『禁じられた恋の島』 〜音楽と写真のイメージ〜
2012.04.23
ナポリ湾に浮かぶ小島で暮らす少年アルトゥーロは16才。母親はいない。尊敬する父親ウィレムは留守がちで、たまに帰ってきても、またすぐに出て行ってしまう。どこへ行っているのかはわからないが、きっと広い世界で冒険をしているのだろう、とアルトゥーロは考えている。そんなある日、ウィレムが若く美しい新妻ヌンツィアータを連れて小島に戻ってくる。
まもなくウィレムは島を出て行き、義母と2人だけの生活が始まる。ヌンツィアータは妊娠している。にもかかわらず、ウィレムはなかなか帰ってこない。アルトゥーロとヌンツィアータの関係はどこかぎこちない。しかし、ヌンツィアータが無事出産した時、少年は自分の心の中でくすぶっていた感情が何なのか、はっきりと知る。彼はヌンツィアータを熱烈に愛しはじめる。それに対し、あくまでも義母として振る舞おうとするヌンツィアータ。だが、彼女もまたアルトゥーロのことを異性として意識するようになる。......
『禁じられた恋の島』は1962年のイタリア映画。日本で公開されたのは1963年である。国内でソフト化されたことはない。そのため、多くの人は「音楽だけが有名な映画」という認識で止まっていることだろう。
サントラを手がけたのはカルロ・ルスティケッリ。ピエトロ・ジェルミ監督の『鉄道員』『わらの男』『刑事』、ルイジ・コメンチーニ監督の『ブーベの恋人』なども書いたイタリア映画音楽界きってのメロディーメーカーだ。このメロディーは日本でもヒット、歌詞をつけたものを園まりが歌っていた(1963年)。ここまでメロディーが浸透していながら、一度もソフト化されていないという例は珍しいかもしれない。
監督はダミアノ・ダミアニ。『禁じられた抱擁』『シシリアの恋人』『群盗荒野を裂く』『警視の告白』を撮った人だが、代表作は『禁じられた恋の島』といっていい。主役アルトゥーロには新人のヴァニ・ド・メイグレ。フランス系のイタリア人である。ヌンツィアータ役にはキイ・ミアスマン。彼女はアメリカ人。私の手元にある古いパンフレットでは「ケイ・マースマン」と表記されている。「ブロードウェイでビビアン・リーの芝居に端役をつとめたことがある」らしい。この映画の2年前にはルイス・ブニュエル監督の『若い娘』に出演している。製作はイタリア映画界の大立者、カルロ・ポンティである。
私は高校時代、ルスティケッリの音楽の美しさに惹かれ、どうにかして映画を観たいと思ったが、手段が見つからず諦めていた。その代わりエルサ・モランテの原作が河出書房の世界文学全集に収録されていたので、それを読むことにした。その本に、映画のスチルが載っていた。ヌンツィアータがアルトゥーロの顔を自分の方に引き寄せ、熱い眼差しで見つめている写真である。これを見た時、私はひどく想像力をかき立てられた。後に入手したサントラにも、パンフレットにも、同じスチルが使われていた。『禁じられた恋の島』という題名をつけるにふさわしい、これから何かが起こりそうな、危険な香りを封じ込めた素晴らしいスチルである。ただし、原作にはこんなシチュエーションはなかったはずである。映画ならではのシーンが追加されているのだろうか。作品情報が少ないため、そこまでは分からなかった。
こういう期待は裏切られる運命にある。実際は、ヌンツィアータが出産した直後のシーンを撮ったものだった。おそらく観客を呼ぶためにこういう写真を使ったのだろう。ヌンツィアータの役作りも、スチルの印象から、もっとファム・ファタールっぽいオーラを漂わせているかと思ったが、そこまでの深刻さや重さはなかった。
映画そのものはよくできている。思春期の少年の屈折した心情もうまく描いている。例えば、ヌンツィアータの食べかけのメロンに、アルトゥーロが口をつけている時、赤ん坊の泣き声に邪魔されてドキッとするシーン。アルトゥーロはおもむろに立ち上がり、自分がしていたことをごまかすかのように玩具のピストルで部屋のあちこちを撃つ真似をする。そして最後に、銃口を赤ん坊に向ける。ヌンツィアータの愛情を独占しているこの赤ん坊のことが気に食わないのだ。しかし、そんなアルトゥーロの気持ちを知らない赤ん坊は、無邪気に銃口を握り、もてあそぶ。その様子を見ているうちに少年の表情が和らぐ。バックにはテーマ曲が流れている。ダミアノ・ダミアニ監督の演出には、不自然なところもあるけれど、このシーンに関しては見事としかいいようがない。演出面でもうひとつ感心したのは風の音。小島の淋しい雰囲気、少年の焦燥感、過ぎていく時間の流れを感じさせる、非常に効果的な音の使い方だ。
『禁じられた恋の島』の原題は『アルトゥーロの島』。現在はこの原題で出版されている。ただ、映画の方は『禁じられた恋の島』のままでいいだろう。少年の心の翳りと揺れを美しく昇華したメロディーには、「禁じられた」という言葉がしっくりくる。
最高の映画音楽と最高のスチル写真。20年以上、私はそのイメージのみに引きずられてきた。かつてこれほど期待した映画はなかったといっても過言ではない。同時に、どうせ観ることはできないだろうと諦めてもいた。だから観る前は怖かった。すでに天上にある期待を上回るとは考えられなかったから。そして、案の定、上回ることはなかった。とはいえ、観なければ良かったとは思わない。これはこれで素朴な魅力を持った名画である。むしろ、ほとんど失望しなかったのは驚異に等しいといえるかもしれない。
[関連サイト]
アルトゥーロの島
まもなくウィレムは島を出て行き、義母と2人だけの生活が始まる。ヌンツィアータは妊娠している。にもかかわらず、ウィレムはなかなか帰ってこない。アルトゥーロとヌンツィアータの関係はどこかぎこちない。しかし、ヌンツィアータが無事出産した時、少年は自分の心の中でくすぶっていた感情が何なのか、はっきりと知る。彼はヌンツィアータを熱烈に愛しはじめる。それに対し、あくまでも義母として振る舞おうとするヌンツィアータ。だが、彼女もまたアルトゥーロのことを異性として意識するようになる。......
『禁じられた恋の島』は1962年のイタリア映画。日本で公開されたのは1963年である。国内でソフト化されたことはない。そのため、多くの人は「音楽だけが有名な映画」という認識で止まっていることだろう。
サントラを手がけたのはカルロ・ルスティケッリ。ピエトロ・ジェルミ監督の『鉄道員』『わらの男』『刑事』、ルイジ・コメンチーニ監督の『ブーベの恋人』なども書いたイタリア映画音楽界きってのメロディーメーカーだ。このメロディーは日本でもヒット、歌詞をつけたものを園まりが歌っていた(1963年)。ここまでメロディーが浸透していながら、一度もソフト化されていないという例は珍しいかもしれない。
監督はダミアノ・ダミアニ。『禁じられた抱擁』『シシリアの恋人』『群盗荒野を裂く』『警視の告白』を撮った人だが、代表作は『禁じられた恋の島』といっていい。主役アルトゥーロには新人のヴァニ・ド・メイグレ。フランス系のイタリア人である。ヌンツィアータ役にはキイ・ミアスマン。彼女はアメリカ人。私の手元にある古いパンフレットでは「ケイ・マースマン」と表記されている。「ブロードウェイでビビアン・リーの芝居に端役をつとめたことがある」らしい。この映画の2年前にはルイス・ブニュエル監督の『若い娘』に出演している。製作はイタリア映画界の大立者、カルロ・ポンティである。
私は高校時代、ルスティケッリの音楽の美しさに惹かれ、どうにかして映画を観たいと思ったが、手段が見つからず諦めていた。その代わりエルサ・モランテの原作が河出書房の世界文学全集に収録されていたので、それを読むことにした。その本に、映画のスチルが載っていた。ヌンツィアータがアルトゥーロの顔を自分の方に引き寄せ、熱い眼差しで見つめている写真である。これを見た時、私はひどく想像力をかき立てられた。後に入手したサントラにも、パンフレットにも、同じスチルが使われていた。『禁じられた恋の島』という題名をつけるにふさわしい、これから何かが起こりそうな、危険な香りを封じ込めた素晴らしいスチルである。ただし、原作にはこんなシチュエーションはなかったはずである。映画ならではのシーンが追加されているのだろうか。作品情報が少ないため、そこまでは分からなかった。
こういう期待は裏切られる運命にある。実際は、ヌンツィアータが出産した直後のシーンを撮ったものだった。おそらく観客を呼ぶためにこういう写真を使ったのだろう。ヌンツィアータの役作りも、スチルの印象から、もっとファム・ファタールっぽいオーラを漂わせているかと思ったが、そこまでの深刻さや重さはなかった。
映画そのものはよくできている。思春期の少年の屈折した心情もうまく描いている。例えば、ヌンツィアータの食べかけのメロンに、アルトゥーロが口をつけている時、赤ん坊の泣き声に邪魔されてドキッとするシーン。アルトゥーロはおもむろに立ち上がり、自分がしていたことをごまかすかのように玩具のピストルで部屋のあちこちを撃つ真似をする。そして最後に、銃口を赤ん坊に向ける。ヌンツィアータの愛情を独占しているこの赤ん坊のことが気に食わないのだ。しかし、そんなアルトゥーロの気持ちを知らない赤ん坊は、無邪気に銃口を握り、もてあそぶ。その様子を見ているうちに少年の表情が和らぐ。バックにはテーマ曲が流れている。ダミアノ・ダミアニ監督の演出には、不自然なところもあるけれど、このシーンに関しては見事としかいいようがない。演出面でもうひとつ感心したのは風の音。小島の淋しい雰囲気、少年の焦燥感、過ぎていく時間の流れを感じさせる、非常に効果的な音の使い方だ。
『禁じられた恋の島』の原題は『アルトゥーロの島』。現在はこの原題で出版されている。ただ、映画の方は『禁じられた恋の島』のままでいいだろう。少年の心の翳りと揺れを美しく昇華したメロディーには、「禁じられた」という言葉がしっくりくる。
最高の映画音楽と最高のスチル写真。20年以上、私はそのイメージのみに引きずられてきた。かつてこれほど期待した映画はなかったといっても過言ではない。同時に、どうせ観ることはできないだろうと諦めてもいた。だから観る前は怖かった。すでに天上にある期待を上回るとは考えられなかったから。そして、案の定、上回ることはなかった。とはいえ、観なければ良かったとは思わない。これはこれで素朴な魅力を持った名画である。むしろ、ほとんど失望しなかったのは驚異に等しいといえるかもしれない。
(阿部十三)
[関連サイト]
アルトゥーロの島
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