スザンヌ・プレシェット 〜ただの美人女優ではない〜
2019.11.11
『刑事コロンボ』の初期のエピソード「ホリスター将軍のコレクション」(1971年)に、スザンヌ・プレシェットが出演している。彼女が演じているのは、心理療法を受けている女性ヘレンの役だ。ヘレンは殺人事件を目撃していながら、犯人であるホリスター元将軍から「見間違いだ」と言われると、自分の目で見たことが事実なのかどうか自信がなくなり、さらに、彼に甘い言葉をかけられると恋に落ちてしまう。そして最後、ホリスターが逮捕されると、涙を見せながらコロンボに言うのである。
「私ったら、おかしな才能があるのかしら。世の中に男は大勢いるのに、悪いのばかり選んじゃう。一生閉じこもって暮らそうかしら」
このエピソードの主人公はコロンボでもホリスターでもなく、ヘレンである。当時30代半ばだったスザンヌ・プレシェットの魅力が横溢している。悪い男だと心のどこかで分かっていても、やさしい言葉とステータスによろめき、あっさりと懐柔される悲しいさがを、情感たっぷりに見せてくれる。
『恋愛専科』の翌年にはアルフレッド・ヒッチコック監督の『鳥』(1963年)に出演。メラニー(ティッピ・ヘドレン)と恋仲になる男性ミッチ(ロッド・テイラー)の元彼女、アニー役である。メラニーとミッチの恋の進展に複雑な思いを抱く心理表現が巧みで、女優としての進境を示したが、鳥に惨殺される悲惨な役だ。薄幸の女性といえば、ヘンリー・ハサウェイ監督の『ネバダ・スミス』(1966年)では美しいピラー役を好演。主人公マックス(スティーヴ・マックイーン)に同情し、手助けするものの、不幸な死を遂げる不憫さが印象的だった。
『生きる情熱』(1965年)は、裕福で美しいヒロインが男たちと情事を重ねる恋愛譚で、スザンヌは主役のグレースを熱演している。恋と性の誘惑に勝てないグレースは、誠実な夫(ブラッドフォード・ディルマン)と結婚し、子供ができた後も、家族を裏切り、ほかの男(ベン・ギャザラ)との不倫に耽る。自分の行為を反省したグレースは、不倫を清算しようとするが......。グレースは救いのない恋愛中毒で、ひたすら嘘をつき、嘘がばれると泣き喚く、全く共感できないキャラクターだ。車の中で不倫の誘惑に負けていく場面、夫に不倫の釈明をする場面が大きな見せ場である。
『不時着』(1964年)は、57人が死亡した飛行機事故の原因を探るサスペンス風の人間ドラマである。事故は機長の責任なのか、機械の故障によるものなのか。原因は、勘の良い人ならすぐ気付くと思う。しかし、この映画が重んじているのは、謎解きではなく仲間同士の信頼関係というテーマである。スザンヌの役は生存者の一人で、CAとして事故当時の様子を知る証人のマーサ。航空会社で原因を突き止めるため同じ状況を再現することになり、マーサは後遺症があるにもかかわらず、再び飛行機に乗る。脇役だがキーパースンであり、「なぜ自分が生き残ったのか」という苦悩、真相究明に協力しようとする意志の強さ、それでも隠せない心の動揺を巧みに表現していた。
【関連サイト】
Suzanne Pleshette
「私ったら、おかしな才能があるのかしら。世の中に男は大勢いるのに、悪いのばかり選んじゃう。一生閉じこもって暮らそうかしら」
このエピソードの主人公はコロンボでもホリスターでもなく、ヘレンである。当時30代半ばだったスザンヌ・プレシェットの魅力が横溢している。悪い男だと心のどこかで分かっていても、やさしい言葉とステータスによろめき、あっさりと懐柔される悲しいさがを、情感たっぷりに見せてくれる。
スザンヌは若い頃にまずブロードウェイの舞台で芸を磨き、『奇跡の人』のサリヴァン先生役などで評価された。つまり実力を認められた女優なのだが、1960年代にハリウッドで活躍しはじめると、美人女優の枠内で評価されるようになった。ブルネットの美人であることから「第二のリズ(エリザベス・テイラー)」とまで呼ばれた。
スザンヌをスターにしたのは、甘いラブストーリーの代名詞となった『恋愛専科』(1962年)だ。映画の舞台はイタリア、ロマンティックな恋愛にふさわしい国である。開放的な雰囲気の中、スザンヌはイタリアの美しい景色よりも輝いていた。換言すると、演技力よりも美貌を見せる作品であった。ブロードウェイ時代の彼女を知らない観客が、この大ヒット作を観て「美人女優」のレッテルを貼ったとしても、それは仕方ない。ついでに言うと、相手役がこれまた超がつくほどハンサムなトロイ・ドナヒューで、お似合いの美男美女カップルだった2人は、2年後の1964年に結婚し、わずか9か月で離婚した。
美人女優というイメージがついても、エリザベス・テイラーのようなバイタリティと自己主張があれば、それを覆せたかもしれない。そういう意味では、スザンヌには人を押しのけるパワーが不足していた。しかし彼女は賢明にも、かなり早い段階で、脇役でも良い仕事をしようというスタンスに切り替えていた。それゆえ、「企画に恵まれず大スターになれなかった」とか「個性尊重の時代に美人でありすぎた」などと周囲に言われながらも、2000年代半ばまで映画やテレビの世界で出演の場を失うことがなかったのである。
『恋愛専科』の翌年にはアルフレッド・ヒッチコック監督の『鳥』(1963年)に出演。メラニー(ティッピ・ヘドレン)と恋仲になる男性ミッチ(ロッド・テイラー)の元彼女、アニー役である。メラニーとミッチの恋の進展に複雑な思いを抱く心理表現が巧みで、女優としての進境を示したが、鳥に惨殺される悲惨な役だ。薄幸の女性といえば、ヘンリー・ハサウェイ監督の『ネバダ・スミス』(1966年)では美しいピラー役を好演。主人公マックス(スティーヴ・マックイーン)に同情し、手助けするものの、不幸な死を遂げる不憫さが印象的だった。
『生きる情熱』(1965年)は、裕福で美しいヒロインが男たちと情事を重ねる恋愛譚で、スザンヌは主役のグレースを熱演している。恋と性の誘惑に勝てないグレースは、誠実な夫(ブラッドフォード・ディルマン)と結婚し、子供ができた後も、家族を裏切り、ほかの男(ベン・ギャザラ)との不倫に耽る。自分の行為を反省したグレースは、不倫を清算しようとするが......。グレースは救いのない恋愛中毒で、ひたすら嘘をつき、嘘がばれると泣き喚く、全く共感できないキャラクターだ。車の中で不倫の誘惑に負けていく場面、夫に不倫の釈明をする場面が大きな見せ場である。
『不時着』(1964年)は、57人が死亡した飛行機事故の原因を探るサスペンス風の人間ドラマである。事故は機長の責任なのか、機械の故障によるものなのか。原因は、勘の良い人ならすぐ気付くと思う。しかし、この映画が重んじているのは、謎解きではなく仲間同士の信頼関係というテーマである。スザンヌの役は生存者の一人で、CAとして事故当時の様子を知る証人のマーサ。航空会社で原因を突き止めるため同じ状況を再現することになり、マーサは後遺症があるにもかかわらず、再び飛行機に乗る。脇役だがキーパースンであり、「なぜ自分が生き残ったのか」という苦悩、真相究明に協力しようとする意志の強さ、それでも隠せない心の動揺を巧みに表現していた。
陽気で面白くて美しいスザンヌも見たい、という人もいるだろう。そういう人には、コメディの『黒ひげ大旋風』(1968年)がお薦めだ。ピーター・ユスティノフ主演のディズニー映画である。黒ひげの亡霊の力を借りて弱小校が陸上競技大会で優勝したり、ルーレットで大勝ちした時のスザンヌのはしゃぎっぷりが可愛い。
(阿部十三)
【関連サイト】
Suzanne Pleshette
[スザンヌ・プレシェット略歴]
1937年1月31日、ニューヨークのブルックリン生まれ。ネイバーフッド・プレイハウスで演技を学び、1957年に舞台女優としてデビュー。1961年に舞台『奇跡の人』のサリヴァン先生役で高評価を得た後、『恋愛専科』や『鳥』などの大ヒット映画に出演し、知名度を一気に高める。脇役としても存在感を発揮し、映画とテレビの両方にバランス良く出演し続けた。2008年1月20日、肺がんにより死去。結婚は3回。最初の夫トロイ・ドナヒューと9か月で別れたことも話題になった。
1937年1月31日、ニューヨークのブルックリン生まれ。ネイバーフッド・プレイハウスで演技を学び、1957年に舞台女優としてデビュー。1961年に舞台『奇跡の人』のサリヴァン先生役で高評価を得た後、『恋愛専科』や『鳥』などの大ヒット映画に出演し、知名度を一気に高める。脇役としても存在感を発揮し、映画とテレビの両方にバランス良く出演し続けた。2008年1月20日、肺がんにより死去。結婚は3回。最初の夫トロイ・ドナヒューと9か月で別れたことも話題になった。
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