『怒りの荒野』 ヤサ男、ジュリアーノ・ジェンマの大爆発
2011.11.06
イタリア製西部劇、通称マカロニ・ウエスタンを代表する俳優として筆頭に挙げるべきなのは、やはりクリント・イーストウッドだろう。彼が出演した『荒野の用心棒』(1964年)の大ヒットにより、マカロニ・ウエスタン・ブームは始まった。フランコ・ネロを挙げる人もいると思う。彼が出演した『続・荒野の用心棒』(1966年)のドロドロした世界観、ハチャメチャな設定、陰鬱で頽廃的なトーンは、マカロニ・ウエスタンの醍醐味と言っても過言ではない。『夕陽のガンマン』(1965年)や『殺しが静かにやって来る』(1968年)などで強烈な悪役を演じたクラウス・キンスキーを挙げたりしようものならば相当なヒネクレ者だが、「なかなか通でいらっしゃいますね」ということにはなるだろう。しかし、「ジュリアーノ・ジェンマでしょ!」と言うのは、出来ればやめておいた方が良いと思う。
ジュリアーノ・ジェンマは、17本ものマカロニ・ウエスタンに出演した。ヒット作も多いので、紛れもなくマカロニ・ウエスタンの一時代を築いた俳優ではある。だが、マカロニ・ウエスタン・マニアの中で、彼に対する評価は決して高くない。嫌われてはいないのだが、何となく蚊帳の外へと置かれてしまう。それというのも彼に何かとつきまとう「軽さ」が原因だ。若い女性のハートを掴んで当然の甘いマスク。ジャグリングを応用したクルクル回転させまくる拳銃さばき。ボクシング経験を活かしたしなやかなパンチ。とんぼ返りまでしてしまう特撮ヒーロー並みの身のこなし。歯磨き粉のCMのオファーが来てもおかしくない白い歯と爽やかな笑顔。どれもこれも、マカロニ・ウエスタンのディープな世界では、マイナスポイントでしかない。肥溜めから這い上がってきたかのような泥だらけの姿で棺桶を引き摺りながら荒野を進む『続・荒野の用心棒』のジャンゴのような男が「イカス!」とされるマカロニ・ウエスタンの世界では、彼の華やかなアイドル性はどうしても邪道となってしまうのだ。しかし、そんな彼の出演作の中でも、絶対に無視出来ない傑作がある。それが『怒りの荒野』(1967年)だ。
スコット(ジュリアーノ・ジェンマ)は、売春婦の遺児。父親は誰だか分からない。町の住人は彼を蔑み、嘲笑う。汚物回収をしながら暮らすスコットは、いつか拳銃を手に入れ、ガンマンとして成り上がることを夢見ていた。ある日、町にタルビー(リー・ヴァン・クリーフ)という初老のガンマンが現れた。彼にすっかり心酔したスコットは弟子入りし、銃の手ほどきを受ける。タルビーの片腕として活躍するスコット。しかし、暴虐の限りを尽くすタルビーに不信感を抱くようになる。そして恩人であるマーフをタルビーが射殺した時、スコットの怒りはついに爆発。タルビーとの対決の時を迎える。
この映画が傑作となった理由は、やはりリー・ヴァン・クリーフだ。『夕陽のガンマン』でもクリント・イーストウッドと対等の存在感を放った彼だが、『怒りの荒野』での演技もゾクゾクするほど素晴らしい。敵を射殺する時の瞳に浮かぶ冷たい光。町の有力者達を恐喝する時のニヒルな笑み。血塗られた人生を無言で物語ってしまう邪悪なシルエット。ウィスキーが注がれたグラスを口元に運ぶだけで、何かが常人とは異なる超絶ダンディーぶり......悪役には違いないのだが、リー・ヴァン・クリーフ演じるタルビーに心惹かれない人は、まずいないだろう。ジュリアーノ・ジェンマはアイドル性が著しく高いがゆえに、どうしても白馬の王子様のような絶対的なスーパーヒーロー像に収まりがちだ。そして、物語全体に勧善懲悪モノ的な底の浅いトーンを与えてしまうことが多い。しかし『怒りの荒野』は全くの別物だ。リー・ヴァン・クリーフという強烈な個性が存在することによってジュリアーノ・ジェンマの華やかさは程良く抑制され、スコットの抱える心の傷、怨念、上昇志向の表現に大きな説得力が生れている。
『怒りの荒野』は娯楽作としても完成度が非常に高い。駆け出しのガンマンの成長過程を描いているため、血沸き肉踊る銃撃戦が満載だ。印象的なのはタルビーと殺し屋の決闘シーン。全力疾走する馬上でパーカッション式ライフルに弾丸を込め、相手を一発で仕留めるタルビーには喝采を送る外ない。また、「他人にものを頼むな」「他人を信用するな」「銃と標的の間に立つな」「危険な時ほどよく狙え」「傷を負わせた相手は殺せ。さもないと自分が殺される」など、教えられた「ガンマン十戒」の一つ一つを実践しながら刺客を次々倒し、師匠・タルビーとの対決へとスコットが向かうクライマックスの構成も実に巧みだ。
本作の監督はトニーノ・ヴァレリ。彼は『夕陽のガンマン』の撮影でセルジオ・レオーネの助監督として頭角を現し、『さすらいの一匹狼』(1966年)で監督デビュー。原案がセルジオ・レオーネ、「レオーネの最後の西部劇」とも呼ばれる『ミスター・ノーボディ』(1974年)の監督も務めた人物だ。『怒りの荒野』では、見せ場をテンポ良く織り込んだ演出が冴えている。また、リズ・オルトラーニによる音楽も素晴らしい効果を発揮している。サラブレッドのギャロップのように勇壮なリズムが躍動し、エレキギターが哀愁の調べを奏で、ホーンがえげつないくらい高らかに吹き鳴らされるテーマソングは、「決闘」「対決」というイメージを見事に音響化している。
『怒りの荒野』は80年代半ば頃まではTVの洋画劇場の定番であり、年に1回くらいは何処かしらの枠で放送されていたものだが、すっかり見かけなくなったのが少々寂しい。耳をナイフで切り取って本人の口の中に押し込んだり、何気なく頭の皮を剥いでみたり、人肉を美味しそうに食べたり......アクの強い作品が多いのでなかなか人に薦めにくいマカロニ・ウエスタン。しかし、『怒りの荒野』であれば大丈夫! 家族で観れば絶好の一家団欒となるはずだし、カップルで観たらきっと素敵な一夜を過ごせるだろう。そして本作を皮切りにマカロニ・ウエスタンのディープな世界にズブズブとハマり込む人々が増えれば、僕もこの原稿を書いた甲斐があるというものだ。
【関連サイト】
『怒りの荒野』
ジュリアーノ・ジェンマ
ジュリアーノ・ジェンマは、17本ものマカロニ・ウエスタンに出演した。ヒット作も多いので、紛れもなくマカロニ・ウエスタンの一時代を築いた俳優ではある。だが、マカロニ・ウエスタン・マニアの中で、彼に対する評価は決して高くない。嫌われてはいないのだが、何となく蚊帳の外へと置かれてしまう。それというのも彼に何かとつきまとう「軽さ」が原因だ。若い女性のハートを掴んで当然の甘いマスク。ジャグリングを応用したクルクル回転させまくる拳銃さばき。ボクシング経験を活かしたしなやかなパンチ。とんぼ返りまでしてしまう特撮ヒーロー並みの身のこなし。歯磨き粉のCMのオファーが来てもおかしくない白い歯と爽やかな笑顔。どれもこれも、マカロニ・ウエスタンのディープな世界では、マイナスポイントでしかない。肥溜めから這い上がってきたかのような泥だらけの姿で棺桶を引き摺りながら荒野を進む『続・荒野の用心棒』のジャンゴのような男が「イカス!」とされるマカロニ・ウエスタンの世界では、彼の華やかなアイドル性はどうしても邪道となってしまうのだ。しかし、そんな彼の出演作の中でも、絶対に無視出来ない傑作がある。それが『怒りの荒野』(1967年)だ。
スコット(ジュリアーノ・ジェンマ)は、売春婦の遺児。父親は誰だか分からない。町の住人は彼を蔑み、嘲笑う。汚物回収をしながら暮らすスコットは、いつか拳銃を手に入れ、ガンマンとして成り上がることを夢見ていた。ある日、町にタルビー(リー・ヴァン・クリーフ)という初老のガンマンが現れた。彼にすっかり心酔したスコットは弟子入りし、銃の手ほどきを受ける。タルビーの片腕として活躍するスコット。しかし、暴虐の限りを尽くすタルビーに不信感を抱くようになる。そして恩人であるマーフをタルビーが射殺した時、スコットの怒りはついに爆発。タルビーとの対決の時を迎える。
この映画が傑作となった理由は、やはりリー・ヴァン・クリーフだ。『夕陽のガンマン』でもクリント・イーストウッドと対等の存在感を放った彼だが、『怒りの荒野』での演技もゾクゾクするほど素晴らしい。敵を射殺する時の瞳に浮かぶ冷たい光。町の有力者達を恐喝する時のニヒルな笑み。血塗られた人生を無言で物語ってしまう邪悪なシルエット。ウィスキーが注がれたグラスを口元に運ぶだけで、何かが常人とは異なる超絶ダンディーぶり......悪役には違いないのだが、リー・ヴァン・クリーフ演じるタルビーに心惹かれない人は、まずいないだろう。ジュリアーノ・ジェンマはアイドル性が著しく高いがゆえに、どうしても白馬の王子様のような絶対的なスーパーヒーロー像に収まりがちだ。そして、物語全体に勧善懲悪モノ的な底の浅いトーンを与えてしまうことが多い。しかし『怒りの荒野』は全くの別物だ。リー・ヴァン・クリーフという強烈な個性が存在することによってジュリアーノ・ジェンマの華やかさは程良く抑制され、スコットの抱える心の傷、怨念、上昇志向の表現に大きな説得力が生れている。
『怒りの荒野』は娯楽作としても完成度が非常に高い。駆け出しのガンマンの成長過程を描いているため、血沸き肉踊る銃撃戦が満載だ。印象的なのはタルビーと殺し屋の決闘シーン。全力疾走する馬上でパーカッション式ライフルに弾丸を込め、相手を一発で仕留めるタルビーには喝采を送る外ない。また、「他人にものを頼むな」「他人を信用するな」「銃と標的の間に立つな」「危険な時ほどよく狙え」「傷を負わせた相手は殺せ。さもないと自分が殺される」など、教えられた「ガンマン十戒」の一つ一つを実践しながら刺客を次々倒し、師匠・タルビーとの対決へとスコットが向かうクライマックスの構成も実に巧みだ。
本作の監督はトニーノ・ヴァレリ。彼は『夕陽のガンマン』の撮影でセルジオ・レオーネの助監督として頭角を現し、『さすらいの一匹狼』(1966年)で監督デビュー。原案がセルジオ・レオーネ、「レオーネの最後の西部劇」とも呼ばれる『ミスター・ノーボディ』(1974年)の監督も務めた人物だ。『怒りの荒野』では、見せ場をテンポ良く織り込んだ演出が冴えている。また、リズ・オルトラーニによる音楽も素晴らしい効果を発揮している。サラブレッドのギャロップのように勇壮なリズムが躍動し、エレキギターが哀愁の調べを奏で、ホーンがえげつないくらい高らかに吹き鳴らされるテーマソングは、「決闘」「対決」というイメージを見事に音響化している。
『怒りの荒野』は80年代半ば頃まではTVの洋画劇場の定番であり、年に1回くらいは何処かしらの枠で放送されていたものだが、すっかり見かけなくなったのが少々寂しい。耳をナイフで切り取って本人の口の中に押し込んだり、何気なく頭の皮を剥いでみたり、人肉を美味しそうに食べたり......アクの強い作品が多いのでなかなか人に薦めにくいマカロニ・ウエスタン。しかし、『怒りの荒野』であれば大丈夫! 家族で観れば絶好の一家団欒となるはずだし、カップルで観たらきっと素敵な一夜を過ごせるだろう。そして本作を皮切りにマカロニ・ウエスタンのディープな世界にズブズブとハマり込む人々が増えれば、僕もこの原稿を書いた甲斐があるというものだ。
(田中大)
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