ブラー 『パークライフ』
2014.04.16
ブラー
『パークライフ』
1994年作品
まあ要は、スウェードの出現が風向きの変化を仄めかし、『パークライフ』で名実共にギアが完全に切り替わったということなのだが、そもそも1990年代初めの英国では、ロックは死に体と言える状態にあった。そこに米国から到来したグランジが英国で大きな注目を浴びたのも、ロックへの飢えが関係しているのだろう。が、共感できる部分はあってもグランジは異なる社会背景のもとに生まれた音楽であり、英国の若者の生活には根差していないし、「これでいいのか」とミュージシャンたちは徐々に反感を募らせてゆく。
ブラーもそうだった。彼らはニルヴァーナの『ネヴァーマインド』が大ヒットしていた1992年春に2度目の全米ツアーを行なったのだが、前回のツアーは盛況だったのにこの時はどこでも閑古鳥が鳴き、散々な目に遭って帰国したら地元もニルヴァーナ一色......。俄然反骨心にスイッチが入って、英国人としてのアイデンティティを見つめ直すことになる。その最初の果実だったセカンド『モダン・ライフ・イズ・ラビッシュ』はまだ時期尚早だったようで、セールス的に苦戦したものの、さらに英国流を追求した『パークライフ』に至って機は熟し、彼らは大歓迎を受ける。
何しろジャケットからして英国ならではのドッグレースのシーンを写し出し、プロデューサーのスティーヴン・ストリートはザ・スミスとの仕事で頭角を現し、ブリティッシュな美意識で作品を貫いている人。インスピレーション源は、20世紀末のロンドンを舞台にしたマーティン・エイミス著の風刺的ミステリー小説『London Fields』、ミュージック・ホール文化(19世紀から20世紀半ばの英国で庶民に愛された大衆芸能で、演劇と歌とコメディのミクスチュア)、ザ・キンクスやザ・クラッシュなどなど。そこから生まれたのが、レトロでシアトリカルな趣のサウンドをパンクやニューウェイヴで味付けし、英国ならではの事象や場所にまつわる語彙を駆使して、隅々までブリティッシュな匂いで満たしたショート・ストーリー集だった。ブラーにとって初のトップ5ヒットになった冒頭の「ガールズ&ボーイズ」は、夏になると南欧のビーチに押しかける若者たちの享楽ライフを、「バンク・ホリデー」は長閑なようで不穏な国民の休日(=bank holiday)を描写し、表題曲では映画『さらば青春の光』などで知られる俳優フィル・ダニエルズが、朝のハイド・パークの情景をコックニー訛りでラップ。「ディス・イズ・ア・ロウ」のモチーフは、BBCラジオの船舶向け海上予報だった。そして、ある日突如キレて暴走する「トレイシー・ジャックス」のマジメな公務員、ブタンガスを吸いながらゲームとTVをお供に引きこもる「ジュビリー」の少年、ドーバーの白い崖の上で身を投げようか否かと逡巡する男など、各曲を彩るキャラクターも好奇心をそそって止まない。
そんな中で唯一米国に視線を投げかける「マジック・アメリカ」はさすが皮肉満々なのだが、かといってヴォーカルのデーモン・アルバーンが綴る詞は単なる自画自賛じゃない。そこには自嘲と誇りが、ドライでユーモラスな風刺と、実体験に基づいた真摯な感情が入り混じっていて、その絶妙なバランス感こそが本作の魅力。こんなクレイジーな人々が暮らす、壊れかけた古ぼけた国なんだけど、それが自分たちを形作ったんだーーというような、彼らの思い入れが伝わってくる。
結果的にアルバムは大ヒットを博してブラーは国民的バンドの座に就き、ユニオンジャックをはためかせたバンド群が続々彼らのあとを追って、地元のギターバンドがメインストリームを席巻。結局のところ、グランジが米国で成し遂げたのと同じことを、ブリットポップは英国で達成したというわけだ。でもこれまたグランジと同様にブリットポップは長続きせず、ブラーが自ら終止符を打ったとも言われている。次の『ザ・グレイト・エスケープ』でいわゆる〈ブリットポップ3部作〉を完結させた彼らは、1997年発表の5枚目『ブラー』で米国のインディロックにヒントを求めて新境地を開拓し、満を持して全米ブレイクも実現。このように実験して変化し続けること、名曲を作り続けることで、彼らは長いキャリアを築いたのである。
ただ、デーモンはその後も英国とロンドンを歌うことをやめてはいない。彼がザ・クラッシュのポール・シムノンらと結成したバンド=ザ・グッド、ザ・バッド・アンド・ザ・クイーンはマルチ・カルチュラルな現代のロンドンを描き、2011年に初演されたオペラ作品『ドクター・ディー』の題材はエリザベス1世の顧問だった科学者ジョン・ディー。現時点でのブラーの最新シングル「アンダー・ザ・ウェストウェイ」も、五輪開催に際してロンドンに捧げた曲だった。美しくもメランコリックなこのバラードは間違いなく本作の延長上にあり、21世紀の『パークライフ』と位置付けることも可能なのかもしれない。
【関連サイト】
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blur 『PARKLIFE』(CD)
『パークライフ』
1994年作品
音楽ムーヴメントの起点を定めるのは得てして難しいもの。1990年代英国のブリットポップがいつ始まったのかという議論も様々ある。中でも有力なふたつの説のうち、ひとつは1992年5月のスウェードのデビュー。そしてもうひとつが、1994年4月の、ブラーの傑作サード『パークライフ』のリリースだ。つまり後者をとるなら今年はちょうど20周年にあたる。
まあ要は、スウェードの出現が風向きの変化を仄めかし、『パークライフ』で名実共にギアが完全に切り替わったということなのだが、そもそも1990年代初めの英国では、ロックは死に体と言える状態にあった。そこに米国から到来したグランジが英国で大きな注目を浴びたのも、ロックへの飢えが関係しているのだろう。が、共感できる部分はあってもグランジは異なる社会背景のもとに生まれた音楽であり、英国の若者の生活には根差していないし、「これでいいのか」とミュージシャンたちは徐々に反感を募らせてゆく。
ブラーもそうだった。彼らはニルヴァーナの『ネヴァーマインド』が大ヒットしていた1992年春に2度目の全米ツアーを行なったのだが、前回のツアーは盛況だったのにこの時はどこでも閑古鳥が鳴き、散々な目に遭って帰国したら地元もニルヴァーナ一色......。俄然反骨心にスイッチが入って、英国人としてのアイデンティティを見つめ直すことになる。その最初の果実だったセカンド『モダン・ライフ・イズ・ラビッシュ』はまだ時期尚早だったようで、セールス的に苦戦したものの、さらに英国流を追求した『パークライフ』に至って機は熟し、彼らは大歓迎を受ける。
何しろジャケットからして英国ならではのドッグレースのシーンを写し出し、プロデューサーのスティーヴン・ストリートはザ・スミスとの仕事で頭角を現し、ブリティッシュな美意識で作品を貫いている人。インスピレーション源は、20世紀末のロンドンを舞台にしたマーティン・エイミス著の風刺的ミステリー小説『London Fields』、ミュージック・ホール文化(19世紀から20世紀半ばの英国で庶民に愛された大衆芸能で、演劇と歌とコメディのミクスチュア)、ザ・キンクスやザ・クラッシュなどなど。そこから生まれたのが、レトロでシアトリカルな趣のサウンドをパンクやニューウェイヴで味付けし、英国ならではの事象や場所にまつわる語彙を駆使して、隅々までブリティッシュな匂いで満たしたショート・ストーリー集だった。ブラーにとって初のトップ5ヒットになった冒頭の「ガールズ&ボーイズ」は、夏になると南欧のビーチに押しかける若者たちの享楽ライフを、「バンク・ホリデー」は長閑なようで不穏な国民の休日(=bank holiday)を描写し、表題曲では映画『さらば青春の光』などで知られる俳優フィル・ダニエルズが、朝のハイド・パークの情景をコックニー訛りでラップ。「ディス・イズ・ア・ロウ」のモチーフは、BBCラジオの船舶向け海上予報だった。そして、ある日突如キレて暴走する「トレイシー・ジャックス」のマジメな公務員、ブタンガスを吸いながらゲームとTVをお供に引きこもる「ジュビリー」の少年、ドーバーの白い崖の上で身を投げようか否かと逡巡する男など、各曲を彩るキャラクターも好奇心をそそって止まない。
そんな中で唯一米国に視線を投げかける「マジック・アメリカ」はさすが皮肉満々なのだが、かといってヴォーカルのデーモン・アルバーンが綴る詞は単なる自画自賛じゃない。そこには自嘲と誇りが、ドライでユーモラスな風刺と、実体験に基づいた真摯な感情が入り混じっていて、その絶妙なバランス感こそが本作の魅力。こんなクレイジーな人々が暮らす、壊れかけた古ぼけた国なんだけど、それが自分たちを形作ったんだーーというような、彼らの思い入れが伝わってくる。
結果的にアルバムは大ヒットを博してブラーは国民的バンドの座に就き、ユニオンジャックをはためかせたバンド群が続々彼らのあとを追って、地元のギターバンドがメインストリームを席巻。結局のところ、グランジが米国で成し遂げたのと同じことを、ブリットポップは英国で達成したというわけだ。でもこれまたグランジと同様にブリットポップは長続きせず、ブラーが自ら終止符を打ったとも言われている。次の『ザ・グレイト・エスケープ』でいわゆる〈ブリットポップ3部作〉を完結させた彼らは、1997年発表の5枚目『ブラー』で米国のインディロックにヒントを求めて新境地を開拓し、満を持して全米ブレイクも実現。このように実験して変化し続けること、名曲を作り続けることで、彼らは長いキャリアを築いたのである。
ただ、デーモンはその後も英国とロンドンを歌うことをやめてはいない。彼がザ・クラッシュのポール・シムノンらと結成したバンド=ザ・グッド、ザ・バッド・アンド・ザ・クイーンはマルチ・カルチュラルな現代のロンドンを描き、2011年に初演されたオペラ作品『ドクター・ディー』の題材はエリザベス1世の顧問だった科学者ジョン・ディー。現時点でのブラーの最新シングル「アンダー・ザ・ウェストウェイ」も、五輪開催に際してロンドンに捧げた曲だった。美しくもメランコリックなこのバラードは間違いなく本作の延長上にあり、21世紀の『パークライフ』と位置付けることも可能なのかもしれない。
(新谷洋子)
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blur 『PARKLIFE』(CD)
『パークライフ』収録曲
01. ガールズ&ボーイズ/02. トレイシー・ジャックス/03. エンド・オブ・ア・センチュリー/04. パーク・ライフ/05. バンク・ホリデー/06. バッド・ヘッド/07. ザ・デッド・コレクター/08. ファー・アウト/09. トゥー・ジ・エンド/10. ロンドン・ラヴス/11. トラブル・イン・ザ・メッセージ・センター/12. クローヴァー・オーヴァー・ドーヴァー/13. マジック・アメリカ/14. ジュビリー/15. ディス・イズ・ア・ロウ/16. ロット105
01. ガールズ&ボーイズ/02. トレイシー・ジャックス/03. エンド・オブ・ア・センチュリー/04. パーク・ライフ/05. バンク・ホリデー/06. バッド・ヘッド/07. ザ・デッド・コレクター/08. ファー・アウト/09. トゥー・ジ・エンド/10. ロンドン・ラヴス/11. トラブル・イン・ザ・メッセージ・センター/12. クローヴァー・オーヴァー・ドーヴァー/13. マジック・アメリカ/14. ジュビリー/15. ディス・イズ・ア・ロウ/16. ロット105
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