「黒シリーズ」について 〜『黒の駐車場』を中心に〜
2012.06.27
高度経済成長期の日本を生きる人々。その欲望のドラマをサスペンスフルに描いた大映の「黒シリーズ」中、最も有名な作品は、やはり第1弾を飾った『黒の試走車』(1962年)だろう。梶山季之の原作をもとに、自動車業界の内幕、産業スパイを描いたこの映画は、強引なストーリー展開さえも魅力の一つにしてしまう増村保造の簡勁な演出と、田宮二郎や叶順子といった役者陣の魅力に支えられ、今でもファンの心をとらえている。全11作に及ぶ「黒シリーズ」の最後を飾った『黒の超特急』(1964年)も、傑作として評価が高い。新幹線計画の裏側にはびこる土地売買の問題にメスを入れた作品だが、『黒の試走車』同様、女を使って男が目的を達するという展開になっている。
『黒の試走車』と『黒の超特急』の知名度が高いせいか、ほかの「黒シリーズ」について語られる機会はほとんどない。また、語るに値する作品もそれほど多いわけではない。富本壮吉監督の『黒の爆走』、村山三男監督の『黒の挑戦者』などは愛すべき駄作というべきだろう。どちらも主演は田宮二郎。前者は白バイ警官、後者は弁護士という役柄で、正義感の押しつけぶりが凄い。もはや正義を振りかざして出過ぎた真似をする性格異常者にしか見えない状態に陥っている。やはり田宮二郎にはアウトサイダー的なキャラクターの方が似合う。
「黒シリーズ」の看板役者、田宮二郎と宇津井健が共演した復讐劇『黒の切り札』は見応えのある内容だが、もっと良い作品にできたはずなのに、大事なところを端折り、盛り上げるべきところを誤ったような不完全燃焼感が残る。終盤の時限爆弾のシーンは、冗長すぎて観ていられない。
私が好んでいる「黒シリーズ」作品は、村山三男監督の『黒の札束』(1963年)、弓削太郎監督の『黒の駐車場』(1963年)、井上昭監督の『黒の凶器』(1964年)である。この中で1本だけ選ぶなら、『黒の駐車場』。とはいっても、これを文句なしの傑作といいたいわけではない。それどころか、突っ込みどころはたくさんある。タイトルからして内容とほとんどリンクしていないのだ。ちなみに、舞台は製薬業界。主演は田宮二郎である。
丸木製薬の下請けをしている泉薬品で、抗生物質の新薬が開発されようとしている。それに目をつけた丸木製薬の角沼新社長は、泉薬品の社長、泉田に合併話を持ちかける。突然の話に困り果てる泉田だが、そこへ松崎が助け舟を出す。「社長、その話はいずれまた」
丸木製薬の営業部長である松崎は、かつて暴力バーの店長だった泉田を更生させた恩人だ。泉田はあくまでも松崎の意向に沿おうとする。「こないだの合併の話は、松崎さんの立場で判断なさってください。僕に気兼ねは無用です」ーー松崎には何か考えがあるようである。しかし、松崎はその考えを口にしないまま、崖から落ちて死亡。自殺とみなされる。さらに、松崎の愛人だったホステス、久子は行方不明に。
恩人の死因に疑問を抱く泉田。松崎の葬式に来た吉野製薬の女社長を怪しいと睨んだ彼は、早速吉野製薬に乗り込む。一方、吉野は動じることなく泉田を迎える。「やっと来たわね。あなたが来るのを待ってたのよ」ーーどうやら松崎は、丸木製薬に見切りをつけ、泉田を吉野製薬と契約させる肚だったらしい。しかし、松崎の死の謎がきちんと解明されるまで、泉田には契約のことは考えられない。彼は独自に調査をはじめる。が、同時にドス黒い陰謀に巻き込まれることになる。
何度観ても、『黒の駐車場』というタイトルには違和感を覚えざるを得ない。いちおう駐車場も出てくることは出てくるが、さほど重要な場面ではない。泉田が久子に電話で呼ばれ、駐車場に向かい、そこで何者かに殴られて意識を失う。時間にしてわずか1分弱のシーンである。
困ったことに、この場面は映画のアキレス腱でもある。何のために田宮二郎が襲われたのか、不明瞭なのである。警告のつもりだったのだろうか。それにしては説明が足りない。もしかして殺すつもりだったのだろうか。しかし、泉田の頭が石頭だったため(実際に、そういう会話がある)、かろうじて死なずに済んだのだろうか。だとしたら、襲った人間は相当ドジである。
いろいろ弱点があることを承知の上で、それでもこの映画に魅力を感じるのは、後味が爽快だからである。「9回裏の逆転ホーマーってところですね」という表現が出てくるが、まさにそれくらいの痛快さだ。
そして最後、泉田と「薬事タイムズ」の典子が、雑踏の中で交わす会話が良い。
典子「この人たち、皆それぞれ生活を持ってるのね。踏みつぶされまいと必死なんだわ」
泉田「踏みつぶされて諦めた奴もたくさんいるさ」
典子「でも、あなたは勝ったわ」
泉田「......明日から、また新しい戦いがはじまるんだ」
典子「あなたは負けないわよ、きっと」
この後、泉田は典子にプロポーズする(実生活でも、泉田役の田宮二郎と典子役の藤由紀子は夫婦になる)。「黒シリーズ」中、最もハッピーな笑顔を見せるラストシーンといっていいだろう。ただ、周知の通り、監督の弓削太郎は自殺、田宮も自殺した。作品自体とは関係のないことだが、そこまで考えてしまうと切なくなる。
先ほど「黒シリーズ」の看板役者として、田宮二郎と宇津井健の名前を挙げたが、もう一人、このシリーズで主役を務めた人がいる。川崎敬三である。会社員としての自分の未来に絶望し、小心者なのに贋札づくりに手を染める野心家の男を描いた『黒の札束』。川崎主演はこれ一作だけだが、サスペンス映画としては秀作といえる出来だ。川崎扮する桧山の性格描写も細やかで良いが、その恋人、瑛子の人物造型もうまい。瑛子役は三条江梨子。純粋そうに見せながら、男の嫉妬と情欲を煽る女を好演している。一途に見える瑛子が実はとんでもない食わせものなのか、はっきり示されないままだが、それもかえって深い余韻を生んでいると思う。三条江梨子はかつて三条魔子の芸名で活動していた元新東宝の女優(いかにも新東宝が好みそうなルックスである)。新東宝倒産後に大映に移籍した。1963年に浜田光夫とのデュエット曲「草笛を吹こうよ」をヒットさせている。
余談だが、1970年代半ばに始まった大映のテレビドラマ「赤いシリーズ」には、増村保造、富本壮吉、宇津井健など、「黒シリーズ」の監督や役者が関わっている。「赤いシリーズ」は10作放送されたが、1994年の昼ドラ「赤い迷宮」を入れて11作としたり、「赤い迷宮」を入れない代わりに2006年の「赤い奇跡」を入れて11作とするケースもある。「黒シリーズ」も「赤いシリーズ」も11作どまりというのは、偶然の一致だろう。
【関連サイト】
『黒の駐車場』
『黒の試走車』(DVD)
『黒の超特急』(DVD)
『黒の試走車』と『黒の超特急』の知名度が高いせいか、ほかの「黒シリーズ」について語られる機会はほとんどない。また、語るに値する作品もそれほど多いわけではない。富本壮吉監督の『黒の爆走』、村山三男監督の『黒の挑戦者』などは愛すべき駄作というべきだろう。どちらも主演は田宮二郎。前者は白バイ警官、後者は弁護士という役柄で、正義感の押しつけぶりが凄い。もはや正義を振りかざして出過ぎた真似をする性格異常者にしか見えない状態に陥っている。やはり田宮二郎にはアウトサイダー的なキャラクターの方が似合う。
「黒シリーズ」の看板役者、田宮二郎と宇津井健が共演した復讐劇『黒の切り札』は見応えのある内容だが、もっと良い作品にできたはずなのに、大事なところを端折り、盛り上げるべきところを誤ったような不完全燃焼感が残る。終盤の時限爆弾のシーンは、冗長すぎて観ていられない。
私が好んでいる「黒シリーズ」作品は、村山三男監督の『黒の札束』(1963年)、弓削太郎監督の『黒の駐車場』(1963年)、井上昭監督の『黒の凶器』(1964年)である。この中で1本だけ選ぶなら、『黒の駐車場』。とはいっても、これを文句なしの傑作といいたいわけではない。それどころか、突っ込みどころはたくさんある。タイトルからして内容とほとんどリンクしていないのだ。ちなみに、舞台は製薬業界。主演は田宮二郎である。
丸木製薬の下請けをしている泉薬品で、抗生物質の新薬が開発されようとしている。それに目をつけた丸木製薬の角沼新社長は、泉薬品の社長、泉田に合併話を持ちかける。突然の話に困り果てる泉田だが、そこへ松崎が助け舟を出す。「社長、その話はいずれまた」
丸木製薬の営業部長である松崎は、かつて暴力バーの店長だった泉田を更生させた恩人だ。泉田はあくまでも松崎の意向に沿おうとする。「こないだの合併の話は、松崎さんの立場で判断なさってください。僕に気兼ねは無用です」ーー松崎には何か考えがあるようである。しかし、松崎はその考えを口にしないまま、崖から落ちて死亡。自殺とみなされる。さらに、松崎の愛人だったホステス、久子は行方不明に。
恩人の死因に疑問を抱く泉田。松崎の葬式に来た吉野製薬の女社長を怪しいと睨んだ彼は、早速吉野製薬に乗り込む。一方、吉野は動じることなく泉田を迎える。「やっと来たわね。あなたが来るのを待ってたのよ」ーーどうやら松崎は、丸木製薬に見切りをつけ、泉田を吉野製薬と契約させる肚だったらしい。しかし、松崎の死の謎がきちんと解明されるまで、泉田には契約のことは考えられない。彼は独自に調査をはじめる。が、同時にドス黒い陰謀に巻き込まれることになる。
何度観ても、『黒の駐車場』というタイトルには違和感を覚えざるを得ない。いちおう駐車場も出てくることは出てくるが、さほど重要な場面ではない。泉田が久子に電話で呼ばれ、駐車場に向かい、そこで何者かに殴られて意識を失う。時間にしてわずか1分弱のシーンである。
困ったことに、この場面は映画のアキレス腱でもある。何のために田宮二郎が襲われたのか、不明瞭なのである。警告のつもりだったのだろうか。それにしては説明が足りない。もしかして殺すつもりだったのだろうか。しかし、泉田の頭が石頭だったため(実際に、そういう会話がある)、かろうじて死なずに済んだのだろうか。だとしたら、襲った人間は相当ドジである。
いろいろ弱点があることを承知の上で、それでもこの映画に魅力を感じるのは、後味が爽快だからである。「9回裏の逆転ホーマーってところですね」という表現が出てくるが、まさにそれくらいの痛快さだ。
そして最後、泉田と「薬事タイムズ」の典子が、雑踏の中で交わす会話が良い。
典子「この人たち、皆それぞれ生活を持ってるのね。踏みつぶされまいと必死なんだわ」
泉田「踏みつぶされて諦めた奴もたくさんいるさ」
典子「でも、あなたは勝ったわ」
泉田「......明日から、また新しい戦いがはじまるんだ」
典子「あなたは負けないわよ、きっと」
この後、泉田は典子にプロポーズする(実生活でも、泉田役の田宮二郎と典子役の藤由紀子は夫婦になる)。「黒シリーズ」中、最もハッピーな笑顔を見せるラストシーンといっていいだろう。ただ、周知の通り、監督の弓削太郎は自殺、田宮も自殺した。作品自体とは関係のないことだが、そこまで考えてしまうと切なくなる。
先ほど「黒シリーズ」の看板役者として、田宮二郎と宇津井健の名前を挙げたが、もう一人、このシリーズで主役を務めた人がいる。川崎敬三である。会社員としての自分の未来に絶望し、小心者なのに贋札づくりに手を染める野心家の男を描いた『黒の札束』。川崎主演はこれ一作だけだが、サスペンス映画としては秀作といえる出来だ。川崎扮する桧山の性格描写も細やかで良いが、その恋人、瑛子の人物造型もうまい。瑛子役は三条江梨子。純粋そうに見せながら、男の嫉妬と情欲を煽る女を好演している。一途に見える瑛子が実はとんでもない食わせものなのか、はっきり示されないままだが、それもかえって深い余韻を生んでいると思う。三条江梨子はかつて三条魔子の芸名で活動していた元新東宝の女優(いかにも新東宝が好みそうなルックスである)。新東宝倒産後に大映に移籍した。1963年に浜田光夫とのデュエット曲「草笛を吹こうよ」をヒットさせている。
余談だが、1970年代半ばに始まった大映のテレビドラマ「赤いシリーズ」には、増村保造、富本壮吉、宇津井健など、「黒シリーズ」の監督や役者が関わっている。「赤いシリーズ」は10作放送されたが、1994年の昼ドラ「赤い迷宮」を入れて11作としたり、「赤い迷宮」を入れない代わりに2006年の「赤い奇跡」を入れて11作とするケースもある。「黒シリーズ」も「赤いシリーズ」も11作どまりというのは、偶然の一致だろう。
(阿部十三)
【関連サイト】
『黒の駐車場』
『黒の試走車』(DVD)
『黒の超特急』(DVD)
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