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映画『ロミオとジュリエット』 〜主に4作品について〜

2012.05.17
 シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』はこれまでに何度も映画化されているが、その中で特に有名なのは、1936年のジョージ・キューカー監督作、1954年のレナート・カステラーニ監督作、1968年のフランコ・ゼフィレッリ監督作、1996年のバズ・ラーマン監督作の4本である。私はレナート・カステラーニ版で初めて『ロミオとジュリエット』を観た口なので、これには愛着がある。その後、ゼフィレッリ版、ラーマン版、キューカー版の順に観た。それぞれ一長一短あり、別種の魅力を持っている。同じ原作からよくこれだけ趣の異なる映画が生まれるものだなと思わずにいられない。

 ジョージ・キューカー版のロミオ役はレスリー・ハワード、ジュリエット役はノーマ・シアラーである。前者は43歳、後者は34歳。ついでに、マーキュシオ役のジョン・バリモアは54歳。舞台では大して珍しくないことだが、映画だとアップが多くなるので、この年齢はどうしても気になる(レスリー・ハワードは43歳と思えないほど若い)。ティボルトの死を知った後のノーマ・シアラーの演技など、あまりに貫禄に満ちていて苦笑したくなる。それでも、ジョージ・キューカーは乱調を抑制し、一定の美しさを保ちながら、きちんと「ロミオとジュリエットの物語」として見せている。カメラワークも巧みで、安定感があり、よどみがない。バルコニーのシーンも、「こうでなければ」というお手本的な美しさだ。ただ、安定している分、劇的高揚感や緊張感には欠ける。終盤、ロミオとパリスが闘うシーンも無駄に長く感じられる。

 個人的に好きなシーンは、乳母とジュリエットの間に溝ができるところ。信頼する乳母から、ロミオを捨ててパリスと結婚するようにいわれたジュリエットは、裏切られた思いで、「心の底からいっているの?」と問う。乳母は「魂の底からです。そうでなければ心も魂も地獄に堕ちます」と答える。すると、ジュリエットは「そうなりますように!」といい放つ。乳母は耳を疑い、「え?」ときき返す。この「そうなりますように!」は、英語では「Amen!」となっている。ノーマ・シアラーはここで絶妙の間をとり、「Amen!」と発する。ジュリエットの強い決意を窺わせる瞬間である。

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 レナート・カステラーニ版のロミオ役はローレンス・ハーヴェイ、ジュリエット役はスーザン・シェントールである。スーザン・シェントールはこれ1作で映画界を去った女優で、それだけに強い印象を残した。スーザン・シェントールも、ローレンス・ハーヴェイも、ジョージ・キューカー版のキャストに比べると、年齢はだいぶ若い。

 原作をそのまま映像的に復元したような作品で、演出も、美術も、台詞まわしもオールドファッションである。ほかの監督なら映画用にカットしてしまうところも、カステラーニは丹念に、執拗に描く。ロミオとロザラインのやりとりまで加えている。そのくせ、出会いのシーンでロミオとジュリエットがキスを交わさない、という変更を行っているのは興味深い。ジュリエットのような乙女が出会ってすぐに見知らぬ男とキスを交わすのは不自然だ、というリアリズムのあらわれだろうか。

 テンポはとにかく遅い。ローレンス・ハーヴェイの演技の臭さもかなりのもの。その遅さ、臭さがほとんど格調の域にまで達しているところが、カステラーニ版の魅力である。
 私は昔、世界文学全集のシェイクスピアの巻を読んでいる時、解説ページに載っていたこの映画のスチルを見て、スーザン・シェントールを知った。そして、私の中でジュリエットのイメージが決まった。映画にも夢中になった。

 ロミオからの結婚の返事をきくために、乳母に駆け寄っていくジュリエット。その時、彼女は毛糸を2つ蹴飛ばし、転がしてしまう。赤いドレスを着たジュリエットの後ろ姿と、ころころ転がっていく毛糸の様子。娘時代の最後、本当に最後の瞬間に見せた、愛らしさの表現である。あのシーンは忘れられない。

 ジュリエットが薬を飲むシーンや、ロレンスから手紙を託された修道士ジョンがペスト騒ぎで足止めを食らうシーンなど、テンポが「遅い」というより「悪い」ように感じられるところも、たしかにある。カステラーニは演出が巧いわけではなく、不器用さを逆手に取っているようにも見える。ただ、例えば乳母(フローラ・ロブソンは適役中の適役)がジュリエットにキスした後、自分でキスした所を拭いてあげるといった演出は、ほかの『ロミオとジュリエット』にはない細かさである。しかも、口上役がジョン・ギールグッドという豪華さ。格調を重んじた映画版の代表として記憶すべき傑作である。
続く
(阿部十三)


【関連サイト】
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William Shakespeare
ロミオとジュリエット