ビョーク 『ポスト』
2013.07.10
ビョーク
『ポスト』
1995年作品
では当時のビョークはどんな状況にあったのか? シュガーキューブスの解散を経て、ダンス・ミュージックが席巻するロンドンに居を移した彼女は、マッシヴ・アタックとのコラボなどで知られるネリー・フーパーを音楽的パートナーに指名し、エレクトロニックに傾倒したアルバム『デビュー』を制作。1993年に発売されると350万枚を売る大ヒットを博し、早速ソロ・アーティストとしての評価を確立したことはご承知の通りだ。しかしながら、サウンド的にはトレンディなダンスポップの域に留まって、専らあのヴォーカル・スタイルで他と差別化していた『デビュー』は、言わば助走に過ぎなかった。ロンドンで着々と人脈を広げたビョークは、ソロ名義のセカンド『ポスト』では自らプロデューサーとして主導権を握り、多彩なコラボレーター(ネリーに加えてトリッキー、808ステイトのグレアム・マッセイ、ハウィー・Bほか)を適所に配してレコーディング。そう、彼女が現在まで貫いているスタイルは本作で始まったことになる。
そしてコラボ相手が増えれば当然、音の幅も広がる。ハードなインダストリアル・ビートで幕を開ける本作は、アンビエントからドラムンベースまで多様なエレクトロニック・サウンドをフィーチャーすると共に、以後のビョーク作品の必須要素と化す豪奢なストリングスやホーン・セクションを導入。ハープシコードとヴォーカルに電子ノイズを織り込んだ「カヴァー・ミー」が好例で、幼少期に触れた〈クラシック〉と、30歳当時の彼女を刺激した〈カッティング・エッジ〉を矛盾なく同居させた形だ。そんな幅広いサウンドは、貪欲に新しい体験を求めていたビョークの、エモーショナルなアップダウンの激しさも見事に掬い取ってみせる。前作の「カワイイ」路線を払拭し、かつてなくセンシュアルだったりメラコンリックだったりヴァイオレントだったりと、包み隠さずリアルな自画像を描写。例えば、森の中で独りで暮らす「イゾベル」の主人公には極端に内向的な自分の一面を映し、「ハイパーバラッド」は愛する人と穏やかに暮らすために、毎朝密かに崖から手当たり次第にものを投げ落として破壊欲を満たす女性を描く。つまり、円滑な人間関係のために犠牲にしている自分の本質と向き合っているのだろう。投げたものが砕ける音に耳を傾けて、「あの岩に私の体がぶつかったらどんな音がするかしら?」と空想しているのだからコワい。
続く「モダン・シングス」でも、「テクノロジーは太古の昔から自然の中に潜んで出番を待っていた」との持論を展開する彼女。ネイティヴではない人が英語詞を綴っていることとも関係しているはずだが、ハイテクと自然/伝統が矛盾なく同居するアイスランド人ならではの哲学だったり、ビョークの特異な世界観・人間観が浮き彫りにされ、外国にいたからこそ強く意識するようになった自身のアイデンティティが、『ポスト』には多方面で強く表れている。いや、本作から読み取れるのはアイデンティティだけでなく、現在まで一切衰えていない彼女の冒険欲然り、色褪せないオリジナリティ然り。そういう意味で本作は、この稀代のアーティストのゼロ年であり、同時期に登場したレディオヘッドの『ザ・ベンズ』にも似た位置付けのアルバムであり、未だビョークなら『ポスト』、レディオヘッドなら『ザ・ベンズ』をフェイバリットに挙げるファンが多いことも、納得できるというもの。かくいう筆者もそのひとりである。
【関連サイト】
bjork.com
ビョーク『ポスト』
『ポスト』
1995年作品
『ポスト』のカラフルなアートワークで一番に目をひくのは、ビョークが着ている赤と青の縞に縁どられた白いジャケットではないかと思う。デジタル時代の今ではアナクロに感じられる、エアメールの封筒を模したこの紙製ジャケットは、英国人デザイナーのフセイン・チャラヤンの作品。もちろんランダムに選んだわけじゃない。本作が登場した1995年、故郷から離れて暮らしていた彼女がアルバムに込めた、アイスランドの家族や友人に宛てた近況報告のようなニュアンスを象徴しているのだという。
では当時のビョークはどんな状況にあったのか? シュガーキューブスの解散を経て、ダンス・ミュージックが席巻するロンドンに居を移した彼女は、マッシヴ・アタックとのコラボなどで知られるネリー・フーパーを音楽的パートナーに指名し、エレクトロニックに傾倒したアルバム『デビュー』を制作。1993年に発売されると350万枚を売る大ヒットを博し、早速ソロ・アーティストとしての評価を確立したことはご承知の通りだ。しかしながら、サウンド的にはトレンディなダンスポップの域に留まって、専らあのヴォーカル・スタイルで他と差別化していた『デビュー』は、言わば助走に過ぎなかった。ロンドンで着々と人脈を広げたビョークは、ソロ名義のセカンド『ポスト』では自らプロデューサーとして主導権を握り、多彩なコラボレーター(ネリーに加えてトリッキー、808ステイトのグレアム・マッセイ、ハウィー・Bほか)を適所に配してレコーディング。そう、彼女が現在まで貫いているスタイルは本作で始まったことになる。
そしてコラボ相手が増えれば当然、音の幅も広がる。ハードなインダストリアル・ビートで幕を開ける本作は、アンビエントからドラムンベースまで多様なエレクトロニック・サウンドをフィーチャーすると共に、以後のビョーク作品の必須要素と化す豪奢なストリングスやホーン・セクションを導入。ハープシコードとヴォーカルに電子ノイズを織り込んだ「カヴァー・ミー」が好例で、幼少期に触れた〈クラシック〉と、30歳当時の彼女を刺激した〈カッティング・エッジ〉を矛盾なく同居させた形だ。そんな幅広いサウンドは、貪欲に新しい体験を求めていたビョークの、エモーショナルなアップダウンの激しさも見事に掬い取ってみせる。前作の「カワイイ」路線を払拭し、かつてなくセンシュアルだったりメラコンリックだったりヴァイオレントだったりと、包み隠さずリアルな自画像を描写。例えば、森の中で独りで暮らす「イゾベル」の主人公には極端に内向的な自分の一面を映し、「ハイパーバラッド」は愛する人と穏やかに暮らすために、毎朝密かに崖から手当たり次第にものを投げ落として破壊欲を満たす女性を描く。つまり、円滑な人間関係のために犠牲にしている自分の本質と向き合っているのだろう。投げたものが砕ける音に耳を傾けて、「あの岩に私の体がぶつかったらどんな音がするかしら?」と空想しているのだからコワい。
続く「モダン・シングス」でも、「テクノロジーは太古の昔から自然の中に潜んで出番を待っていた」との持論を展開する彼女。ネイティヴではない人が英語詞を綴っていることとも関係しているはずだが、ハイテクと自然/伝統が矛盾なく同居するアイスランド人ならではの哲学だったり、ビョークの特異な世界観・人間観が浮き彫りにされ、外国にいたからこそ強く意識するようになった自身のアイデンティティが、『ポスト』には多方面で強く表れている。いや、本作から読み取れるのはアイデンティティだけでなく、現在まで一切衰えていない彼女の冒険欲然り、色褪せないオリジナリティ然り。そういう意味で本作は、この稀代のアーティストのゼロ年であり、同時期に登場したレディオヘッドの『ザ・ベンズ』にも似た位置付けのアルバムであり、未だビョークなら『ポスト』、レディオヘッドなら『ザ・ベンズ』をフェイバリットに挙げるファンが多いことも、納得できるというもの。かくいう筆者もそのひとりである。
(新谷洋子)
【関連サイト】
bjork.com
ビョーク『ポスト』
『ポスト』収録曲
01. アーミー・オブ・ミー/02. ハイパーバラッド/03. モダン・シングス/04. イッツ・オー・ソー・クワイエット/05. エンジョイ/06. ユーヴ・ビーン・フラーティング・アゲイン/07. イゾベル/08. ポッシブリー・メイビー/09. アイ・ミス・ユー/10. カヴァー・ミー/11. ヘッドフォンズ
01. アーミー・オブ・ミー/02. ハイパーバラッド/03. モダン・シングス/04. イッツ・オー・ソー・クワイエット/05. エンジョイ/06. ユーヴ・ビーン・フラーティング・アゲイン/07. イゾベル/08. ポッシブリー・メイビー/09. アイ・ミス・ユー/10. カヴァー・ミー/11. ヘッドフォンズ
月別インデックス
- November 2024 [1]
- October 2024 [1]
- September 2024 [1]
- August 2024 [1]
- July 2024 [1]
- June 2024 [1]
- May 2024 [1]
- April 2024 [1]
- March 2024 [1]
- February 2024 [1]
- January 2024 [1]
- December 2023 [1]
- November 2023 [1]
- October 2023 [1]
- September 2023 [1]
- August 2023 [1]
- July 2023 [1]
- June 2023 [1]
- May 2023 [1]
- April 2023 [1]
- March 2023 [1]
- February 2023 [1]
- January 2023 [1]
- December 2022 [1]
- November 2022 [1]
- October 2022 [1]
- September 2022 [1]
- August 2022 [1]
- July 2022 [1]
- June 2022 [1]
- May 2022 [1]
- April 2022 [1]
- March 2022 [1]
- February 2022 [1]
- January 2022 [1]
- December 2021 [1]
- November 2021 [1]
- October 2021 [1]
- September 2021 [1]
- August 2021 [1]
- July 2021 [1]
- June 2021 [1]
- May 2021 [1]
- April 2021 [1]
- March 2021 [1]
- February 2021 [1]
- January 2021 [1]
- December 2020 [1]
- November 2020 [1]
- October 2020 [1]
- September 2020 [1]
- August 2020 [1]
- July 2020 [1]
- June 2020 [1]
- May 2020 [1]
- April 2020 [1]
- March 2020 [1]
- February 2020 [1]
- January 2020 [1]
- December 2019 [1]
- November 2019 [1]
- October 2019 [1]
- September 2019 [1]
- August 2019 [1]
- July 2019 [1]
- June 2019 [1]
- May 2019 [1]
- April 2019 [2]
- February 2019 [1]
- January 2019 [1]
- December 2018 [1]
- November 2018 [1]
- October 2018 [1]
- September 2018 [1]
- August 2018 [1]
- July 2018 [1]
- June 2018 [1]
- May 2018 [1]
- April 2018 [1]
- March 2018 [1]
- February 2018 [1]
- January 2018 [2]
- November 2017 [1]
- October 2017 [1]
- September 2017 [1]
- August 2017 [1]
- July 2017 [1]
- June 2017 [1]
- May 2017 [1]
- April 2017 [1]
- March 2017 [1]
- February 2017 [1]
- January 2017 [1]
- December 2016 [1]
- November 2016 [1]
- October 2016 [1]
- September 2016 [1]
- August 2016 [1]
- July 2016 [1]
- June 2016 [1]
- May 2016 [1]
- April 2016 [1]
- March 2016 [1]
- February 2016 [1]
- January 2016 [1]
- December 2015 [2]
- October 2015 [1]
- September 2015 [1]
- August 2015 [1]
- July 2015 [1]
- June 2015 [1]
- May 2015 [1]
- April 2015 [1]
- March 2015 [1]
- February 2015 [1]
- January 2015 [1]
- December 2014 [1]
- November 2014 [1]
- October 2014 [1]
- September 2014 [1]
- August 2014 [1]
- July 2014 [2]
- June 2014 [1]
- May 2014 [1]
- April 2014 [1]
- March 2014 [1]
- February 2014 [1]
- January 2014 [1]
- December 2013 [2]
- November 2013 [1]
- October 2013 [1]
- September 2013 [2]
- August 2013 [2]
- July 2013 [1]
- June 2013 [1]
- May 2013 [2]
- April 2013 [1]
- March 2013 [2]
- February 2013 [1]
- January 2013 [1]
- December 2012 [1]
- November 2012 [2]
- October 2012 [1]
- September 2012 [1]
- August 2012 [2]
- July 2012 [1]
- June 2012 [2]
- May 2012 [1]
- April 2012 [2]
- March 2012 [1]
- February 2012 [2]
- January 2012 [2]
- December 2011 [1]
- November 2011 [2]
- October 2011 [1]
- September 2011 [1]
- August 2011 [1]
- July 2011 [2]
- June 2011 [2]
- May 2011 [2]
- April 2011 [2]
- March 2011 [2]
- February 2011 [3]