろ苦い。この作品で鮮烈な印象を残したシモーヌは、監督と相手役が同じ『みどりの園』(1935年)でも悩ましい青春のヒロインを演じ、ダリル・F・ザナックの招きでハリウッドに進出、その後またフランスに戻った。
そして、ジャン・ルノワール監督の『獣人』(1938年)への出演となる。ここで無邪気さと魔性を持つファム・ファタールを演じたシモーヌを見ると、『乙女の湖』と比べて演技力が格段に増していることが分かる。アイドル的な女優から大人の女優になったとでも言うべきだろうか。
シモーヌ・シモンは美人だが飾り気がなく、動物的な率直さと色気を持っている。そんな彼女の個性は得難いもので、母国フランスのみならずアメリカでも珍重された。ハリウッドで成功したとは言い難いが、猫族の暗い宿命を背負う女性の悲劇を描いた『キャット・ピープル』は、ジャック・ターナーの冴えた演出と、シモーヌの落ち着いた演技により、傑作となった。その演技には、低予算の恐怖映画によく見られるような過剰さはなく、変にじめついたところもなく、猫族の秘めたる品格、悲哀、神秘性が感じられる。
戦後の代表作は、名匠マックス・オフュルスの『輪舞』(1950年)と『快楽』(1952年)。『輪舞』で童貞のお坊ちゃん(ダニエル・ジェラン)の相手をする小間使役は絶品で、「何がしたいのか、お見通しですよ」と言わんばかりに男子を見下ろす目つきは、素晴らしいカメラ・アングルと共に忘れがたい。また、「百合もの」の『処女オリヴィア』(1951年)では、大女優エドウィージュ・フィエールを相手に一歩もひかず、嫉妬の演技を披露している(輸入ビデオしかない)。1950年代だと40歳をこえていたはずだが、チャーミングなところは変わらず、イギリスのコメディ映画『The Extra Day』(1956年)では、品のある色気をふりまいている。
40歳をこえていた「はず」と書いたのは、生年がはっきりしないからで、1910年、1911年、あるいは1917年頃の生まれという説がある。私生活では独身を貫き、2005年に高齢で亡くなった。ロマンスの噂は絶えなかったようで、交際相手の中には作曲家のジョージ・ガーシュウィンがいた。
出演作は、往年の人気女優にしては少ない方だし、現在鑑賞できる作品も限られているが、『乙女の湖』、『獣人』、『キャット・ピープル』、『輪舞』があれば彼女の魅力は十分つかめるだろう。
(阿部十三)
【関連サイト】
[シモーヌ・シモン略歴]
1911年(生年については諸説あり)、フランスのマルセイユ生まれ。1931年に映画デビュー。マルク・アレグレ監督の『La Petite Chocolatière』に出演後、1934年に同監督の『乙女の湖』で人気女優に。ダリル・F・ザナックに認められ、ハリウッドにも進出。アメリカとフランスを行き来して『第七天国』、『獣人』、『キャット・ピープル』などに出演した。戦後はフランスで女優活動を続けたが、1960年代以降はほとんど出演作がない。最後の映画出演は1973年の『La Femme en bleu』。2005年2月22日、死去。
1911年(生年については諸説あり)、フランスのマルセイユ生まれ。1931年に映画デビュー。マルク・アレグレ監督の『La Petite Chocolatière』に出演後、1934年に同監督の『乙女の湖』で人気女優に。ダリル・F・ザナックに認められ、ハリウッドにも進出。アメリカとフランスを行き来して『第七天国』、『獣人』、『キャット・ピープル』などに出演した。戦後はフランスで女優活動を続けたが、1960年代以降はほとんど出演作がない。最後の映画出演は1973年の『La Femme en bleu』。2005年2月22日、死去。
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