『ストリート・オブ・ファイヤー』 〜ロックンロールの寓話〜
2011.11.30
故郷で凱旋コンサートを行っていた人気ロック歌手エレン・エイムが、ストリートギャングのボンバーズにさらわれる。彼女を救出すべく現れたのは元恋人のトム・コーディ。トムは、エレンの現恋人であるマネージャーと男子のような女兵士と共にボンバーズの根城に乗り込み、エレンを救い出す。怒りに燃えるボンバーズのリーダー、レイブンは、トムにタイマンを申し込む。警察から町を去るように言われるトム。エレンは彼について行く決意をするが、彼女には歌手として生きる道こそ相応しいと考えるトムは、一緒に過ごす未来を捨て、レイブンとの対決に挑むのだった。
映画の冒頭で明示されているように、これは「A Rock & Roll Fable」である。現実離れしたアメコミ調で、トム役のマイケル・パレは極端にカッコ良く、エレン役のダイアン・レインは極端に美しく、レイブン役のウィレム・デフォーは極端にワルそう。その極端なベクトルがなんとも傑作で、「おいおい」と突っ込みを入れながらも、アメコミ的世界観に引き込まれ、ついつい最後まで観てしまう。ライ・クーダーの音楽をバックに、トムがエレンを救出し、ボンバーズの根城であるバッテリー地区を大炎上させるシーンは見せ場の一つ。『ストリート・オブ・ファイヤー』というタイトルのままである。その誇張気味の表現一つ一つに、人は苦笑いしながらも、興奮を覚えるだろう。ヒーローとヒロインが元恋人という設定に多少複雑さを滲ませながらも、変に重たくならず、理屈っぽくならないところも良い。そのくせ映画を観た後、痛快さや爽快さだけでなく、そこはかとない切なさをも残すのである。
そんなアンビバレントな気持ちへと観る者を駆り立てているのが音楽だ。最後の対決が終わり、ボンバーズが町から去った後、再びコンサートが行われる。曲は「Tonight Is What It Means To Be Young」。「愛のかげり」「ヒーロー」を手掛けた才人、ジム・スタインマン作のロックナンバーである。ピアノによるドラマティックなイントロを初めて聴いた時の感動は、今でも忘れられない。ダイアン・レインは口パクで、実際に歌っているのはホーリー・シャーウッド。艶とパンチのある高音が曲調に合っている。カメラワークも照明技術も冴えていて、ライヴの迫力、楽しさ、華やかさが伝わってくる。ライヴ映像のお手本のようなシーンだ。疾走感がピークに達し、エンドクレジットが流れて曲が終わりに近づくと、再びピアノの音色がフィーチャーされる、その辺の構成も心憎い。まもなく青春と夢の時間が終わり、無味乾燥な現実に取り残されていくような、そんな焦燥感と寂しさを覚えてしまう。
日本では「今夜は青春」といういかにも1980年代らしいタイトルが付けられていた(椎名恵が歌っていた日本語バージョンは「今夜はANGEL」)。「今夜は青春」ーー確かにニュアンスは伝わってくるが、訳としてはだいぶ端折っている。これをどう訳すのがベストなのか。以前、通訳もされている高見展さんに質問したら、「若さとは今日のこの夜のためにある」という答えが返ってきた。以来、この訳が気に入っている。こんな台詞、人生で一度でいいから吐いてみたいものである(もう若くないけど)。
余談だが、この曲の主旋律は大ヒット・ミュージカル『ダンス・オブ・ヴァンパイア』(1997年初演)でもライトモティーフとして使われている(ここで「ライトモティーフ」という言葉を使ったのは、スタインマンが「ロック界のワーグナー」と呼ばれていたからである。彼自身、ルーツ音楽の一つに『トリスタンとイゾルデ』を挙げている)。私のように「Tonight Is What It Means To Be Young」を偏愛している人なら、劇の途中ではっとするに違いない。そして、最後はメロディーの全編が惜しげもなく披露される。スタインマンはこの曲によほど自信を持っていたのだろう。
初めて『ストリート・オブ・ファイヤー』を観たのは中学1年の頃。最初のライヴシーンで「Nowhere Fast」を歌っているダイアン・レインを観た時は怖そうな人だなと思ったが、後半へと進むにつれ、磁力のようなものを感じ、目が離せなくなった。この色気で19歳とは呆気にとられるほかない。ただ、一方で、スター歌手らしいオーラが足りないとか、最大の見せ場であるはずの「Tonight Is What It Means To Be Young」のステージ・パフォーマンスから気合いが感じられないという批判もあった。この批判は的外れだと思う。これを歌っている時のエレンは、トムが去って行くことに気を取られ、自分の選択に迷い、歌に集中出来ていないのである。会場にいるトムを気にかけるような目線が全てを物語っている。むしろ好演とすべきだろう。
当時の私には演技の質のことはよく分からず、この映画をきっかけに、ダイアン・レインに夢中になった。トム・コーディ役が自分だったら、という妄想にうつつを抜かしていたこと、銀座ジュエリーマキのCMで彼女を観るたびに15秒間だけ非日常に脱していたことは、わびしい思春期の思い出である。
【関連サイト】
ストリート・オブ・ファイヤー(DVD)
映画の冒頭で明示されているように、これは「A Rock & Roll Fable」である。現実離れしたアメコミ調で、トム役のマイケル・パレは極端にカッコ良く、エレン役のダイアン・レインは極端に美しく、レイブン役のウィレム・デフォーは極端にワルそう。その極端なベクトルがなんとも傑作で、「おいおい」と突っ込みを入れながらも、アメコミ的世界観に引き込まれ、ついつい最後まで観てしまう。ライ・クーダーの音楽をバックに、トムがエレンを救出し、ボンバーズの根城であるバッテリー地区を大炎上させるシーンは見せ場の一つ。『ストリート・オブ・ファイヤー』というタイトルのままである。その誇張気味の表現一つ一つに、人は苦笑いしながらも、興奮を覚えるだろう。ヒーローとヒロインが元恋人という設定に多少複雑さを滲ませながらも、変に重たくならず、理屈っぽくならないところも良い。そのくせ映画を観た後、痛快さや爽快さだけでなく、そこはかとない切なさをも残すのである。
そんなアンビバレントな気持ちへと観る者を駆り立てているのが音楽だ。最後の対決が終わり、ボンバーズが町から去った後、再びコンサートが行われる。曲は「Tonight Is What It Means To Be Young」。「愛のかげり」「ヒーロー」を手掛けた才人、ジム・スタインマン作のロックナンバーである。ピアノによるドラマティックなイントロを初めて聴いた時の感動は、今でも忘れられない。ダイアン・レインは口パクで、実際に歌っているのはホーリー・シャーウッド。艶とパンチのある高音が曲調に合っている。カメラワークも照明技術も冴えていて、ライヴの迫力、楽しさ、華やかさが伝わってくる。ライヴ映像のお手本のようなシーンだ。疾走感がピークに達し、エンドクレジットが流れて曲が終わりに近づくと、再びピアノの音色がフィーチャーされる、その辺の構成も心憎い。まもなく青春と夢の時間が終わり、無味乾燥な現実に取り残されていくような、そんな焦燥感と寂しさを覚えてしまう。
日本では「今夜は青春」といういかにも1980年代らしいタイトルが付けられていた(椎名恵が歌っていた日本語バージョンは「今夜はANGEL」)。「今夜は青春」ーー確かにニュアンスは伝わってくるが、訳としてはだいぶ端折っている。これをどう訳すのがベストなのか。以前、通訳もされている高見展さんに質問したら、「若さとは今日のこの夜のためにある」という答えが返ってきた。以来、この訳が気に入っている。こんな台詞、人生で一度でいいから吐いてみたいものである(もう若くないけど)。
余談だが、この曲の主旋律は大ヒット・ミュージカル『ダンス・オブ・ヴァンパイア』(1997年初演)でもライトモティーフとして使われている(ここで「ライトモティーフ」という言葉を使ったのは、スタインマンが「ロック界のワーグナー」と呼ばれていたからである。彼自身、ルーツ音楽の一つに『トリスタンとイゾルデ』を挙げている)。私のように「Tonight Is What It Means To Be Young」を偏愛している人なら、劇の途中ではっとするに違いない。そして、最後はメロディーの全編が惜しげもなく披露される。スタインマンはこの曲によほど自信を持っていたのだろう。
初めて『ストリート・オブ・ファイヤー』を観たのは中学1年の頃。最初のライヴシーンで「Nowhere Fast」を歌っているダイアン・レインを観た時は怖そうな人だなと思ったが、後半へと進むにつれ、磁力のようなものを感じ、目が離せなくなった。この色気で19歳とは呆気にとられるほかない。ただ、一方で、スター歌手らしいオーラが足りないとか、最大の見せ場であるはずの「Tonight Is What It Means To Be Young」のステージ・パフォーマンスから気合いが感じられないという批判もあった。この批判は的外れだと思う。これを歌っている時のエレンは、トムが去って行くことに気を取られ、自分の選択に迷い、歌に集中出来ていないのである。会場にいるトムを気にかけるような目線が全てを物語っている。むしろ好演とすべきだろう。
当時の私には演技の質のことはよく分からず、この映画をきっかけに、ダイアン・レインに夢中になった。トム・コーディ役が自分だったら、という妄想にうつつを抜かしていたこと、銀座ジュエリーマキのCMで彼女を観るたびに15秒間だけ非日常に脱していたことは、わびしい思春期の思い出である。
(阿部十三)
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