INXS 『ホエアエヴァー・ユー・アー』
2014.03.22
INXS
『ホエアエヴァー・ユー・アー』
1992年作品
数ある傑作の中からどれを名盤としようかと、順番にアルバムを聴き直しているうちに、ふと、同じ1980年にデビューしたU2と実に共通項が多いことに気付いた。1977年にシドニーにてマイケル・ハッチェンス(ヴォーカル/1997年に死去)、アンドリュー・ファリス(キーボード)、ティム・ファリス(ギター)、ジョン・ファリス(ドラムス)、ギャリー・ゲイリー・ビアーズ(べース)、カーク・ペンギリー(サックス&ギター)が結成したINXSは、ポストパンク的な音を鳴らしながら試行錯誤を重ね、英米圏外出身ながらスタジアム級のバンドに成長。80年代育ちのロックファンにとってU2がアイルランドの象徴だったように、彼らはオーストラリアの象徴であり、5作目『リッスン・ライク・シーヴズ』(1985年)がU2の『焔』だとしたら、『Kick』(1987年)は『ヨシュア・トゥリー』で、『X』(1990年)は『魂の叫び』。そして1992年の転機のアルバム『ホエアエヴァー・ユー・アー』(原題:Welcome to Wherever You Are)は間違いなく、INXSにとっての『アクトン・ベイビー』と位置付けるべき重要作品だった。
そんなわけで今回はこの8作目に白羽の矢を立てたのだが、まずは当時の彼らを取り巻く状況を整理しておきたい。この時点で世界制覇を実現し、1991年にロンドンのウェンブリー・スタジアム公演を敢行。キャリアの頂点に立っていたINXSは、90年代の到来を受けてどう動くべきなのか、選択を迫られていた。同じことを続けるわけにはいかないと感じでいたのだろう、それまで3作品でコラボしたクリス・トーマスに代わって、初期の傑作『シャブー・シュバー』(1982年)を手掛けた同郷のベテラン=マーク・オピッツを再びプロデューサーに起用。専らライヴ・バンドとして評価を固めた彼らは、初めてスタジオで積極的に実験し、すっかり定着していたINXS節ーータイトなリズム・セクションと、オーストラリアのパブ・ロック直系のギターリフで鳴らす、アンセミックなファンク・ロック(?)ーーの解体に取りかかった。メイン・ソングライターだったアンドリューとマイケルは、他のメンバーをシャットアウトしてスピーディーに曲を書き上げ、全員で思いつくままにエフェクトやサンプルやエレクトロニック・ノイズを織り交ぜて、ダンス・ミュージックやヒップホップからリズムを引用し、アレンジを練ると、一気に全曲を録音。それだけに、詞の題材こそ社会風刺あり内省あり様々だが、ひとつの太い流れに全編が貫かれ、型にとらわれぬ凝った音作りを楽しんでいる。
そう、メンバーが登場しないジャケからして異彩を放っていたし、『Kick』や『X』の延長にある曲は、先行シングルの「Heaven Sent」のみ。シタールを用いたインド風のイントロ「Questions」に始まり、アシッドハウス系のビートにブルージーなハーモニカをミスマッチさせた「Taste It」からINXS流ディスコの「Strange Desire」に至るまで、同じ「ファンキー」でもグっと硬質で軽やかな表現を追求。また、テンポを落とした曲も秀逸だ。「Not Enough Time」は、(のちにソロでブレイクする)デニ・ハインズのコーラスも相俟ってソウルフルでゴスペルっぽい感触に仕上がっており、セカンド・シングル「Baby Don't Cry」はフル・オーケストラとクワイアを従えてライヴ録音し、子守歌のような曲を壮大にスケールアップ。以前よりリラックスして抑制を効かせたマイケルの歌声も新鮮で、アコースティックに寄った「Beautiful Girl」ではルー・リードを想起させなくもない。
そして終盤にさしかかるとさらに自由度が増し、半ばインプロじゃないかと察せられる「Wishing Well」のセンシュアルなグルーヴに揺られたのち、「トム・ウェイツ meets ニコ」と評したい映画的ムードを醸す「Men and Women」で、余韻たっぷりのフィナーレを迎えるのだ。
そんな本作はヨーロッパでは高く評価され、全英チャートで初の首位を獲得したにもかかわらず、アメリカでは最高16位に終わっている。しかも、この作品をスタジオワークの産物と見做した彼らはツアーも行なわず、間髪入れずに同じく実験性の高い9作目『Full Moon, Dirty Heart』に着手。ちょうどグランジの波が押し寄せた1992年のアメリカでは、歪んだギターの洪水の中で少々異質に響いたんだろうが、だからこそ、今こうして距離を置いて客観的に眺めると、アルバムの真価が分かるような気がするのだ。
ちなみにU2のボノとマイケルは同い年で非常に親しい間柄にあり、マイケルの遺作となった、自身の名前を冠したソロ・アルバム(1999年)でデュエットも披露。片や、U2の名曲「Stuck in a Moment You Can't Get Out of」(2000年)は、ボノが亡き友に捧げた鎮魂歌だった。「僕は今も君がもたらしてくれた光に魅せられている」と。もしマイケルが生きていたら、一緒に年をとっていいライバルになっていたに違いない。
【関連サイト】
INXS
『ホエアエヴァー・ユー・アー』
1992年作品
今月はINXSにしよう。そう決めるまでは早かった。その理由? さる2014年2月に地元オーストラリアのテレビで彼らを題材にした長編ドラマ『Never Tear Us Apart』が放映されたことを機に、全豪アルバム・チャートに返り咲いて、1・2位を独占。何かと話題になっているのである。
数ある傑作の中からどれを名盤としようかと、順番にアルバムを聴き直しているうちに、ふと、同じ1980年にデビューしたU2と実に共通項が多いことに気付いた。1977年にシドニーにてマイケル・ハッチェンス(ヴォーカル/1997年に死去)、アンドリュー・ファリス(キーボード)、ティム・ファリス(ギター)、ジョン・ファリス(ドラムス)、ギャリー・ゲイリー・ビアーズ(べース)、カーク・ペンギリー(サックス&ギター)が結成したINXSは、ポストパンク的な音を鳴らしながら試行錯誤を重ね、英米圏外出身ながらスタジアム級のバンドに成長。80年代育ちのロックファンにとってU2がアイルランドの象徴だったように、彼らはオーストラリアの象徴であり、5作目『リッスン・ライク・シーヴズ』(1985年)がU2の『焔』だとしたら、『Kick』(1987年)は『ヨシュア・トゥリー』で、『X』(1990年)は『魂の叫び』。そして1992年の転機のアルバム『ホエアエヴァー・ユー・アー』(原題:Welcome to Wherever You Are)は間違いなく、INXSにとっての『アクトン・ベイビー』と位置付けるべき重要作品だった。
そんなわけで今回はこの8作目に白羽の矢を立てたのだが、まずは当時の彼らを取り巻く状況を整理しておきたい。この時点で世界制覇を実現し、1991年にロンドンのウェンブリー・スタジアム公演を敢行。キャリアの頂点に立っていたINXSは、90年代の到来を受けてどう動くべきなのか、選択を迫られていた。同じことを続けるわけにはいかないと感じでいたのだろう、それまで3作品でコラボしたクリス・トーマスに代わって、初期の傑作『シャブー・シュバー』(1982年)を手掛けた同郷のベテラン=マーク・オピッツを再びプロデューサーに起用。専らライヴ・バンドとして評価を固めた彼らは、初めてスタジオで積極的に実験し、すっかり定着していたINXS節ーータイトなリズム・セクションと、オーストラリアのパブ・ロック直系のギターリフで鳴らす、アンセミックなファンク・ロック(?)ーーの解体に取りかかった。メイン・ソングライターだったアンドリューとマイケルは、他のメンバーをシャットアウトしてスピーディーに曲を書き上げ、全員で思いつくままにエフェクトやサンプルやエレクトロニック・ノイズを織り交ぜて、ダンス・ミュージックやヒップホップからリズムを引用し、アレンジを練ると、一気に全曲を録音。それだけに、詞の題材こそ社会風刺あり内省あり様々だが、ひとつの太い流れに全編が貫かれ、型にとらわれぬ凝った音作りを楽しんでいる。
そう、メンバーが登場しないジャケからして異彩を放っていたし、『Kick』や『X』の延長にある曲は、先行シングルの「Heaven Sent」のみ。シタールを用いたインド風のイントロ「Questions」に始まり、アシッドハウス系のビートにブルージーなハーモニカをミスマッチさせた「Taste It」からINXS流ディスコの「Strange Desire」に至るまで、同じ「ファンキー」でもグっと硬質で軽やかな表現を追求。また、テンポを落とした曲も秀逸だ。「Not Enough Time」は、(のちにソロでブレイクする)デニ・ハインズのコーラスも相俟ってソウルフルでゴスペルっぽい感触に仕上がっており、セカンド・シングル「Baby Don't Cry」はフル・オーケストラとクワイアを従えてライヴ録音し、子守歌のような曲を壮大にスケールアップ。以前よりリラックスして抑制を効かせたマイケルの歌声も新鮮で、アコースティックに寄った「Beautiful Girl」ではルー・リードを想起させなくもない。
そして終盤にさしかかるとさらに自由度が増し、半ばインプロじゃないかと察せられる「Wishing Well」のセンシュアルなグルーヴに揺られたのち、「トム・ウェイツ meets ニコ」と評したい映画的ムードを醸す「Men and Women」で、余韻たっぷりのフィナーレを迎えるのだ。
そんな本作はヨーロッパでは高く評価され、全英チャートで初の首位を獲得したにもかかわらず、アメリカでは最高16位に終わっている。しかも、この作品をスタジオワークの産物と見做した彼らはツアーも行なわず、間髪入れずに同じく実験性の高い9作目『Full Moon, Dirty Heart』に着手。ちょうどグランジの波が押し寄せた1992年のアメリカでは、歪んだギターの洪水の中で少々異質に響いたんだろうが、だからこそ、今こうして距離を置いて客観的に眺めると、アルバムの真価が分かるような気がするのだ。
ちなみにU2のボノとマイケルは同い年で非常に親しい間柄にあり、マイケルの遺作となった、自身の名前を冠したソロ・アルバム(1999年)でデュエットも披露。片や、U2の名曲「Stuck in a Moment You Can't Get Out of」(2000年)は、ボノが亡き友に捧げた鎮魂歌だった。「僕は今も君がもたらしてくれた光に魅せられている」と。もしマイケルが生きていたら、一緒に年をとっていいライバルになっていたに違いない。
(新谷洋子)
【関連サイト】
INXS
『ホエアエヴァー・ユー・アー』収録曲
01. Questions/02. Heaven Sent/03. Communication/04. Taste It/05. Not Enough Time/06. All Around/07. Baby Don't Cry/08. Beautiful Girl/09. Wishing Well/10. Back on Line/11. Strange Desire/12. Men and Women
01. Questions/02. Heaven Sent/03. Communication/04. Taste It/05. Not Enough Time/06. All Around/07. Baby Don't Cry/08. Beautiful Girl/09. Wishing Well/10. Back on Line/11. Strange Desire/12. Men and Women
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