『広島・長崎における原子爆弾の影響』について
2022.07.17
『広島・長崎における原子爆弾の影響』は、1945年9月から10月にかけて広島・長崎の様子を撮った記録映像である。製作したのは日本映画社。原爆投下の爆心から数百メートル地点、1キロ地点、2キロ地点、5キロ地点...とそれぞれの場所における被害状況をカメラにおさめ、物理学、生物学、植物学などの面から原爆の影響を細かく検証している。
この映像はGHQに没収され、お蔵入りとなったが、1967年、日本に返還された。その後、文部省の方針で「人体への影響」の部分をカットして1回だけNHKで放送され、それきり幻の映像となってしまった。ノーカット版が公開されたのは1982年のこと。ただし、一部の人しか観ることができない状況が続いていた。
私にこの映像の存在を教えてくれたのは、『日本映画ベスト150』(1989年、文春文庫)の「ドキュメンタリー映画ベスト10」である。選者は佐藤忠男氏。そこには「(文部省が)門外不出とした」と記されていた。当時高校生だった私は観てみたいと思ったが、20年間観る機会を得ず、2010年になってようやくDVDで鑑賞することができた。よく市販化にこぎつけたものだ。
「人体への影響」も収録されている。カメラが捉えているのは、無数の患者の治療をし続ける医師たちの姿、治療を受ける患者たちの姿だ。被爆者の皮膚の傷や痣、力を失った子供たちの表情も映し出される。医療の現場は見るからに過酷で、悲惨という言葉では追いつかない。安易な哀れみも寄せつけない。その冷厳さは、一瞬にして今の時代を生きる我々を取り囲み、まさに目の前で起こっている出来事のように感じさせる。そして、自分に何かできることはないかという気分にさせ、焦燥感を掻き立てる。
カメラは現実をあるがままに映すことに徹している。ナレーションは英語で、これまた淡々とした口調だ。気になるのは、音楽がやたらと流れているところである。使用されているのはR.シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」、リストの「前奏曲」、マーラーの「復活」、サン=サーンスの「オルガン付き」などなど。古い音質のものばかりだ。アメリカ側が無造作に挿入したのだろうか。これらの音楽は、深刻すぎる映像と全くマッチしていない。
そして最後、英語のナレーションが力強い調子になる。前向きに締め括ろうという意向らしい。
「世界で初めて戦略的な軍事目的に使用された原子力が、人類の平和と幸福のために使われる日が来る。我々はかく願い、かく望み、かく信じている」
何だか他人事のような結論で、蛇足としか言いようがない。原爆がもたらした惨状を2時間半以上観せられた後、急にそんなことを言われても複雑な気分になるだけだ。
DVDの解説書によると、日本映画社が1945年8月8日に撮った映像は没収され、未公開のままになっているらしい。証言を残したのは同社で製作部長を務めていた土屋斉氏。その辺のあらましは、2009年3月29日の中国新聞の記事にまとめられている。
「大阪支社のカメラマンが8日広島入り。『11日ごろ東京に到着』したフィルムを陸軍参謀本部で試写した。『道路に散乱する』『川岸にたくさん浮かんだ』遺体も撮ったプリントは即座に没収され、ネガは進駐してきた米軍に接収されたという」
(「幻の被爆映像 5本はどこに」中国新聞 2009年3月29日)
かつてアラン・レネ監督の『夜と霧』がそうだったように、公開されたら世界中にショックを与えるに違いない。ほかにも、広島市民が原爆投下の当日(8月6日)に8ミリカメラで撮った映像がある。撮影者は8ミリ愛好家の河崎源次郎氏。しかし原爆資料館に寄贈され、1968年にテレビで放送するかしないかという話になった後、フィルムは行方不明になった。今後我々が目にする機会はあるのだろうか。
(阿部十三)
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