映画 MOVIE

パニック映画を観る 『タワーリング・インフェルノ』

2021.10.12
パニック映画ブームのピーク

towaring inferno j1
 超高層ビルでの火災をリアルに描いた『タワーリング・インフェルノ』(1974年)は、1970年代に製作された数多くのパニック映画の中で最もヒットした作品である。ここにはパニック映画に必要なものが全てある。すなわち、大迫力のディザスター・シーン、豪華キャストたちの夢の共演、パニックを乗り越えるための冒険的な要素、そして人間ドラマとしての面白さだ。

 当初はワーナー・ブラザーズがリチャード・M・スターン著の『ザ・タワー』、20世紀FOXがT・N・スコーシア&F・M・ロビンソン著の『ザ・グラス・インフェルノ』をそれぞれ映画化する予定だったが、2つの原作を合わせて共同で製作することになった。製作者はアーウィン・アレン。『ポセイドン・アドベンチャー』(1972年)を大ヒットさせた人である。監督は『レマゲン鉄橋』(1969年)のジョン・ギラーミン、音楽は『ポセイドン〜』と同じくジョン・ウィリアムズだ。

 『ポセイドン〜』が水の地獄だとしたら、『タワーリング〜』は火の地獄である。前者は旧約聖書のモーゼやノアの方舟などを想起させ、後者はバベルの塔を想起させる。天まで届く塔を作ろうとした人間たちの行為を神が制したという話だ。上映時間が2時間以内に収まっていた『ポセイドン〜』に比べると、165分に及ぶ『タワーリング〜』には大味なところがあるが、総じて演出のテンポは良く、なおかつ、登場人物たちの人間模様がきちんと描かれている。

 主演はスティーヴ・マックィーンとポール・ニューマン。2人のクレジットの序列は映画会社を悩ませ、苦肉の策として左側にマックィーン、右側にニューマンの名前を配置し、ニューマンを少し上にずらすことで決着がついた。ただ、出演しているスターは2人だけではない。フェイ・ダナウェイ、ウィリアム・ホールデン、ジェニファー・ジョーンズ、フレッド・アステアと、世代の異なるスターが一堂に会している。正真正銘のオールスター映画だったのだ。製作費は1400万ドルで、興行収入は1億1600万ドルを記録した。パニック映画ブームはここがピークで、以降は緩やかになっていくことになる。

超高層ビルで火災発生

 サンフランシスコのモンゴメリー通りに建てられた超高層ビル、グラスタワー落成式の日、地下の中央機械室にある補助発電機がショートする。設計士のダグ・ロバーツ(ポール・ニューマン)が電線を調べてみると、自分が指定した製品ではなく安物が使われていた。

 ビル内にはすでに何社ものオフィスが入っているし、居住者もいる。ダグは不安になるが、グラスタワーの建設を手掛けたダンカン・エンタープライズ(冒頭に登場するヘリの機体にそう記されている)の社長ダンカン(ウィリアム・ホールデン)は、聞く耳を持たない。気がおさまらないダグは、配線工事を担当したダンカンの娘婿ロジャー(リチャード・チェンバレン)を詰問する。ロジャーは仕事に口を出すなと逆ギレする。

 その頃、81階の倉庫内で火事が起こっていた。にもかかわらず、自動火災報知システムもスプリンクラーも全く作動しない。誰も火事に気付かないまま夜になり、落成式が行われ、135階のプロムナード・ホールでパーティーが始まった。パーカー上院議員(ロバート・ヴォーン)、ラムジー市長(ジャック・コリンズ)、ダグの恋人スーザン(フェイ・ダナウェイ)、詐欺師のハリー(フレッド・アステア)、絵を教えているリゾレット(ジェニファー・ジョーンズ)など大勢の招待客がキラキラした雰囲気の中、歓談やダンスに興じている。

 ダグたちはビル内の電気系統を調べ、設計書の仕様と全く違っていることに面食らう。そしてついに81階へーー。倉庫の火事に気付いた時には、延焼が始まっていた。ダグは135階にいるダンカンに急いで連絡するが、「このビルに限って延焼などあり得ない」と取り合わない。それから間もなく消防車が到着。ここでようやく消防隊の隊長マイケル・オハラハン(スティーヴ・マックィーン)の登場だ。オハラハンはダグのオフィスがある79階に前進本部を設け、135階へ行き、ダンカンに客を避難させるよう命じる。ダンカンは渋々了解するが、時すでに遅し。81階だけでなく60階近辺でも火事が起こり、逃げることが難しくなりつつあった。

元凶は誰なのか

 映画から見て取れる範囲で、グラスタワーのフロアを検証してみよう(オチにも言及する)。

135階 プロムナード・ホール。パーティ会場
95階 リゾレットの部屋がある
87階 オルブライト母子の部屋がある(母親は耳が聞こえない)
81階 このフロアにある倉庫(ルーム番号「81K」)が出火元
81階〜120階 居住専用階
79階 オフィスフロア。設計士ダグのオフィスがある
   (消防士の前進本部が設置される)
65階 オフィスフロア。社長室や宣伝部長のオフィスがある
60階 60階近辺でも出火。65階にまで延焼する
地下 中央機械室

 先ほどバベルの塔を引き合いに出したが、グラスタワーが火事になったのは神の意思によるものではなく、ロジャーが電線を安物にすり替えたからであり、もっと言えば、ダンカンがロジャーに対して200万ドル安くしろと「下請けいじめ」をしたからである。ダンカンは他の業者たちに対しても値下げを要求し、400万ドルを浮かせていた。そのため手抜き工事が行われ、非常ドアも開かない状態になっている。このビルの設備で唯一まともなのは、延焼しても繋がり続ける電話線だろう。

 映画の中では、ロジャーが一番の悪役のように見られがちだが、元凶は社長のダンカンだ。「コストを削るなら階数を削れ」とダグに言われても、「俺は法規を守っている」と逆ギレする始末。まるで手に負えない。ダンカンに比べたらロジャーは小物であり、鬼のような義父とファザコンの妻(スーザン・ブレイクリー)に幻滅して自棄になっている陰湿な気取り屋にすぎない。

それぞれの死

 パーティーの間、人の良さそうな宣伝部長ダン・ビグロー(ロバート・ワグナー)は秘書ローリー(スーザン・フラネリー)とオフィスで愛し合っているが、2人は81階で爆発が起こったことに気付かず、60階近辺で起こった火事が65階に延焼したことにも気付かず、逃げ遅れる。上映後1時間経ったあたりで、ゆっくりと時間をかけて描かれるこの2人の死は、かなり悲惨なものだ。これを観た私たちは、「善人も悪人も関係なく死ぬ」ということを覚悟しなければならなくなる。

 この映画では脇役2人の熟年の恋が描かれている。その恋の主役はハリーとリゾレットだ。しかし、結末は悲しい。最初に高速エレベーターに乗ったリゾレットは、そのままビルから逃げることも出来たのに、87階で降り、耳の不自由なオルブライト夫人と、息子フィリップ、娘アンジェラを助けようとする。その後、ダグと警備主任ジャーニガン(O・J・シンプソン)と共に母子を救出し、困難な冒険を乗り越えて再び135階へと戻ってくる。しかし、彼女はダグが急場しのぎで作動させた展望エレベーターから落下してしまう。

 映画の最後、リゾレットとの将来を真剣に考えていた冴えない老詐欺師ハリーは、彼女の飼い猫エルキーをジャーニガンから託される。このシーンは本当に侘しい。リゾレットはいわば『ポセイドン・アドベンチャー』におけるベル・ローゼンである。人命救助のために危険を顧みずに体を張るが、自らは命を落とす役回りだ(参考までに言うと、原作とは異なる)。この役は、往年の名女優ジェニファー・ジョーンズが演じたことで忘れがたいものとなった。

 市長夫妻の夫婦愛も心温まるもので微笑ましい。展望エレベーターに乗らず、「一緒にいたい」と言う市長夫人に対し、市長は「行きなさい。私は必ず無事に戻る。今まで約束を破ったことがあるかい?」と言う。2人の絆の深さが分かるやりとりだ。その後、夫人は何とか助かるが、市長は亡くなる。ちなみに、市長夫人を演じているのはシーラ・アレン。製作者アーウィン・アレン夫人で、『ポセイドン・アドベンチャー』で看護師の役を演じていた人だ。

ダグとオハラハン

 設計士のダグは消防士並みの活躍を見せる。ただ、彼がやることは意味をなさなかったり、裏目に出たりすることが多い。正義の人であり、善意の人なのに、まるで「バベルの塔」の設計をした罰を受けているかのようだ。その代わり、消防隊の隊長オハラハンの活躍ぶりには目を見張るものがある。常に冷静沈着、火炎地獄のビルを行ったり来たりするのも自由自在、ビルの爆発で動かなくなった展望エレベーターをヘリに吊るして救助したのもオハラハン、屋上にある巨大な貯水タンクの爆破を(ダグを手下のように使い)見事成功させたのもオハラハンである。まるでスーパーマンだ。

 まさに、その点が『タワーリング〜』の長所であり短所でもある、と私は思う。スティーヴ・マックィーンがカッコ良すぎて、このリアルなパニック映画をマーベル風のヒーロー映画に変換させるほどのパワーを持ってしまっているのだ。もっとも、マックィーンは台詞の量をニューマンと同じにするよう要求するなど(そのために脚本が書き換えられた)、いろいろ主張していたようなので、監督や脚本家の意図からは離れているのかもしれない。

 ラストは、オハラハンの有名な台詞で締め括られる。「今にこういうビルで1万人の死者が出るぞ。そして俺は火と戦い、死体運びをするのさ。安全なビルの建て方を聞かれるまで」ーー私のように子供の頃この映画を観た人の中で、どれくらいの人が今、高層ビルに住んでいるのだろうか。私自身は5階より上に住んだことはないが、これからも住む気は起こりそうにない。
(阿部十三)


【関連サイト】