モリッシー 『ヴォックスオール・アンド・アイ』
2014.05.29
モリッシー
『ヴォックスオール・アンド・アイ』
1994年作品
じゃあ『ヴォックスオール・アンド・アイ』はなぜ復活のアルバムだったのか? 理由を説明するには、1992年に登場した3rdアルバム『ユア・アーセナル』を振り返る必要がある。同作は紛れもない傑作の一枚だったものの、収録曲のひとつで、右翼的思想に傾く人々を描く「ザ・ナショナル・フロント・ディスコ」(National Frontは英国の極右組織の名前)を発端に大きなトラブルが持ち上がったのは、リリースからまだ間もない頃だ。その後さらにユニオンジャックを手にしてステージに立ったことなどを証拠として、『NME』誌は、モリッシー自身が右翼シンパかつ人種差別主義者であると糾弾し始めたのである。他のメディアもこれに同調し、人間としての品性を傷つけられてしまった彼は、気の毒にもちょうど同じ頃に、『ユア・アーセナル』をプロデュースしたミック・ロンソンや当時のマネージャーなど親しい人々を次々に亡くし、孤立無援の状態にあった。
さすがに落ち込んで一時は自宅に引きこもっていたそうだが、フラストレーションをエネルギーにして、モリッシーは前作に勝る素晴らしいアルバムを完成。『ヴォックスオール・アンド・アイ』は3作品ぶりにUKチャートの頂点に立ち(マライア・キャリーのファーストの1位独走を阻んだのだから大したもの)、アメリカでは、この人ならではのネジれたラヴソング「ザ・モア・ユー・イグノア・ミー、ザ・クローサー・アイ・ゲット」がシングル・チャートで最高46位まで上がり、アルバムもトップ20に入ってキャリア最大の成功を収めるのだ。音楽的にも、暗黒の数年間と訣別するようにして路線を変更し、曲作りのパートナーは盟友ボズ・ブーラーとアラン・ホワイトが引き続き務めているが、プロデューサーにはU2らとのコラボで有名なスティーヴ・リリーホワイトを起用。ジギー・スターダスト時代のデヴィッド・ボウイを支えたミックのプロデュースとあって、グラムロックやロカビリーの要素を多分に含んでいた『ユア・アーセナル』に対し、主にミッドテンポ〜バラードで構成された本作でのスティーヴは、丁寧に作り込んだ繊細なサウンドスケープで美しいメロディを強調。挑発するよりも内省に耽るモリッシーのメランコリックな歌の世界に、時に抑制を効かせ、時にドラマ性を最大限に引き出すようにして、絶妙な演出を施した。
そう、収められた曲の大半は当然のごとく、常に攻撃対象になってしまう自分を嘆き、メディアや音楽業界への不信感を露わにした曲(「ホワイ・ドント・ユー・ファインド・アウト・フォー・ユアセルフ」や「アイ・アム・ヘイテッド・フォー・ラヴィング」ほか)、或いは、親友を相次いで亡くした彼が友情の意味を改めて見つめる曲(「ホールド・オン・トゥ・ユア・フレンズ」、「ビリー・バッド」ほか)。いずれも、孤独感や疎外感というモリッシーにとって定番的なテーマを扱っているが、かつてなくフランクに、寛容さや包容力やぬくもりをもって論じているのが、大きな特徴だ。「ライフガード・スリーピング、ガール・ドラウニング」の、海水浴場の救護員が寝ている間に溺れてしまう孤独な女の子の物語すら、一種ピースフルな空気に包まれ、モリッシーならではのユーモアも健在。「返済できない借金みたいに僕は君の心にまとわりつく」(「ザ・モア・ユー・イグノア〜」)だなんて愛の告白、ほかの誰にできよう?
そしてラストは、スティーヴがスタジオに持ち込んだチェーンソーの爆音が響き渡る「スピードウェイ」。一昨年前の日本ツアーでも、ほぼ毎晩聴かせてくれた名曲である。自分に向けられた批判が、ある程度自業自得だと率直に認めると同時に、「絶望させようとしても無駄さ、僕の中に壊れていないものはもう残っていないから」と自嘲的に歌うモリッシー。「僕は常に君に対して誠実だったし(=true to you)、これからも誠実であり続けるだろう」と、忠誠を誓って締め括る。「君」は特定の人物なのか、社会全般なのか、はたまた自分自身なのか、知る由もないが、白旗を揚げるどころか、「自分はこういう人間」と受け入れて「理解されるまで歌い続けるのみ」と言わんばかりの、不屈の精神を伝えるアルバムだ。
ちなみにその「True To You」は、彼の事実上の公式ウェブサイトの名前でもある。元を正せばひとりのファンが1994年に趣味で始めたサイトでありながら、モリッシーはやがて「True To You」を介して声明を出すようになり、長らくファンと彼をつなぐ命綱の役割を果たしてきた。というのも、90年代後半には次なるトラブルが浮上。ザ・スミスの元メンバーが起こしていたロイヤリティ分配を巡る裁判が最高裁で争われ、モリッシー側が全面敗訴。所属レーベルとももめた彼は、レーベルもマネージャーも失って、逃げるようにアメリカに移住するのだ。
そして2004年、5年近い半隠遁生活を経て、7作目『ユー・アー・ザ・クワーリー』で鼻息荒く表舞台に戻ってくると、自分の影響下にある世代がロック・シーンを牽引し、再評価の声が高まっていた中で同作は大ヒットを記録。共にソリッドな8枚目『リングリーダー・オブ・ザ・トーメンターズ』(2006年)と9枚目『イヤーズ・オブ・リフューザル』(2009年)でダメ押しし、ようやく安定期に入ったかと思われたのだが、『ユー・アー・ザ・クワーリー』と『イヤーズ・オブ・リフューザル』をプロデュースしたジェリー・フィンが急死し、またもやレーベルとも決裂して10年前と似た状況に陥り、踏んだり蹴ったり......。
それでもツアーを細々と続けてファンに支えられてきた彼の、ドン底からの逆襲(!)が始まったのは2013年10月だった。待望の自伝『Autobiography』が出版されメディアの絶賛を浴びると共に、ミュージシャンの伝記本としては破格のヒットを記録。現代英国のアイコンとして再認識されて、めでたく新たに大手レーベルと契約し、6月初めの『ヴォックスオール・アンド・アイ』の再発に続いて、7月に新作『World Peace is None of Your Business』を発表する。他に例のないリバウンド力を備えているとはいえ、彼も今年で55歳。今度こそ安泰の10年を送ってもらいたい。
【関連サイト】
True To You(true-to-you.net)
MORRISSEY(CD)
『ヴォックスオール・アンド・アイ』
1994年作品
モリッシーは「4」が付く年に復活する。それはもはや否定しがたい事実だ。そもそも、彼がフロントマンを務めたザ・スミスがデビュー・アルバム『ザ・スミス』を発表した年からして1984年だったわけだが、それから10年が経った1994年には、バンドはとっくに解散済み。間髪入れずにソロに転向していたモリッシーは4枚目のアルバム『ヴォックスオール・アンド・アイ』を送り出そうとしていた。
じゃあ『ヴォックスオール・アンド・アイ』はなぜ復活のアルバムだったのか? 理由を説明するには、1992年に登場した3rdアルバム『ユア・アーセナル』を振り返る必要がある。同作は紛れもない傑作の一枚だったものの、収録曲のひとつで、右翼的思想に傾く人々を描く「ザ・ナショナル・フロント・ディスコ」(National Frontは英国の極右組織の名前)を発端に大きなトラブルが持ち上がったのは、リリースからまだ間もない頃だ。その後さらにユニオンジャックを手にしてステージに立ったことなどを証拠として、『NME』誌は、モリッシー自身が右翼シンパかつ人種差別主義者であると糾弾し始めたのである。他のメディアもこれに同調し、人間としての品性を傷つけられてしまった彼は、気の毒にもちょうど同じ頃に、『ユア・アーセナル』をプロデュースしたミック・ロンソンや当時のマネージャーなど親しい人々を次々に亡くし、孤立無援の状態にあった。
さすがに落ち込んで一時は自宅に引きこもっていたそうだが、フラストレーションをエネルギーにして、モリッシーは前作に勝る素晴らしいアルバムを完成。『ヴォックスオール・アンド・アイ』は3作品ぶりにUKチャートの頂点に立ち(マライア・キャリーのファーストの1位独走を阻んだのだから大したもの)、アメリカでは、この人ならではのネジれたラヴソング「ザ・モア・ユー・イグノア・ミー、ザ・クローサー・アイ・ゲット」がシングル・チャートで最高46位まで上がり、アルバムもトップ20に入ってキャリア最大の成功を収めるのだ。音楽的にも、暗黒の数年間と訣別するようにして路線を変更し、曲作りのパートナーは盟友ボズ・ブーラーとアラン・ホワイトが引き続き務めているが、プロデューサーにはU2らとのコラボで有名なスティーヴ・リリーホワイトを起用。ジギー・スターダスト時代のデヴィッド・ボウイを支えたミックのプロデュースとあって、グラムロックやロカビリーの要素を多分に含んでいた『ユア・アーセナル』に対し、主にミッドテンポ〜バラードで構成された本作でのスティーヴは、丁寧に作り込んだ繊細なサウンドスケープで美しいメロディを強調。挑発するよりも内省に耽るモリッシーのメランコリックな歌の世界に、時に抑制を効かせ、時にドラマ性を最大限に引き出すようにして、絶妙な演出を施した。
そう、収められた曲の大半は当然のごとく、常に攻撃対象になってしまう自分を嘆き、メディアや音楽業界への不信感を露わにした曲(「ホワイ・ドント・ユー・ファインド・アウト・フォー・ユアセルフ」や「アイ・アム・ヘイテッド・フォー・ラヴィング」ほか)、或いは、親友を相次いで亡くした彼が友情の意味を改めて見つめる曲(「ホールド・オン・トゥ・ユア・フレンズ」、「ビリー・バッド」ほか)。いずれも、孤独感や疎外感というモリッシーにとって定番的なテーマを扱っているが、かつてなくフランクに、寛容さや包容力やぬくもりをもって論じているのが、大きな特徴だ。「ライフガード・スリーピング、ガール・ドラウニング」の、海水浴場の救護員が寝ている間に溺れてしまう孤独な女の子の物語すら、一種ピースフルな空気に包まれ、モリッシーならではのユーモアも健在。「返済できない借金みたいに僕は君の心にまとわりつく」(「ザ・モア・ユー・イグノア〜」)だなんて愛の告白、ほかの誰にできよう?
そしてラストは、スティーヴがスタジオに持ち込んだチェーンソーの爆音が響き渡る「スピードウェイ」。一昨年前の日本ツアーでも、ほぼ毎晩聴かせてくれた名曲である。自分に向けられた批判が、ある程度自業自得だと率直に認めると同時に、「絶望させようとしても無駄さ、僕の中に壊れていないものはもう残っていないから」と自嘲的に歌うモリッシー。「僕は常に君に対して誠実だったし(=true to you)、これからも誠実であり続けるだろう」と、忠誠を誓って締め括る。「君」は特定の人物なのか、社会全般なのか、はたまた自分自身なのか、知る由もないが、白旗を揚げるどころか、「自分はこういう人間」と受け入れて「理解されるまで歌い続けるのみ」と言わんばかりの、不屈の精神を伝えるアルバムだ。
ちなみにその「True To You」は、彼の事実上の公式ウェブサイトの名前でもある。元を正せばひとりのファンが1994年に趣味で始めたサイトでありながら、モリッシーはやがて「True To You」を介して声明を出すようになり、長らくファンと彼をつなぐ命綱の役割を果たしてきた。というのも、90年代後半には次なるトラブルが浮上。ザ・スミスの元メンバーが起こしていたロイヤリティ分配を巡る裁判が最高裁で争われ、モリッシー側が全面敗訴。所属レーベルとももめた彼は、レーベルもマネージャーも失って、逃げるようにアメリカに移住するのだ。
そして2004年、5年近い半隠遁生活を経て、7作目『ユー・アー・ザ・クワーリー』で鼻息荒く表舞台に戻ってくると、自分の影響下にある世代がロック・シーンを牽引し、再評価の声が高まっていた中で同作は大ヒットを記録。共にソリッドな8枚目『リングリーダー・オブ・ザ・トーメンターズ』(2006年)と9枚目『イヤーズ・オブ・リフューザル』(2009年)でダメ押しし、ようやく安定期に入ったかと思われたのだが、『ユー・アー・ザ・クワーリー』と『イヤーズ・オブ・リフューザル』をプロデュースしたジェリー・フィンが急死し、またもやレーベルとも決裂して10年前と似た状況に陥り、踏んだり蹴ったり......。
それでもツアーを細々と続けてファンに支えられてきた彼の、ドン底からの逆襲(!)が始まったのは2013年10月だった。待望の自伝『Autobiography』が出版されメディアの絶賛を浴びると共に、ミュージシャンの伝記本としては破格のヒットを記録。現代英国のアイコンとして再認識されて、めでたく新たに大手レーベルと契約し、6月初めの『ヴォックスオール・アンド・アイ』の再発に続いて、7月に新作『World Peace is None of Your Business』を発表する。他に例のないリバウンド力を備えているとはいえ、彼も今年で55歳。今度こそ安泰の10年を送ってもらいたい。
(新谷洋子)
【関連サイト】
True To You(true-to-you.net)
MORRISSEY(CD)
『ヴォックスオール・アンド・アイ』収録曲
01. ナウ・マイ・ハート・イズ・フル/02. スプリング・ヒールド・ジム/03. ビリー・バッド/04. ホールド・オン・トゥ・ユア・フレンズ/05. ザ・モア・ユー・イグノア・ミー、ザ・クローサー・アイ・ゲット/06. ホワイ・ドント・ユー・ファインド・アウト・フォー・ユアセルフ/07. アイ・アム・ヘイテッド・フォー・ラヴィング/08. ライフガード・スリーピング、ガール・ドラウニング/09. ユースト・トゥ・ビー・ア・スウィート・ボーイ/10. ザ・レイジー・サンベイザーズ/11. スピードウェイ
01. ナウ・マイ・ハート・イズ・フル/02. スプリング・ヒールド・ジム/03. ビリー・バッド/04. ホールド・オン・トゥ・ユア・フレンズ/05. ザ・モア・ユー・イグノア・ミー、ザ・クローサー・アイ・ゲット/06. ホワイ・ドント・ユー・ファインド・アウト・フォー・ユアセルフ/07. アイ・アム・ヘイテッド・フォー・ラヴィング/08. ライフガード・スリーピング、ガール・ドラウニング/09. ユースト・トゥ・ビー・ア・スウィート・ボーイ/10. ザ・レイジー・サンベイザーズ/11. スピードウェイ
月別インデックス
- October 2024 [1]
- September 2024 [1]
- August 2024 [1]
- July 2024 [1]
- June 2024 [1]
- May 2024 [1]
- April 2024 [1]
- March 2024 [1]
- February 2024 [1]
- January 2024 [1]
- December 2023 [1]
- November 2023 [1]
- October 2023 [1]
- September 2023 [1]
- August 2023 [1]
- July 2023 [1]
- June 2023 [1]
- May 2023 [1]
- April 2023 [1]
- March 2023 [1]
- February 2023 [1]
- January 2023 [1]
- December 2022 [1]
- November 2022 [1]
- October 2022 [1]
- September 2022 [1]
- August 2022 [1]
- July 2022 [1]
- June 2022 [1]
- May 2022 [1]
- April 2022 [1]
- March 2022 [1]
- February 2022 [1]
- January 2022 [1]
- December 2021 [1]
- November 2021 [1]
- October 2021 [1]
- September 2021 [1]
- August 2021 [1]
- July 2021 [1]
- June 2021 [1]
- May 2021 [1]
- April 2021 [1]
- March 2021 [1]
- February 2021 [1]
- January 2021 [1]
- December 2020 [1]
- November 2020 [1]
- October 2020 [1]
- September 2020 [1]
- August 2020 [1]
- July 2020 [1]
- June 2020 [1]
- May 2020 [1]
- April 2020 [1]
- March 2020 [1]
- February 2020 [1]
- January 2020 [1]
- December 2019 [1]
- November 2019 [1]
- October 2019 [1]
- September 2019 [1]
- August 2019 [1]
- July 2019 [1]
- June 2019 [1]
- May 2019 [1]
- April 2019 [2]
- February 2019 [1]
- January 2019 [1]
- December 2018 [1]
- November 2018 [1]
- October 2018 [1]
- September 2018 [1]
- August 2018 [1]
- July 2018 [1]
- June 2018 [1]
- May 2018 [1]
- April 2018 [1]
- March 2018 [1]
- February 2018 [1]
- January 2018 [2]
- November 2017 [1]
- October 2017 [1]
- September 2017 [1]
- August 2017 [1]
- July 2017 [1]
- June 2017 [1]
- May 2017 [1]
- April 2017 [1]
- March 2017 [1]
- February 2017 [1]
- January 2017 [1]
- December 2016 [1]
- November 2016 [1]
- October 2016 [1]
- September 2016 [1]
- August 2016 [1]
- July 2016 [1]
- June 2016 [1]
- May 2016 [1]
- April 2016 [1]
- March 2016 [1]
- February 2016 [1]
- January 2016 [1]
- December 2015 [2]
- October 2015 [1]
- September 2015 [1]
- August 2015 [1]
- July 2015 [1]
- June 2015 [1]
- May 2015 [1]
- April 2015 [1]
- March 2015 [1]
- February 2015 [1]
- January 2015 [1]
- December 2014 [1]
- November 2014 [1]
- October 2014 [1]
- September 2014 [1]
- August 2014 [1]
- July 2014 [2]
- June 2014 [1]
- May 2014 [1]
- April 2014 [1]
- March 2014 [1]
- February 2014 [1]
- January 2014 [1]
- December 2013 [2]
- November 2013 [1]
- October 2013 [1]
- September 2013 [2]
- August 2013 [2]
- July 2013 [1]
- June 2013 [1]
- May 2013 [2]
- April 2013 [1]
- March 2013 [2]
- February 2013 [1]
- January 2013 [1]
- December 2012 [1]
- November 2012 [2]
- October 2012 [1]
- September 2012 [1]
- August 2012 [2]
- July 2012 [1]
- June 2012 [2]
- May 2012 [1]
- April 2012 [2]
- March 2012 [1]
- February 2012 [2]
- January 2012 [2]
- December 2011 [1]
- November 2011 [2]
- October 2011 [1]
- September 2011 [1]
- August 2011 [1]
- July 2011 [2]
- June 2011 [2]
- May 2011 [2]
- April 2011 [2]
- March 2011 [2]
- February 2011 [3]