『幽霊屋敷の恐怖 血を吸う人形』 〜怪奇色に覆われたショッカー映画〜
2018.12.03
「死ぬまでに一本、人が悲鳴を上げる映画を」
『幽霊屋敷の恐怖 血を吸う人形』(1970年)が製作されるきっかけとなったのは、山本迪夫監督がデビュー作『野獣の復活』の完成パーティーで口にした、「死ぬまでに一本だけ、人が悲鳴を上げるような映画を作りたい」という一言だったらしい。それを聞いた東宝のプロデューサー田中文雄はすぐにこの映画を企画した。田中はのちに作家としてホラー小説を書いていることからも分かるように怪奇物を好んでいたので、いい監督を見つけたと喜んだのだろう。会社としても、映画産業が斜陽期にさしかかっていたので、低予算で製作出来て、それなりの興収が見込めるホラーを歓迎したことは容易に想像がつく。
そうして完成した『幽霊屋敷の恐怖 血を吸う人形』がヒットしたことにより、「血を吸う」シリーズが生まれ、のちに2作製作された。吸血鬼映画の『呪いの館 血を吸う眼』(1971年)、『血を吸う薔薇』(1974年)である。シリーズ三作とも山本監督の作品だが、監督自身は吸血鬼にはあまり興味がなく、ヒッチコック路線のショッカー映画を撮りたかったとインタビューで語っている。つまり、『サイコ』的なショッカーに怪奇色の粉をふんだんにまぶした『血を吸う人形』が、本来撮りたいものに最も近かったということになる。
夜中の凄まじい雷雨、険しい山道を走るタクシー、不吉な予感に気もそぞろな乗客、妖しい雷光の中、外観をあらわにする古びた洋館......この王道のオープニングだけでもワクワクさせられる。欧風の和製ホラーらしいベタな演出だが、だからこそよいのである。洋館に深い謎を秘めた気位の高い女性が住んでいて、その女性に獣のごとき使用人が仕えているという設定も好ましい。
キャストも理想的である。誰も歯向かえないような威厳を漂わせた女主人役の南風洋子、悲痛な運命により殺人鬼と化した娘役の小林夕岐子、兄の消息を辿り洋館を訪ねて死ぬほど怖い目に遭う妹役の松尾嘉代、来客を外敵と見るや斧を振り回して襲う荒熊のように凶暴な使用人役の高品格など、この映画の生命線とも言える役を演じる人たちは、テンションの緩みをまったく感じさせない。
恋人に会いに行く兄、兄を探す妹
映画は、海外での仕事を終えた佐川(中村敦夫)が、恋人の野々村夕子(小林夕岐子)に会いに行くところから始まる。雷雨の中、山奥の洋館に着いた佐川は、夕子の母親・志津(南風洋子)から半月前に夕子が死んだと聞かされ、ショックを受ける。土砂崩れに遭い、車ごとのまれてしまったのだ。洋館には、志津と使用人の源蔵(高品格)だけが住んでいるらしい。
その晩、野々村邸に泊まることになった佐川は、死んだはずの夕子の姿を目にし、屋敷を出て後を追う。山道を抜け、やがて平地に出ると、そこには夕子の墓があった。混乱する佐川の後ろには夕子が立っている。佐川は事情をのみ込めないながらも、「生きていたんだね」と喜ぶが、夕子の体は冷たい。夕子は「お願い、私を殺して」と言う。佐川は「夕子、君は病気なんだね。だからお母さんも僕に会わせまいとしたんだね」と言って抱きしめる。しかし次の瞬間、夕子の目は黄色になり、恐ろしい笑みを浮かべ、血だらけの腕をあらわにし、ナイフを高く掲げる。
一週間以上兄から連絡がないことを心配する佐川圭子(松尾嘉代)は、恋人の高木浩(中尾彬)と共に野々村邸へと向かう。二人は志津から「佐川さんは四日前にお見えになり、翌日お帰りになりました」と言われるが、圭子は信じない。その後、夕子の墓参りをした圭子と浩は、カラスの死骸と、血で汚れたカフスボタンを見つける。ボタンは兄の物だった。二人はわざと車が故障したように見せ、その晩、洋館に泊まるのだが......。
ここまでが全体の約三分の一にあたる。上映時間は71分と短く、テンポが良く、構成もしっかりしている。
催眠状態
これ以降は結末にふれる。
20年以上前、野々村家は強盗に入られ、一家惨殺の不幸に遭っていた。その時、志津だけは殺されずに済んだ。彼女は我が身の不幸を嘆いて自殺を図り、首に大きな傷をつけてしまうが、生き長らえ、十ヶ月後に夕子を生んだ。強盗犯の子である。町役場でそのことを突き止めた二人は、次に夕子の死の謎を解明すべく、彼女の死亡時に立ち会った医師、山口(宇佐美淳也)のもとへ向かう。
実は、この医師こそが強盗犯だったのである。山口は志津と結婚の約束をしていたが、召集され戦争に行っている間、志津は別の男と結婚してしまった。それで憎悪と嫉妬に狂い、罪を犯したのだ。
その後、志津が子供を生んだと知り、遠くから母娘を見守っていた山口は、夕子が事故に遭い、死に瀕していると聞いて駆けつけ、催眠術をかけた。その結果、夕子は催眠状態に陥り、死体のまま生きる存在と化したのである。しかもその心には、自殺を図った当時の母親の、暗く、呪わしい感情がすみついていた。以来、夕子は残酷な殺人鬼になり、母親の首にあるような傷を人間や動物の首につけて殺すことを欲するようになった。
最後は、真相を知った圭子と浩が山口医師にピストルで追い詰められる。そこへ夕子が現れ、山口を殺害する。血に飢えた夕子はさらに圭子と浩を殺そうとするが、山口が死んだことにより、催眠が解け、その場に倒れる。腐食してゆく夕子の肉体。それを見ながら母親の志津は嘆き悲しむのだった。
催眠によって死を食い止めるアイディアは、エドガー・アラン・ポーの「ヴァルドマール氏の死の真相」から借用されたものである。小説では、「臨終に際した人間に催眠術への感応性があるのか、あるとすれば病気にどう影響するのか、そしてどの程度まで、どのくらいの期間まで死を食い止められるのか」という実験が、死を間近にしたヴァルドマール氏の同意を得て、試みられる。この奇抜だが興味深い題材を、山本監督は巧みに脚本にとりいれた。
『サイコ』をアレンジした恐怖の世界
野々村夕子はその生い立ちから悲しい宿命を背負っている娘であり、「お願い、私を殺して」という言葉が彼女の本音なのだが、狂気に支配されると手がつけられなくなる。クローゼットに隠れていたり、圭子が入った部屋に潜んでいたり、(コマ送りで)山口医師を殺すカットなどは、何度観てもゾッとする。狂気に陥った状態を黄色の眼で表現したのも秀逸でインパクトがある。ポーの小説には、ヴァルドマール氏の瞼から黄色い脳漿が流れ出す描写があるが、もしかするとその部分に影響を受けているのかもしれない。
山本監督のショック演出は全編にわたって冴えており、夕子の墓参りを終えた時に、圭子と浩の前を突然鳥が飛び去るカットだけでも(心臓に悪いほど)ドキッとさせる。怪奇ムードを醸すカメラも照明も細かく計算されているし、チェンバロを使った真鍋理一郎のテーマ音楽も、洋館を舞台にした血なまぐさい映画にふさわしいものだ。
恐怖のクライマックスは、終盤、洋館の地下に監禁された圭子が目を覚ますところから始まる。彼女はまず鼠に驚いて悲鳴を上げ、次にドアを隠していた壁掛け(絨毯)がずり落ち、そして、白い人形の両腕が彼女の両肩に落ちる。ここまではお化け屋敷的な怖さである。しかし、これでは終わらない。そのドアを開けてからが、本当のショックの始まりなのだ。ここから時間にして一分間は、ヒッチコックの『サイコ』のアイディアをアレンジした強烈な恐怖の世界である。
ちなみに、夕子役を演じた小林夕岐子は、水島道太郎と山鳩くるみの娘である。山鳩くるみと南風洋子は元宝塚という共通点があり、水島道太郎と宇佐美淳は『血の爪文字』(1944年)などで共演した過去がある。そんなこともあり、約20日間にわたる撮影の現場は和やかなものだったらしい。
(阿部十三)
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