音楽 POP/ROCK

モービー 『プレイ』

2013.10.21
モービー
『プレイ』
1999年作品


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 モービーことリチャード・ホールが作る音楽には孤独感が漂っている。「人恋しさ」とも言えるんだろう。誰かとつながろうとして手を差し伸べているかのようなセンチメンタリティ、ある種ノスタルジックな感覚にも近い。そう最初に強く感じさせたのが『プレイ』だった。それはもしかしたら、このニューヨーカーが一人っ子で、2歳の時に父を亡くし、本作を発表する3年前に母も病気で失って、文字通り天涯孤独な人だからなのか。あるいは、ノリータ地区にある自宅兼スタジオにこもって、作曲から楽器の演奏、プログラミング、プロデュース、ミックスまで全プロセスを独りで手掛けてアルバムを作り上げていることにも、関係しているのだろうか。音楽活動を始めた当初はハードコア・パンクのシーンに身を置き(彼は1996年にパンク・アルバムも発表している)、その後ダンス・カルチャーに惹かれるようになったのも、これらのシーンを特徴づける強いコミュニティ意識に理由がありそうな気がするのだ。

 そんなモービーは90年代を通じてDJ/ダンス・プロデューサーとして広く活動し、その世界では高い人気を誇っていたが、メインストリームなブレイクを彼にもたらしたのは、1999年発表の5作目にあたる『プレイ』だった。当時33歳、本人にとっても衝撃的だったという世界合計1,200万枚のセールス記録は、エレクトロニック作品では史上最大とされている。が、エレクトロニック作品だという印象が、極めて希薄なのである。エレクトロニック音楽がこれほどにエモーショナルで、オーガニックで、スピリチュアルに感じられたことはかつてなかった。その理由? 主に、使われているヴォーカル音源にあるんじゃないかと思う。自らもシンガーであり、本作は彼自身が歌っている曲も含んでいるのだが、モービーは多くの曲で、20世紀初頭のアメリカ南部で、高名な民俗音楽学者アラン・ローマックスがフィールド・レコーディングの形で集めたゴスペルやブルースから、ヴォーカル・パートをピックアップ。そもそも本作の出発点も、アランが監修したアーカイヴ・アルバムに心を強く揺さぶられたことにあったという。

 今思うと、当時すでにヒップホップというサンプリング主体の音楽が誕生して20年が経っていたわけで、なぜ誰も考え付かなかったんだろうかと不思議に感じなくもない。でもとにかく、モービーは音楽的金脈を掘り当てた。クリーンなエレクトロニック・ビートと、時間にさらされてザラザラした音色を帯びた声が、古いファンクやディスコのサンプルや生楽器を介して起こす化学反応ひとつをとってもエキサイティング極まりなかったのだが、ごくシンプルなフレーズを抜き出して反復させることでビートとの互換性を高め、彼は歌声からくるおしいエモーションをあぶりだす。「Find My Baby」では「日が暮れるまでに俺のベイビーを探し出すんだ」と、「Why Does My Heart Feel So Bad?」では「俺の心はなぜこんなにも痛むのか?」と繰り返し訴える100年前に生きた人々の言葉は、イマジネーションをかき立てて止まなかった。当時のアメリカで彼らはどんな人生を送っていたのだろうか?と。と同時に、100年後を生きている我々の苦しみや喜びも、本質的に変わらないんじゃないか?と。

 また、このようにしてモービーが、その両極に位置するサウンドで20世紀の始まりと終わりをつなぎ、時代を超えてエモーションを交錯させることに成功したのも、彼がその間に横たわる音楽全てに愛情を抱いていたからだと思うのだ。ジャズ、ポップ、現代音楽、ソウル、ロック、ディスコ......。曲はどれもごくシンプルな成り立ちなのに、ある意味100年分の音楽を凝縮したかのような重みがある。リリース当時、本作のヒットは異例的な現象と見做されたものだが、逆に、ティーン・ポップやニュー・メタルの全盛期にこういう音楽に逃避したくなったのは無理もない。何を隠そう筆者も、本作に避難所を求めたひとりだった。文字通りタイムレスで、エモーショナルで、美しく、暖かく、人恋しい音楽に。それに、人生経験はいつの時代も同じだと実感するのが、もしかしたら孤独感の究極の治療法なのかもしれない。
(新谷洋子)


【関連サイト】
MOBY
『プレイ』収録曲
01. Honey/02. Find My Baby/03. Porcelain/04. Why Does My Heart Feel So Bad?/05. South Side/06. Rushing/07. Bodyrock/08. Natural Blues/09. Machete/10. 7/11. Run On/12. Down Slow/13. If Things Were Perfect/14. Everloving/15. Inside/16. Guitar, Flute & String/17. The Sky Is Broken/18. My Weakness

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