ローラ・ニーロ 『イーライと13番目の懺悔』
2012.08.09
ローラ・ニーロ
『イーライと13番目の懺悔』
1968年作品
その紙は今も机の上にある。そのスペースでもう何年も無くならずにちゃんと残っているのはなぜだろう。1997年4月8日に彼女が卵巣癌のために世を去ったことを告げるインフォメーションだ。たしか日本のレコード会社が送ってくれた。引用する。
「アメリカにおける最も影響力を持つシンガー・ソングライターの一人であるローラ・ニーロがコネチカット州ダンベリーの自宅にて死去いたしました。享年49歳。息子のギル・ビアンチーニとパートナーのマリア・デシデリオが看取りました。(略)献花を希望される方は彼女の想い出のためにご厚志をお寄せ下さい」ーーまるで親戚か友人知人に届けられた連絡のようで、そのことがただでさえ哀しい彼女の死の知らせに、より一層特別な重みを与えた。『イーライと13番目の懺悔』を創った才能はもうこの世界を後にしてしまったのだと。
ローラ・ニーロは1947年10月18日にニューヨークのブロンクスで生まれた。18歳のとき初めてプロ・シンガーとしてサンフランシスコのコーヒー・ハウス〈hungry i〉で歌い、1966年にファースト・アルバム『MORE THAN A NEW DISCOVERY』を制作(翌年ヴァーヴ/フォークウェイズより発表。1973年『THE FIRST SONGS』として再発売)。大手CBSと契約しての、続く2枚が彼女にとって決定的な作品となりローラの名は広く知られた。1968年の『イーライと13番目の懺悔』、それに1969年の『ニューヨーク・テンダベリー』だ。その後もまさしく自身の人生の歩みを投影するがごときアルバムを、途中2回ほど長いブランクを挟みながらも発表してきた。最後のオリジナル作品『抱擁〜犬の散歩はお願いね、そして明かりはつけておいて』(1993年)の翌年には2度目の来日公演を行っている。よく知られるように、バーブラ・ストライザンドやフィフス・ディメンション、ブラッド・スウェット&ティアーズ、スリー・ドッグ・ナイトらがこぞって彼女の曲を取り上げチャートに送り込み、自らの名義によるポップ・ヒットに恵まれたわけではなかったが、音楽に特別な何かを求めている人々にとってその存在はまさしく特筆すべき宝物のような価値を与えてくれるものとなっていった。
『ニューヨーク・テンダベリー』と並ぶ傑作とされる、1968年3月3日に発表された第2作『イーライと13番目の懺悔』。アルバムは抑え切れない感情の高まりを封じ込めた「ラッキー」で幕を開け、「ルー」や「スイート・ブラインドネス」ら明るいジャンプ・ナンバーが続いたかと思えば、「ポヴァティ・トレイン」や「タイマー」のようなトリップ・ソングに、「ロンリー・ウィメン」や「ウーマンズ・ブルース」でのブルース、さらにスリー・ドッグ・ナイトがカヴァーした「イーライがやって来る」でのゴスペル、「エミー」ではファンタジーと、多彩に展開される。フィフス・ディメンションでも知られる「ストーンド・ソウル・ピクニック」にはヤング・ラスカルズの「グルーヴィン」に通じるブルー・アイド・ソウル・フィーリングが感じられ(フェリックス・キャバリエは後にローラをプロデュースすることになる)、「ファーマー・ジョー」の起伏に富んだロック・スタイルや傑作叙事詩「ディセンバーズ・ブードア」にもいつ接しても引き込まれる。そして13番目の歌、「懺悔」は狂おしいほどフィジカルにセクシーだ。
これはローラ・ニーロという20歳の女性がニューヨークという土地で生まれ育ち、希望に輝き絶望に沈み、歓喜に高揚し厭世に浸り、恋し憎しみ、天を駆け地を這いながら培ってきた想いのたけが綴られた日記あるいはカルテのような一枚。やや後に本格的に評価されるカーリー・サイモンやキャロル・キングら女流シンガー・ソングライターたちに共通の、自身の内面を作品化するという姿勢がすでに研ぎ澄まされ、形作られている。
そしてまたこの作品は、ニューヨーク/ブロンクスという街の激しさと孤独とをこれ以上ないほど伝えるものでもある。ニューヨークは過酷な現実と尽きることのない夢や欲望を抱かせる点で、合衆国の、そして世界の縮図でもあったし、さらにいえば、人生という時間の経過する様を描いた舞台そのものでもあったであろう。女性の視点で描かれている、彷徨いながらスウィングし、舞い上がった後でどこまでも堕ちて行く魂は、皆のものでもあった。
もうひとつ重要なのはこれが僕にとって真のソウル・ミュージックであることだ。ソウル・ミュージックとはどんな音楽を呼ぶのか。どんなものでなければソウル・ミュージックとは呼べないのか。そうした問いへの答えのひとつがローラ・ニーロの歌であり、詞であり、サウンドだった。心の奥底から湧き起こる情感を言葉に託し、声に宿し、音に込めることこそがソウル・ミュージックである絶対条件だ。それがなされていないものはソウル・ミュージックではない。
また本当に出会った価値のある歌はそれぞれの聴き手がどのように受け止めても真実を導き出せる普遍性を備えている。歌の作り手は様々な感情をそこに到った過程も含めて素直に率直に語り、自らの苦悩の解放に道筋をつけることを許されるし、だからこそそこに同様の傷や誇りを見出した聴き手は励まされ、力を得、その日を乗り越えられる。ローラの歌には、挫折と共に安らぎがあった。儚い哀しみがあった。潤いに満ちた歓びがあった。それらは今もそのまま、ここにある。だからこそローラの歌はソウル=魂なのだ。
【関連サイト】
ローラ・ニーロ
ローラ・ニーロ『イーライと13番目の懺悔』(CD)
『イーライと13番目の懺悔』
1968年作品
その紙は今も机の上にある。そのスペースでもう何年も無くならずにちゃんと残っているのはなぜだろう。1997年4月8日に彼女が卵巣癌のために世を去ったことを告げるインフォメーションだ。たしか日本のレコード会社が送ってくれた。引用する。
「アメリカにおける最も影響力を持つシンガー・ソングライターの一人であるローラ・ニーロがコネチカット州ダンベリーの自宅にて死去いたしました。享年49歳。息子のギル・ビアンチーニとパートナーのマリア・デシデリオが看取りました。(略)献花を希望される方は彼女の想い出のためにご厚志をお寄せ下さい」ーーまるで親戚か友人知人に届けられた連絡のようで、そのことがただでさえ哀しい彼女の死の知らせに、より一層特別な重みを与えた。『イーライと13番目の懺悔』を創った才能はもうこの世界を後にしてしまったのだと。
ローラ・ニーロは1947年10月18日にニューヨークのブロンクスで生まれた。18歳のとき初めてプロ・シンガーとしてサンフランシスコのコーヒー・ハウス〈hungry i〉で歌い、1966年にファースト・アルバム『MORE THAN A NEW DISCOVERY』を制作(翌年ヴァーヴ/フォークウェイズより発表。1973年『THE FIRST SONGS』として再発売)。大手CBSと契約しての、続く2枚が彼女にとって決定的な作品となりローラの名は広く知られた。1968年の『イーライと13番目の懺悔』、それに1969年の『ニューヨーク・テンダベリー』だ。その後もまさしく自身の人生の歩みを投影するがごときアルバムを、途中2回ほど長いブランクを挟みながらも発表してきた。最後のオリジナル作品『抱擁〜犬の散歩はお願いね、そして明かりはつけておいて』(1993年)の翌年には2度目の来日公演を行っている。よく知られるように、バーブラ・ストライザンドやフィフス・ディメンション、ブラッド・スウェット&ティアーズ、スリー・ドッグ・ナイトらがこぞって彼女の曲を取り上げチャートに送り込み、自らの名義によるポップ・ヒットに恵まれたわけではなかったが、音楽に特別な何かを求めている人々にとってその存在はまさしく特筆すべき宝物のような価値を与えてくれるものとなっていった。
『ニューヨーク・テンダベリー』と並ぶ傑作とされる、1968年3月3日に発表された第2作『イーライと13番目の懺悔』。アルバムは抑え切れない感情の高まりを封じ込めた「ラッキー」で幕を開け、「ルー」や「スイート・ブラインドネス」ら明るいジャンプ・ナンバーが続いたかと思えば、「ポヴァティ・トレイン」や「タイマー」のようなトリップ・ソングに、「ロンリー・ウィメン」や「ウーマンズ・ブルース」でのブルース、さらにスリー・ドッグ・ナイトがカヴァーした「イーライがやって来る」でのゴスペル、「エミー」ではファンタジーと、多彩に展開される。フィフス・ディメンションでも知られる「ストーンド・ソウル・ピクニック」にはヤング・ラスカルズの「グルーヴィン」に通じるブルー・アイド・ソウル・フィーリングが感じられ(フェリックス・キャバリエは後にローラをプロデュースすることになる)、「ファーマー・ジョー」の起伏に富んだロック・スタイルや傑作叙事詩「ディセンバーズ・ブードア」にもいつ接しても引き込まれる。そして13番目の歌、「懺悔」は狂おしいほどフィジカルにセクシーだ。
これはローラ・ニーロという20歳の女性がニューヨークという土地で生まれ育ち、希望に輝き絶望に沈み、歓喜に高揚し厭世に浸り、恋し憎しみ、天を駆け地を這いながら培ってきた想いのたけが綴られた日記あるいはカルテのような一枚。やや後に本格的に評価されるカーリー・サイモンやキャロル・キングら女流シンガー・ソングライターたちに共通の、自身の内面を作品化するという姿勢がすでに研ぎ澄まされ、形作られている。
そしてまたこの作品は、ニューヨーク/ブロンクスという街の激しさと孤独とをこれ以上ないほど伝えるものでもある。ニューヨークは過酷な現実と尽きることのない夢や欲望を抱かせる点で、合衆国の、そして世界の縮図でもあったし、さらにいえば、人生という時間の経過する様を描いた舞台そのものでもあったであろう。女性の視点で描かれている、彷徨いながらスウィングし、舞い上がった後でどこまでも堕ちて行く魂は、皆のものでもあった。
もうひとつ重要なのはこれが僕にとって真のソウル・ミュージックであることだ。ソウル・ミュージックとはどんな音楽を呼ぶのか。どんなものでなければソウル・ミュージックとは呼べないのか。そうした問いへの答えのひとつがローラ・ニーロの歌であり、詞であり、サウンドだった。心の奥底から湧き起こる情感を言葉に託し、声に宿し、音に込めることこそがソウル・ミュージックである絶対条件だ。それがなされていないものはソウル・ミュージックではない。
また本当に出会った価値のある歌はそれぞれの聴き手がどのように受け止めても真実を導き出せる普遍性を備えている。歌の作り手は様々な感情をそこに到った過程も含めて素直に率直に語り、自らの苦悩の解放に道筋をつけることを許されるし、だからこそそこに同様の傷や誇りを見出した聴き手は励まされ、力を得、その日を乗り越えられる。ローラの歌には、挫折と共に安らぎがあった。儚い哀しみがあった。潤いに満ちた歓びがあった。それらは今もそのまま、ここにある。だからこそローラの歌はソウル=魂なのだ。
(矢口清治)
【関連サイト】
ローラ・ニーロ
ローラ・ニーロ『イーライと13番目の懺悔』(CD)
『イーライと13番目の懺悔』収録曲
01. ラッキー/02. ルー/03. スウィート・ブラインドネス/04. ポヴァティ・トレイン/05. ロンリー・ウィメン/06. イーライがやって来る/07. タイマー/08. ストーンド・ソウル・ピクニック/09. エミー/10. ウーマンズ・ブルース/11. ファーマー・ジョー/12. ディセンバーズ・ブードア/13. 懺悔
01. ラッキー/02. ルー/03. スウィート・ブラインドネス/04. ポヴァティ・トレイン/05. ロンリー・ウィメン/06. イーライがやって来る/07. タイマー/08. ストーンド・ソウル・ピクニック/09. エミー/10. ウーマンズ・ブルース/11. ファーマー・ジョー/12. ディセンバーズ・ブードア/13. 懺悔
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