『ミイラ再生』 〜新たなるモンスター〜
2018.08.10
ミイラが誕生するまで
トーキー初期の怪奇映画といえば、まず『魔人ドラキュラ』(1931年)と『フランケンシュタイン』(1931年)を挙げないわけにはいかない。どちらもユニバーサルで製作されたエポックメイキングな傑作で、公開時に大成功を収め、モンスター映画ブームを巻き起こした。
『魔人ドラキュラ』の原作はブラム・ストーカー、『フランケンシュタイン』はシェリー夫人の筆になるもので、すでに多くの人に読まれていたベストセラー作品である。いわば文学が生んだ怪奇映画の2大ヒーローだ。ユニバーサルはそこに新たなモンスターとしてミイラを加えた。ボリス・カーロフ主演の『ミイラ再生』(1932年)は、1921年にツタンカーメンの墓の入り口を発見した発掘調査隊メンバーとその関係者が20人以上死亡したという報道を受けて製作されたもの。その報道は正確なものではなかったが、当時は多くの人々がツタンカーメンの呪いを信じていた。よって、怪奇映画の題材にはもってこいだった。
映画化にあたり、まず物語の土台となる『カリオストロ』が書かれ、それを『魔人ドラキュラ』も手がけた脚本家ジョン・L・バルダーストンが改編した。監督はカール・フロイント。フリッツ・ラング監督の『メトロポリス』(1927年)のカメラマンであり、『魔人ドラキュラ』でも撮影を務めた人である。そんなわけで、『魔人ドラキュラ』と『ミイラ再生』には共通点が多い。
恐怖の始まり
映画本編の始めに、ひもとかれた巻物が我々に示される。「これはトトの書。ここにはイシスがオシリスを復活させた魔法が記されている。ーー最高神アメン=ラーよ! 死は新たなる生命の始まり。我々もまた幾世を経て再びこの世へ戻ってくる」。バックに流れている音楽は、『魔神ドラキュラ』と同じく「白鳥の湖」だ。
時は1921年、大英博物館のエジプト調査隊は、高僧イムホテップ(ボリス・カーロフ)のミイラと、封印された箱を発掘する。ミイラは内臓を取り除かれていない。しかも棺に刻まれているはずの聖文字が削られている。どうやら冒涜の罪で、生きながらミイラにされたものらしい。謎を解くには箱を開けるほかなさそうだ。ウェンプル卿(アーサー・バイロン)は箱を開けようとする。が、そこには「最高神アメン=ラーの御名により、何人であれこの箱を開けた者には終わりなき苦しみと死が待ち受ける」と記されていた。オカルトの権威ミュラー(エドワード・ヴァン・スローン)は、「開けるべきではない」と止めるが、ウェンプル卿は科学者としての立場から「開けるべきだ」と言う。科学とオカルトーー定番の対立構造である。
ミュラーはウェンプル卿と研究室を出て、「もしあの箱にトトの書が入っていたら、イシスのように死者を目覚めさせてしまうことになる」と説得を試みる。しかし、その間に、箱の中身に興味津々の助手ノートンが箱を開け、トトの書をひもといてしまう。すると棺の中にいたミイラが目を開ける。恐怖のあまりノートンは発狂する。ウェンプル卿が駆け付けた時、ミイラはトトの書を持ってその場から去っていた。ここまでの上映時間が約12分。
劇的な対面まで
同じ頃、カイロのパーティー会場で、美女が景色を見ていた。彼女はイギリス人とエジプト人の間にできた娘ヘレン・グローブナー(ジタ・ジョハン)。ミュラー夫妻と滞在しているのである。博物館が閉館した後、イムホテップはアンケセナーメンのミイラの傍でトトの書を唱え始める。ミイラを蘇らせようとしているのだ。その神秘の力が、パーティー会場にいるヘレンに作用する。彼女はアンケセナーメンが転生した姿らしい。彼女は憑かれたように博物館へ向かい、中に入ろうとして気を失う。ちょうどその場にいたフランクがヘレンを介抱し、家に連れて行く。一方、館内で警備員に見つかったイムホテップは、トトの書を置いて逃げる。警備員が死んでいると連絡を受けたウェンプル卿とミュラーは、博物館へと急ぐ。警備員の死因はショック死だった。
ウェンプル卿の家ではヘレンに一目惚れしたフランクが言い寄っている。帰宅したウェンプル卿とミュラーは、フランクと共に書斎へ行き、11年前に消えたイムホテップのミイラがその後どうなったのか推理をめぐらす。その間、イムホテップはヌビア人を奴隷にし、ウェンプル卿の家にやって来る。客間ではヘレンが眠っている。それを見つめるイムホテップ。やがてヘレンは目を覚ます。そして、イムホテップから目を離せなくなる。劇的な対面だ。
科学の罪
ここまでが映画の約半分。後半はまた犠牲者が出たり、イムホテップの過去が明らかになったり、という展開を見せる。この時代のこの手の映画は、今となってはオチが見えていて、モンスターが最後に勝ち誇ることは滅多にない。ただ、イムホテップに共感できるように作られているところは好感が持てる。そもそもこのミイラは墓を暴かれた側であり、聖域を侵犯され、発掘者の好奇心で蘇生させられ、古代エジプトの倫理観で行動しただけである。フランクがアンケセナーメンの墓を発掘し歓喜したという話を聞かせ、ヘレンが「よくもそんなことを......」と言い、フランクが「科学のためだよ」と返すくだりからも、科学を肯定する意図は感じられない。全体のストーリーにも説得力があり、博物館に安置されたアンケセナーメンのミイラの傍でトトの書を唱える行為が、実は三千年以上前にも同じことをしていたという話に繋がるところもうまい。
美術の面でも、『フランケンシュタイン』の約半分の製作費であったにもかかわらず、大掛かりなセットやちょっとした小物にセンスと配慮が感じられる。8時間かけたというミイラのメイク(ジャック・P・ピアースが担当)も本物より本物らしく見える。照明の加減も完璧だ。音楽の使い方も好ましい。その後の怪奇映画を観ると、音楽の無闇な多用により興をそがれることがあるが、『ミイラ再生』ではそんなことは起こらない。派手に音楽が使われそうな場面ーーミイラがよみがえるところも無音で通す。その方が、不気味さが伝わるのである。既述したように、オープニングでは『魔神ドラキュラ』と同じく「白鳥の湖」が使われているが、この音楽は悲恋の物語である『ミイラ再生』にこそ相応しい。ボリス・カーロフの存在感
ところで、名著『怪奇映画紳士録』の中で、児玉数夫氏は『ミイラ再生』をボリス・カーロフの「スタア昇進披露映画」と位置づけている。その評にふさわしく、この映画でカーロフはカリスマと演技力を全開してみせた。ミイラが覚醒する瞬間を繊細な動きで魅せ、魔術で邪魔者を殺害するシーンを重厚な迫力を以て演じたこの名優には、確かにスクリーンを支配する力があった。最も忘れられないのは、美女ヘレンと運命的な出会いを果たすシーン。三千数百年の時を経て、神秘と運命の力で引き合わされた者同士の佇まいは、実に印象的だ。先ほどまで進行していたヘレンとフランクの恋が安っぽいメロドラマに思えてしまう。
ヘレン役のジタ・ジョハンは事あるごとに監督と対立していたが、カーロフのことは好いていたらしい。DVDなどに収録されているメイキング映像で、彼女の言葉が紹介されている。
「彼(カーロフ)に初めて会った時、途方もない悲しみを感じた。その目は砕けた鏡のようで、その悲しみが何であれ、深く魂に根付くものだったろう」
(阿部十三)
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