パルプ 『コモン・ピープル』
2014.09.15
パルプ
『コモン・ピープル』
1995年作品
そんなパルプがようやく名実共に国民的バンドの仲間入りを果たすきっかけとなったのが、キャリアで初めて全英ナンバーワンを記録し、4曲のトップ10ヒットを生んだ1995年の『Different Class』(邦題『コモン・ピープル』)。クリス・トーマス(ビートルズからセックス・ピストルズまで英国ロックの代表格たちと軒並みコラボ)がプロデュースし、ジャーヴィス、ニック・バンクス(ドラムス)、キャンディーダ・ドイル(キーボード)、スティーヴ・マッキー(ベース)、ラッセル・シニア(ギター)、マーク・ウェバー(ギター)のラインナップで録音した5枚目のアルバムである。1980年代のニューウェイヴに根差したキッチュなシンセとギターロックのミクスチュアに、敬愛するスコット・ウォーカー(及びスコットが愛したジャック・ブレル)譲りのドラマ性と文学性を交えたパルプ流のシアトリカルなポップが、年月を経て熟し、満を持して誕生したこの傑作は、冒頭で触れたアウトサイダーのバッジを誇らしげに胸に飾っていた。何しろブックレットには、「どうか分かって下さい、もめごとは望んでいません。ただほかの人と違う人生を生きる権利が欲しいだけなんです」とのマニフェストが添えられ、次のように宣言して幕を開けるのだからーー「mis-shapes(不格好)、mistakes(失敗)、misfits(不適合)/君らとは見た目も違うし/やることも違うんだ」と。
つまり冒頭を飾るその「Mis-Shapes」でジャーヴィスは、タイトルに掲げた「Different Class」の定義を定めている。「class(階級)」という単語を含んではいるが、それは労働者階級/持たざる人々だけを指しているわけではない。郊外や地方都市に暮らす人、群れることを嫌う人、色んな意味で社会に適合できない人を「Different Class」と総称し、「暴力ではなく知性を武器にしてみんなで世界を乗っ取ろう!」と狼煙を上げている。こんな反抗心がさらに如実に表れているのが、全英チャート最高2位に輝いたシングル曲「Common People」。曲調はアップビートだし、「common people(庶民)」の生活に憧れるお金持ちの女の子とのユーモラスな恋物語......と思わせておきながら、未来も出口もなく、呑んで踊るしかない庶民の生活の空しさを嘆き、「お前に分かるものか!」とどんどん怒りを募らせてゆくのだ。なんでも、ロンドンの美大に通っていた時にジャーヴィスが出会ったギリシャ人の女子学生が、インスピレーション源なのだとか。
「Common People」に限らず本作の社会不適合者たちは、ハッピーな恋とは縁がない。スポークンワード調の「F.E.E.L.I.N.G.C.A.L.L.E.D.L.O.V.E」ではラヴを得体の知れない恐怖の対象として不安気に眺めているし、「Pencil Skirt」では何やら道ならぬ関係に溺れていて、「I Spy」の主人公は探偵を生業にしているのか、人間の暗部を覗きこみ、「Live Bed Show」もタイトル通り「ベッド」を舞台にした救いのないドラマ......。セクシーというよりダーティーな、ウォーカー〜ブレルの影響をありありと窺わせるこの手の曲のいかがわしさは、当時すでに30代に突入していたジャーヴィスだからこそ醸せた大人の匂いだ。また、彼らに逃避の手段を与えるクラビングやドラッグも随所で題材にしているものの、ここでもやっぱり、トーンはメランコリック。「Sorted for E's and Wizz」はレイヴが提供する実体のない連帯感に疑問を呈し、ザ・スペシャルズへのオマージュみたいな「Monday Morning」では仕事もなく故郷の町に独り取り残された男が、毎日無為な夜遊びに耽っており、ラストの「Bar Italia」ではロンドンのソーホーに実在するカフェで、現実に戻りたくない朝帰りの若者たちが、パーティーが終わった後の空虚感と向き合っている。まるでブリット・ポップという宴の終焉を示唆するかのようにーー。
そう、1990年代後半になってブリット・ポップがまさに終息に向かう中、パルプとジャーヴィスは、ひと足先に自らシーンから脱落したようなところがあったものだ。本作は英国だけで120万枚のセールスを記録しBRIT賞では4部門にノミネートされ、マーキュリー音楽賞を受賞。アウトサイダーたちは問答無用のポップスターになった。しかしスターダムに馴染めなかったジャーヴィスは、1996年2月のBRIT賞で故マイケル・ジャクソンのパフォーマンスを妨害して(救世主ぶった振る舞いが我慢ならなかったのだとか)拘置所で一夜を過ごし、しまいには神経衰弱を患うことになる。そんな無様な顛末もなんだかパルプらしいと思うんだが、『Different Class』がブリット・ポップを代表する名盤であることに変わりはなく、約20年が経っても、パルプと本作の登場人物が湛えている違和感は薄れていない。むしろ階級格差が改めて顕在化し、貧富の隔たりも広がりつつある昨今の英国ではいっそうリアリティが増している......という声もある。2002年に一旦解散した彼らが2011年に復活し、これらの曲を再び歌い始めたのも、時代の求めだったのかもしれない。
【関連サイト】
Pulp
『コモン・ピープル』
1995年作品
その感覚を「違和感」、もしくは「居心地悪さ」と評するべきなのか、パルプは枠からハミ出がちなバンドだった。間違いなく純英国的なセンスを備え、一般的にはブリット・ポップに括られることが多いものの、スウェードやブラーの面々と比べると世代的には少しばかり先輩。フロントマンでありリリシストのジャーヴィス・コッカーが前身バンドArabicus Pulpを結成したのは、1978年に遡る。それに、多くのブリット・ポップ系バンドがロンドンを拠点にしていた中で、彼らは北部の工業都市シェフィールドの出身。正確には、ヒューマン・リーグやキャバレー・ヴォルテールやヘヴン17といった、ポストパンク期のシェフィールドが輩出したエレクトロニック・ポップのパイオニアたちの直系と位置付けるべきだろう。
そんなパルプがようやく名実共に国民的バンドの仲間入りを果たすきっかけとなったのが、キャリアで初めて全英ナンバーワンを記録し、4曲のトップ10ヒットを生んだ1995年の『Different Class』(邦題『コモン・ピープル』)。クリス・トーマス(ビートルズからセックス・ピストルズまで英国ロックの代表格たちと軒並みコラボ)がプロデュースし、ジャーヴィス、ニック・バンクス(ドラムス)、キャンディーダ・ドイル(キーボード)、スティーヴ・マッキー(ベース)、ラッセル・シニア(ギター)、マーク・ウェバー(ギター)のラインナップで録音した5枚目のアルバムである。1980年代のニューウェイヴに根差したキッチュなシンセとギターロックのミクスチュアに、敬愛するスコット・ウォーカー(及びスコットが愛したジャック・ブレル)譲りのドラマ性と文学性を交えたパルプ流のシアトリカルなポップが、年月を経て熟し、満を持して誕生したこの傑作は、冒頭で触れたアウトサイダーのバッジを誇らしげに胸に飾っていた。何しろブックレットには、「どうか分かって下さい、もめごとは望んでいません。ただほかの人と違う人生を生きる権利が欲しいだけなんです」とのマニフェストが添えられ、次のように宣言して幕を開けるのだからーー「mis-shapes(不格好)、mistakes(失敗)、misfits(不適合)/君らとは見た目も違うし/やることも違うんだ」と。
つまり冒頭を飾るその「Mis-Shapes」でジャーヴィスは、タイトルに掲げた「Different Class」の定義を定めている。「class(階級)」という単語を含んではいるが、それは労働者階級/持たざる人々だけを指しているわけではない。郊外や地方都市に暮らす人、群れることを嫌う人、色んな意味で社会に適合できない人を「Different Class」と総称し、「暴力ではなく知性を武器にしてみんなで世界を乗っ取ろう!」と狼煙を上げている。こんな反抗心がさらに如実に表れているのが、全英チャート最高2位に輝いたシングル曲「Common People」。曲調はアップビートだし、「common people(庶民)」の生活に憧れるお金持ちの女の子とのユーモラスな恋物語......と思わせておきながら、未来も出口もなく、呑んで踊るしかない庶民の生活の空しさを嘆き、「お前に分かるものか!」とどんどん怒りを募らせてゆくのだ。なんでも、ロンドンの美大に通っていた時にジャーヴィスが出会ったギリシャ人の女子学生が、インスピレーション源なのだとか。
「Common People」に限らず本作の社会不適合者たちは、ハッピーな恋とは縁がない。スポークンワード調の「F.E.E.L.I.N.G.C.A.L.L.E.D.L.O.V.E」ではラヴを得体の知れない恐怖の対象として不安気に眺めているし、「Pencil Skirt」では何やら道ならぬ関係に溺れていて、「I Spy」の主人公は探偵を生業にしているのか、人間の暗部を覗きこみ、「Live Bed Show」もタイトル通り「ベッド」を舞台にした救いのないドラマ......。セクシーというよりダーティーな、ウォーカー〜ブレルの影響をありありと窺わせるこの手の曲のいかがわしさは、当時すでに30代に突入していたジャーヴィスだからこそ醸せた大人の匂いだ。また、彼らに逃避の手段を与えるクラビングやドラッグも随所で題材にしているものの、ここでもやっぱり、トーンはメランコリック。「Sorted for E's and Wizz」はレイヴが提供する実体のない連帯感に疑問を呈し、ザ・スペシャルズへのオマージュみたいな「Monday Morning」では仕事もなく故郷の町に独り取り残された男が、毎日無為な夜遊びに耽っており、ラストの「Bar Italia」ではロンドンのソーホーに実在するカフェで、現実に戻りたくない朝帰りの若者たちが、パーティーが終わった後の空虚感と向き合っている。まるでブリット・ポップという宴の終焉を示唆するかのようにーー。
そう、1990年代後半になってブリット・ポップがまさに終息に向かう中、パルプとジャーヴィスは、ひと足先に自らシーンから脱落したようなところがあったものだ。本作は英国だけで120万枚のセールスを記録しBRIT賞では4部門にノミネートされ、マーキュリー音楽賞を受賞。アウトサイダーたちは問答無用のポップスターになった。しかしスターダムに馴染めなかったジャーヴィスは、1996年2月のBRIT賞で故マイケル・ジャクソンのパフォーマンスを妨害して(救世主ぶった振る舞いが我慢ならなかったのだとか)拘置所で一夜を過ごし、しまいには神経衰弱を患うことになる。そんな無様な顛末もなんだかパルプらしいと思うんだが、『Different Class』がブリット・ポップを代表する名盤であることに変わりはなく、約20年が経っても、パルプと本作の登場人物が湛えている違和感は薄れていない。むしろ階級格差が改めて顕在化し、貧富の隔たりも広がりつつある昨今の英国ではいっそうリアリティが増している......という声もある。2002年に一旦解散した彼らが2011年に復活し、これらの曲を再び歌い始めたのも、時代の求めだったのかもしれない。
(新谷洋子)
【関連サイト】
Pulp
『コモン・ピープル』収録曲
01. Mis-Shapes/02. Pencil Skirt/03. Common People/04. I Spy/05. Disco 2000/06. Live Bed Show/07. Something Changed/08. Sorted For E's & Wizz/09. F.E.E.L.I.N.G.C.A.L.L.E.D.L.O.V.E./10. Underwear/11. Monday Morning/12. Bar Italia
01. Mis-Shapes/02. Pencil Skirt/03. Common People/04. I Spy/05. Disco 2000/06. Live Bed Show/07. Something Changed/08. Sorted For E's & Wizz/09. F.E.E.L.I.N.G.C.A.L.L.E.D.L.O.V.E./10. Underwear/11. Monday Morning/12. Bar Italia
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