アナスタシア・ヴェルチンスカヤ 〜理想のオフィーリア〜
2019.12.13
ロシアの人気女優というと、アナスタシア・ヴェルチンスカヤとリュドミラ・サヴェーリエワが思い浮かぶ。2人はほぼ同時期に第一線で活躍し、来日したこともあり、日本での人気も高かった。どちらも清純派のイメージだが、ヴェルチンスカヤの方が意志の強さを感じさせる顔立ちをしている。
ヴェルチンスカヤの出演作の中で最も知られているのは、グリゴーリ・コージンツェフ監督の『ハムレット』(1964年)である。ローレンス・オリヴィエ監督・主演の『ハムレット』(1948年)に並ぶ格調の高さと重厚さを誇るこの傑作で、堂々とヒロインを務めたヴェルチンスカヤは当時19歳だった。
両親ともに役者で、芸術に造詣が深かった。ヴェルチンスカヤはバレリーナを目指していたが、16歳の時に映画『Scarlet Sails』(1961年)に出演し、女優の道へ。シチューキン演劇学校を卒業後、ヴァフタンゴフ劇場や現代人劇場(ソヴレメンニク劇場)に所属し、舞台女優としても活躍した。1990年頃からはヨーロッパ各地に出向き、演技指導も行っていた。一時期は俳優時代のニキータ・ミハルコフと結婚していた。
『光る女』などで知られる作家の小檜山博は、1990年に文藝春秋が行った大々的な「女優ベスト150」のアンケートで、ヴェルチンスカヤの名前を挙げ、「アナスタシア・ベルチンスカヤの顔、とりわけ美しすぎる眼には脳味噌をやられ、その後小説を書きはじめてからも、無意識のうちに彼女の顔立ちを描いているのを感じることがあった」とコメントを寄せている。
『ハムレット』全体の中でヴェルチンスカヤの出番は少ないが、出てくるたびに存在感を示し、甘美でありながら清洌な印象を残す。その混じりけのない美しさは、たしかに観る者の目を射抜いて脳味噌に達するレベルのものだ。オフィーリアの発狂シーンがかなり長めに撮られているのは、コージンツェフ監督が彼女の魅力に引き込まれて、急遽追加したのではないかと想像したくなる。『ハムレット』は過去に何度も映画化されているが、私にとっての理想のオフィーリアはヴェルチンスカヤだ。
『ハムレット』より前の『両棲人間』(1962年)では、サメのエラを移植された「両棲人間」と恋に落ちる美しいヒロインを演じている。原作はアレクサンドル・ベリャーエフの同名小説で、「人魚姫」の男女逆転版という趣だ。ヒロインのグチエーレは父親の借金のために傲慢な商人と結婚させられそうになっているが、そんな時、海で溺れたところを両棲人間イフチアンドルに救われる。イフチアンドルはグチエーレに一目惚れし、グチエーレはイフチアンドルの正体を知らないまま好意を抱く......というお話。
世慣れしていないイフチアンドルは行動が突飛で、慎重さに欠けるので、たびたび危険な目に遭う。少々間抜けに見えるのは否めない。しかし美青年で(演じているのはウラジーミル・コレネフ)、ヴェルチンスカヤと並んでもバランスが良い。ファンタジックな美男美女のカップルに見える。
ヴェルチンスカヤはアイドル女優のように見られがちだが、先にも述べたように舞台人として演技を磨き、大作映画で重要な役を務め、女優として評価を高めた。彼女の表情の作り方は、美貌を武器にしていない感じがして、その点も好感が持てる。
1960年代後半、映画で演じた代表的な役は、セルゲイ・ボンダルチュク監督の『戦争と平和』(1965年〜1967年)のリーザ役、アレクサンドル・ザルヒ監督の『アンナ・カレーニナ』のキティ役だ。いずれもトルストイの傑作を映画化したもので、当時のソ連映画界の底力を示す力作である。ヴェルチンスカヤは主役ではないが、夢破れ、真の愛を掴む清純なキティ役は、いかにも適役であった。
『ハムレット』のPRで来日した時は「夢であいましょう」に出演、坂本九とコミカルなやりとりをしていた。その貴重な映像は、今でも動画などで見ることができる。演劇学校の2年生だったヴェルチンスカヤは美しく、チャーミングで、明るい雰囲気が微笑ましい。ただ、それ以上に素敵なのは、「今一番やってみたいことは?」という質問に、「難しい役を演じてみたい」と意欲に満ちた表情で答えていたことだろう。彼女はその後、年を重ねても演技への情熱を貫き、様々な役に取り組んできた。やはり意思の強い人なのである。
【関連サイト】
Anastasiya Vertinskaya(DVD)
ヴェルチンスカヤの出演作の中で最も知られているのは、グリゴーリ・コージンツェフ監督の『ハムレット』(1964年)である。ローレンス・オリヴィエ監督・主演の『ハムレット』(1948年)に並ぶ格調の高さと重厚さを誇るこの傑作で、堂々とヒロインを務めたヴェルチンスカヤは当時19歳だった。
両親ともに役者で、芸術に造詣が深かった。ヴェルチンスカヤはバレリーナを目指していたが、16歳の時に映画『Scarlet Sails』(1961年)に出演し、女優の道へ。シチューキン演劇学校を卒業後、ヴァフタンゴフ劇場や現代人劇場(ソヴレメンニク劇場)に所属し、舞台女優としても活躍した。1990年頃からはヨーロッパ各地に出向き、演技指導も行っていた。一時期は俳優時代のニキータ・ミハルコフと結婚していた。
『光る女』などで知られる作家の小檜山博は、1990年に文藝春秋が行った大々的な「女優ベスト150」のアンケートで、ヴェルチンスカヤの名前を挙げ、「アナスタシア・ベルチンスカヤの顔、とりわけ美しすぎる眼には脳味噌をやられ、その後小説を書きはじめてからも、無意識のうちに彼女の顔立ちを描いているのを感じることがあった」とコメントを寄せている。
『ハムレット』全体の中でヴェルチンスカヤの出番は少ないが、出てくるたびに存在感を示し、甘美でありながら清洌な印象を残す。その混じりけのない美しさは、たしかに観る者の目を射抜いて脳味噌に達するレベルのものだ。オフィーリアの発狂シーンがかなり長めに撮られているのは、コージンツェフ監督が彼女の魅力に引き込まれて、急遽追加したのではないかと想像したくなる。『ハムレット』は過去に何度も映画化されているが、私にとっての理想のオフィーリアはヴェルチンスカヤだ。
『ハムレット』より前の『両棲人間』(1962年)では、サメのエラを移植された「両棲人間」と恋に落ちる美しいヒロインを演じている。原作はアレクサンドル・ベリャーエフの同名小説で、「人魚姫」の男女逆転版という趣だ。ヒロインのグチエーレは父親の借金のために傲慢な商人と結婚させられそうになっているが、そんな時、海で溺れたところを両棲人間イフチアンドルに救われる。イフチアンドルはグチエーレに一目惚れし、グチエーレはイフチアンドルの正体を知らないまま好意を抱く......というお話。
世慣れしていないイフチアンドルは行動が突飛で、慎重さに欠けるので、たびたび危険な目に遭う。少々間抜けに見えるのは否めない。しかし美青年で(演じているのはウラジーミル・コレネフ)、ヴェルチンスカヤと並んでもバランスが良い。ファンタジックな美男美女のカップルに見える。
グチエーレ役のヴェルチンスカヤは、喜怒哀楽の感情の変化がたくさんあって表情がとても豊かだ。海で溺れるシーンではセクシーな肢体を見ることができたり、海辺で踊るシーンではバレエ仕込みの身体表現を楽しめたりと、ファンにはたまらない作品である。これが大ヒットして1962年の観客動員数トップを記録、彼女は新世代のスターの座に就いた。
ヴェルチンスカヤはアイドル女優のように見られがちだが、先にも述べたように舞台人として演技を磨き、大作映画で重要な役を務め、女優として評価を高めた。彼女の表情の作り方は、美貌を武器にしていない感じがして、その点も好感が持てる。
1960年代後半、映画で演じた代表的な役は、セルゲイ・ボンダルチュク監督の『戦争と平和』(1965年〜1967年)のリーザ役、アレクサンドル・ザルヒ監督の『アンナ・カレーニナ』のキティ役だ。いずれもトルストイの傑作を映画化したもので、当時のソ連映画界の底力を示す力作である。ヴェルチンスカヤは主役ではないが、夢破れ、真の愛を掴む清純なキティ役は、いかにも適役であった。
『ハムレット』のPRで来日した時は「夢であいましょう」に出演、坂本九とコミカルなやりとりをしていた。その貴重な映像は、今でも動画などで見ることができる。演劇学校の2年生だったヴェルチンスカヤは美しく、チャーミングで、明るい雰囲気が微笑ましい。ただ、それ以上に素敵なのは、「今一番やってみたいことは?」という質問に、「難しい役を演じてみたい」と意欲に満ちた表情で答えていたことだろう。彼女はその後、年を重ねても演技への情熱を貫き、様々な役に取り組んできた。やはり意思の強い人なのである。
(阿部十三)
【関連サイト】
Anastasiya Vertinskaya(DVD)
[アナスタシア・ヴェルチンスカヤ略歴]
1944年12月19日、モスクワ生まれ。父親は歌手・俳優のアレクサンドル・ヴェルチンスキー。母親は画家・女優、姉も女優という芸能一家である。最初はバレリーナ志望だったが、映画『Scarlet Sails』(1961年)に出演、若手女優として注目される。大きな転機となったのは、ソ連で大ヒットした『両棲人間』(1962年)。この作品で若者たちのアイドル的存在となり、グリゴーリ・コージンツェフ監督の『ハムレット』(1964年)で映画界における人気を確立した。しかし本人はあくまでも本格志向で、ヴァフタンゴフ劇場、現代人劇場(ソヴレメンニク劇場)に所属し、舞台でも活躍した。私生活では、俳優時代のニキータ・ミハルコフと結婚していたことがある。
1944年12月19日、モスクワ生まれ。父親は歌手・俳優のアレクサンドル・ヴェルチンスキー。母親は画家・女優、姉も女優という芸能一家である。最初はバレリーナ志望だったが、映画『Scarlet Sails』(1961年)に出演、若手女優として注目される。大きな転機となったのは、ソ連で大ヒットした『両棲人間』(1962年)。この作品で若者たちのアイドル的存在となり、グリゴーリ・コージンツェフ監督の『ハムレット』(1964年)で映画界における人気を確立した。しかし本人はあくまでも本格志向で、ヴァフタンゴフ劇場、現代人劇場(ソヴレメンニク劇場)に所属し、舞台でも活躍した。私生活では、俳優時代のニキータ・ミハルコフと結婚していたことがある。
月別インデックス
- January 2024 [1]
- September 2023 [1]
- May 2023 [1]
- September 2022 [1]
- July 2022 [1]
- April 2022 [1]
- January 2022 [1]
- October 2021 [1]
- August 2021 [1]
- June 2021 [1]
- February 2021 [1]
- January 2021 [1]
- December 2020 [1]
- November 2020 [1]
- July 2020 [1]
- March 2020 [1]
- December 2019 [1]
- November 2019 [1]
- October 2019 [1]
- August 2019 [1]
- May 2019 [1]
- April 2019 [1]
- February 2019 [1]
- December 2018 [2]
- October 2018 [1]
- September 2018 [3]
- August 2018 [3]
- April 2018 [2]
- January 2018 [2]
- November 2017 [1]
- August 2017 [2]
- April 2017 [1]
- February 2017 [1]
- December 2016 [1]
- October 2016 [1]
- July 2016 [1]
- May 2016 [1]
- April 2016 [1]
- January 2016 [1]
- December 2015 [1]
- October 2015 [1]
- July 2015 [1]
- May 2015 [1]
- March 2015 [1]
- December 2014 [1]
- November 2014 [1]
- October 2014 [1]
- September 2014 [1]
- August 2014 [1]
- June 2014 [2]
- April 2014 [2]
- February 2014 [2]
- November 2013 [2]
- October 2013 [2]
- August 2013 [2]
- May 2013 [1]
- April 2013 [1]
- March 2013 [1]
- February 2013 [1]
- January 2013 [1]
- November 2012 [2]
- September 2012 [3]
- August 2012 [1]
- July 2012 [1]
- June 2012 [1]
- May 2012 [4]
- April 2012 [1]
- March 2012 [3]
- February 2012 [1]
- January 2012 [3]
- December 2011 [2]
- November 2011 [2]
- October 2011 [2]
- September 2011 [1]
- August 2011 [2]
- July 2011 [3]
- June 2011 [2]
- May 2011 [3]
- April 2011 [3]
- March 2011 [3]
- February 2011 [3]