デペッシュ・モード 『ヴァイオレーター』
2013.02.18
デペッシュ・モード
『ヴァイオレーター』
1990年作品
そもそも1981年のデビュー当初は当時の英国のシンセポップの主流に属していたDM。それが、音楽的リーダーのヴィンス・クラーク(のちにヤズーやイレイジャーを結成)の脱退を受けて、マーティン・ゴアがソングライター役を引き継ぎ、マーティン、デイヴ・ガーン(Vo)、アンディ・フレッチャー(Key)、アラン・ワイルダー(Key)の4ピースになってからは、よりハードなインダストリアル寄りのサウンドに移行。セクシュアリティやスピリチュアリティといったマーティンが好む題材、あるいはアントン・コービンが手掛けるモノクロのヴィジュアルも相俟ってダークなトーンを強めてゆく。デイヴのバリトン・ボイスにもこういった志向とやたら相性が良く、彼のような存在感と声を備えたフロントマンがいたことも、DMがロックンロール・バンドとしてポジションを固める上で、大きく貢献したのではないかと思う。
そして『ヴァイオレーター』に至って彼らは、いきなり先行シングル「パーソナル・ジーザス」で自己流のブルースを突きつける。そう、ブルースのコード進行に則ったこの曲の、古典とモダンの折衷は本当に衝撃的で(8作目『ソングス・オブ・フェイス・アンド・デヴォーション』ではブルース色がさらに強まることに......)、あんなに艶めかしくてオーセンティックな重みを湛えたエレクトロニック・ソングを耳にするのは初めてだった。だから同じ路線でアルバムがまとまっていても文句はなかったけど、次に届いた「エンジョイ・ザ・サイレンス」は一転、ニューウェイヴ調のギターとシンセが完璧なバランスを見出す、キャッチーなラヴソング。2曲のシングルでダークとライトの両極を予告した『ヴァイオレーター』は実際、〈Let me take you on a trip(君を旅に連れ出そう)〉とのオープニング・フレーズ通りに、ミニマルで幻想的な「ウェイティング・フォー・ザ・ナイト」からDM流ファンク「ポリシー・オブ・トゥルース」まで、静と動の間を激しく揺れるアルバムだった。ビートは時にクリーンで精緻に刻まれ、時にダーティーに歪み、シンセは「スウィーテスト・パーフェクション」ではオーケストラに化けて、「エンジョイ〜」や「ポリシー〜」ではホーン・セクションを演じ、「ヘイロウ」ではストリングスの優美さをまとって、かと思えば、「クリーン」のアウトロで響くペダルスティールみたいな音は実はナマのペダルスティールだったり、今聴き直してもアレンジの細やかさには圧倒される。プロデュースは、彼らが所属するエレクトロニック音楽の名門=MUTEレーベルの専属エンジニアだったフラッドことマーク・エリス、ミックスはハウス界の伝説的アーティスト=フランソワKが手掛けただけあって、音質は素晴らしくシャープで、昨今のペラペラなエレクトロ・ポップとは全く別世界に佇む作品だ。
また、DMの魅力は前述したマーティン独特のリリックにもあり、無邪気に口ずさんでいて、ある日ふと不穏な含みに気付いてドッキリする......という体験が度々あったもので、本作も例外じゃなかった。例えば、エルヴィス&プリシラ・プレスリーのラヴ・ストーリーにインスパイアされた「パーソナル・ジーザス」は、相手を神/救世主として崇めるアンバランスな恋愛関係を歌っているのだが、ほかの曲からも恋愛におけるイビツな力関係が浮かび上がってくる。「ワールド・イン・マイ・アイズ」然り、「エンジョイ〜」然り、「ブルー・ドレス」然り、どれもラヴソングでありながら、男は偏執的かつ束縛的。言葉の柔らかさとのコントラストは鮮烈で、ちょっと空恐ろしくもあり、同時に、そういう男が抱く罪悪感までもが伝わってきて......まあ、SM賛歌「マスター・アンド・サーヴァント」を書いたこともある人だから、驚くほどじゃないか?
そんなデンジャラスな匂いがするアルバムなのに本作はアメリカだけで300万、世界で1,500万枚を売ってDM史上最高のヒット作となり、日本でも1990年秋のツアーは武道館2公演でフィニッシュ。その後、成功の負の産物というヤツなのか、メンバーの仲にヒビが入ってアランが脱退し、デイヴはドラッグにハマって、自殺未遂に次いでドラッグの過剰摂取で心臓が数分止まるという事件まで起きたが、バンドは危機を乗り越えて今も数万単位の集客力を誇り、2012年3月には13作目『デルタ・マシーン』を発表する予定だ。なんでも久々にブルースの影響が強く出ているそうで、かなり期待している今日この頃である。
【関連サイト】
Depeche Mode
『ヴァイオレーター』
1990年作品
もちろん、ほかにもエレクトロニック音楽の進化に深く関与したパイオニアは大勢いるけど、マシーンで鳴らす音楽をスタジアム・ロックの域へと昇華させたアーティストと言えば、やっぱりデペッシュ・モード(以下DM)だ。彼らにとっての決定的瞬間? 全米ブレイク作『ミュージック・フォー・ザ・マスィズ』(1988年)に伴うツアーのフィナーレだった、LA郊外のローズ・ボウル(キャパ6万人)公演をソールドアウトさせた時だろう。メンバー全員がキーボード/シンセを弾くバンドのライヴがこの規模で行われたのは史上初めてだったそうで、1990年にリリースされた7作目『ヴァイオレーター』に大きな期待がかかっていたことは、言うまでもない。が、バンドは見事期待に応えて、一世一代の傑作を完成。〈ハートとソウルを持つエレクトロニック音楽〉という永遠の課題に、究極の理想的アンサーを提示している。
そもそも1981年のデビュー当初は当時の英国のシンセポップの主流に属していたDM。それが、音楽的リーダーのヴィンス・クラーク(のちにヤズーやイレイジャーを結成)の脱退を受けて、マーティン・ゴアがソングライター役を引き継ぎ、マーティン、デイヴ・ガーン(Vo)、アンディ・フレッチャー(Key)、アラン・ワイルダー(Key)の4ピースになってからは、よりハードなインダストリアル寄りのサウンドに移行。セクシュアリティやスピリチュアリティといったマーティンが好む題材、あるいはアントン・コービンが手掛けるモノクロのヴィジュアルも相俟ってダークなトーンを強めてゆく。デイヴのバリトン・ボイスにもこういった志向とやたら相性が良く、彼のような存在感と声を備えたフロントマンがいたことも、DMがロックンロール・バンドとしてポジションを固める上で、大きく貢献したのではないかと思う。
そして『ヴァイオレーター』に至って彼らは、いきなり先行シングル「パーソナル・ジーザス」で自己流のブルースを突きつける。そう、ブルースのコード進行に則ったこの曲の、古典とモダンの折衷は本当に衝撃的で(8作目『ソングス・オブ・フェイス・アンド・デヴォーション』ではブルース色がさらに強まることに......)、あんなに艶めかしくてオーセンティックな重みを湛えたエレクトロニック・ソングを耳にするのは初めてだった。だから同じ路線でアルバムがまとまっていても文句はなかったけど、次に届いた「エンジョイ・ザ・サイレンス」は一転、ニューウェイヴ調のギターとシンセが完璧なバランスを見出す、キャッチーなラヴソング。2曲のシングルでダークとライトの両極を予告した『ヴァイオレーター』は実際、〈Let me take you on a trip(君を旅に連れ出そう)〉とのオープニング・フレーズ通りに、ミニマルで幻想的な「ウェイティング・フォー・ザ・ナイト」からDM流ファンク「ポリシー・オブ・トゥルース」まで、静と動の間を激しく揺れるアルバムだった。ビートは時にクリーンで精緻に刻まれ、時にダーティーに歪み、シンセは「スウィーテスト・パーフェクション」ではオーケストラに化けて、「エンジョイ〜」や「ポリシー〜」ではホーン・セクションを演じ、「ヘイロウ」ではストリングスの優美さをまとって、かと思えば、「クリーン」のアウトロで響くペダルスティールみたいな音は実はナマのペダルスティールだったり、今聴き直してもアレンジの細やかさには圧倒される。プロデュースは、彼らが所属するエレクトロニック音楽の名門=MUTEレーベルの専属エンジニアだったフラッドことマーク・エリス、ミックスはハウス界の伝説的アーティスト=フランソワKが手掛けただけあって、音質は素晴らしくシャープで、昨今のペラペラなエレクトロ・ポップとは全く別世界に佇む作品だ。
また、DMの魅力は前述したマーティン独特のリリックにもあり、無邪気に口ずさんでいて、ある日ふと不穏な含みに気付いてドッキリする......という体験が度々あったもので、本作も例外じゃなかった。例えば、エルヴィス&プリシラ・プレスリーのラヴ・ストーリーにインスパイアされた「パーソナル・ジーザス」は、相手を神/救世主として崇めるアンバランスな恋愛関係を歌っているのだが、ほかの曲からも恋愛におけるイビツな力関係が浮かび上がってくる。「ワールド・イン・マイ・アイズ」然り、「エンジョイ〜」然り、「ブルー・ドレス」然り、どれもラヴソングでありながら、男は偏執的かつ束縛的。言葉の柔らかさとのコントラストは鮮烈で、ちょっと空恐ろしくもあり、同時に、そういう男が抱く罪悪感までもが伝わってきて......まあ、SM賛歌「マスター・アンド・サーヴァント」を書いたこともある人だから、驚くほどじゃないか?
そんなデンジャラスな匂いがするアルバムなのに本作はアメリカだけで300万、世界で1,500万枚を売ってDM史上最高のヒット作となり、日本でも1990年秋のツアーは武道館2公演でフィニッシュ。その後、成功の負の産物というヤツなのか、メンバーの仲にヒビが入ってアランが脱退し、デイヴはドラッグにハマって、自殺未遂に次いでドラッグの過剰摂取で心臓が数分止まるという事件まで起きたが、バンドは危機を乗り越えて今も数万単位の集客力を誇り、2012年3月には13作目『デルタ・マシーン』を発表する予定だ。なんでも久々にブルースの影響が強く出ているそうで、かなり期待している今日この頃である。
(新谷洋子)
【関連サイト】
Depeche Mode
『ヴァイオレーター』収録曲
01. ワールド・イン・マイ・アイズ/02. スウィーテスト・パーフェクション/03. パーソナル・ジーザス/04. ヘイロー/05. ウェイティング・フォー・ザ・ナイト/06. エンジョイ・ザ・サイレンス/07. ポリシー・オブ・トゥルース/08. ブルー・ドレス/09. クリーン
01. ワールド・イン・マイ・アイズ/02. スウィーテスト・パーフェクション/03. パーソナル・ジーザス/04. ヘイロー/05. ウェイティング・フォー・ザ・ナイト/06. エンジョイ・ザ・サイレンス/07. ポリシー・オブ・トゥルース/08. ブルー・ドレス/09. クリーン
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