タグ「塚本邦雄」が付けられているもの
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木下勝俊は木下家定の子で、小早川秀秋は異母弟にあたる。家定の妹は、豊臣秀吉の正室である北政所。勝俊は当然のように秀吉に仕え、二十代半ばで若狭小浜の城主になった。秀吉に「花歌五十首」と言われたときは一晩で詠み上げるほどの才気をみせたが、歌才には恵まれていても、武将として高い志を抱いていた節はない。秀吉の没後、天下分け目の戦いが近づく中、勝俊は伏見城の留守とし...
[続きを読む](2016.12.03) -
ダミア「暗い日曜日」(1936年) ハンガリーのピアニスト兼作曲家シェレシュ・レジェーは、ブダペストのレストランでピアノを弾いていた時代にこの曲を書き上げた。1933年のことである。作詞のヤヴォール・ラズロはレストランのオーナーで、レジェーの鬱々として美しいメロディーに厭世的な歌詞をのせた。題名は「悲しい日曜日」。 録音されたのは1935年。パール・カルマー...
[続きを読む](2015.11.15) -
子供の時分、坊主めくりで遊んでいた人にとって、蝉丸はなじみのある「坊主」だろう。その歌も覚えやすく、簡単に諳んじることができる。私自身、最初に覚えた短歌は蝉丸のものである。これやこの行くも帰るもわかれては知るも知らぬも逢坂の関 蝉丸は平安時代の人だが、生没年は不明。謡曲『蝉丸』の中では、醍醐天皇の第四皇子とされている。一方、『今昔物語集』の巻第二十四に収録...
[続きを読む](2015.04.04) -
リュシエンヌ・ボワイエ「聞かせてよ愛の言葉を」(1930年) 「聞かせてよ愛の言葉を」は、1930年代にフランスでヒットし、日本でも愛されたシャンソンである。私が持っているレコードのジャケットには、「シャンソン・ド・シャルム(魅惑のシャンソン)の代表ともいうべき、こよなくスウィートな愛の歌」と記されている。ただ、メロディーはたしかにスウィートだが、歌詞の方は...
[続きを読む](2014.12.04)