マライア・キャリー 『バタフライ』
2014.07.13
マライア・キャリー
『バタフライ』
1997年作品
そもそもマライアはソングライターでもあり、どの作品にもその波乱の人生の折々が投影されているわけだが、『バタフライ』を作った時は、その後のキャリアの行方を左右する重要なターニング・ポイントに立っていた。ご存知の通り1993年に、20歳年上の所属レーベルの社長トミー・モトーラと結婚した彼女は、キャリアに関してもプライベートにおいても自分を束縛しようとする夫との生活に息苦しさを覚えていたといい、本作の制作中にとうとう別居を発表(1998年に離婚)。〈蝶〉を解放の象徴として、独り立ちするまでのプロセスを記録することになった。
だから『バタフライ』には、〈それまで〉のマライアと〈それから〉のマライアが混在している。〈それまで〉に該当するのは、1990年のデビュー以来ずっとコラボしてきた大御所ウォルター・アファナシエフと作ったポップ・バラード群。〈それから〉に該当するのが、ずばりヒップホップR&Bだ。生粋のニューヨーカーであり、ヒップホップと一緒に育ってきた彼女は、自身の作品にその要素を取り入れたいと長年考えていたらしい。でもレーベルとトミーに阻まれ、前作『デイドリーム』からのシングル曲「ファンタジー」のリミックスで故オール・ダーティ・バスタードと共演するのみに留まっていたが、ここにきて反抗心を剥き出しにし、まずは、当時Bad Boy Recordsを主宰してヒップホップとR&Bをクロスオーバーするアーティストを続々送り出していたショーン・コムズ(=パフ・ダディ)を、数曲でプロデューサーに起用。そのパフィにア・トライブ・コールド・クエストのQティップを交えて制作された先行シングル「ハニー」(全米チャート初登場1位)は、本当に衝撃的だった。ヒップホップのパイオニア的グループーートレチャラス・スリーとワールズ・フェイマス・シュプリーム・チームーーの曲をサンプリングし、ブレイクビーツに乗せてかつてなくセクシーで遊び心溢れる詞を歌ったマライアは、ほかにもNASとのコラボで名を馳せたポーク&トーンと「ザ・ルーフ」を、ティンバランドとのコンビで熱い注目を浴び始めていたミッシー・エリオットと「ベイビードール」をレコーディング。ビートを強調した、ファンキーでミニマルなサウンド・プロダクションを随所で取り入れたのである。
ヴォーカリストとしてのアプローチも変わった。それまでは声域をフルに使って歌いまくっていたところを、時に抑制をきかせた表現を掘り下げたり、「ブレイクダウン」ではゲストに迎えたボーン・サグスン・ハーモニーの面々に倣って、半ばラップのようなスタイルで歌ったり、フレキシブルに声を操ったものだ。
またウォルターと作った曲にしても、デビュー時からのマライア節に多少R&B色が加わったことで従来からの橋渡しとしてうまく機能しており、ダウンテンポなだけに内省的な曲が少なくない。それも、かつてなくパーソナルな曲が。例えば、子供時代を題材にした「クローズ・マイ・アイズ」では両親の離婚を経て貧しく育ち、早く大人にならなければならなかった自分を振り返り、「アウトサイド」は混血である血筋に言及して、どこにいてもアウトサイダーだった彼女の孤独感を歌う。一方、本作のカギを握るゴスペル調の表題曲は、「愛する人を、愛するからこそ手放そう」とトミーの立場から綴られており、ひとヒネリ加えて「私を解放して」と訴える内容。そして「バタフライ・リプライズ」と副題を添えた「フライ・アウェイ」は表題曲の別解釈で、名人デヴィッド・モラレスが鳴らすスピリチュアルなハウスに乗せて夫に別れを告げている。
こうしてヴィジュアルもセクシー路線にシフトし、お姫さま然とした王道ポップ・シンガーから、硬派ラッパーたちにも愛されるヒップホップR&Bのディーバへと大きく舵を切ったマライア。以来現在に至るまで、イキのいいサウンドメーカーを逸早く見出してコラボしながら輝かしいキャリアを築き、2008年には再婚して2児の母親にもなった。なのに、最初の結婚のトラウマを今も引きずっているらしく、相変わらず蝶を自分のシンボルにしているし、『ミー。アイ・アム・マライア』に収録された昨年のシングル曲「ジ・アート・オブ・レッティング・ゴー」でも元夫に苦々しい言葉を投げていたものだ(トミーが自伝を出版し、その中でマライアの言い分を否定したことと無関係じゃないだろう)。が、最初の結婚がなければ『バタフライ』は生まれなかったわけで、1990年ではなく1997年に、彼女のキャリアは真の意味で始まったんだと思う。
【関連サイト】
mariahcarey.com(Mariah Carey Official Website)
『バタフライ』
1997年作品
筆者はマライア・キャリーのファンなので、彼女に対しては採点が甘いのかもしれないが、ただそんな贔屓目を抜きにしても、先頃登場した最新作『ミー。アイ・アム・マライア』は、どこかノスタルジックな気分にさせるいいアルバムだった。そう思った理由のひとつは、本人も認めている通り同作が自身の音楽的な歩みを辿るような内容で、特に最初の10年、つまり1990年代の彼女のエッセンスが詰まっているからなんだろう。そんなこともあって、当時の作品をしばし聴き直していたのだが、やはり1997年発表の『バタフライ』こそ群を抜く傑作だと再確認。日本では堂々4枚目のミリオン・セラーとなり、世界で1千万以上を売った6枚目のアルバムである。
そもそもマライアはソングライターでもあり、どの作品にもその波乱の人生の折々が投影されているわけだが、『バタフライ』を作った時は、その後のキャリアの行方を左右する重要なターニング・ポイントに立っていた。ご存知の通り1993年に、20歳年上の所属レーベルの社長トミー・モトーラと結婚した彼女は、キャリアに関してもプライベートにおいても自分を束縛しようとする夫との生活に息苦しさを覚えていたといい、本作の制作中にとうとう別居を発表(1998年に離婚)。〈蝶〉を解放の象徴として、独り立ちするまでのプロセスを記録することになった。
だから『バタフライ』には、〈それまで〉のマライアと〈それから〉のマライアが混在している。〈それまで〉に該当するのは、1990年のデビュー以来ずっとコラボしてきた大御所ウォルター・アファナシエフと作ったポップ・バラード群。〈それから〉に該当するのが、ずばりヒップホップR&Bだ。生粋のニューヨーカーであり、ヒップホップと一緒に育ってきた彼女は、自身の作品にその要素を取り入れたいと長年考えていたらしい。でもレーベルとトミーに阻まれ、前作『デイドリーム』からのシングル曲「ファンタジー」のリミックスで故オール・ダーティ・バスタードと共演するのみに留まっていたが、ここにきて反抗心を剥き出しにし、まずは、当時Bad Boy Recordsを主宰してヒップホップとR&Bをクロスオーバーするアーティストを続々送り出していたショーン・コムズ(=パフ・ダディ)を、数曲でプロデューサーに起用。そのパフィにア・トライブ・コールド・クエストのQティップを交えて制作された先行シングル「ハニー」(全米チャート初登場1位)は、本当に衝撃的だった。ヒップホップのパイオニア的グループーートレチャラス・スリーとワールズ・フェイマス・シュプリーム・チームーーの曲をサンプリングし、ブレイクビーツに乗せてかつてなくセクシーで遊び心溢れる詞を歌ったマライアは、ほかにもNASとのコラボで名を馳せたポーク&トーンと「ザ・ルーフ」を、ティンバランドとのコンビで熱い注目を浴び始めていたミッシー・エリオットと「ベイビードール」をレコーディング。ビートを強調した、ファンキーでミニマルなサウンド・プロダクションを随所で取り入れたのである。
ヴォーカリストとしてのアプローチも変わった。それまでは声域をフルに使って歌いまくっていたところを、時に抑制をきかせた表現を掘り下げたり、「ブレイクダウン」ではゲストに迎えたボーン・サグスン・ハーモニーの面々に倣って、半ばラップのようなスタイルで歌ったり、フレキシブルに声を操ったものだ。
またウォルターと作った曲にしても、デビュー時からのマライア節に多少R&B色が加わったことで従来からの橋渡しとしてうまく機能しており、ダウンテンポなだけに内省的な曲が少なくない。それも、かつてなくパーソナルな曲が。例えば、子供時代を題材にした「クローズ・マイ・アイズ」では両親の離婚を経て貧しく育ち、早く大人にならなければならなかった自分を振り返り、「アウトサイド」は混血である血筋に言及して、どこにいてもアウトサイダーだった彼女の孤独感を歌う。一方、本作のカギを握るゴスペル調の表題曲は、「愛する人を、愛するからこそ手放そう」とトミーの立場から綴られており、ひとヒネリ加えて「私を解放して」と訴える内容。そして「バタフライ・リプライズ」と副題を添えた「フライ・アウェイ」は表題曲の別解釈で、名人デヴィッド・モラレスが鳴らすスピリチュアルなハウスに乗せて夫に別れを告げている。
こうしてヴィジュアルもセクシー路線にシフトし、お姫さま然とした王道ポップ・シンガーから、硬派ラッパーたちにも愛されるヒップホップR&Bのディーバへと大きく舵を切ったマライア。以来現在に至るまで、イキのいいサウンドメーカーを逸早く見出してコラボしながら輝かしいキャリアを築き、2008年には再婚して2児の母親にもなった。なのに、最初の結婚のトラウマを今も引きずっているらしく、相変わらず蝶を自分のシンボルにしているし、『ミー。アイ・アム・マライア』に収録された昨年のシングル曲「ジ・アート・オブ・レッティング・ゴー」でも元夫に苦々しい言葉を投げていたものだ(トミーが自伝を出版し、その中でマライアの言い分を否定したことと無関係じゃないだろう)。が、最初の結婚がなければ『バタフライ』は生まれなかったわけで、1990年ではなく1997年に、彼女のキャリアは真の意味で始まったんだと思う。
(新谷洋子)
【関連サイト】
mariahcarey.com(Mariah Carey Official Website)
『バタフライ』収録曲
01. ハニー/02. バタフライ/03. マイ・オール/04. ザ・ルーフ/05. フォース・オブ・ジュライ/06. ブレイクダウン/07. ベイビードール/08. クローズ・マイ・アイズ/09. ホエンエヴァー・ユー・コール/10. フライ・アウェイ(バタフライ・リプライズ)/11. ザ・ビューティフル・ワンズ/12. アウトサイド
01. ハニー/02. バタフライ/03. マイ・オール/04. ザ・ルーフ/05. フォース・オブ・ジュライ/06. ブレイクダウン/07. ベイビードール/08. クローズ・マイ・アイズ/09. ホエンエヴァー・ユー・コール/10. フライ・アウェイ(バタフライ・リプライズ)/11. ザ・ビューティフル・ワンズ/12. アウトサイド
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