アソシエイツ 『サルク』
2012.11.16
アソシエイツ
『サルク』
1982年作品
これはU2のボノが、1997年に39歳の若さで自殺したビリー・マッケンジーの伝記本『The Glamour Chase』(1998年刊)に寄せた、序文の一部分だ。ボノがカルーソー(=エンリコ・カルーソー/前世紀初めに活躍したオペラ界の伝説的テノール歌手)に譬え、初期のU2(ほか無数のアーティスト)に影響を及ぼしたビリーと彼のバンド=アソシエイツこそは、ポストパンク期の英国きっての異端児かつカルト・アーティストであり、何よりもそう、最高の〈男性ディーバ〉だった。ソロ名義の作品から様々なコラボ・プロジェクトまで彼のマジカルな声を記録した音源がたくさんある中、マスターピースを選ぶとしたら間違いなく『Sulk』(1982年)を挙げるだろう。同じスコットランド出身のマルチ・インストゥルメンタリストのアラン・ランキンと1976年に結成したアソシエイツのサードである。他の同世代のバンドと同様にデヴィッド・ボウイやロキシー・ミュージックの影響下にあり、シンセを多用したふたりの音楽は通常ニュー・ロマンティックの枠内で語られているが、過剰主義を極めた『Sulk』の眩暈を誘う万華鏡ポップはその枠を大きく逸脱。いったいどういう状況で、どういう心境でこんなシロモノを作ったのかと好奇心を刺激してやまず、ある意味不可解なアルバム、とも言えなくない。
実際、本作のレコーディングについては多数の逸話が残っている。当時大手レーベルと契約したばかりで、6万ポンド(1980年代なら1千万円以上?)の前金を受け取った彼らは、スタジオを長期間確保して高価なシンセを買い集めると、デビュー作から組んでいるプロデューサーのマイク・ヘッジス(キュアーやバウハウスともコラボしたポストパンクのキーパーソン)と、ベーシストのマイケル・デンプシーを交えて、セッションを開始。それまでは資金不足で実現できなかった壮大な音楽的ヴィジョンを形にする機会をやっと得て、堰を切ったように実験の限りを尽くし、ドラムの中に水を注いで叩いてみたり、薄い金属板をたわませてノイズを鳴らしたり、場所をあれこれ変えて声を録音したり、思いついたことは全て試したそうだ(尋常じゃない量のドラッグが関与していたというのも有名な話!)。そして集めた音にたっぷり後処理を加えてレイヤーし、ミックスは曲によって10回以上も行なって、お金と時間を惜しまなかったという。
このようにして、フィル・スペクターも顔負けのウォール・オブ・サウンドを築き上げたふたりだが、やっぱり主役はあのアクロバティックかつオペラティックな声なのである。逆に言えば、ヴォーカルを支えるには満艦飾の厚い壁を構築するほかなかったのだろう。過剰な音と声が凄まじい相乗効果を作り出しており、メロディがジェットコースターのように激しく振れるのは、ビリーの声域の広いからこそ。歌詞も放縦そのもので、未ださっぱり意味不明だから、決して万人にとって聴き易いアルバムではないのかもしれない。特に一番クレイジーな2曲は、アメリカ盤から削除されたというくらいだ。かと思えば、ビリー・ホリデイのヴァージョンが有名なスタンダード「Gloomy Sunday」をしっとりとカバーしてみせたり......。
そんな彼をボノはとても真似できなかったわけだが、筆者にとってビリーに匹敵するワン&オンリーな歌い手と言えば、ビョークである。興味深いことに、2011年に登場した『The Glamour Chase』の新装刊ではその彼女が新たな序文を綴っている。実は長年の信奉者だったのだ。しかもコラボできないまま亡くなってしまったため、一時は、ビリーの声の未発表音源を使っての「デュエット」も考えたという。ほかでもなく、人間の声の力にテーマにしたアカペラ・アルバム『メダラ』で。もしふたりの共演が実現していたらーーと想像しただけで、身震いせずにいられない。
【関連サイト】
Associates(CD)
『サルク』
1982年作品
「アソシエイツは偉大なグループだった。僕らはみんな真似をしたものだ。ビリーは偉大なシンガーだった。でも僕には真似できなかった。彼は酸素で膨らんだ気球に乗ったカルーソーだったのだ」
これはU2のボノが、1997年に39歳の若さで自殺したビリー・マッケンジーの伝記本『The Glamour Chase』(1998年刊)に寄せた、序文の一部分だ。ボノがカルーソー(=エンリコ・カルーソー/前世紀初めに活躍したオペラ界の伝説的テノール歌手)に譬え、初期のU2(ほか無数のアーティスト)に影響を及ぼしたビリーと彼のバンド=アソシエイツこそは、ポストパンク期の英国きっての異端児かつカルト・アーティストであり、何よりもそう、最高の〈男性ディーバ〉だった。ソロ名義の作品から様々なコラボ・プロジェクトまで彼のマジカルな声を記録した音源がたくさんある中、マスターピースを選ぶとしたら間違いなく『Sulk』(1982年)を挙げるだろう。同じスコットランド出身のマルチ・インストゥルメンタリストのアラン・ランキンと1976年に結成したアソシエイツのサードである。他の同世代のバンドと同様にデヴィッド・ボウイやロキシー・ミュージックの影響下にあり、シンセを多用したふたりの音楽は通常ニュー・ロマンティックの枠内で語られているが、過剰主義を極めた『Sulk』の眩暈を誘う万華鏡ポップはその枠を大きく逸脱。いったいどういう状況で、どういう心境でこんなシロモノを作ったのかと好奇心を刺激してやまず、ある意味不可解なアルバム、とも言えなくない。
実際、本作のレコーディングについては多数の逸話が残っている。当時大手レーベルと契約したばかりで、6万ポンド(1980年代なら1千万円以上?)の前金を受け取った彼らは、スタジオを長期間確保して高価なシンセを買い集めると、デビュー作から組んでいるプロデューサーのマイク・ヘッジス(キュアーやバウハウスともコラボしたポストパンクのキーパーソン)と、ベーシストのマイケル・デンプシーを交えて、セッションを開始。それまでは資金不足で実現できなかった壮大な音楽的ヴィジョンを形にする機会をやっと得て、堰を切ったように実験の限りを尽くし、ドラムの中に水を注いで叩いてみたり、薄い金属板をたわませてノイズを鳴らしたり、場所をあれこれ変えて声を録音したり、思いついたことは全て試したそうだ(尋常じゃない量のドラッグが関与していたというのも有名な話!)。そして集めた音にたっぷり後処理を加えてレイヤーし、ミックスは曲によって10回以上も行なって、お金と時間を惜しまなかったという。
このようにして、フィル・スペクターも顔負けのウォール・オブ・サウンドを築き上げたふたりだが、やっぱり主役はあのアクロバティックかつオペラティックな声なのである。逆に言えば、ヴォーカルを支えるには満艦飾の厚い壁を構築するほかなかったのだろう。過剰な音と声が凄まじい相乗効果を作り出しており、メロディがジェットコースターのように激しく振れるのは、ビリーの声域の広いからこそ。歌詞も放縦そのもので、未ださっぱり意味不明だから、決して万人にとって聴き易いアルバムではないのかもしれない。特に一番クレイジーな2曲は、アメリカ盤から削除されたというくらいだ。かと思えば、ビリー・ホリデイのヴァージョンが有名なスタンダード「Gloomy Sunday」をしっとりとカバーしてみせたり......。
そんな彼をボノはとても真似できなかったわけだが、筆者にとってビリーに匹敵するワン&オンリーな歌い手と言えば、ビョークである。興味深いことに、2011年に登場した『The Glamour Chase』の新装刊ではその彼女が新たな序文を綴っている。実は長年の信奉者だったのだ。しかもコラボできないまま亡くなってしまったため、一時は、ビリーの声の未発表音源を使っての「デュエット」も考えたという。ほかでもなく、人間の声の力にテーマにしたアカペラ・アルバム『メダラ』で。もしふたりの共演が実現していたらーーと想像しただけで、身震いせずにいられない。
(新谷洋子)
【関連サイト】
Associates(CD)
『サルク』収録曲
01. Arrogance Gave Him Up/02. No/03. Bap De La Bap/04. Gloomy Sunday/05. Nude Spoons/06. Skipping/07. It's Better This Way/08. Party Fears Two/09. Club Country/10. nothinginsomethingparticular
01. Arrogance Gave Him Up/02. No/03. Bap De La Bap/04. Gloomy Sunday/05. Nude Spoons/06. Skipping/07. It's Better This Way/08. Party Fears Two/09. Club Country/10. nothinginsomethingparticular
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