音楽 POP/ROCK

プリファブ・スプラウト 『スティーヴ・マックイーン』

2014.01.21
プリファブ・スプラウト
『スティーヴ・マックイーン』
1985年作品


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 2013年、最新スタジオ・アルバムにあたる『クリムゾン/レッド』のリリースに際し、プリファブ・スプラウトの首謀者パディ・マクアルーンは、「『スティーヴ・マックイーン』を発表した時の僕は28歳で、今ちょうどその2倍の年だから、僕は28年おきにいいアルバムを作るんだ」と言ったそうだ。なんとも気の長い話で、ほかにも『ヨルダン:ザ・カムバック』(1990年)など傑作はあったと思うのだが、少なくとも『スティーヴ・マックイーン』(全英チャート最高21位)が最初の名盤だったというのはまぎれもない事実だろう。

 イングランド北東部のニューキャッスル郊外に位置するダラムにて、パディ(ヴォーカル/ギター/ピアノ)と弟のマーティン(ベース)を中心にバンドが結成されたのが、1977年頃。アルバム・デビューは1984年で、ファースト『スウーン』ですでに、後期ポスト・パンクのUKロック界でかなり異彩を放っていた。コードや拍子を切り替えて複雑な展開を見せるプリファブ・スプラウトの曲は、基本的にギターロックながらネオアコ勢などとは一線を画し、ジャズや70年代音楽の影響が濃厚。実際、パディは自分たちを「70年代的バンド」と表現してもいたが、彼が言う70年代音楽とは例えば、グラム〜ベルリン3部作時代のデヴィッド・ボウイだったり、スティーリー・ダンだったり、まさに凝り性の実験的アーティストたちを指す。ほかにもザ・ビートルズやシド・バレットを師と仰いで、ジョージ・ガーシュインやスティーヴン・ソンドハイムからバート・バカラックに至る「アメリカン・クラシック」と呼べそうな面々も敬愛し、この世代にしてはパンクの影響が非常に希薄な人で、ある意味、古典的ポップ・ミュージックを革新性でアップデートすることこそパディの関心事だったのだろう。

 もっとも70年代テイストは、バランスが崩れるとAORぽいベタな音になりがちで、サード『ラングレー・パークからの挨拶状』ではまさにそれが負の方向に少々傾いてしまった。その点『スティーヴ・マックイーン』は、プロデュースを手掛けたトーマス・ドルビーの手腕も手伝って、オーガニックなギターロックにエレクトロニックなキーボード・サウンドがナチュラルに融合され、洗練性と温もりが両立。マクアルーン兄弟にウェンディ・スミス(バッキング・ヴォーカル)とニール・コンティ(ドラムス)を交えた4人編成のプリファブ・スプラウトは、20世紀の様々な音楽の粋を独自の感性で消化した、珠玉のポップソング集を完成させている。『スウーン』以上にスティーリー・ダンに負う部分が多いだけに、1985年当時ゴスやエレポップ勢に傾倒していた筆者は、初めて聴いた時に激しい違和感を覚えたものだが、いつの間にやら、バンジョーの音を織り込んだカントリー仕立ての「ファロン・ヤング」に、幾度聴いても胸が締めつけられるブレイクアップ・ソング「ホエン・ラヴ・ブレイクス・ダウン」に、ガーシュイン的なジャズ風味の「ホーシン・アラウンド」に、すっかり夢中になっていた。そう、確かに複雑で不可解な曲ではあるものの、パディの歌声とメロディは人なつこくて、聴き手の手を握って曲の中に引き込み、行く先々で大きな驚きや美や哀しみを見せてくれたのだから。

 リリシストとしての彼も、やっぱり一筋縄ではゆかない人だ。ややこしいストーリーテリングに、愛や欲望といった極めて普遍的なテーマを潜める。殊に『スティーヴ・マックイーン』から浮かび上がる若い男性像は、自分の欲望に正直で、ゲームとして女性との駆け引きを楽しみ、少々身勝手で冷淡でさえあって、決して好感が持てるタイプじゃない。常にパディのそれに寄り添うウェンディの声は、時に彼をけしかけ、或いは疑問を投げかけて、絶妙なカウンター・バランスを提供する。が、他方でこの主人公の男性/パディがふと冷静になって、自分の過ちの大きさを悟った時の悔悟も、非常に深い。「グッドバイ・ルシール・No.1(ジョニー・ジョニー)」で「一度心臓が止まりそうな目に遭わないと人生を生きたことにならない/やり直しはきかないんだ」と歌う彼はまるで、人生の黄昏に青春時代を回想する男。若者と老人が同居しているかのような佇まいが、パディ独特のスタイルだった。

 そんな彼は今や、長い白髪を髭というインパクト大な容貌のせいで、まだ56歳なのにまさに老人然としている。もしくは「仙人」と言うべきか? 2000年代に入って難病の変性眼疾患と慢性の耳鳴りを患い、ミュージシャンとして大きな試練に直面しながらも、自分の症状に適応したレコーディング設備を自宅に整えて音楽作りに精力的に取り組み、事実上のソロ・プロジェクトとしてプリファブ・スプラウトを存続させている。本人の説を信じるならば、次の傑作は2041年。パディが84歳の時に生まれる計算になるが、30年前に始まった、パーフェクトなポップソングを探し求める旅には、それくらいの覚悟と忍耐力が必要なようだ。
(新谷洋子)


【関連サイト】
PREFAB SPROUT
PREFAB SPROUT『STEVE McQUEEN』(CD)
『スティーヴ・マックイーン』収録曲
01. ファロン・ヤング/02. ボニー/03. アペタイト/04. ホエン・ラヴ・ブレイクス・ダウン/05. グッドバイ・ルシール・No.1(ジョニー・ジョニー)/06. ハレルヤ/07. リヴァー/08. ホーシン・アラウンド/09. ディザイアー/10. ブルーベリー・パイ/11. エンジェル

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