マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン』
2011.02.07
マーヴィン・ゲイ
『ホワッツ・ゴーイン・オン』
1971年発表
1971年発表
アメリカが悲劇に見舞われた時、或いはアメリカの人々が"これは非常事態だ"と焦燥に駆られた時、必ずと言っていいほど必要とされる曲がある。"一体全体、世の中はどうなっているんだ?"と問いかけた、マーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイン・オン」('71)だ。今なお人々の記憶に生々しく残る、 '01年9月11日のアメリカ同時多発テロ。その直後にも、ジャンルを超えて様々なアーティストたち(U2のボノ、メアリー・J.ブライジ、デスティニーズ・チャイルド、クリスティーナ・アギレラ、ブリトニー・スピアーズ、ジャ・ルール、NAS...etc.)が集結して、30年も前のその曲をレコーディングした。本来はアフリカのエイズ救済基金を目的としたチャリティ・シングルだったが、同時多発テロが起こってしまったため、急遽、同シングルの収益金をテロの犠牲者の救済にも充てることにしたという。ここで銘記しておきたいのは、決してその発想が"渡りに舟"的なものではなく、「ホワッツ・ゴーイン・オン」に込められたメッセージが、エイズという不治の病への憂慮にも聞こえ、更には悲惨なテロ事件への"何故?"という疑問にもなり得るということである。ゆえに、そうした現実に直面した時、巷に溢れている無数のメッセージ・ソングの中から人々は迷わずマーヴィンのその曲を選ぶ。あたかもそのメッセージが、今現在、自分たちが直面している悲劇と苦悩を考慮して書かれたものであるかのように感じながら聴き入るために。
「ホワッツ・ゴーイン・オン」が収録された同タイトルのアルバムは、マーヴィン・ゲイの代名詞と言っても過言ではないほどの代表作である。と同時に、シンガーとしてのみならず、ひとりのアーティストとして彼が新境地を切り開いた記念すべき作品でもあった。マーヴィン自身だけではない。彼が所属していたモータウンにとっても、そしてミュージック・シーンにとっても、極めて画期的な、いや、革命的と言ってもいい要素をいくつも秘めている。先ず、歌い手(シンガー)と曲の作り手(モータウンのお抱えソングライター/プロデューサー)の明確な役割分担のもとにヒット曲を量産していた同レーベルが、初めてアーティストにセルフ・プロデュースを許可した作品であること、社会的メッセージを盛り込んだコンセプチュアル・アルバムであること、曲と曲の切れ目がほとんどなく、一定の流れを持っていること、モータウンからリリースされたアルバムで、初めてバック・ミュージシャンの名前がクレジットされたこと、瑣末なことかも知れないが、これまたモータウン史上初めて歌詞がプリントされたアルバムであったこと(アナログ盤のLPはダブル・ジャケットになっており、ジャケットの見開きに歌詞が載っていた)ーーそれらの要素の全てが実験的かつ革新的であった。
'60年代は"モータウンの貴公子"と呼ばれ、ひたすらラヴ・ソングを歌ってアイドル然としていたマーヴィンは、デュエットのパートナーだったタミー・テレルが脳腫瘍のため24歳の若さで急逝したショックで対人恐怖症に陥ったと言われている。その悲しみを乗り越え、約1年間のブランクを経て完成させたのが『ホワッツ・ゴーイン・オン』だった。アルバムのオープニングを飾るタイトル曲のテーマは反戦で、ヴェトナム戦争(1973年終結)の帰還兵だった実弟フランキーから、戦場の悲惨な状況を聞かされたことに触発されて生まれたもの。「セイヴ・ザ・チルドレン」には、('71年当時の)世相を鑑みて、世界中の子供たちが決して明るい未来を迎えられないであろうと憂慮するマーヴィンの悲痛な思いが込められている。続く「ゴッド・イズ・ラヴ」は、牧師の息子で敬虔なクリスチャンだったマーヴィンらしい、慈愛に満ちたゴスペル・ナンバーだ。そして、公害や環境汚染を嘆く「マーシー・マーシー・ミー」(原題のサブ・タイトルはそのものズバリの"The Ecology")、都市生活の逼迫感と閉塞感を静かな怒りを湛えたヴォーカルで歌った「イナー・シティ・ブルース」など、アルバム全体から、マーヴィンの心の叫びが立ち込めてくる。改めて驚かされるのは、それらのメッセージが、30年以上を経た今現在も、少しも色褪せていないこと。それどころか、世界中で起こっている様々な出来事に、個々のメッセージが奇妙なまでに呼応する事実に慄然とする。この地上から戦争はなくならず、幼児虐待は増加の一途を辿り、地球温暖化は進み、BSE騒動を始めとする家畜の疫病は蔓延する一方。都市部のみならず、日々の生活に追われて今にも叫び出したくなる人々----「イナー・シティ・ブルース」のサブ・タイトルは"Make Me Wanna Holler(大声で叫びたくなる)"ーーが世界中の片隅で喘いでいるのでは...? マーヴィン、貴方はシンガーの姿をした預言者だったのですか。
興味深いデータがある。アメリカの音楽誌『Rolling Stone』が選出した"音楽史上、最も優れた500枚のアルバム"の第6位が、この『ホワッツ・ゴーイン・オン』だった。参考までにトップ10位入りした他のアーティスト名を挙げると----ビートルズ、ビーチ・ボーイズ、ボブ・ディラン、ローリング・ストーンズ、クラッシュ(注:ビートルズは4枚、 B・ディランは2枚ランク・イン)ーーこの結果を見ても、『ホワッツ・ゴーイン・オン』が如何に異彩を放っているかが判る。更に興味深いことに、 R&B/ソウル系のシンガーやミュージシャンはもちろん、ロック系のアーティストたちも、雑誌などで"好きなアルバム、影響を受けたアルバム"のアンケートに答えた際、『ホワッツ・ゴーイン・オン』を選んでいるのを何度も目にした。そのことと『Rolling Stone』の選出結果を照らし合わせて考えてみると、同アルバムはもはやジャンルをも超越していると言えるのではないだろうか。そして30年以上経った今でも、確かな神通力と生命力が宿っているのだ。
'84年4月1日、マーヴィンは実父の手で銃殺されるという悲劇的な最期を遂げた。しかしながら、彼は今も天空から地上に語りかけてくる。"世の中はどうなっているんだ?"
「ホワッツ・ゴーイン・オン」が収録された同タイトルのアルバムは、マーヴィン・ゲイの代名詞と言っても過言ではないほどの代表作である。と同時に、シンガーとしてのみならず、ひとりのアーティストとして彼が新境地を切り開いた記念すべき作品でもあった。マーヴィン自身だけではない。彼が所属していたモータウンにとっても、そしてミュージック・シーンにとっても、極めて画期的な、いや、革命的と言ってもいい要素をいくつも秘めている。先ず、歌い手(シンガー)と曲の作り手(モータウンのお抱えソングライター/プロデューサー)の明確な役割分担のもとにヒット曲を量産していた同レーベルが、初めてアーティストにセルフ・プロデュースを許可した作品であること、社会的メッセージを盛り込んだコンセプチュアル・アルバムであること、曲と曲の切れ目がほとんどなく、一定の流れを持っていること、モータウンからリリースされたアルバムで、初めてバック・ミュージシャンの名前がクレジットされたこと、瑣末なことかも知れないが、これまたモータウン史上初めて歌詞がプリントされたアルバムであったこと(アナログ盤のLPはダブル・ジャケットになっており、ジャケットの見開きに歌詞が載っていた)ーーそれらの要素の全てが実験的かつ革新的であった。
'60年代は"モータウンの貴公子"と呼ばれ、ひたすらラヴ・ソングを歌ってアイドル然としていたマーヴィンは、デュエットのパートナーだったタミー・テレルが脳腫瘍のため24歳の若さで急逝したショックで対人恐怖症に陥ったと言われている。その悲しみを乗り越え、約1年間のブランクを経て完成させたのが『ホワッツ・ゴーイン・オン』だった。アルバムのオープニングを飾るタイトル曲のテーマは反戦で、ヴェトナム戦争(1973年終結)の帰還兵だった実弟フランキーから、戦場の悲惨な状況を聞かされたことに触発されて生まれたもの。「セイヴ・ザ・チルドレン」には、('71年当時の)世相を鑑みて、世界中の子供たちが決して明るい未来を迎えられないであろうと憂慮するマーヴィンの悲痛な思いが込められている。続く「ゴッド・イズ・ラヴ」は、牧師の息子で敬虔なクリスチャンだったマーヴィンらしい、慈愛に満ちたゴスペル・ナンバーだ。そして、公害や環境汚染を嘆く「マーシー・マーシー・ミー」(原題のサブ・タイトルはそのものズバリの"The Ecology")、都市生活の逼迫感と閉塞感を静かな怒りを湛えたヴォーカルで歌った「イナー・シティ・ブルース」など、アルバム全体から、マーヴィンの心の叫びが立ち込めてくる。改めて驚かされるのは、それらのメッセージが、30年以上を経た今現在も、少しも色褪せていないこと。それどころか、世界中で起こっている様々な出来事に、個々のメッセージが奇妙なまでに呼応する事実に慄然とする。この地上から戦争はなくならず、幼児虐待は増加の一途を辿り、地球温暖化は進み、BSE騒動を始めとする家畜の疫病は蔓延する一方。都市部のみならず、日々の生活に追われて今にも叫び出したくなる人々----「イナー・シティ・ブルース」のサブ・タイトルは"Make Me Wanna Holler(大声で叫びたくなる)"ーーが世界中の片隅で喘いでいるのでは...? マーヴィン、貴方はシンガーの姿をした預言者だったのですか。
興味深いデータがある。アメリカの音楽誌『Rolling Stone』が選出した"音楽史上、最も優れた500枚のアルバム"の第6位が、この『ホワッツ・ゴーイン・オン』だった。参考までにトップ10位入りした他のアーティスト名を挙げると----ビートルズ、ビーチ・ボーイズ、ボブ・ディラン、ローリング・ストーンズ、クラッシュ(注:ビートルズは4枚、 B・ディランは2枚ランク・イン)ーーこの結果を見ても、『ホワッツ・ゴーイン・オン』が如何に異彩を放っているかが判る。更に興味深いことに、 R&B/ソウル系のシンガーやミュージシャンはもちろん、ロック系のアーティストたちも、雑誌などで"好きなアルバム、影響を受けたアルバム"のアンケートに答えた際、『ホワッツ・ゴーイン・オン』を選んでいるのを何度も目にした。そのことと『Rolling Stone』の選出結果を照らし合わせて考えてみると、同アルバムはもはやジャンルをも超越していると言えるのではないだろうか。そして30年以上経った今でも、確かな神通力と生命力が宿っているのだ。
'84年4月1日、マーヴィンは実父の手で銃殺されるという悲劇的な最期を遂げた。しかしながら、彼は今も天空から地上に語りかけてくる。"世の中はどうなっているんだ?"
(泉山真奈美)
『ホワッツ・ゴーイン・オン』収録曲
01. ホワッツ・ゴーイン・オン/02. ホワッツ・ハプニング・ブラザー/03. フライン・ハイ/04. セイヴ・ザ・チルドレン/05. ゴッド・イズ・ラヴ/06. マーシー・マーシー・ミー/07. ライト・オン/08. ホーリー・ホーリー/09. イナー・シティ・ブルース
01. ホワッツ・ゴーイン・オン/02. ホワッツ・ハプニング・ブラザー/03. フライン・ハイ/04. セイヴ・ザ・チルドレン/05. ゴッド・イズ・ラヴ/06. マーシー・マーシー・ミー/07. ライト・オン/08. ホーリー・ホーリー/09. イナー・シティ・ブルース
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