グレイス・ジョーンズ 『ナイトクラビング』
2014.06.18
グレイス・ジョーンズ
『ナイトクラビング』
1981年作品
女王陛下以下貴賓席に並ぶ王室や政府の関係者たちがどんな感想を抱いたのか知る由もないが、あのパフォーマンスは、彼女の特異性を改めて世界に知らしめたんじゃないかと思う。そもそも出自からしてユニークなグレイスは、聖職者兼政治家の娘としてジャマイカのスパニッシュ・タウンに生まれ、10代をニューヨークで過ごし、さらにパリに移り住んでモデルとして活躍。180センチ近い身長とエキゾチックで中性的な容貌で一世を風靡する傍ら、音楽活動も開始し、いよいよミュージシャンとしての評価を固めたのが、5作目『ナイトクラビング』(1981年)だった。
思えば、1977年の『ポートフォリオ』を含む最初の3作品はいずれもディスコ畑の米国人プロデューサー=トム・モールトンが手掛け、分かりやすいディスコ・アルバムに仕上がっていたが、4枚目『ウォーム・レザーレット』で転機が訪れる。所属するアイランド・レーベルの社長クリス・ブラックウェル(ほかにもボブ・マーリーやU2を育てた音楽界のレジェンド)が相棒のアレックス・サドキンとプロデューサー役を買って出て、自ら所有するバハマのコンパス・ポイント・スタジオ(これまた歴史的名盤を多数生んだ名スタジオ)にてレコーディング。同スタジオに出入りするプレイヤーを厳選して、あのスライ&ロビーをリズム隊に擁するバンドを結集すると、コスモポリタンな彼女の多様な影響源と独特の美意識を反映した表現を模索し始めたのだ。
そして一同の実験は『ナイトクラビング』に至って、レゲエとダブを核に、ファンク/ディスコ、ポストパンク/ニューウェイヴの要素を織り込んだラディカルなミクスチュア・サウンドに結晶。過去にもエディット・ピアフの「バラ色の人生」を筆頭に多数のシャンソンやロックのカバーを歌ってきたグレイスは、今回も全9曲のうち半数をカバーに充てている。「心は女/見た目は男」とずばり宣言する、オーストラリアのニューウェイヴ・バンド=フラッシュ・アンド・ザ・パンの「ウォーキング・イン・ザ・レイン」、デヴィッド・ボウイが共作したイギー・ポップの名曲「ナイトクラビング」、ビル・ウィザースの「ユーズ・ミー」、アストル・ピアソラの「リベルタンゴ」に詞をつけた「アイヴ・シーン・ザット・フェイス・ビフォー」......。70年代に生まれたということしか共通項が無い、一見ランダムな選曲なのだが、そのランダムさが歌い手としての彼女の非凡さを強調。抑制をきかせた声は、アンドロイドのようでいて何とも肉感的で威厳に溢れ、キッチュなシンセと流麗なギター・リフを絡めた絶品グルーヴに乗って、オリジナルから遠く離れた世界へと曲を運んでゆく。
だから書き下ろし曲との境は一切なくて、こちらも捨て曲はない。のちにポリスも録音するスティング作の「デモリション・マン」と、バックバンドのギタリスト=バリー・レイノルズと書いた「アート・グルーピー」は、トーキング・ヘッズやピーター・ガブリエルの同時代の作品に匹敵する斬新なニューウェイヴ・ポップに仕上げる一方、「プル・アップ・トゥ・ザ・バンパー」ではディスコを80年代仕様にアップデートし、バリーとマリアンヌ・フェイスフルが綴った「アイヴ・ダン・イット・アゲイン」はシャンソン風だったり、デビュー当時からの定番テイストを盛り込むことを忘れない。
そのダウンテンポな「アイヴ・ダン・イット・アゲイン」で、意外なほどフェミニンな声を聴かせてしっとり締め括られる本作、内容も、当時の彼女の生活ぶりを率直に映したものだ。表題曲はもちろん、パリのナイトライフを描く「アイヴ・シーン〜」や、セクシュアルなメタファーで貫いた「プル・アップ・トゥ・ザ・バンパー」は、ショウビズとモード界をまたにかける時代のアイコンとしてグレイスが送っていたグラマラスにして退廃的な日々をドキュメント。「アート・グルーピー」では自分をアート作品に見立てて、人間としての実像とパフォーマー/ペルソナを対比させ、「質問はしないで/素顔の私は退屈だから」とクールにうそぶいてもみせる。
実際、本作で彼女が提示したイメージはひとつのペルソナであり「作品」だった。アートワークを監修したのは、当時交際していたフランス人の著名なアート・ディレクター、ジャン=ポール・グード。公私にわたるパートナーとして、ステージ演出を含むヴィジュアル面のディレクションを手掛けていた彼は、グレイスのアイコニックなイメージを次々打ち出したのだが、中でもやはり、アルマーニのスーツをまとった、シン・ホワイト・デューク期のデヴィッド・ボウイの異母妹のような彼女を映した本作のジャケットは秀逸。インパクトは音楽のそれに劣らず、強烈な相乗効果を醸している。そう、ミステリアスで革新的で唯一無二、女性版ボウイがいたとしたら、それはグレイスだったのかもしれない。
【関連サイト】
Grace Jones『Nightclubbing』(CD)
『ナイトクラビング』
1981年作品
あれはちょうど2年前の2012年6月、英国のエリザベス女王の即位60周年を記念するコンサートがバッキンガム宮殿前で盛大に開催された。国内外の大物アーティストが顔を揃えた中、ジャマイカを代表して出演したグレイス・ジョーンズ(当時64歳)は、スーパーヒーローのコスチュームみたいな異様な衣装を着て、相変わらずの美脚をさらし、なぜかフラフープを手にステージに登場。なんとそのフラフープを一度も落とさずに回しながら、代表曲のひとつ「スレイヴ・トゥ・ザ・リズム」を歌い上げたのである。
女王陛下以下貴賓席に並ぶ王室や政府の関係者たちがどんな感想を抱いたのか知る由もないが、あのパフォーマンスは、彼女の特異性を改めて世界に知らしめたんじゃないかと思う。そもそも出自からしてユニークなグレイスは、聖職者兼政治家の娘としてジャマイカのスパニッシュ・タウンに生まれ、10代をニューヨークで過ごし、さらにパリに移り住んでモデルとして活躍。180センチ近い身長とエキゾチックで中性的な容貌で一世を風靡する傍ら、音楽活動も開始し、いよいよミュージシャンとしての評価を固めたのが、5作目『ナイトクラビング』(1981年)だった。
思えば、1977年の『ポートフォリオ』を含む最初の3作品はいずれもディスコ畑の米国人プロデューサー=トム・モールトンが手掛け、分かりやすいディスコ・アルバムに仕上がっていたが、4枚目『ウォーム・レザーレット』で転機が訪れる。所属するアイランド・レーベルの社長クリス・ブラックウェル(ほかにもボブ・マーリーやU2を育てた音楽界のレジェンド)が相棒のアレックス・サドキンとプロデューサー役を買って出て、自ら所有するバハマのコンパス・ポイント・スタジオ(これまた歴史的名盤を多数生んだ名スタジオ)にてレコーディング。同スタジオに出入りするプレイヤーを厳選して、あのスライ&ロビーをリズム隊に擁するバンドを結集すると、コスモポリタンな彼女の多様な影響源と独特の美意識を反映した表現を模索し始めたのだ。
そして一同の実験は『ナイトクラビング』に至って、レゲエとダブを核に、ファンク/ディスコ、ポストパンク/ニューウェイヴの要素を織り込んだラディカルなミクスチュア・サウンドに結晶。過去にもエディット・ピアフの「バラ色の人生」を筆頭に多数のシャンソンやロックのカバーを歌ってきたグレイスは、今回も全9曲のうち半数をカバーに充てている。「心は女/見た目は男」とずばり宣言する、オーストラリアのニューウェイヴ・バンド=フラッシュ・アンド・ザ・パンの「ウォーキング・イン・ザ・レイン」、デヴィッド・ボウイが共作したイギー・ポップの名曲「ナイトクラビング」、ビル・ウィザースの「ユーズ・ミー」、アストル・ピアソラの「リベルタンゴ」に詞をつけた「アイヴ・シーン・ザット・フェイス・ビフォー」......。70年代に生まれたということしか共通項が無い、一見ランダムな選曲なのだが、そのランダムさが歌い手としての彼女の非凡さを強調。抑制をきかせた声は、アンドロイドのようでいて何とも肉感的で威厳に溢れ、キッチュなシンセと流麗なギター・リフを絡めた絶品グルーヴに乗って、オリジナルから遠く離れた世界へと曲を運んでゆく。
だから書き下ろし曲との境は一切なくて、こちらも捨て曲はない。のちにポリスも録音するスティング作の「デモリション・マン」と、バックバンドのギタリスト=バリー・レイノルズと書いた「アート・グルーピー」は、トーキング・ヘッズやピーター・ガブリエルの同時代の作品に匹敵する斬新なニューウェイヴ・ポップに仕上げる一方、「プル・アップ・トゥ・ザ・バンパー」ではディスコを80年代仕様にアップデートし、バリーとマリアンヌ・フェイスフルが綴った「アイヴ・ダン・イット・アゲイン」はシャンソン風だったり、デビュー当時からの定番テイストを盛り込むことを忘れない。
そのダウンテンポな「アイヴ・ダン・イット・アゲイン」で、意外なほどフェミニンな声を聴かせてしっとり締め括られる本作、内容も、当時の彼女の生活ぶりを率直に映したものだ。表題曲はもちろん、パリのナイトライフを描く「アイヴ・シーン〜」や、セクシュアルなメタファーで貫いた「プル・アップ・トゥ・ザ・バンパー」は、ショウビズとモード界をまたにかける時代のアイコンとしてグレイスが送っていたグラマラスにして退廃的な日々をドキュメント。「アート・グルーピー」では自分をアート作品に見立てて、人間としての実像とパフォーマー/ペルソナを対比させ、「質問はしないで/素顔の私は退屈だから」とクールにうそぶいてもみせる。
実際、本作で彼女が提示したイメージはひとつのペルソナであり「作品」だった。アートワークを監修したのは、当時交際していたフランス人の著名なアート・ディレクター、ジャン=ポール・グード。公私にわたるパートナーとして、ステージ演出を含むヴィジュアル面のディレクションを手掛けていた彼は、グレイスのアイコニックなイメージを次々打ち出したのだが、中でもやはり、アルマーニのスーツをまとった、シン・ホワイト・デューク期のデヴィッド・ボウイの異母妹のような彼女を映した本作のジャケットは秀逸。インパクトは音楽のそれに劣らず、強烈な相乗効果を醸している。そう、ミステリアスで革新的で唯一無二、女性版ボウイがいたとしたら、それはグレイスだったのかもしれない。
(新谷洋子)
【関連サイト】
Grace Jones『Nightclubbing』(CD)
『ナイトクラビング』収録曲
01. ウォーキング・イン・ザ・レイン/02. プル・アップ・トゥ・ザ・バンパー/03. ユーズ・ミー/04. ナイトクラビング/05. アート・グルーピー/06. アイヴ・シーン・ザット・フェイス・ビフォー/07. フィール・アップ/08. デモリション・マン/09. アイヴ・ダン・イット・アゲイン
01. ウォーキング・イン・ザ・レイン/02. プル・アップ・トゥ・ザ・バンパー/03. ユーズ・ミー/04. ナイトクラビング/05. アート・グルーピー/06. アイヴ・シーン・ザット・フェイス・ビフォー/07. フィール・アップ/08. デモリション・マン/09. アイヴ・ダン・イット・アゲイン
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