ビキニ・キル 『プッシー・ホイップド』
2014.02.17
ビキニ・キル
『プッシー・ホイップド』
1993年作品
当時、男性主導のパンク・シーンで息苦しさを感じていた女性たちが、中絶権の制限といった保守化の動きにも触発され、パンクのDIY主義に則って「ガールズよ、ギターを手に取れ!」とアピール。性差別やセクシュアリティについて率直に自分の想いを表現し、イベントを企画して、ファンジンを作って情報を交換し、音楽だけでなくヴィジュアル・アートなども網羅して、お互いを支え合うコミュニティを形成していた。アングラとはいえロック史上最もラディカルだった、そんなフェミニスト・ムーヴメントの代表格が、現在はジュリー・ルインで活動を続けているカリスマ=キャスリーン・ハンナが率いる4人組、ビキニ・キルだ。同名のファンジンを作っていたキャスリーン(ヴォーカル)とトビー・ヴェイル(ドラムス)とキャシー・ウィルコックス(ベース)が、ビリー・カレン(ギター/男性メンバーもいた!)を交えて1990年にオリンピアにて結成。トビーがカート・コバーンと交際していたり、キャスリーンが『Smells Like Teen Spirit』というアルバム・タイトルの発案者であったり、ニルヴァーナ絡みの逸話に聞き覚えがある人も少なくないだろう。
そして、1993年にインディーのKill Rock Starsから登場したこちらのファースト・フル・アルバム『Pussy Whipped』が、ライオット・ガールの騎手として、4人のポジションを決定付けることになる。多数のグランジ系バンドとコラボしていた地元のプロデューサー=スチュアート・ハラーマンと録音したのは、1分半〜2分強の12曲。だから計25分にも満たず、プリミティヴなパンクロックで貫いているのだが、妙に愛嬌があるシンプルな楽曲に、自分たちの主張を明快に凝縮した辛辣な歌詞ーーという組み合わせの妙が、聴き手をグイっと引きつける。言葉を無駄にせず、開口一番「アンタに借りはない!」とすごむキャスリーンの、ガーリーなウィスパーから威嚇的な雄叫びまで変幻自在な歌声の説得力も、唯一無二。男の被害者妄想をせせら笑う「Lil Red」では「この長い爪はアンタの目を抉り出すためよ」なんてフレーズで身震いさせ、「Magnet」では「私はアンタの所有物じゃない」と淡々と繰り返し、相手に徹底的に叩き込む。
一方、「Sugar」と「Star Bellied Boy」のお題はセクシュアルなフラストレーションだ。前者では、常に男性のファンタジーを強要されることに業を煮やして「次は私の番でしょ」と切り返し、後者では「俺はほかのヤツらとは違う」と言って期待させた男にあっさり裏切られ......キャスリーンの絶望の叫びは刺激が強すぎるので、訳出せずにおこう。また、1分きっかりの「Starfish」ではタイトル通りに、再生能力の高いヒトデに譬えて「アンタが攻撃する度に私は10倍強くなる」と自分を奮起させる。とはいえ、男性を攻撃する独断的スローガンに終始することはなく、女性が抱えるふたつのパーソナリティに目を向けた「Alien She」なんかも興味深い。フェミニストである自分の中に、真っ赤な口紅を引いて可愛らしくしていたい「宇宙人」の存在を認めて、困惑しながらも受け入れる姿は、同性にとってかなり現実味があるんじゃないだろうか?
そしてクライマックスに配置されているのが、彼女たちの代表曲であり、ロック史に燦然と輝くフェミニスト・アンセム「Rebel Girl」。同性が憧れるライオット・ガールの理想像を描き、「彼女が口を開くと私には革命の音が聞こえる」と歌って、女性の友情や連帯心を讃える。ラスト、本作唯一のバラード「For Tammy Rae」のテーマも女性同士の絆で、ライオット・ガールのシーンで写真家や編集者として活躍したタミー・レイ・カーランドに、キャスリーンが捧げたラヴソングだ。彼女自身はストレートだが(夫君はビースティ・ボーイズのアダム・ホロヴィッツ)、ライオット・ガールは性的マイノリティに対する差別にも声を上げていたし、「Rebel Girl」然り、このように同性への憧れと恋心が入り混じる曲も不自然じゃなかったのである。
......と、そんなことばかり書いていると男性リスナーに敬遠されそうだけど、女性向けのアルバムというわけでは決してなく、抑圧する者VS抑圧される者という図式は、抵抗の音楽=ロックンロールの礎。4人が発する破天荒なエネルギーには誰だって興奮せずにいられないと思う。もちろんメッセージの数々も、20年を経てなお効力を失っていない。女性上位的な過激な表現は今や珍しくないものの、ここには、徹底的に自立にこだわった活動姿勢が裏打ちする、オーセンティシティがあり、後続のフェミニスト・ミュージシャンにとって、ビキニ・キルとライオット・ガールがひとつの理想であり続けていることは言うまでもない。もちろん、フェミニズムという言葉が必要じゃない世になっていれば、もっと良かったのだろうけど......。
【関連サイト】
bikinikill.com
『プッシー・ホイップド』
1993年作品
2013年の音楽界のキーワードのひとつは「フェミニスト」だったような気がする。片やザ・ナイフを始めとするオルタナティヴ勢が、先鋭的サウンドに乗せてジェンダー問題を論じ、ポップ界でもビヨンセにマイリー・サイラスにリリー・アレン......と大物スターたちがフェミストを標榜、或いはフェミニズムを語る作品を発表。まあ、こうも氾濫すると混乱も生じて、時にはアーティスト同士で「アンタがやってることはフェミニズムじゃない」と揶揄し合い、メディアでもその信憑性が盛んに議論されたものだ。フェミニズムは新しいマーケティング戦略なのか? 定義が曖昧になったのか? 時代と共に多様化したのか?と。その点、ライオット・ガール(「Riot Grrrl」と綴る)には曖昧さが一切なかった。そう、1990年代にアメリカ北西部のオリンピアとポートランドを中心に、グランジ/オルタナティヴ・ロックと同時期に起きた、パンクロック版フェミニズム・ムーヴメントだ。
当時、男性主導のパンク・シーンで息苦しさを感じていた女性たちが、中絶権の制限といった保守化の動きにも触発され、パンクのDIY主義に則って「ガールズよ、ギターを手に取れ!」とアピール。性差別やセクシュアリティについて率直に自分の想いを表現し、イベントを企画して、ファンジンを作って情報を交換し、音楽だけでなくヴィジュアル・アートなども網羅して、お互いを支え合うコミュニティを形成していた。アングラとはいえロック史上最もラディカルだった、そんなフェミニスト・ムーヴメントの代表格が、現在はジュリー・ルインで活動を続けているカリスマ=キャスリーン・ハンナが率いる4人組、ビキニ・キルだ。同名のファンジンを作っていたキャスリーン(ヴォーカル)とトビー・ヴェイル(ドラムス)とキャシー・ウィルコックス(ベース)が、ビリー・カレン(ギター/男性メンバーもいた!)を交えて1990年にオリンピアにて結成。トビーがカート・コバーンと交際していたり、キャスリーンが『Smells Like Teen Spirit』というアルバム・タイトルの発案者であったり、ニルヴァーナ絡みの逸話に聞き覚えがある人も少なくないだろう。
そして、1993年にインディーのKill Rock Starsから登場したこちらのファースト・フル・アルバム『Pussy Whipped』が、ライオット・ガールの騎手として、4人のポジションを決定付けることになる。多数のグランジ系バンドとコラボしていた地元のプロデューサー=スチュアート・ハラーマンと録音したのは、1分半〜2分強の12曲。だから計25分にも満たず、プリミティヴなパンクロックで貫いているのだが、妙に愛嬌があるシンプルな楽曲に、自分たちの主張を明快に凝縮した辛辣な歌詞ーーという組み合わせの妙が、聴き手をグイっと引きつける。言葉を無駄にせず、開口一番「アンタに借りはない!」とすごむキャスリーンの、ガーリーなウィスパーから威嚇的な雄叫びまで変幻自在な歌声の説得力も、唯一無二。男の被害者妄想をせせら笑う「Lil Red」では「この長い爪はアンタの目を抉り出すためよ」なんてフレーズで身震いさせ、「Magnet」では「私はアンタの所有物じゃない」と淡々と繰り返し、相手に徹底的に叩き込む。
一方、「Sugar」と「Star Bellied Boy」のお題はセクシュアルなフラストレーションだ。前者では、常に男性のファンタジーを強要されることに業を煮やして「次は私の番でしょ」と切り返し、後者では「俺はほかのヤツらとは違う」と言って期待させた男にあっさり裏切られ......キャスリーンの絶望の叫びは刺激が強すぎるので、訳出せずにおこう。また、1分きっかりの「Starfish」ではタイトル通りに、再生能力の高いヒトデに譬えて「アンタが攻撃する度に私は10倍強くなる」と自分を奮起させる。とはいえ、男性を攻撃する独断的スローガンに終始することはなく、女性が抱えるふたつのパーソナリティに目を向けた「Alien She」なんかも興味深い。フェミニストである自分の中に、真っ赤な口紅を引いて可愛らしくしていたい「宇宙人」の存在を認めて、困惑しながらも受け入れる姿は、同性にとってかなり現実味があるんじゃないだろうか?
そしてクライマックスに配置されているのが、彼女たちの代表曲であり、ロック史に燦然と輝くフェミニスト・アンセム「Rebel Girl」。同性が憧れるライオット・ガールの理想像を描き、「彼女が口を開くと私には革命の音が聞こえる」と歌って、女性の友情や連帯心を讃える。ラスト、本作唯一のバラード「For Tammy Rae」のテーマも女性同士の絆で、ライオット・ガールのシーンで写真家や編集者として活躍したタミー・レイ・カーランドに、キャスリーンが捧げたラヴソングだ。彼女自身はストレートだが(夫君はビースティ・ボーイズのアダム・ホロヴィッツ)、ライオット・ガールは性的マイノリティに対する差別にも声を上げていたし、「Rebel Girl」然り、このように同性への憧れと恋心が入り混じる曲も不自然じゃなかったのである。
......と、そんなことばかり書いていると男性リスナーに敬遠されそうだけど、女性向けのアルバムというわけでは決してなく、抑圧する者VS抑圧される者という図式は、抵抗の音楽=ロックンロールの礎。4人が発する破天荒なエネルギーには誰だって興奮せずにいられないと思う。もちろんメッセージの数々も、20年を経てなお効力を失っていない。女性上位的な過激な表現は今や珍しくないものの、ここには、徹底的に自立にこだわった活動姿勢が裏打ちする、オーセンティシティがあり、後続のフェミニスト・ミュージシャンにとって、ビキニ・キルとライオット・ガールがひとつの理想であり続けていることは言うまでもない。もちろん、フェミニズムという言葉が必要じゃない世になっていれば、もっと良かったのだろうけど......。
(新谷洋子)
【関連サイト】
bikinikill.com
『プッシー・ホイップド』収録曲
01. Blood One/02. Alien She/03. Magnet/04. Speed Heart/05. Lil Red/06. Tell Me So/07. Sugar/08. Star Bellied Boy/09. Hamster Baby/10. Rebel Girl/11. Star Fish/12. For Tammy Rae
01. Blood One/02. Alien She/03. Magnet/04. Speed Heart/05. Lil Red/06. Tell Me So/07. Sugar/08. Star Bellied Boy/09. Hamster Baby/10. Rebel Girl/11. Star Fish/12. For Tammy Rae
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