『たたり』 〜幽霊屋敷への誘い〜
2018.09.04
超常現象に挑む学者
ロバート・ワイズ監督の『たたり』(1963年)は、幽霊屋敷を舞台にした映画の中では古典に属する。それ以前にも、ルイス・アレン監督の『呪いの家』(1944年)、ジャック・クレイトン監督の『回転』(1961年)といった作品はあるが、『たたり』の設定や演出法はその後の模範となり、「幽霊屋敷」が一つのジャンルとして確立される上で大きな役割を果たしたと言える。
原作は1959年に刊行されたシャーリー・ジャクソンの『丘の屋敷(山荘綺談)』。脚色を手がけたのはワイズの作品でおなじみのネルソン・ギディングである。おおまかに言うと、管理人以外は誰も寄りつかなくなった幽霊屋敷に、超常現象を調べている学者が乗り込む話で、学者vs超常現象、科学vsオカルトという図式を用いている。これは『ヘルハウス』(1973年)にも見られる設定だ。
恐怖の実体を見せないところもこの映画の特徴だ。これはかつてジャック・ターナー監督が得意としていた手法であり、代表作『キャット・ピープル』(1942年)は間接的恐怖による演出の成功例としてしばしば挙げられる。
周知の通り、ワイズはその続編にあたる『キャット・ピープルの呪い』(1944年)で監督デビューした。これはホラーというよりファンタジーだが、ターナーの手法を自分なりにアレンジして用いた労作である。それから約20年、監督として円熟したワイズは、実体の影すらも見せない徹底したやり方で恐怖を醸成することに成功したのである。
音楽を担当したのは、ハンフリー・サール。フランツ・リストのファンにはおなじみだろう。リストの作品番号「サール」はこの人の名に由来している。1960年代前半はサールの創作意欲が高まっていた時期にあたり、サントラ自体のクオリティは高い(劇中での使われ方はやや過剰だが)。
死を呼ぶ屋敷
映画は「いわゆる幽霊屋敷は未知の世界であり、探求者を待ち受けている。『丘の家』も90年間じっと待っていた。屋敷内は不気味に静まり返り、訪れる者は一人もいない」というナレーションで始まり、過去に屋敷やその敷地内で次々と死人が出たことが説明される。犠牲者は、屋敷を建てたヒュー・クレーンの妻、その後妻、最初の妻との間にできた娘アビゲール、寝たきりになったアビゲールの看護を任された村娘である。クレーンも旅行中に水死した。
人類学者のマークウェイ博士(リチャード・ジョンソン)は幽霊屋敷の相続人と会い、その屋敷で科学的な実験を行い、悪い噂を消すことに力を貸したいと申し出る。マークウェイは幽霊を信じておらず、心霊とは純粋に精神的なものであり、これを解明して人類学と心霊現象を結合させれば、人間の精神を高めることに利用できると真剣に考えていた。相続人と交渉した博士は、霊感の強い2人の女性を記録係に選び、そこに将来屋敷を相続する予定の青年を加えて、計4人で屋敷に住み込む。10月19日のことである。
カメラは厳かな屋敷の外観を繰り返し我々に見せる。さらに、不気味な管理人夫妻を登場させたり、豪華な内装を見せることで、ゴシックなムードは十分すぎるほど伝わってくる。博士の話では、館の内部は不安定な造りになっているらしく、ドアの重心や部屋の角がずれているため、勝手にドアが開いたり閉まったりする。鏡がたくさん置かれているのも印象的だ。ナーバスな表情を持つ異形の怪物といったところか。そんな屋敷が実質的な主人公である。
ドアを叩く音
記録係に選ばれたエレノア(ジュリー・ハリス)は10歳の時にポルターガイストを経験したことがある独身女性。彼女は11年間寝たきりの母親を介護し続けていたが、2か月前にその母親が亡くなり、それ以来、精神的に病んでいる。性悪な姉夫婦と同居していることも、ストレスになっているようだ。なので、マークウェイからの依頼は朗報に等しいものだった。彼女は屋敷に着いた瞬間、「自分のことを見ている」「自分のことを待ち受けている」と直感して怯え、それと同時に引き込まれていく。
もう一人の記録係セオドラ(クレア・ブルーム)は、異常に勘の鋭い美女。博士に惹かれているエレノアの心情への干渉の仕方はどことなくレズビアン的である。常に冷静だが弱点もあり、怪奇現象が起こる際に冷気を人一倍感じてしまうため、その間は弱々しくなる。相続人のルーク(ラス・タンブリン)は冗談好きの青年。実利的で、霊的なことには何の興味もない。
エレノアとセオドラは最初の晩から怪奇現象に見舞われる。音である。謎の物音は徐々に大きくなり、やがてドアや壁を激しく叩く音となる。凄まじい響きに2人は怯えて身を寄せ合う。誰が音を立てているのかは分からない。打音のみだが、ぞわぞわするような怖さがある。もともと音響技師だった監督の気合いが感じられるシークエンスだ。動き出すドアノブに寄るカットも恐怖感を煽る。
その後、壁に「助けて、エレノア」と書かれたり、ベランダから落ちそうになったり、寝ている間に少女の泣き声を聞き、腕を掴まれたり、ということが続くうちに、エレノアは屋敷が自分のことを狙っていると確信する。しかし姉夫婦の家には絶対に帰りたくない。ヒステリックになっていくエレノアに対し、マークウェイ博士やセオドラは家に帰った方がいいと忠告するが、その度に彼女は怒り、あるいは嘆願する。
エレノアの心理
ここからは後半の展開にふれるので、映画を観た後に読むことをおすすめする。
ドアや壁が叩かれる現象は、後半にもう一度繰り返される。10月21日の晩、それまで大して怖い目に遭っていなかったマークウェイとルークは、その場に居合わせ、呆然とする。ドアノブが動き、次にドアが破られそうなほどふくらみ、ルークが酒瓶を落とすところは、アングルに凝ったカットで緊張感を高めることに成功している。
しかし、後半は恐怖がメインという感じではない。壁から声が聞こえてきたり、図書室の上にある跳ね上げ戸に錯乱したマークウェイ夫人(ロイス・マクスウェル)が突然姿を見せたりするのはホラー的だが、中心にあるのはエレノアの心理劇である。
アビゲールは死ぬ直前、壁を叩いて看護係の村娘を呼んだのに、その村娘は男と逢引し、病人のことを無視していた。そしてエレノアにも、介護疲れのため、母親が助けを呼んでいるのに無視した過去がある。「助けて、エレノア」というのはおそらくアビゲールのメッセージだが、良心の呵責に苛まれているエレノアは母親からのメッセージのように受け止めたはずだ。屋敷に怯えながら、そこから離れたくないと願うのは、彼女に帰る場所がないからというだけでなく、一種の贖罪意識のあらわれでもある。悪霊は生者の心理的な隙を狙うものだ。その罠にエレノアはまんまとはまってしまう。しかも不幸なことに、彼女はポルターガイスト現象を引き起こす体質だった。
科学の敗北
エレノアは、この屋敷を建てたヒュー・クレーンが災いの主だと思い込んでいるが、幽霊屋敷の関係者で亡くなった人物たちを思い返してみると、クレーンは水死、その妻は馬車の衝突による事故死、後妻は階段からの転落死、看護人は図書室での縊死という具合で、老いて寿命を迎えたのはアビゲールだけである。意識的であるにせよ、潜在的であるにせよ、不幸を呼ぶ力を持っていたのは、アビゲールなのではないか。屋敷内の邪気を司っているのも彼女だろう。そのように考えると、自分のSOSを無視した看護人と同じように、エレノアが図書室の螺旋階段をのぼってしまう流れも、文脈的に自然である。
映画の中ではエレノアがひどく自意識過剰で病的に見えるために共感しにくいが、彼女には責任はない。それを言うなら、邪悪な出来事の責任を負うべきは博士である。学者vs霊、科学vsオカルトという図式はエンターテイメントの定番だが、ホラー映画ではほとんど霊、オカルトの勝利に終わる。その定石どおり、博士は立ち入るべきではない領域を侵し、呼ぶべきでない人間を呼び、死者を出すような実験をしてしまい、敗北する。もっとも、見ようによっては、幽霊屋敷がその霊力を誇示するために、博士を導いたという風に解釈できるかもしれない。
(阿部十三)
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