タグ「佐藤春夫」が付けられているもの

  • 血となり肉となる文学 中島敦の『光と風と夢』は、作家ロバート・ルイス・スティーヴンソンの日記という体裁で書かれている。しかし、その言葉はあくまでも中島自身のもの、彼の思想ないし信条の投影である。「私は、小説が書物の中で最上(或いは最強)のものであることを疑わない。読者にのりうつり、其の魂を奪い、其の血となり肉と化して完全に吸収され尽すのは、小説の他にない」 ...

    [続きを読む](2019.12.28)
  •  校正おそるべし、とは「後生畏るべし」のもじりで、編集や校正の経験者なら一度は聞いたことがある箴言みたいなものだ。最初に言いだしたのは「東京日日新聞」の社長、福地桜痴らしい。たしかに校正は怖い。奥が深い。著名な作家の全集には、すぐれた編集者や校正者が関わっているはずなのに、それでもミスがある。作者自身による誤記に、写植や文字化けによる誤植が加わることもある。...

    [続きを読む](2019.05.05)
  • フロットラの美と香気 バルトロメオ・トロンボンチーノはルネッサンス期に活躍した作曲家で、生年は1470年頃、没年は1535年以降と伝えられる。生前はフロットラの作曲家として知られ、その独創的で美しい作品によりイザベラ・デステ、ルクレツィア・ボルジアの心をつかみ、宮廷で厚遇されていたという。フロットラとは15世紀後期から16世紀初頭にかけてイタリア北・中部で流...

    [続きを読む](2018.06.10)
  • 純粋小説 横光利一の小説ほど天才というものを感じさせる作品は少ない。文壇に登場した際の「日輪」と「蠅」、その後の「機械」や「時間」などを読むと、日本語の表現や日本文学の面白さといったものの可能性を押し広げる創意に圧倒される。常人には抱えきれないようなその創意を理性のもとに置き、それまで誰も読んだことのない文学を高い完成度で生み出した横光は、真の意味で天才作家...

    [続きを読む](2018.02.17)
  • 素人探偵、仁木兄妹の登場 仁木悦子の推理小説には、謎解きの面白さや緊迫感だけでなく、微笑ましい明るさ、軽快さがある。おどろおどろしさで背筋をぞくぞくさせる作風とは一線を画し、端正な文体で物語をテンポよく進行させ、しこりを残さず、あたたかい余韻で読者を包み込む。「探偵役」を務める人物たちも、犯罪者を捕らえてやるという正義感より、隠された謎を知りたいという好奇心...

    [続きを読む](2014.07.19)
  • 富ノ澤麟太郎の世界 文章はピアノのようなものである。ピアノは誰にでも普通に音を出すことが出来る。ただし、奏者の腕によって出てくる音はだいぶ異なる。文章も誰にでも書くことは出来るが、書き手によって暗色になったり、暖色になったり、硬質になったり、神秘的な雰囲気を帯びたりする。夭折の天才、富ノ澤麟太郎の作品を読むと、そんな当たり前のことを改めて潜思したくなる。 富...

    [続きを読む](2013.11.30)
  •  教員志望の同級生に誘われて、塾講師をしていたことがある。1994年4月から1996年3月までの約2年間の話だ。 中学2年生と中学3年生の国語のクラスを受け持っていた。生徒は各16名。授業時間は90分で、1日2コマ。時給は2600円、辞めた時は2900円だった。当時住んでいたアパートから車で50分という遠い場所にあったが、ちょっとした夕食付きだったこともあり...

    [続きを読む](2013.08.10)
  •  ポール・モオランが書いた『夜ひらく』の中の一編「カタロオニュの夜」で、ある心理ゲームが紹介されている。 日曜日の夜、高名な歴史の教授のもとに集まった人々が、新種のゲームを行う。やり方は簡単である。まず、いくつかの項目が記された表に、自分で自分の点数を0点から20点までつける。その後、隣にすわっている人と表を交換し、点数を訂正し合う。項目数は20。美貌、魅力...

    [続きを読む](2012.06.16)
  •  生田長江は大正時代に活躍した評論家であり、女性による文芸誌『青鞜』の企画者である。翻訳家としても有名で、彼の訳したニーチェ全集が日本の思想界に及ぼした影響は計り知れない。ダヌンツィオの『死の勝利』を訳し、若者たちを熱狂させたのも長江である。ダンテの『神曲』、ツルゲーネフの『猟人日記』、フローベール『サラムボオ』なども訳している。ほとんどは英語からの重訳で、...

    [続きを読む](2011.11.26)
  •  1955年、『文学界』に発表された石原慎太郎の「太陽の季節」は、一大センセーションを巻き起こした。1956年1月には芥川賞を受賞、同年5月公開の映画も大成功、加えて石原自身の人気も手伝って、反響は文壇内にとどまらず、太陽映画ブーム、慎太郎刈り、そして「太陽族」(大宅壮一)なる造語まで生まれた。マスコミに「芥川賞の学生作家」と華々しく取り上げられたり、「もう...

    [続きを読む](2011.03.05)
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