007 〜最高のボンド映画は何か〜
2013.03.20
50年以上経っても一流のエンターテイメント映画として世界中の人に支持され、愛されている007シリーズの最高傑作は何か。これはファンにとって話題の尽きないテーマであり、悩みの種である。その人が007に何を求めるかによっても、評価はだいぶ変わってくる。ストーリー性なのか、軽い娯楽性なのか、アクションなのか、小物なのか、ボンドないしボンドガールのルックスなのか、オープニングのビジュアルなのか。中には、さまざまな欠点があっても、忘れがたいワンシーンがあるだけで「傑作」といいたくなる作品もある。
シリーズ50周年にあたる2012年に公開された『スカイフォール』は、「最高のボンド映画のひとつ」といわれるほどの評価を受け、実際、興行成績もかなり良かったようである。かくいう私も劇場で3回観た。派手なアクション・シーンが終わり、ボンドが川底へ沈んでいく中、静かに始まるアデルの歌。ーーあのオープニングの美しさは鳥肌ものである。テクノロジーにアナログで立ち向かうというメッセージ性にも好感が持てるし、アストンマーチンDB5の登場もインパクト大だし、どことなくレクター博士を彷彿させるハビエル・バルデムの悪役ぶりも素晴らしい。また、アルバート・フィニーが出演しているだけで涙腺がゆるみそうになった私のようなファンも少しはいるに違いない。ただ、若い世代の象徴として出てくるQ役のベン・ウィショーの存在感は、女性ファンにはウケが良いようだが、私にはちょっと過剰に感じられた。
『スカイフォール』を基準にして考えると、これ以上好きなボンド映画は5、6本にとどまる。『ゴールドフィンガー』、『女王陛下の007』、『私を愛したスパイ』、『ユア・アイズ・オンリー』、『リビング・デイ・ライツ』、『消されたライセンス』である。その時の気分次第で007に求めるものは変わるので、ショーン・コネリーのボンドこそ最高、と思いながらも、どうしてもロジャー・ムーアやティモシー・ダルトンのボンドが観たくなることもある。ただ、作品として純粋に好きなのは、『女王陛下の007』であり、これよりも好きなボンド映画は今のところない。この作品があることによって、007シリーズ自体に深みが生まれているとさえ思っている。
ボンド役を務めているのは、オーストラリア出身のジョージ・レーゼンビー。ショーン・コネリーに次ぐ2代目で、これ1作のみで退いた人である。著名なモデルで、演技力はいまひとつ。プライドが高く、傲慢で協調性にも欠けていたという話が伝わっている。それでも、『女王陛下の007』を「最高のボンド映画」と評することに私は躊躇を覚えない。これこそシリーズ史上、最もロマンティックで感動的な作品である。事実、最も心に残るシーンは、ボンドが泣いているトレーシーに「誤解されるのはいやなんだ。特に友人と恋人には......」といって涙を拭ってあげる場面と、終盤の結婚式でボンドと目線を交わすマネーペニーの潤んだ瞳である。ストーリーの骨組みも、アクション・シーンのヴァリエーションも申し分なしだが、全体に漂うロマンティックなムードが香気となって、観る者を包み込む。といっても甘ったるいわけではない。ドライマティーニのように、観る者を酔わせるのである。そして、アンハッピーなラストシーンでボンドが口にする台詞が、香気を昇華させる。「世界は2人のものなんだ」ーーここでのジョージ・レーゼンビーの表情も良い。ショーン・コネリーにもロジャー・ムーアにも出せない雰囲気を持っている。
原作にかなり忠実で、全体的に丁寧に作られている印象が強い。音楽や照明も美しく、カジノの後、ボンドがトレーシーの部屋に向かう時の赤い照明など、これから起こる出来事の全てを暗示しているかのように見える。ブルーシャン研究所に向かうヘリコプターから雪崩れの跡やボブスレーを見せて、その後の展開への伏線にしているところなんかもうまい。
ボンドらしいユーモアや余裕の見せ方(激しい格闘の後にキャビアをつまんだり、弁護士事務所に潜入した後にPLAYBOYのグラビアを拝借したり)も粋である。雄大な自然を背景にしたスリリングなスキー・アクションも大きな見せ場。『私を愛したスパイ』や『ユア・アイズ・オンリー』も良いが、『女王陛下の007』のスケール感には及ばない。
ほかにも、ボンド家の家訓が「ワールド・イズ・ノット・イナフ(ORBIS NON SUFFICIT)」であることが紹介されたり、掃除夫が口笛で「ゴールドフィンガー」とおぼしきメロディーを吹いていたり、と小ネタにも事欠かない。
昔、有名な評論家が映画雑誌でこの作品を批判し、ジョージ・レーゼンビーをけなしていたことから、とんでもない失敗作に違いない、と思い込んでいた。子供の思い込みというのは怖いもので、そのせいで10年近く観るのを避けていたのである。それがなければ、もっと早くこの映画と出会えたかもしれないのに。
とはいえ、子供の頃にこの映画を観ても、どこまで楽しめたかは分からない。私は人生初の007体験となった『美しき獲物たち』で、メイデイ(グレイス・ジョーンズ)の爆死を観た後、しばらくそのシーンばかり思い出していたくらいなので、『女王陛下の007』のアンハッピーな結末を観たら、トラウマになったのではないかと思う。
ボンドガールは大成せず、というジンクスがあるが、トレーシー役を演じているダイアナ・リグは、王立演劇学校で学んだ女優で、後に「デイム」の称号を受けた英国演劇界の大物である。つまり、日本で知名度が高くないだけの話。ブロフェルドの部下ブント役のイルゼ・ステパットは、映画公開直後に52歳で亡くなったドイツの名女優。トレーシーの父親ドラコ役のガブリエレ・フェルゼッティはイタリアの俳優で、アントニオーニ監督の『情事』に出ていた人である。ついでにいうと、オルネラ・ムーティ主演映画『アパッショナータ』(『欲望の果実/許されぬ愛の過ち』)の父親役も忘れがたい。世界征服を企む宿敵ブロフェルドを演じるのは、『刑事コジャック』のテリー・サバラス。知的で、野心家で、行動的でもあるブロフェルドを完璧に演じている。
ちなみに、『女王陛下の007』にはボンドの先祖である「ル・ボン卿」の名前が出てくる。一方、『スカイフォール』にはボンドの両親のお墓が出てくる。どちらもボンドのルーツを告げる作品として機能しているのだ。また、過去のボンド映画を明確に意識して作られているところも同じである。そういった要素も作品に厚みを与える役割を果たしている、とみていいだろう。
【関連サイト】
007(Official Website)
『女王陛下の007』(Blu-ray)
シリーズ50周年にあたる2012年に公開された『スカイフォール』は、「最高のボンド映画のひとつ」といわれるほどの評価を受け、実際、興行成績もかなり良かったようである。かくいう私も劇場で3回観た。派手なアクション・シーンが終わり、ボンドが川底へ沈んでいく中、静かに始まるアデルの歌。ーーあのオープニングの美しさは鳥肌ものである。テクノロジーにアナログで立ち向かうというメッセージ性にも好感が持てるし、アストンマーチンDB5の登場もインパクト大だし、どことなくレクター博士を彷彿させるハビエル・バルデムの悪役ぶりも素晴らしい。また、アルバート・フィニーが出演しているだけで涙腺がゆるみそうになった私のようなファンも少しはいるに違いない。ただ、若い世代の象徴として出てくるQ役のベン・ウィショーの存在感は、女性ファンにはウケが良いようだが、私にはちょっと過剰に感じられた。
『スカイフォール』を基準にして考えると、これ以上好きなボンド映画は5、6本にとどまる。『ゴールドフィンガー』、『女王陛下の007』、『私を愛したスパイ』、『ユア・アイズ・オンリー』、『リビング・デイ・ライツ』、『消されたライセンス』である。その時の気分次第で007に求めるものは変わるので、ショーン・コネリーのボンドこそ最高、と思いながらも、どうしてもロジャー・ムーアやティモシー・ダルトンのボンドが観たくなることもある。ただ、作品として純粋に好きなのは、『女王陛下の007』であり、これよりも好きなボンド映画は今のところない。この作品があることによって、007シリーズ自体に深みが生まれているとさえ思っている。
ボンド役を務めているのは、オーストラリア出身のジョージ・レーゼンビー。ショーン・コネリーに次ぐ2代目で、これ1作のみで退いた人である。著名なモデルで、演技力はいまひとつ。プライドが高く、傲慢で協調性にも欠けていたという話が伝わっている。それでも、『女王陛下の007』を「最高のボンド映画」と評することに私は躊躇を覚えない。これこそシリーズ史上、最もロマンティックで感動的な作品である。事実、最も心に残るシーンは、ボンドが泣いているトレーシーに「誤解されるのはいやなんだ。特に友人と恋人には......」といって涙を拭ってあげる場面と、終盤の結婚式でボンドと目線を交わすマネーペニーの潤んだ瞳である。ストーリーの骨組みも、アクション・シーンのヴァリエーションも申し分なしだが、全体に漂うロマンティックなムードが香気となって、観る者を包み込む。といっても甘ったるいわけではない。ドライマティーニのように、観る者を酔わせるのである。そして、アンハッピーなラストシーンでボンドが口にする台詞が、香気を昇華させる。「世界は2人のものなんだ」ーーここでのジョージ・レーゼンビーの表情も良い。ショーン・コネリーにもロジャー・ムーアにも出せない雰囲気を持っている。
原作にかなり忠実で、全体的に丁寧に作られている印象が強い。音楽や照明も美しく、カジノの後、ボンドがトレーシーの部屋に向かう時の赤い照明など、これから起こる出来事の全てを暗示しているかのように見える。ブルーシャン研究所に向かうヘリコプターから雪崩れの跡やボブスレーを見せて、その後の展開への伏線にしているところなんかもうまい。
ボンドらしいユーモアや余裕の見せ方(激しい格闘の後にキャビアをつまんだり、弁護士事務所に潜入した後にPLAYBOYのグラビアを拝借したり)も粋である。雄大な自然を背景にしたスリリングなスキー・アクションも大きな見せ場。『私を愛したスパイ』や『ユア・アイズ・オンリー』も良いが、『女王陛下の007』のスケール感には及ばない。
ほかにも、ボンド家の家訓が「ワールド・イズ・ノット・イナフ(ORBIS NON SUFFICIT)」であることが紹介されたり、掃除夫が口笛で「ゴールドフィンガー」とおぼしきメロディーを吹いていたり、と小ネタにも事欠かない。
昔、有名な評論家が映画雑誌でこの作品を批判し、ジョージ・レーゼンビーをけなしていたことから、とんでもない失敗作に違いない、と思い込んでいた。子供の思い込みというのは怖いもので、そのせいで10年近く観るのを避けていたのである。それがなければ、もっと早くこの映画と出会えたかもしれないのに。
とはいえ、子供の頃にこの映画を観ても、どこまで楽しめたかは分からない。私は人生初の007体験となった『美しき獲物たち』で、メイデイ(グレイス・ジョーンズ)の爆死を観た後、しばらくそのシーンばかり思い出していたくらいなので、『女王陛下の007』のアンハッピーな結末を観たら、トラウマになったのではないかと思う。
ボンドガールは大成せず、というジンクスがあるが、トレーシー役を演じているダイアナ・リグは、王立演劇学校で学んだ女優で、後に「デイム」の称号を受けた英国演劇界の大物である。つまり、日本で知名度が高くないだけの話。ブロフェルドの部下ブント役のイルゼ・ステパットは、映画公開直後に52歳で亡くなったドイツの名女優。トレーシーの父親ドラコ役のガブリエレ・フェルゼッティはイタリアの俳優で、アントニオーニ監督の『情事』に出ていた人である。ついでにいうと、オルネラ・ムーティ主演映画『アパッショナータ』(『欲望の果実/許されぬ愛の過ち』)の父親役も忘れがたい。世界征服を企む宿敵ブロフェルドを演じるのは、『刑事コジャック』のテリー・サバラス。知的で、野心家で、行動的でもあるブロフェルドを完璧に演じている。
ちなみに、『女王陛下の007』にはボンドの先祖である「ル・ボン卿」の名前が出てくる。一方、『スカイフォール』にはボンドの両親のお墓が出てくる。どちらもボンドのルーツを告げる作品として機能しているのだ。また、過去のボンド映画を明確に意識して作られているところも同じである。そういった要素も作品に厚みを与える役割を果たしている、とみていいだろう。
(阿部十三)
【関連サイト】
007(Official Website)
『女王陛下の007』(Blu-ray)
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