ケイト・ブッシュ 『愛のかたち』
2012.09.17
ケイト・ブッシュ
『愛のかたち』
1985年作品
好きなだけ時間をかけて音楽作りをしたいと、本作に着手するにあたって自宅にスタジオを設けた彼女は、2年にわたってレコーディングを敢行。フェアライトなどのエレクトロニック・サウンド、バラライカからディジュリドゥに至るエキゾティックな楽器の響き、自身の人種的ルーツであるアイルランドの伝統音楽、フォーク、クラシック、オーバーダブしたあのマジカルな声、クワイア、サンプリング音源......。包含する音楽的アイデアの豊富さはいわずもがな、これらを完全なる整合性と無二の美意識をもって12の曲にしたためた手腕は神業的だし、30年を経ても全く古びて聞こえないのは、当時のトレンドと一切接点のない独自のスタイルを貫いていたためだろう。とにかく、1978年に19歳でデビューし、3rdアルバム『魔物語』(1980年)でプロダクションに関わり始めていたケイトにとって、ヴォーカル・パフォーマンスのみならず、サウンドメイキングを含むトータルな表現を初めて納得ゆく形に仕上げたのが『愛のかたち』だった。
続いて歌詞の話をする前に、厳密には本作が2編の異なる作品ーーアナログ盤のA面が《Hounds of Love》、B面が《The Ninth Wave》ーーで構成されていることに触れておかねばなるまい。より実験的な志向の7曲から成る《The Ninth Wave》は組曲風のつくりで、主人公は、何らかの事故に遭って救命具を身につけて独り水に浮かんでいる女性。寝たら溺れてしまうと必死に目を開けて、悪夢と闘い、未来の自分に励まされ、最終的に救出されるまでの一夜を、様々なサンプリング・ネタで演出しながらシネマティックに辿ってゆく。
他方の「Hounds of Love」は関連性のない5つの曲を含み、《The Ninth Wave》に比べるとポップソング集と呼べなくもないし、実際4曲がシングルカットされている。中でも世界的ヒットとなったのが、1stシングル「神秘の丘」だ。男女がいかに違っていて、「神と取り引きして」お互いに入れ替わってみないことには理解し合えないのだと歌い、2ndシングル「クラウドバスティング」では心理学者のヴィルヘルム・ライヒとその息子の関係を題材に選んで(ライヒは雲を自在に操るという装置〈Cloudbuster〉で実験を行った)、古いホラー映画からセリフを引用した3rdシングルの表題曲では、恋愛への恐怖感を犬の群れに追われるイメージに重ね、4thシングル「大空」にはスタジオの窓越しに形を次々に変えてゆく雲を眺めているケイトがいる。シングルにはならなかった4曲目「母親」のテーマ? 息子が何らかの罪を犯したことを知りながら匿う母と、その母の愛を利用する息子との絆。彼女が実際に一児の母になるのは約15年後のことだ。
こうして聴き直してみると実に脈絡のない内容なのだが、実体験に根差した告白調の詞は書かないというのは、初期のケイトの作品の共通項。だから男性の視点で綴ったりもする。そこに彼女の自由があるのだろう。知っていること・経験したことに限定されず、文学作品や映画をカタリストにして想像力が導くままに実験し、ストーリーを膨らませてゆく。思えば、人生体験が豊富とは限らない若いソングライターの場合、外的なインスピレーションを求めるのが理に適っているわけで、若いからこそ可能な作品なのかもしれないし、かといって当時のケイトと同じ年頃のケイティ・ペリーやレディー・ガガがこんなアルバムを作れるのか甚だ疑問でもあるし、やっぱり彼女はスペシャルなんだという結論に落ち着くしかないのである。
【関連サイト】
KATE BUSH
KATE BUSH(動画「Running Up That Hill」)
KATE BUSH(動画「Hounds of Love」)
KATE BUSH(動画「The Big Sky」)
KATE BUSH(動画「Wuthering Heights」)
『愛のかたち』
1985年作品
何をもって〈年相応〉とするのかは一概にはいえないもので、殊に、10代にして中年の危機を迎えたというモリッシーから、50代でもチアリーダーになり切っているマドンナまでがいるミュージシャンの場合、〈年相応〉の基準は曖昧だ。それにしても、ケイト・ブッシュが27歳で歴史的マスターピースと目されている本作『愛のかたち』(1985年)を発表したこと、それがすでに5枚目のアルバムだったこと、そしてセルフ・プロデュース作品だったことは、驚くべき偉業だと思う。
好きなだけ時間をかけて音楽作りをしたいと、本作に着手するにあたって自宅にスタジオを設けた彼女は、2年にわたってレコーディングを敢行。フェアライトなどのエレクトロニック・サウンド、バラライカからディジュリドゥに至るエキゾティックな楽器の響き、自身の人種的ルーツであるアイルランドの伝統音楽、フォーク、クラシック、オーバーダブしたあのマジカルな声、クワイア、サンプリング音源......。包含する音楽的アイデアの豊富さはいわずもがな、これらを完全なる整合性と無二の美意識をもって12の曲にしたためた手腕は神業的だし、30年を経ても全く古びて聞こえないのは、当時のトレンドと一切接点のない独自のスタイルを貫いていたためだろう。とにかく、1978年に19歳でデビューし、3rdアルバム『魔物語』(1980年)でプロダクションに関わり始めていたケイトにとって、ヴォーカル・パフォーマンスのみならず、サウンドメイキングを含むトータルな表現を初めて納得ゆく形に仕上げたのが『愛のかたち』だった。
続いて歌詞の話をする前に、厳密には本作が2編の異なる作品ーーアナログ盤のA面が《Hounds of Love》、B面が《The Ninth Wave》ーーで構成されていることに触れておかねばなるまい。より実験的な志向の7曲から成る《The Ninth Wave》は組曲風のつくりで、主人公は、何らかの事故に遭って救命具を身につけて独り水に浮かんでいる女性。寝たら溺れてしまうと必死に目を開けて、悪夢と闘い、未来の自分に励まされ、最終的に救出されるまでの一夜を、様々なサンプリング・ネタで演出しながらシネマティックに辿ってゆく。
他方の「Hounds of Love」は関連性のない5つの曲を含み、《The Ninth Wave》に比べるとポップソング集と呼べなくもないし、実際4曲がシングルカットされている。中でも世界的ヒットとなったのが、1stシングル「神秘の丘」だ。男女がいかに違っていて、「神と取り引きして」お互いに入れ替わってみないことには理解し合えないのだと歌い、2ndシングル「クラウドバスティング」では心理学者のヴィルヘルム・ライヒとその息子の関係を題材に選んで(ライヒは雲を自在に操るという装置〈Cloudbuster〉で実験を行った)、古いホラー映画からセリフを引用した3rdシングルの表題曲では、恋愛への恐怖感を犬の群れに追われるイメージに重ね、4thシングル「大空」にはスタジオの窓越しに形を次々に変えてゆく雲を眺めているケイトがいる。シングルにはならなかった4曲目「母親」のテーマ? 息子が何らかの罪を犯したことを知りながら匿う母と、その母の愛を利用する息子との絆。彼女が実際に一児の母になるのは約15年後のことだ。
こうして聴き直してみると実に脈絡のない内容なのだが、実体験に根差した告白調の詞は書かないというのは、初期のケイトの作品の共通項。だから男性の視点で綴ったりもする。そこに彼女の自由があるのだろう。知っていること・経験したことに限定されず、文学作品や映画をカタリストにして想像力が導くままに実験し、ストーリーを膨らませてゆく。思えば、人生体験が豊富とは限らない若いソングライターの場合、外的なインスピレーションを求めるのが理に適っているわけで、若いからこそ可能な作品なのかもしれないし、かといって当時のケイトと同じ年頃のケイティ・ペリーやレディー・ガガがこんなアルバムを作れるのか甚だ疑問でもあるし、やっぱり彼女はスペシャルなんだという結論に落ち着くしかないのである。
(新谷洋子)
【関連サイト】
KATE BUSH
KATE BUSH(動画「Running Up That Hill」)
KATE BUSH(動画「Hounds of Love」)
KATE BUSH(動画「The Big Sky」)
KATE BUSH(動画「Wuthering Heights」)
『愛のかたち』収録曲
01. 神秘の丘/02. 愛のかたち/03. 大空/04. 母親/05. クラウドバスティング/06. 羊の夢/07. 氷の下/08. 魔女/09. ウォッチング・ユー・ウィズアウト・ミー/10. ジグ・オブ・ライフ/11. こんにちは地球/12. 朝もやの中で
01. 神秘の丘/02. 愛のかたち/03. 大空/04. 母親/05. クラウドバスティング/06. 羊の夢/07. 氷の下/08. 魔女/09. ウォッチング・ユー・ウィズアウト・ミー/10. ジグ・オブ・ライフ/11. こんにちは地球/12. 朝もやの中で
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