音楽 POP/ROCK

ペット・ショップ・ボーイズ 『哀しみの天使』

2013.09.03
ペット・ショップ・ボーイズ
『哀しみの天使』
1987年作品


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 12枚目にあたる傑作ニュー・アルバム『エレクトリック』を携えて、2013年のサマーソニック・フェスティバルに出演したペット・ショップ・ボーイズ。ニール・テナント&クリス・ロウのコンビは、ロンドン五輪閉会式の演出を手掛けたエス・デヴリンを今回のツアーのクリエイティヴ・ディレクターに起用し、相変わらず斬新でウィット溢れるスペクタクルを見せつけてくれたのだが、名曲の数々を彼らと一緒に歌って踊りまくるオーディエンスを眺めていて、なんだか不思議な光景だなあと思わずにいられなかった。もちろん基本的には、洗練された享楽的ダンス・ミュージック、ではある。でもふたりはそれを、耳を一度捉えたら放さないメロディに、風刺とアイロニー満々のインテリジェントな歌詞を乗せて、恐ろしくエモーショナルで示唆に富んだポップソングに仕立て上げる。だから、歌詞の意味が引っかかって、「こんな曲で踊ってていいんだっけ?」と、ふと我に返る瞬間があるのだ。

 そういう彼ら独特の芸風が確立されたのは、2ndアルバム『哀しみの天使(原題:Actually)』(1987年)の時だった。計10曲の収録曲のうち5曲がシングルカットされ、4曲はUKトップ10入りを果たし、かつ「It's a Sin(哀しみの天使)」と「Heart」がナンバーワンという大成功を収めて、世界で400万枚を売った、代表作の1枚である。冒頭から早速聴こえてくるのは、今やヴィンテージ感満々のハイ・エナジー系4つ打ちビート。ニューヨーカーのプロデューサー=ボビー・Oが手掛けた「One More Chance」だ。当時のペット・ショップ・ボーイズのサウンドの基盤を成したのは、まさに80年代初頭のニューヨークのクラブで鳴っていたそのハイ・エナジーやハウスやエレクトロやヒップホップのビートであり、やはりニューヨーク発のダンス・ミュージックをカタリストに、前身バンドのジョイ・ディヴィジョンから転身を遂げた、同世代のニュー・オーダーと成り立ちが似ている。しかし、メランコリックなメロディのセンスもニールが綴る詞も100%イングリッシュで(これまたイングリッシュなタイトルの〈Actually=実のところ〉はふたりの口癖なんだそう)、舞台は80年代の英国。失業者にあふれ、経済的な格差が広がり、金の力がものを言った、サッチャー政権下の英国の都市だ。

 例えば「Shopping」はなぜに「ショッピング」なのかと言えば、これが実は、痛烈なアンチ資本主義ソング。「下院で耳にしたけど/何もかも売りに出ているらしい」と、サッチャー元首相による国営事業の民営化、つまり、国民の財産を売りさばいて市場原理の餌食にしたことを糾弾する内容だ。「King's Cross」も不況で荒廃するロンドンのキングス・クロス地区を描き、クラビング賛歌のように聴こえる「Hit Music」にも、生活に疲れた人たちの逃避願望と孤独感を投影。他方、「It Couldn't Happen Here」では、80年代後半になって英国でも猛威を振るい始めたエイズの問題に目を向けている。また恋愛を描くにしても、往々にしてお金が介在。「Rent」はいわゆるレント・ボーイ(=男娼)を想起させるタイトル通り、「囲われた」若い男性(或いは女性?)の目線で綴られており、「アイ・ラヴ・ユー/あなたが家賃を払ってくれるから」なんて歌うサビ、滅多にポップソングに見つかるものじゃない。UKソウルのレジェンド=故ダスティ・スプリングフィールドをゲストに起用し、スランプにあった彼女のキャリアを救ったヒット曲「What Have I Done to Deserve This?(とどかぬ想い)」も、「仕事が欲しかっただけ」の男性と「愛人が欲しかっただけ」の女性の、格差恋愛を取り上げる。

 そしてアルバムのセンターピースと位置付けるべき曲が、本作からの先行シングルであり、サマーソニックでは恐らく最大の歓声に迎え入れられた「It's a Sin」だろう。神に罪の許しを乞う祈りを唱えたり、教会で録音した「空気感」を織り込んで、荘厳なエレクトロニック・シンフォニーに仕上げたこの曲でのニールは、カトリック教徒として育てられミッション系高校で学んだ、自らの少年期を回想。究極的には、歪んだ罪悪意識を植え付ける宗教の抑圧を拒絶する、反抗の歌だ。ロック嫌いで有名なふたりなのだが、スピリットの部分では間違いなくパンクに近いのは、世代を考えれば当然のことか? 以来四半世紀が経った今も、ブルース・スプリングスティーンがイラク戦争に際して綴った反戦歌「The Last to Die」を「エレクトリック」でカバーするなど、批判精神は変わらず。人を踊らせて、歌わせて、かつ考えさせもする、ペット・ショップ・ボーイズ道は不変なのだ。
(新谷洋子)


【関連サイト】
Pet Shop Boys
Pet Shop Boys 『Actually』(CD)
『哀しみの天使』収録曲
01. ワン・モア・チャンス/02. とどかぬ想い/03. ショッピング/04. レント/05. ヒット・ミュージック/06. イット・クドゥント・ハプン・ヒア/07. 哀しみの天使/08. アイ・ウォント・トゥ・ウェイク・アップ/09. ハート/10. キングス・クロス

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