音楽 POP/ROCK

ジミー・ラフィン 『シングス・トップ10』

2013.08.20
ジミー・ラフィン
『シングス・トップ10』
1967年作品


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 一聴しただけではそれほど惹かれないが、何度も聴いているうちに味わい深さが増し、気が付けばその歌声に耽溺してしまっている自分に気付くーーそういう気持ちにさせてくれるシンガーはそれほど多くはない。筆者にとってのジミー・ラフィンとは、まさにそういうシンガーである。彼の歌声をひと言で表現するなら(決してファースト・ネームにかけた駄洒落ではなく)〈滋味〉であろうか。聴けば聴くほどに味わい深く、かつ奥深いその歌声は、じわじわと聴く側の心の中に沁みてくる。

 ジミーは、かのテンプテーションズ(以下テンプス)のリード・ヴォーカリストだったデイヴィッド・ラフィン(1991年に麻薬の過剰摂取のため死去/享年50歳)の2歳上の兄で、兄弟でデュオ・アルバム『I AM MY BROTHER'S KEEPER』(1970年)もレコーディングしている。ラフィン兄弟は、生まれ故郷のミシシッピ州コリンズヴィルの教会で、共に聖歌隊に属して喉を鍛えた。バリトン・ヴォイスの弟デイヴィッドとハイ・テナー・ヴォイスの兄ジミーは、声質も容姿も似ていない。ところが、ひとつだけ、血のつながりが明確に顕れているところがある。それは、しなやかで長い手の指。テンプスで歌っていた頃のデイヴィッドのステージ上での身振り手振りは、その長い指のお蔭で表情豊かだったし、一方のジミーは、マイク片手に実直に歌うタイプながら、時折、振り付けらしき手の動きを見せることがあり、その指の動きの美しさに惚れ惚れとさせられる。やはり血は争えないものだ。

 プロのシンガーとしては弟に先を越されてしまったジミーだが、声質は違えど、彼もまた卓越した歌唱力の持ち主であり、1960年代のモータウンの黄金期を語る上では決して外せない存在である。〈隠れた名曲〉と形容される場合が多い「What Becomes of The Brokenhearted」(1966年/R&BチャートNo.6、全米No.7)は、過去にジョー・コッカーやポール・ヤングを始めとして、多くのアーティストによってカヴァーされてきたが、オリジナルはジミーである。筆者の知る限り、彼のアルバムが日本でリリースされた記憶はない(筆者の手元にあるのは、全てモータウンからリリースされたオリジナル盤ばかり)。が、同曲には邦題が存在する。何故なら、モータウンのコンピレーション・アルバムなどに、何度か収録されてきたからだ。当初の邦題を「恋にしくじったら」(気の利いた邦題である)といったが、何故だか後に「恋に破れて」というつまらないものに変更されてしまった。邦題の良し悪しはともかくとして、同曲はジミーの歌声の特徴が最大限に活かされた名曲だと思う。よくある失恋ソングだが、彼の奥行きのある歌声が歌詞の行間を読み取るようにどこまでも丁寧で、情感に溢れている。過去にカヴァー・ヴァージョンをいくつか耳にしたが、やはりジミーのオリジナルを凌駕するものはなかった。

 A面のオープニングを飾る「I've Passed This Way Before」(R&BチャートNo.10、全米No.17)は、後にテンプスがアルバム『WISH IT WOULD RAIN』(1968年)でカヴァーした。リードを取っているのは、もちろんジミーの実弟デイヴィッドである。ジミーのヴァージョンを忠実に再現したアレンジ、そして弟から兄への感謝の念が滲み出ているような好感の持てるカヴァーだ。そしてA面の2曲目は、これまた後にマーヴィン・ゲイがカヴァーして中ヒットした「Gonna Give Her All The Love I've Got(邦題:恋の超特急)」(これはマーヴィンのヴァージョンの邦題/ジミーのヴァージョンはR&BチャートNo.14、全米No.29)だが、聴く側の耳をやんわりと包み込むようなジミーのハイ・テナー・ヴォイスが、どこまでも耳に心地好い。加えて、本アルバムでは、モータウンのお抱えセッション・バンドのファンク・ブラザーズの演奏が冴えに冴え渡っているのだ。まるで、ミュージシャンひとりひとりがジミーの歌声に聴き惚れながらレコーディングに臨んでいるかのよう。

 1960年代にモータウンからリリースされたアルバムには、必ずと言っていいほど第三者のカヴァー・ヴァージョンが収録されていたが、この作品もその例外ではない。ロス・ブラヴォスの一発ヒット「Black Is Black」(全米No.4、全英No.2)、トニー・オーランドのヒット曲「Bless You」(1961年/全米No.15)をそれぞれジミーがカヴァーして歌っているのだが、思いの外、アレンジがオリジナル・ヴァージョンに忠実である。そしてどちらの出来映えも、オリジナル・ヴァージョンに優るとも劣らない。取り分け「Black Is Black」でのジミーの歌声には、彼自身がこの曲を好きで好きでたまらなくてレコーディングした、という思いが凝縮されているかのようだ。カヴァー曲の選曲も正攻法ではなく、リスナーをアッと言わせる曲を選び抜いている。筆者がやっとの思いでこのアルバムを入手し、初めてそれらのカヴァー曲を耳にした際、モータウンにありがちだった〈アルバム収録曲数を増やすための安易なカヴァー〉ではないな、と直感したものだ。恐らくジミーは、自身の声質に合う第三者の楽曲を吟味して選んだのではないか。俗っぽい言い方をするなら、とにかくジミーの「Black Is Black」はカッコいい。過去に数え切れないほど聴いてきたが、何度聴いても飽きない。否、聴く度にジミーのカヴァーが好きになる。

 オリジナル・ナンバーであれカヴァーであれ、本アルバムにはジミーのシンガーとしての力量が余すところなく発揮されているが、非シングル曲で最も印象に残るのはB面3曲目の「World So Wide, Nowhere To Hide(From Your Heart)」であろうか。僅か2分49秒の曲だが、その3分足らずの時間が、極限まで耳と心を刺戟し、曲が終わると、無意識のうちにまたレコード針を同曲の始まりの溝に落としてしまう。ファンク・ブラザーズの演奏もジミーの熱唱に応えるかのように、いつも以上に熱がこもっている。これは個人的な感想だが、ジミーの歌声の最大の魅力は、転調しているわけでもないのに時に転調風に歌う点である。決して調子っぱずれなのではない。変幻自在のヴォーカル、とでも言えばいいだろうか。この点では、稀代のシンガーだった弟デイヴィッドも適わないだろう。

 それほどヒット曲は多くないものの、ジミーは今なお現役のシンガーである。歌い続けること。これが弟への最大の供養でもあり、往年のファンへの感謝の念であろう。このアルバムを年に何度かターンテーブルに乗せて聴く度に、以前にも況して筆者はその歌声に陶酔する。〈滋味〉溢れる歌声が展開されるアルバムには、そうそうお目に掛かれるものではない。死ぬまで聴き続けるであろうこの『ジミー・ラフィン・シングス・トップ10』(蛇足ながら、オリジナルLPのカッティングが素晴らしく、音は極上。そして盤はとてつもなく重い)に巡り会えたことを幸甚に思う。
(泉山真奈美)


【関連サイト】
JIMMY RUFFIN 『SINGS TOP TEN』
『シングス・トップ10』収録曲
01. I’ve Passed This Way Before/02. Gonna Give Her All The Love I’ve Got/03. What Becomes of The Brokenhearted/04. As Long As There Is L-O-V-E Love/05. Halfway To Paradise/06. Black Is Black/07. Bless You/08. Since I’ve Lost You/09. World So Wide, Nowhere To Hide(From Your Heart)/10. I Want Her Love/11. Tomorrow’s Tears/12. How Can I Say I’m Sorry

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